『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

110話 ユミル [運命]

 ユミルは、少女が『ヒロセアヤカ』と名乗った事に、内心驚いていたが、それと同時にナビが『もし行くのであれば、協力は出来ません』と言った理由が分かった。


 それまでの間で、ナビが正巳にとって危険な物を排除しようとしている事に気が付いていた。そもそも、最初の時点で情報を提供して来たのも、これが理由だろう。


 確か伍一会は、弘瀬組から枝分かれした組織だ。


 ニュース等では、『伍一会は弘瀬組と対立する形で独立した』と言われている。しかし、これをそのままうのみにする事は出来ない。


 表向きには、対立しているように見せかけて、裏では繋がっている。というのは、様々な分野でよく使われる手だ。


 だからこそ、簡単に信じる訳には行かなかった。


 その後、幾つか質問して、少女を自宅に送る事にした。


 どうやら少女は、ユミルを新しい"ボディーガード"と思っていたらしい。そんな少女に対して、その場で否定する事はしなかった。


 もし、その場で否定などしていたら、少女を混乱させる事になっていただろう。


 そうこうしている内に、少女の家に到着した。


 到着すると、少女は『運転手にお礼を言いたい』と言って来た。が、運転手などいない為、頷く事が出来なかった。――運転席と後部席の間には、間を遮断する仕切りが下りていた。


 少し残念そうにしていた少女だったが、特に食い下がる訳でもなく、そのまま帰って行った。どうやら少女にとってのボディーガードは、家外でその身を守る存在らしい。


 海外では、家の中でもボディーガードは必須なのだが……家の中で、ボディーガードが付く必要が無いというのは、良い事なのだろう。


 とにかく、こうして少女との初対面が終わった。


 その後、その場に留まる訳もなく、次のターゲットの場所までの案内をナビに頼んだ。……どうやら、ターゲットの近くまでは運んでくれるようだった。


 ――それから一週間ほど経った頃、あるターゲットを待ち伏せしていたら、見覚えのある姿が有った。……ナビから情報を得られなくなっていた為、長時間出待ちをする必要が有ったのだ。


 そこには、男二人に引っ張られて行く、少女の姿が有った。


「……」


 正直、訳が分からなかった。


 本当に、弘瀬組の娘であれば、直ぐに新たなボディーガードが付けられるだろう。
 ――しかし、少女は一人だった。


 少女を助けるために、ナビの情報を失う事になったユミルにとっては、見過ごす事の出来ない事態だった。


 ――5分後、少女とユミルは、車に乗り込んでいた。


 目の前の少女に目を向ける。


 ……瞳をキラキラとさせている。


 思わずため息が出そうになったが、それを抑え込んで、問いかける。


「それで、お嬢様は何故あんな所に?」


 そう聞くと、嬉しそうにして言った。


「あなたに会うためです! 折角、次の日にまたあなたに会えるかと思ったら、居なくて驚いたんですよ? それに……」


 どうやら、本当にボディーガードだと思っていたまま、だったらしい。


「それに、お父様に聞いたら、ボディーガードを呼び出して…………裏切り者だったんです」


 途中で言葉を途切らせ、結論を言った。


 ……恐らく、間には『拷問した』とか『吐かせた』とか言った言葉が入るのだろう。


 しかし、どうやら本当に危ない所だったらしい。ボディーガードだった男が裏切り、敵対している伍一会の事務所で、一人娘である少女を辱める計画だったらしい。


 ……少女は、父親である弘瀬組組長から溺愛されているらしく、その男は、そのまま奥に引きずられて行ったようだ。


 『戻って来た父親の服が変わっていて、何処かスッキリした様子だった』と言うのはつまり、そういう事なのだろう。


 そして、その父親から『助け出してくれた恩人は、何処に居る?』と話が有ったと。


 『朝、外で待っている筈です』と、答えたと。それで、勿論朝にいる訳もなく――ある計画を考えた――その計画は、とんでもなくしょうもないモノだった。


「題して、"王子様作戦!"」


 ……一応、話を聞いてみると、"再び同じ状況をつくり出し、ユミルを誘き出す"という計画だったらしい。


 最初は、『善意につけ込むようなやり方で、良心が傷んだが、仕方なかった』らしい。事務所は、実際に弘瀬組で使用されている事務所を使ったらしいが……当然、弘瀬組の事務所がユミルのターゲットになる事は無い為、会う筈も無い。


 『そうこうしている内に二週間が経過していた』と。


 それで、今日も同じ事をしようとしていたら、帰宅途中に見知った顔――『分離して伍一会に入った男を見つけた』らしい。


 そして、何を血迷ったのか『私は弘瀬組の組長の娘です』と、声を掛けたと……その後、面食らった男達だったが、少女の顔を知っていた男が『確かに、組長の娘です!』と言い、連れ去る事にした、らしい。


 ……その時の少女は、とにかく『王子様に合いたい』の一点しかなかったらしい。それで、『本当に連れ去られれば、また会えるかと思った』と。


 ……恐らく、ナビが指示した事務所と被ったのは"偶然"だろう。


 もし、ユミルが居なかったら、酷い事になっていたに違いない。


「アヤカさん――」


 『綾香さん、こんな危険な事をしてはいけませんよ』と続けようとしたのだが、『はい! 何でしょうか!』と、子犬のような反応に思わず、怒るに怒れなくなった。


 目に見えて尻尾を振っているような綾香に、仕方なく『……取り敢えず、自宅に送ります』と言っていた。その後、腕にしがみ付いて来る少女を見ながら(これは、送るだけでは済まなそうだな)と、覚悟を決めたのであった。








 そんな様子を見ていたナビの本体――遠く離れたホテルの地下で、作業着を着た女性と一緒に居た白髪の少女、サナは小さく呟いていた。


「だから言ったのに……これで、排除が遅れますね」


 そんなマムに対して、近くに居た女性が言った。


「マム? 拠点の最終確認が済んだかい?」


 そう聞かれたマムは、気を取り直して答えた。


「はい、マスター! 第一棟から第六棟まで、全て正常稼働を確認しました!」


 その言葉を聞いた女性は、満足気に頷いていた。


「よし、これで後はコロニーを生産すれば、準備は終わりかな?」
「はい、現在30コロニーまで用意できています」


「うん、残りは170だね! 他が済んだら、コロニーの生成に力を入れてくれ!」
「はい、マスター! ……これで、パパをビックリさせられますね!」


 そう言ったマムに対して、マスター……今井は笑顔を浮かべた。


 ……ここ半年間忙しくしていた今井にとって、"その瞬間"が待ち遠しいのであった。


「……早く帰ってこないかなぁ、みんな」


 そう呟いた今井の頭には、あと三、四日で帰還する筈である、皆の顔が浮かんでいた。そして、その中には、半年間顔を見ていないユミルも含まれていた。


「……ユミルくん、どこに行ったんだろう。正巳君と一緒なら良いんだけど」


 誰にともなく呟いた。


 そんな今井の言葉を聞いていたマムは、急速に"計画"を立て直していたのであった。
 ――大切な二人の内、一人である今井の"願い"を叶える為に。


「使い捨てる訳には行かなくなりましたね……」


 そう呟いたマムの言葉が、今井の耳に入る事は無かった。


 しかしこの時、この瞬間確かにユミル、そして少女綾香の運命が変わったのであった。



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