『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

103話 出発 [朝食]

 部屋に戻ってから顔を洗い、子供達の居る会場へやへと歩き出していた。


 向かう途中、ホテルの職員とすれ違ったので、声をかけた。


「お姉さん、ちょっと良いかな?」
「はい、何なりと」


 俺の顔を知っていた様で、対応も大人へのそれだった。


「えっと……部屋の"庭"にある小屋を壊しちゃったから、掃除しておいて貰えるかな? こんなこと聞いてもよく分からないと思うけど、実際に見て貰えば分かると思うから」


 続けて『かかった経費は、全て上乗せしておいてくれるかな……その、手間を取らせて悪いね』と言うと、何やら慌てた様子で『とんでも御座いません。あれほど"手当"を頂いておりますので、その位はサービスの範疇はんちゅうです』と言って、一礼して下がって行った。


 そんな様子を見ていた今井さんが、後ろから声を掛けて来た。


「……正巳君、"手当"って、どの位の金額を支払ったんだい?」


 そんな風に聞いて来る今井さんに、"一人当たりの平均額"を伝えた。


「そうですね……通常の報酬に上乗せして、このホテルの従業員の年収位です」


 そう答えると、今井さんが『通りで……』と納得していた。


 このホテルの平均年収は、一般企業に比べても段違いに良い。その金額を"ボーナス"として上乗せしたのだから、実質年収が倍になったようなものだ。


 そんな、俺と今井さんのやり取りを見ていたサナが聞いて来た。


「"ねんしゅう"なの?」
「ああ、年収って言うのは、年間収入を短くした言葉でな……」


 結局、サナの質問は会場に着くまで続いた。


 その間マムは『もっとパパと話すには、知らない事が有った方が良いのかな? でも、パパには有益な情報しか伝えたくないし……』等と呟いていた。


 ……マムには、その力を上手く生かす方向性を、与えた方が良いかも知れない。


 今後の課題として考えておこう。


 そんな事を考えながら、到着した会場の扉の中に入った。
 扉は警備のホテルマンが開いてくれた。








――
 会場の中に入ると、既に起き上がった子供達が、朝食の準備をしている所だった。


 テーブルやイスをセッティングする子供達と、料理を運ぶ子供達とに分かれているらしい。それに併せて、所々でホテルの職員が子供に何か教えている様にも見える。


「……ザイ、これは?」


 扉を入った所で待ち構えていたザイに聞く。


「おはよう御座います。現在、教養の"指導"を行っている所になります」


 どうやら、昨日依頼した『子供達の教養』を早速していたらしい。


 それにしても……一生懸命手伝っている子供達を見ていると、何だか俺がサボっているような気分になって来る。


「それで、子供達がハク爺と山で訓練する時の"サポート"も頼みたいんだが――」


 『良いか?』と続ける前に割って入るものが居た。


 ……気配は三つ。


 一つは、分かりやすい。
 一つは、気配を消そうと努力しているのが分かる。
 一つは、意識をしていないと見失うだろう。


「どうやら、アキラは暫くかかりそうだのぅ。ハクエンは、もう一息じゃ。 ……それにしても坊主は、相変わらず"向いてる"のぅ」


 そう言って、近づいて来たのはアキラ、ハクエン、ハク爺だった。


「ハク爺……もう始めているのか?」


「そうじゃのぅ。今日中に合宿に出るから、朝の内に集めて基礎の講習をしたんじゃ……本当は、そこの嬢ちゃんにも参加して欲しかったんだがのぅ」


 そう言って、ハク爺がサナに視線を向ける。


「……まあ、サナは大丈夫な気がするけど」


 今朝、サナが近づいて来た時の事を思い出しながら、そう言った。


 ……あの時、10歩の距離まで近づいた所で、ようやくその気配に気が付いた。
 もし、自然に気配を消していたのだとすると、そのポテンシャルは計り知れない。


 自分の名前が出たからか、気になった様で『お兄ちゃん?』と聞いて来た。


(一緒に訓練に行くサナには、幾らでも教える機会が有るだろう)
 そう思って『サナには俺が教えるから大丈夫だ』と言っておいた。


 そんな俺と、サナのやり取りを見ていたハクエンが『父さん、僕……俺も頑張る』と言って来た。どうやら、ライバル意識のようなモノを持ったようだ。


 当のサナにライバル意識その気が有るとは思えないが……結果的に努力する切っ掛けになるのであれば、良い事だろう。


 そんな事を考えていたのだが、今井さんの『正巳君、そろそろ座った方がみんなの為にも良いかもよ?』と言う言葉に、我に返った。


 ……いつの間にか、皆の注目を集めていたらしい。


 『そうですね』と答えて、席に着く事にした。












――
 席に着くまでの間、子供達に朝の挨拶を怒涛の勢いで受けていた。


 後ろに付いて来ていたザイによると、この"挨拶"も朝の時点で教えた"教養"の成果らしい。……うん、朝に気持ちの良い挨拶が有るのは良い事だ。


 ただ、かかとを"カツン"と合わせ、手をピシッと足の横に付けてから挨拶をするのはどうなのだろうか。……何となく、軍隊の様な"統率"を感じてしまう。


 まあ、一度依頼としてプロに任せたのだ。
 俺があれこれ口出しする事では無いだろう。


 席に着いた俺に、ザイが先ほど途中になっていた続きを話して来た。


「神楽様、逆巻様の行う『実習』の方のサポートも承りました」


「ん? ああ、よろしく頼む」


 そう言って、ハク爺の言っていた事を思い出した。


「ただ、今日中に出発するみたいなんだが、間に合うか?」


「はい。何時でも依頼はお受けします。それに、従業員はここに居る者が全て・・では御座いませんので、安心してご用命下さい」


 『なんなりと』と言って、礼をしている。


 ……どうやら、多少の無茶振りは容易く受けられるらしい。


「それで、俺達はいつ出る?」


 肝心の俺の訓練について聞いた。


「はい。そちらの方も"準備"は既にで来ておりますので、良きタイミングで出立出来ます」


 どうやら、既に出発できる状態らしい。


「分かった。それじゃあ、ハク爺たちを見送った後に出る事にしよう……14時位か?」


「はい。逆巻様は13時頃に出立予定ですので、その時間ですと宜しいかと」


 そう言って来たので、『それじゃあ、14時に出よう』と言った。


 その後『承知しました』と言って、下がったザイを尻目に、隣の席に座っている今井さんに声を掛けた。


「――と言う事になりました」


「全く、君たちは急だねぇ……まあ、僕も思いついたら直ぐ試したくなるから、人の事は言えないけどさ」


 そう言ってから、『それじゃあ、アレを渡しておかないとね……試作品も持って行って貰おうかな』などと呟いていた。


 正直、不安しかなかった。


 俺の不安そうな表情を見てか、マムが『大丈夫です。シミュレート上は、問題ない筈ですので!』と言って来た。そんなマムに『まあ、お前がそう言うなら信じるさ』と言った。


 直後、マムが飛びついて来ようとしたのだが、俺は椅子に座っている。もし、マムがそのまま飛びついて来たら、サナが小屋を壊したのと同じ事が起こるだろう。


 マムには『後で撫でてやるから、今は座っていてくれ』と言っておいた。


 その言葉に反応したサナが、『サナもなの!』と言って来たのだが、サナには『サナは、これからしばらく一緒に居るだろ?』と、抑え込んだ。


 そうこうしていたら、先輩とデウがテーブルの方へとやって来たので、一先ずデウに今日の予定を伝える事にした。


 サナを中途半端に説得していた為か、途中途中でサナが無意識に放ったであろう"殺気"に、デウはビクビクとしていた。


 何はともあれ、昼頃出発すると聞いたデウもやる気が溢れて来た様だった。


 片言で、先輩に対して『ウデズモウ、カエッテ、ヤロウ』と言っている。恐らく、何らかの勝負をしていたのだろう。


 それに、正しくは『腕相撲を、帰って来てから・・・・やろう』だと思う。


 『帰って来てから』と言っても、腕相撲は腕の筋肉量にある程度依存するような……?


 いや、『体の関節を連動させる事で、筋肉量で劣る場合もねじ伏せる事が出来るのじゃ』とかハク爺が言っていたような?


 恐らく、今回体の使い方を習熟して『腕相撲でやり返してやる!』と言った事を伝えたかったのだろう。


 ……


 まあ、それは兎も角として、この朝食を最後に約半年間共に食事をする事が無い。本来、昼食も一緒にと思っていたのだが……


『昼食は、体を慣れさせるためにも、最低限の携帯食を食べる事になるのぅ』


 というハク爺の言葉に従って、一緒に食事を摂らない事となった為だ。


 その為、朝食を取り始めた子供達の内、"ハク爺と訓練組"は一段と食べる勢いが凄かった。朝食はお替わりが自由なのだが、二杯、三杯お替りしている子供がそこら中に見られた。


 サナを始めとした"大使館組"は、中でも際立っていて、四、五杯お替りするのが基本のようだった。


 正直、そんな状態で、訓練先でのサバイバルが大丈夫なのか不安では有ったが、その辺りはハク爺が上手く調整するのだろう。


 ホテルの職員に"食べ方の指導"を受けながら、食事している子供達の姿を見て(半年後が楽しみだ)と、成長が待ち遠しくなった。


 俺が周囲ばかり見ていて、少しも食事の手が進んでいなかったからだろうか、サナが心配そうに聞いて来た。


「お兄ちゃん、おなかいたいなの?」


 そんなサナに『いや、皆の事をよく見ておこうと思ってな』と答えると、サナは『そうなの?』と言って、自分の食事に戻った。


 凄い勢いで食べるサナに苦笑しながら、ふと、振り返ってみて"おなかが空かない"事に疑問を覚えたが、(まあ、食べなくても大丈夫なのは楽だし良いのか)と気にしない事にした。


 ……横から、観察するような視線を感じる。


 が、ここで反応をすると、色々と大変な事になりそうな気がしたので、取り敢えず反応しないでおく事にした。


 子供達の姿を十二分に目に焼き付けた後、残すのも悪いので、用意された食事を全て平らげた。……食べ始めて見ると、幾ら食べても満腹にならなかった。


 結局、そんなに食事を摂って来なかった反動・・なのか、周りと比べても相当な量の食事を摂っていた。……以前よりも、食材に"味"を感じるようになった気がする。


 そんな俺を見たサナが、『お兄ちゃん、お腹だいじょうぶなの?』と、今度は食べ過ぎで心配して来た。そんなサナに、『大丈夫、食べられる時に沢山摂っておくのも重要だと思ってな』と答えておいた。


 俺の言葉に頷いたサナが、更にもう一杯お替りしていたのは、ご愛嬌だろう。


 最終的に、ホテルの保管庫の三割を消費して、"朝食"は終わった。


 俺達が戻るのを見送っていた"給仕の人"が、顔を引きつらせていたのは、恐らく見間違えでは無かったのだろう。……次は少し配慮する事が必要かもしれない。


 そうこうして、朝食が終わった。


 一先ず、会場を出て来たハク爺達と、先輩達、今井さんと、改めて今後の予定をすり合わせた。


 すり合せた後、『何かあったら、マム経由で連絡を取り合う』と約束して、解散した。


 今朝もユミルに合わなかった。


 恐らく、休養を取っているだけだとは思うが、何となく寂しく思った。








――
 解散した後、改めて"仲間"について考えていた。


 今居るメンバーは、既に裏を取っていて、俺も信用しているメンバーだ。


 今更、マムの存在を隠す必要はない。


 まあ、具体的に出来る事スペックなんかを細かく伝える事も無いが。


 ……これで裏切られるのであれば、今後一切の人間を信じる事が出来なくなる。


 それ位、今のメンバーを信頼しているのだ。


 信頼しているだけではない。


 掛け替えのない、大切な存在だ。


 『仲間』であり、『家族』なのだ。


 今後、マムの存在はより重要な位置を占める事になるだろう。


 その際に、警戒しなくても良い立ち位置にいたい。それこそ、警戒するまでも無いほど"強い"位置に。


 これから俺が進むのは、"修羅"の道かも知れない。それが、仲間や家族を守る為に必要であれば、迷う事なく歩もう。


 少なくとも、誰にも仲間を奪わせはしない。


 今井さんを始めとして、ここに居る子供達は、これ迄十分過ぎる程に不幸は味わった。……それら全ては、抗う術を持た為、甘受するしか無かったのだ。


 不条理と戦うには、それ相応の力が居る。


 単純な暴力だけではだめだ。
 しかし、力はいる。


 資金力も必要だ。
 それも、圧倒的な。


 技術力も必要だ。
 現代において、情報の差が結果に出る。


 正義も必要だ。
 欲を満たす組織は滅びる。


 それらを俺は備えて行く。


 別に、俺達の受けた痛み・・への復讐をする訳ではない。


 ただ……


 そう、ただ・・単純に『理想』が有るのだ。


“『大切なひとが、笑って過ごせる世界。
  誰も、虐げられる事の無い世界。
  憎しみ会い、殺し合う事の無い世界。』”


 ……それら『世界』が、虚実・・の上にない世界ところをつくる。


 多くの人が、それは妄想だ、虚言だ、そう言うかも知れない。


 しかし、別に『全ての世界を、理想の世界にしよう』と言うわけでは無い。


 ただ、俺の周りの世界、俺の触れている世界を、そのようにしたいだけだ。


 ……まあ、結局身勝手な考えなのだ。


(それでも良い)


 俺は振り返って、今井さんの顔を見ながらそう思った。両手に繋いだ小さな手を、きつく握りながら。

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