『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

102話 支度 [中庭]

 三人で拠点の候補地を確認した。


 その場所は、かつて大規模集合住宅が建設される予定だったらしい。


 マムが調べた情報を確認したところ、その地域は国からの補助金も受けていたらしい。……どうやら、この集合住宅をメインとして、周囲に大型ショッピングモールや複合施設、企業の支店誘致する狙いがあったらしい。


 しかし、請け負った会社の社長が力を入れ過ぎたらしい。


 事前調査の一環として、その地域の地形データを取る"ボーリング"をしている。


 この"ボーリング"は、主に温泉を掘る際などに行われる。
 そして、1メートル掘るのに10万円掛かると云うのが、大体の相場だ。


 分かりやすい用いられ方として、温泉を掘る際に1000メートルの"ボーリング調査"をするのは有名な話だろう。


 ……流石に、1000メートル掘る調査はしなかったようだが、各地で300メートル程度を調査していたらしい。その数実に30か所……単純計算で9億円がこの調査で飛んでいる。


 まあ、この地域一帯に施設を誘致する際に、地形が安定している事を証明するデータが有ると云うのは、プラスに動くとは思う。


 海が近くにある為、地形に安心を持てるのも良いだろう。


 だが、その次に行った、『ゴミ処理システムの地下施設化』これは不要だったと思う。


 ……当時の、国へ提出された『支援要請書』を確認すると、"国際的に広く研究者を集める事で、国際交流が活発な街を目指す"とあった。


 どうやら、"特区"を目指していたらしい。


 このごみ処理方法は、"近未来"を体現するのに必要だとも記されている。


 この『ごみ処理システムの地下施設化』とは、"ゴミを各家庭で捨てると、そのゴミが地下を通って、処理施設へと送られる。地下を通る際に分別され、街中をゴミ収集車が走る事が無い"といったシステムだ。


 ……どうやら、既に資金を投入していた様で、支援要請書には『以前受けた補助金が無駄になる』という趣旨の内容が書かれていた。


 "以前受けた補助金"の額は、総額で15億円。


 結果的に追加で5億円の補助金を受けている。


 が、当然その程度で村内を網羅する設備など用意できるはずがない。
 地下を網羅するようなトンネルを配備し、ごみ処理施設を建設するのだ。


 その後も数か月置きに、数億円の補助金を受け取っていた。
 結局、合計して90億円強もの補助金を受け取った事になる。


「マム、この地域の村長は……?」


「はい、パパ! どうやら交互・・に就任している様です。 ……現在村長をしている人物は、6年前にも村長をしていたようですね」


 ……怪しい。


「資料と現状を見るに、恐らく、補助金詐欺だろうな……村落の長と、地域の事業者が示し合わせて、補助金を騙し取ったんだろう」


「それで、開発途中で放ってあるのか……」


 先輩と顔を合わせて、思わずニヤッとする。


「それじゃあ……」
「ああ、そうだな。任せておけ……」


 『フフフ……』と笑い合っている俺と先輩を見た今井さんは、少し怪訝そうな顔をしていたが、どうやら俺達の意図には気が付いていた様で『程々にしておいてくれよ? あまり目立っても困るんだから』と言っていた。


 そんな今井さんに頷く。


「大丈夫です。ただ、少しばかり融通してもらうだけです。 ……ですよね、先輩?」


 俺の言葉に頷いた先輩が、答える。


「ええそうです、今井部長。ほんの少しだけ、譲歩・・をして貰うだけです」


 そう言って二人で『大丈夫ですよ』と言う。


 そんな俺達を見た今井さんは、『まあ、心配はしていないけどね』と言って、欠伸をした。


 時計を見ると、既に深夜の3時を回っている。
 あと一時間もすれば早朝になる。


「そろそろ休みましょうか」
「そうだね」
「ああ、そうだな。どうやら、デウは耐えられなかったようだしな……」


 先輩の後ろを見ると、デウがベットに寄りかかる形で寝ていた。
 ……先輩が、デウを持ち上げてベットに寝かせている。


 戻ってきた先輩を見て、最後に確認をしてから寝る事にした。


「それじゃあ、先輩には拠点の交渉全般を、今井さんには建設指示をお願いします」


 『宜しいですか?』と聞くと、二人から『『任せてくれ』給え』と返事が有った。そんな二人に、『予算は有るので、よろしくお願いしますね』とお願いをしておいた。


 話し終えたのを確認したマムが、『それでは――』と切り出した。


「それでは、パパ、マスター、上原さん、接続を切りますね」


 マムに頷いて先輩に挨拶をする。


「先輩、お休みなさい」
「ああ、お休み」


「上原君、明日からよろしくね」
「はい、今井部長!」


 挨拶を終えると、通信が切れた。


 マムには『助かったよ』とお礼をしたのだが、『パパ、報酬を下さい!』と言って、膝の上に乗って来た。仕方ないので、マムが満足するまで頭を撫でる事にした。


 5分程経た所で、マムが『パパ成分の充電完了です!』と言って、満足気に立ち上がった。そんなマムに『安上がりで良いエネルギーだな』と答えてから、隣に座っていたはずの今井さんに目を向けた。


 今井さんには、明日からの予定を伝えようとしたのだが……見ると、今井さんはソファの上で、スヤスヤと寝息を立て始めた所だった。


 恐らく、数日間の疲れも有ったのだろう。
 持ち上げても、全く目を覚まさなかった。


「……お疲れ様でした」


 そう言って、今井さんをベットの上に寝かせた。
 少し涼しいので、薄手の掛布団を被せておく。


 気持ちよさそうに寝る今井さんを見ながら、ふと、自分に眠気が全くない事に気が付いた。


 これ迄意識した事は無かったが、思い返すと、孤児院の地下で意識が戻ってからずっと、眠気というモノが無い。


 ……まあ、寝ようと思えば寝られそうだが。


 仕方ないので、マムの相手をしながら部屋の外にある『サン・ロイヤルクラス限定』だと言う"庭"で寛ぐことにした。


 静かな空気を感じながら、『マムが一人の時は何時もこうなのか』と考えると、日中甘えてくる気持ちが、少しわかる気がした。








――
 マムの手を取って、部屋の外へと出る。


 ……マムの後ろには、充電装置チャージャーが付いて来ている。


 充電装置チャージャーの見た目は、小さいキャリーケースの様な形で、充電時はマムが座れるようになっている。座っている様子はお人形の様で可愛いのだが、本人は『動けないから嫌なのです』と言っていた。


「……あそこの小屋に座るか」


 そう言って、竹林の中にある小屋を指差した。
 その小屋には壁が無く、三方にベンチがあり、屋根が付いている。


 『はい、パパ!』と言って手をぶんぶんと振るマムを見ながら、(まさか、ひと月と数週間前に文字と線の化物みたいだったマムがなぁ……)としみじみとしていた。


 ……今は、外国の子供にしか見えない。


「こうして座ると、何だか子供になった気分だな……」


 ベンチに座った正巳が、周りを見ながらそう言うと、マムが首を傾けながら答えた。


「パパ? "子供"ですか?」
「ああ。 ……こんなに世界は大きいんだな」


 そう言いながら、背もたれの丸太や柱の木に手を添える。


「『大きい』ですか……」


 マムが俺の言葉を受けて、何やら考え込んでいる。


 ……いや、『検索』しているのかも知れない。


 マムから見た"世界"は、人の見る世界それとは違うのだろう。何せ、マムには"肉体"という制限が無い。それこそ行こうと思えば、一瞬にして地球の裏、果ては宇宙空間迄も行く事が出来るのだ。


「マム、人間にとっての『世界』はな、自分の触れているモノが全てなんだ」
「『触れている』ですか?」


「ああ、そうだ。 ……マムからしたら、そうだなぁ……」


 マムに置き換えて説明する。


「『今マムが接続している全ての端末から切り離されて、この機体からだから得られる情報のみになった』として……どう思う?」


 暫く考えていたが答えた。


「パパ、仮想実験してみました。その結果、『現状でマムの機体からだがシステムから切り離された場合』 ……マムは、幸せ・・だと結論付けられました!」


 マムがキラキラした目で見て来る。


「……その理由は?」


「マムにとって大切なのは、パパとマスターだけです。もし、システムから切り離された場合、マムの得る情報の大半……現在得ている情報に比べ、99.89%パパの情報の比率が上がるのです! なので、もしこの機体からだから見る世界が全てになったら、マムは幸せなのです!」


 少し思っていた答えとは違ったが、教えるつもりが、教えられてしまった。


「そうだな、大切な者と居るかが重要かも知れないな……」


「はい! その為にマムは頑張るのです。パパの事も守るのです!」


 両手で力こぶを作っている。
 ……勿論、そこには筋肉の盛り上がりなど無い。


「『守る』か……そうだな」


 ひた向きなマムを見て、気持ちを新たにした。






――
 その後も話をしたり、俺が居なかった間の映像を見ながら、抜けている情報について確認していた。そして今も、どうやって機械の製造をしているのか説明を聞いていたのだが……ふと、"気配"を感じて振り返った。


 ……そこには、目を潤ませた少女が居た。


「……サナ?」
「おにいちゃ、お部屋にいないから心配したなの!」


 そう言ったかと思ったら、飛びついて来た。


 俺とサナの間には背もたれである、丸太が備え付けられていたのだが……


『”バキィ!”』


 ……丸太の存在など物ともせず、サナがそのまま腕の中に納まった。


「サナ、どうしてここに?」


 そう言うと、サナは目を潤ませながら、事の経緯を話し始めた。……一瞬、壊れたベンチと背もたれに目を向けたが、後で職員の人に伝える事にして、取り合えずサナの話を聞く事にした。


 ――サナの話をまとめると、こういう事だった。


『いつの間にか眠っていたが、目が覚めた。


 周りを見渡すと、子供達が寝ている。


 ふと、正巳と一緒に居たくなったサナは、部屋・・へと戻る事にした。


 会場の出入り口には、警備の職員が居たので、「お兄ちゃんの所に行くの」と伝えると、「お部屋までお供しますね」と言って着いて来た。それで、部屋に着くまでの間、どれだけ正巳に会いたかったのかを話した。


 部屋についてみると、正巳が居なくて探し回った。


 そうしたら、ボス吉も部屋の中をうろうろしていたので、マムを呼び出して尋ねた。


 その結果、正巳が部屋の外の"庭"にいる事が分かった……』


 サナの話の最中に、足元にモフモフとした何かがスリスリしているのを感じたが、予想通りボス吉だったらしい。


 それにしても、マムは館内の状況を把握している筈だ。当然、サナが俺の事を探していたと云う事も知っていた筈だが……『マム?』と声を掛けると、マムが頬を少し膨らませて『サナが居ると、パパが構ってくれないのです』と、言った。


 どうやら意図的に、暫くの間サナを案内せずにいたらしい。


 今、俺の正面にはサナが引っ付いていて、横ではマムが頬を膨らませている。


 ……どうやら、家族サービスが行き届いていないらしかった。


「……二人とも、すまんな」


 そう言ってから、二人に対して『何かして欲しい事有るか?』と聞くと、二人から『撫でて欲しい』と言われた。


 そんな二人に、『そんな事で良いのか?』と聞いたのだが、頭をぶんぶんと振るばかりだったので、苦笑いしながら無事・・だったベンチに腰かけた。


 俺が座ると、左右にマムとサナが座った。


 二人が、ニコニコとこちらを見て来たので、二人が満足するまで頭を撫でる事にした。


 『マムはさっき十分撫でたよな?』なんて、野暮な事は言わなかった。
 もしそんな事を言っていれば、マムの不満とサナの嫉妬が煽られていただろう。


 途中、ボス吉が膝の上に乗って来たので、毛繕いをしてやると、嬉しそうにゴロゴロと鳴いていた。一応、ネコなんだよなぁ……


 しばらくの間そうしていた。








――
 どれくらいの時間が経ったか分からなかったが、いつの間にか朝になっていた様だ。


 欠伸をしながら、今井さんが歩いて来た。
 恐らく、マムに俺の居場所を聞いたのだろう。


 真っすぐに小屋へと向かってくる。
 小屋の前まで来ると、こちらをしげしげと見て言った。


「……何があったんだい?」


 そう言われ、改めて周囲を見た。


 ……壊れたベンチ、散乱した木片、木片の中にはそれなりに大きな丸太も混ざっている。


 まるで、事故があった後の様だ。


 恐らく、今井さんの目には『木片が散乱した中、少女(少なくともそう見える)二人に挟まれ、膝の上にはネコを乗せている少年』……そんな風に映っている事だろう。


 そんな状況に苦笑しながら、答えた。


「小さな台風が直撃しただけですよ」



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