『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
95話 休息 [宴会]
ドアを開いてくれた二人の男性ホテルマンに会釈をすると、中に入った。
右手にはマム、左手には今井さんがいる。
一歩入ると、その変わり様に思わず声を上げた。
「おお、凄いな」
そこには、先ほど見た会場の面影も無かった。
先ほど迄、一部に布団や医療器具等が置かれていたその様子は、『豪華な避難所』と言うのが丁度良かっただろう。
それが今では、テーブルとイスが並べられ、カーテンの色も紺色から赤色へと変えられている。天井にはシャンデリアが煌めき、会場を囲むように並んでいる正装姿のホテルマン達は、凡そ100名近く居るであろうか。
その凛々しい姿は、”騎士”の様に見える。
その騎士達の顔には見覚えがある。
共に子供達を救出して来た者達だ。
どうやら、俺の依頼通りに参加してくれらしい。
大人に抵抗が有ると思われる子供達も、嫌がる様子はなく、何処か安心している様に見える。
正に『晩餐会』と呼ぶに相応しい雰囲気がそこにあった。
目を向けると、子供達が視線を返して来る。
宴会だというのに、装備を付けたままで居るハク爺の姿も見えた。どうやらハクエンとテンの二人と一緒に座っているらしい。もしかすると、ハクエンに続いてテンも弟子入りしたのかも知れない。
そんな風に皆が集まっている中にいて、そこにある”緊張感のある静寂”を感じていた。
……数年間社会人をしていた俺は、この空気を知っている。
これは、何か言わなければならない雰囲気だ。
見ると、既にテーブルの上には、飲み物の入れられたコップが配られている。
所々のコップの中身が、半分しか入って無かったり、殆ど入って無かったりするのは、ご愛嬌だろう。……給仕する人達が、回ってコップに飲み物を注いでいる。
この状況を見て思い出すのは、会議室で『アイディアは有りませんか?』と言われた際に沈黙した空気。何となく、両脇のサナと今井さんに目を向けたくなるが、二人が俺に視線を向けているのが分かる。
……そっと差し出されたマイクを握る。
一呼吸してから、口を開いた。
「……先ずは無事で良かった」
そう言って、会場を見渡す。
「そして、亡くなった者達の事は、決して忘れないと誓う」
そう言いながら、ジュウの顔を思い浮かべていた。
……忘れはしない。
「忘れるという事は、二度目の死を与える事になる……だから俺は忘れない」
途中で、女性がコップを持って来てくれた。
見ると、壁添いに並んでいる者達も、手にコップを握っている。
「今日は友と過ごそう! ……乾杯!」
そう言うと、コップを突き出した。
俺の『乾杯!』に合わせて、周囲のホテルマン達が一斉に『乾杯!』と手を突き出した。
子供達は、最初よく分からないと云う顔をしていたが、直ぐに真似をして『かんぱい!』とか『かんばい!』とか『かんたい!』とか言って、コップを持ち上げていた。
一部”常識”とも言える様な事を知らない子供も多くいるのだろう。通常の学校に通わせるわけには行かないが、教育を受ける機会を用意するのは必須だろう。
……そんな風に考えていたら、今井さんが笑いながら話しかけて来た。
「ふふ、とんだサプライズだったね」
そう言って差出して来たコップに『”コツン”』と合わせた。
「ホントですよ……」
ただ、伝えたかったことが伝えられてよかった。
その点に関しては、子供達が静かにしていた事に感謝しなくてはいけない。先ほどの挨拶は、子供達にも向けていたが、どちらかと言うとホテルマン達……一緒に救出に出た者達に宛てたメッセージだ。
……見渡すと、其々手に持ったグラスを掲げたままの者や、飲み干した後、静かに目を閉じている者も見受けられる。
どうやら、ちゃんと届いていた様だ。
ホッとして、マイクを女性に返した。
……メッセージが届いたのは良いが、このままでは『不思議な顔をしている子供達と、静かにすすり泣く大人達』と言う変な構図になってしまう。
どうしたものかと困っていると、『お兄ちゃん!』『アニキ!』と、其々違うテーブルから駆け寄って来る、姿が有った。
「サナとアキラか」
そう言いながら、コップを持っていない方の手でサナの頭を撫でた。
「そうなの、サナなの!」
そう言いながら、つま先立ちをしている。
今では身長が大差無いというのに、貪欲に”撫で”を求めて行くスタイルらしい。
「……マムが持ちます!」
隣に居たマムがそう言って来たので、コップを渡したのだが、渡した瞬間それまでじっとして居た子供達が『わぁ~』っと集まって来た。
其々、集まりながら『僕も名前ほしい!』とか『私もお兄ちゃんって呼んで良いの?』とか『お話ししたいの~』とか言っている。
どうしたものかと困っていたが、視界の端にコップを両手に持って、ぽつんと立っているマムと『おなかぐ~ってなってるの』と言う声が聞こえて来て、我に返った。
「よし、それじゃあ良い子にして、テーブルで行儀良くしていたら順番に回るからな?」
『ほら、其々の席に居るんだよ?』と言うと、『うん』とか『分かった!』とか言って、戻って行った。そんな様子を見ながら、近くに居たホテルマンに合図をした。
俺の合図と共に、会場の右側の扉が開き、料理を持った人が出て来た。
一人ひとりが、定規で計ったように等間隔で歩いて来て、其々のテーブルに料理を置いて行く。そして、テーブルに料理が行き渡ったタイミングで、『シャァァン!』と言う心地よい鈴の音がして、端からウェーブするように料理の蓋が開けられていく。
直後、漂って来た匂いを嗅ぎながら、傍らに残っていたサナとアキラに言った。
「お前たちは、テーブルに戻らなくて良いのか?」
最初に反応したアキラは、ハッとした後『皆の思いを伝えるからな!』と戻って行った。……アキラの言う『思い』と言うのは、俺が帰還した時に子供達に言った『里親の元に行くか残るか』の事だろう。
どうやら、あの場の雰囲気で決めず、きちんと確認を取っていた様だ。
「……助かるな」
そう言うと、今井さんが『正巳君より、よっぽど気が利くかもよ?』と言って来た。
思わず、『何か不味い事していたらすみません』と言おうとした。が、目の前のサナと、コップを手に持ったままフリーズしているマムを見て、『そうかも知れませんね』と返す他なかった。
「それで、サナは戻らなくて良いのか?」
「お兄ちゃんといっしょ、って決めてるなの!」
頑固な子に育ちそうだが、可愛すぎて頬ズリしたい衝動に駆られる。
いや、実際にはしないけど……ここだと人目が多いし。
サナに『食べるの少し遅くなるかもしれないぞ?』と言うと『お姉さんにあじみさせてもらったなの!』と言って来た。
如何やら準備万端らしい。
サナには好きにさせる事にして、マムへと近寄った。
「ほら、おいで」
そう言って手を広げると、マムがコップを両手に持ったまま飛び付いて来た。
「パパ~」
ガシっと掴まって来るマムに苦笑いしながら、マムを右手で抱えて行く事にした。
マムの持っていたコップは、ヒビが入っていたが、給仕の人が回収してくれた。
コップを回収した際に、顔色を変えなかったのは流石だろう。
「さて、俺はテーブルを回りますので、今井さんは先に席について食べていて下さい」
俺がそう言うと『そうさせて貰うよ』と言って、給仕をする女性に案内されて行った。
……テーブルに着くまでの間、子供達に話しかけられている様子を見るに、俺がいない間に仲良くなっていたらしい。
ただ、子供達から『ロボお姉だ!』とか『お姉ちゃんのロボットは?』とか言われているのを見ると、何となく納得した。
今井さんの後姿を見送ってから、右手にマムを抱えたまま歩き始めた。
左手側にはサナがいて、不思議そうにしていた。
「どうした?」
「お兄ちゃん、これ外さないなの?」
そう言って、枷を指差している。
「後で外そうと思ってるんだ。タイミングが無くてな」
そう言うと、サナが不思議そうな顔をした後で、こう言って来た。
「サナが外すなの!」
そう言て見て来る。
「……どうやるんだ?」
「こうやって、両方から引っ張るの!」
そう言って、左右に引っ張る動きをしているが……その動きは不味い。
「……途中で捻るのか?」
「そうなの! 固いから”にょ”ってするの!」
……不味い。
そんな事をされたら、俺の腕は確実に千切れる。
サナの力は知っている。
ねじる事で枷を外す事が出来るかも知れない。
しかし、その対価として、この場が血まみれになるのは不味い。
例え再生できるとしても、血まみれになっては食事処ではなくなるだろう。
「サ、サナ、大丈夫だ。その、外すのはこうスパって切らないとだな……」
そう言いながら、左手でジェスチャーする。
「残念なの……でも、それ”や”なの」
そういうサナに、どうしたものかと思っていると、マムが耳元で話しかけて来た。
「パパ、腕をこちらに」
そうマムが言って来たので、一先ずマムを下す事にした。
正直、身長差が無い状態でマムを抱えているのは、色々とギリギリなのだ。
『……下ろさなくても良かったですのに』と言っているマムの方を向くと、何事も中たようにして、『パパ、足はどうしますか?』と聞いて来た。
「足は、いいかな……腕がどうにかなるならだけど」
そう答えた俺に『分かりました。パパ』と言ったマムが、指で枷の”つなぎ目”の部分を『”スー”』っとなぞった。……気のせいか、一瞬青白い閃光が指と枷との間を走ったように見えた。
「……はい、パパ。これで外れました!」
そう言って、俺の腕に付いていた枷を外して見せて来る。
「凄いな、どうやったんだ?」
「はい、指の先から振動カッターを出して、切断しました!」
そう言って、ニコニコとしている。
恐らく、これも研究の成果なのだろう。
「ありがとうな」
そう言って、マムの頭を撫でていたのだが……
『む~お兄ちゃんに最初に”外す”って言ったのサナなのに~』と聞こえて来たので、マムを褒めるのも程々にして、話題を変える事にした。
「さて、そろそろテーブルを回るか」
そう言って、サナの手を取って歩き始めた。
……マムは満足したのか、暫くの間は少し後ろを付いて来ていた。
――
既に数十を超えるテーブルを回っていた正巳は、テーブルに座る子供達と一言交わしてから次のテーブルへと回る事にしていた。
初めの内は、ちょっとした会話をしていたのだが、途中で、このまま行くと2時間位の間歩き回ると気が付いたのだった。
一先ず、顔を一度合わせておく事を目的として、次から次へと歩き回った。途中、アキラやハク爺、ハクエンのテーブルも回ったのだが、後で話をする事にして、飛ばさせて貰った。
そうして、一時間少し経った頃、全てのテーブルを回り終えていた。
途中気になったのは、未だに回復が必要な子供達の事だった。中には、起き上がる事が難しい為、角度を付けられるベットに寝た状態で参加している子供も何人かいた。
一人一人と、『安心して良いぞ』と会話をした。
印象的だったのは、一様に感謝の言葉を伝えようとして来た事だ。
一人くらいは、憎悪に侵された子もいるかと思ったのだが、どうやら献身的な周囲のサポートがそうはさせなかったらしい。容態が優れない子供達には年長の子供が付き、その後ろには担当らしき看護士が付いていた。
……頭が下がる。
皆が良くなると良いが。と、心で願っていたら、隣で付いて来ていたサナが――『お兄ちゃん、お腹空いたなの!』そう言って、手を引っ張って来た。
「ああ、そうだな……」
サナはテーブルを回っている間にも、近くのホテルマンや子供達から随分と食べ物を貰っていた気がするが……どうやら、まだまだいっぱいでは無いらしい。
目を向けると、所々空いていた席に、正装姿のホテルマン達が座り始めていた。
俺がテーブルを回り終えるまで、待っていたらしい。
目が合うたびに会釈してくるので、そっと手を挙げたり、会釈を返したりしておく。
そんな事をしながら、自分の席……今井さんが座っていて、”今井さんの他にはハク爺とハクエン、アキラとテンが移動している場所”に向かって歩き始めた。
通り過ぎるテーブルでは、子供達が美味しそうにご飯を食べている。
……不思議なのは、走り回ったりする子供がいない事なのだが、もしかすると孤児院での経験が影響しているのかも知れない。
歩いている途中、暫く静かにしていたマムが話しかけて来た。
「パパ、治療薬の準備が整いましたが、如何しますか?」
……治療薬、恐らくハクエンが回復する原因となったモノだろう。
もしかすると、俺の様子を見ていたマムが、外で作っていたのかも知れない。
「そうだな……」
と、少し考えた後で口を開いた。
右手にはマム、左手には今井さんがいる。
一歩入ると、その変わり様に思わず声を上げた。
「おお、凄いな」
そこには、先ほど見た会場の面影も無かった。
先ほど迄、一部に布団や医療器具等が置かれていたその様子は、『豪華な避難所』と言うのが丁度良かっただろう。
それが今では、テーブルとイスが並べられ、カーテンの色も紺色から赤色へと変えられている。天井にはシャンデリアが煌めき、会場を囲むように並んでいる正装姿のホテルマン達は、凡そ100名近く居るであろうか。
その凛々しい姿は、”騎士”の様に見える。
その騎士達の顔には見覚えがある。
共に子供達を救出して来た者達だ。
どうやら、俺の依頼通りに参加してくれらしい。
大人に抵抗が有ると思われる子供達も、嫌がる様子はなく、何処か安心している様に見える。
正に『晩餐会』と呼ぶに相応しい雰囲気がそこにあった。
目を向けると、子供達が視線を返して来る。
宴会だというのに、装備を付けたままで居るハク爺の姿も見えた。どうやらハクエンとテンの二人と一緒に座っているらしい。もしかすると、ハクエンに続いてテンも弟子入りしたのかも知れない。
そんな風に皆が集まっている中にいて、そこにある”緊張感のある静寂”を感じていた。
……数年間社会人をしていた俺は、この空気を知っている。
これは、何か言わなければならない雰囲気だ。
見ると、既にテーブルの上には、飲み物の入れられたコップが配られている。
所々のコップの中身が、半分しか入って無かったり、殆ど入って無かったりするのは、ご愛嬌だろう。……給仕する人達が、回ってコップに飲み物を注いでいる。
この状況を見て思い出すのは、会議室で『アイディアは有りませんか?』と言われた際に沈黙した空気。何となく、両脇のサナと今井さんに目を向けたくなるが、二人が俺に視線を向けているのが分かる。
……そっと差し出されたマイクを握る。
一呼吸してから、口を開いた。
「……先ずは無事で良かった」
そう言って、会場を見渡す。
「そして、亡くなった者達の事は、決して忘れないと誓う」
そう言いながら、ジュウの顔を思い浮かべていた。
……忘れはしない。
「忘れるという事は、二度目の死を与える事になる……だから俺は忘れない」
途中で、女性がコップを持って来てくれた。
見ると、壁添いに並んでいる者達も、手にコップを握っている。
「今日は友と過ごそう! ……乾杯!」
そう言うと、コップを突き出した。
俺の『乾杯!』に合わせて、周囲のホテルマン達が一斉に『乾杯!』と手を突き出した。
子供達は、最初よく分からないと云う顔をしていたが、直ぐに真似をして『かんぱい!』とか『かんばい!』とか『かんたい!』とか言って、コップを持ち上げていた。
一部”常識”とも言える様な事を知らない子供も多くいるのだろう。通常の学校に通わせるわけには行かないが、教育を受ける機会を用意するのは必須だろう。
……そんな風に考えていたら、今井さんが笑いながら話しかけて来た。
「ふふ、とんだサプライズだったね」
そう言って差出して来たコップに『”コツン”』と合わせた。
「ホントですよ……」
ただ、伝えたかったことが伝えられてよかった。
その点に関しては、子供達が静かにしていた事に感謝しなくてはいけない。先ほどの挨拶は、子供達にも向けていたが、どちらかと言うとホテルマン達……一緒に救出に出た者達に宛てたメッセージだ。
……見渡すと、其々手に持ったグラスを掲げたままの者や、飲み干した後、静かに目を閉じている者も見受けられる。
どうやら、ちゃんと届いていた様だ。
ホッとして、マイクを女性に返した。
……メッセージが届いたのは良いが、このままでは『不思議な顔をしている子供達と、静かにすすり泣く大人達』と言う変な構図になってしまう。
どうしたものかと困っていると、『お兄ちゃん!』『アニキ!』と、其々違うテーブルから駆け寄って来る、姿が有った。
「サナとアキラか」
そう言いながら、コップを持っていない方の手でサナの頭を撫でた。
「そうなの、サナなの!」
そう言いながら、つま先立ちをしている。
今では身長が大差無いというのに、貪欲に”撫で”を求めて行くスタイルらしい。
「……マムが持ちます!」
隣に居たマムがそう言って来たので、コップを渡したのだが、渡した瞬間それまでじっとして居た子供達が『わぁ~』っと集まって来た。
其々、集まりながら『僕も名前ほしい!』とか『私もお兄ちゃんって呼んで良いの?』とか『お話ししたいの~』とか言っている。
どうしたものかと困っていたが、視界の端にコップを両手に持って、ぽつんと立っているマムと『おなかぐ~ってなってるの』と言う声が聞こえて来て、我に返った。
「よし、それじゃあ良い子にして、テーブルで行儀良くしていたら順番に回るからな?」
『ほら、其々の席に居るんだよ?』と言うと、『うん』とか『分かった!』とか言って、戻って行った。そんな様子を見ながら、近くに居たホテルマンに合図をした。
俺の合図と共に、会場の右側の扉が開き、料理を持った人が出て来た。
一人ひとりが、定規で計ったように等間隔で歩いて来て、其々のテーブルに料理を置いて行く。そして、テーブルに料理が行き渡ったタイミングで、『シャァァン!』と言う心地よい鈴の音がして、端からウェーブするように料理の蓋が開けられていく。
直後、漂って来た匂いを嗅ぎながら、傍らに残っていたサナとアキラに言った。
「お前たちは、テーブルに戻らなくて良いのか?」
最初に反応したアキラは、ハッとした後『皆の思いを伝えるからな!』と戻って行った。……アキラの言う『思い』と言うのは、俺が帰還した時に子供達に言った『里親の元に行くか残るか』の事だろう。
どうやら、あの場の雰囲気で決めず、きちんと確認を取っていた様だ。
「……助かるな」
そう言うと、今井さんが『正巳君より、よっぽど気が利くかもよ?』と言って来た。
思わず、『何か不味い事していたらすみません』と言おうとした。が、目の前のサナと、コップを手に持ったままフリーズしているマムを見て、『そうかも知れませんね』と返す他なかった。
「それで、サナは戻らなくて良いのか?」
「お兄ちゃんといっしょ、って決めてるなの!」
頑固な子に育ちそうだが、可愛すぎて頬ズリしたい衝動に駆られる。
いや、実際にはしないけど……ここだと人目が多いし。
サナに『食べるの少し遅くなるかもしれないぞ?』と言うと『お姉さんにあじみさせてもらったなの!』と言って来た。
如何やら準備万端らしい。
サナには好きにさせる事にして、マムへと近寄った。
「ほら、おいで」
そう言って手を広げると、マムがコップを両手に持ったまま飛び付いて来た。
「パパ~」
ガシっと掴まって来るマムに苦笑いしながら、マムを右手で抱えて行く事にした。
マムの持っていたコップは、ヒビが入っていたが、給仕の人が回収してくれた。
コップを回収した際に、顔色を変えなかったのは流石だろう。
「さて、俺はテーブルを回りますので、今井さんは先に席について食べていて下さい」
俺がそう言うと『そうさせて貰うよ』と言って、給仕をする女性に案内されて行った。
……テーブルに着くまでの間、子供達に話しかけられている様子を見るに、俺がいない間に仲良くなっていたらしい。
ただ、子供達から『ロボお姉だ!』とか『お姉ちゃんのロボットは?』とか言われているのを見ると、何となく納得した。
今井さんの後姿を見送ってから、右手にマムを抱えたまま歩き始めた。
左手側にはサナがいて、不思議そうにしていた。
「どうした?」
「お兄ちゃん、これ外さないなの?」
そう言って、枷を指差している。
「後で外そうと思ってるんだ。タイミングが無くてな」
そう言うと、サナが不思議そうな顔をした後で、こう言って来た。
「サナが外すなの!」
そう言て見て来る。
「……どうやるんだ?」
「こうやって、両方から引っ張るの!」
そう言って、左右に引っ張る動きをしているが……その動きは不味い。
「……途中で捻るのか?」
「そうなの! 固いから”にょ”ってするの!」
……不味い。
そんな事をされたら、俺の腕は確実に千切れる。
サナの力は知っている。
ねじる事で枷を外す事が出来るかも知れない。
しかし、その対価として、この場が血まみれになるのは不味い。
例え再生できるとしても、血まみれになっては食事処ではなくなるだろう。
「サ、サナ、大丈夫だ。その、外すのはこうスパって切らないとだな……」
そう言いながら、左手でジェスチャーする。
「残念なの……でも、それ”や”なの」
そういうサナに、どうしたものかと思っていると、マムが耳元で話しかけて来た。
「パパ、腕をこちらに」
そうマムが言って来たので、一先ずマムを下す事にした。
正直、身長差が無い状態でマムを抱えているのは、色々とギリギリなのだ。
『……下ろさなくても良かったですのに』と言っているマムの方を向くと、何事も中たようにして、『パパ、足はどうしますか?』と聞いて来た。
「足は、いいかな……腕がどうにかなるならだけど」
そう答えた俺に『分かりました。パパ』と言ったマムが、指で枷の”つなぎ目”の部分を『”スー”』っとなぞった。……気のせいか、一瞬青白い閃光が指と枷との間を走ったように見えた。
「……はい、パパ。これで外れました!」
そう言って、俺の腕に付いていた枷を外して見せて来る。
「凄いな、どうやったんだ?」
「はい、指の先から振動カッターを出して、切断しました!」
そう言って、ニコニコとしている。
恐らく、これも研究の成果なのだろう。
「ありがとうな」
そう言って、マムの頭を撫でていたのだが……
『む~お兄ちゃんに最初に”外す”って言ったのサナなのに~』と聞こえて来たので、マムを褒めるのも程々にして、話題を変える事にした。
「さて、そろそろテーブルを回るか」
そう言って、サナの手を取って歩き始めた。
……マムは満足したのか、暫くの間は少し後ろを付いて来ていた。
――
既に数十を超えるテーブルを回っていた正巳は、テーブルに座る子供達と一言交わしてから次のテーブルへと回る事にしていた。
初めの内は、ちょっとした会話をしていたのだが、途中で、このまま行くと2時間位の間歩き回ると気が付いたのだった。
一先ず、顔を一度合わせておく事を目的として、次から次へと歩き回った。途中、アキラやハク爺、ハクエンのテーブルも回ったのだが、後で話をする事にして、飛ばさせて貰った。
そうして、一時間少し経った頃、全てのテーブルを回り終えていた。
途中気になったのは、未だに回復が必要な子供達の事だった。中には、起き上がる事が難しい為、角度を付けられるベットに寝た状態で参加している子供も何人かいた。
一人一人と、『安心して良いぞ』と会話をした。
印象的だったのは、一様に感謝の言葉を伝えようとして来た事だ。
一人くらいは、憎悪に侵された子もいるかと思ったのだが、どうやら献身的な周囲のサポートがそうはさせなかったらしい。容態が優れない子供達には年長の子供が付き、その後ろには担当らしき看護士が付いていた。
……頭が下がる。
皆が良くなると良いが。と、心で願っていたら、隣で付いて来ていたサナが――『お兄ちゃん、お腹空いたなの!』そう言って、手を引っ張って来た。
「ああ、そうだな……」
サナはテーブルを回っている間にも、近くのホテルマンや子供達から随分と食べ物を貰っていた気がするが……どうやら、まだまだいっぱいでは無いらしい。
目を向けると、所々空いていた席に、正装姿のホテルマン達が座り始めていた。
俺がテーブルを回り終えるまで、待っていたらしい。
目が合うたびに会釈してくるので、そっと手を挙げたり、会釈を返したりしておく。
そんな事をしながら、自分の席……今井さんが座っていて、”今井さんの他にはハク爺とハクエン、アキラとテンが移動している場所”に向かって歩き始めた。
通り過ぎるテーブルでは、子供達が美味しそうにご飯を食べている。
……不思議なのは、走り回ったりする子供がいない事なのだが、もしかすると孤児院での経験が影響しているのかも知れない。
歩いている途中、暫く静かにしていたマムが話しかけて来た。
「パパ、治療薬の準備が整いましたが、如何しますか?」
……治療薬、恐らくハクエンが回復する原因となったモノだろう。
もしかすると、俺の様子を見ていたマムが、外で作っていたのかも知れない。
「そうだな……」
と、少し考えた後で口を開いた。
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