『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

91話 休息 [可能性]

 正巳は、久しぶりの”風呂”に舞い上がっていた。


 元々風呂に入るのが好きなのだ。


 部屋にある風呂は、一度に10名程が入れるほどの広さになっている。それも、ジェットバブルの機能が付いており、ショワショワと不思議な感覚を楽しむ事が出来るのだ。


(全身隈なく洗わないとな!)


 そう思いながら、鏡の前に座ったのだが……


「え……誰? ……マム?」


 鏡には、少年・・の姿が映し出されていた。
 その姿に動揺していたら、風呂場に設置されたモニターから反応があった。


「はい、パパ?」


 風呂場の壁には、埋め込む形でモニターが設置されており、湯船に浸かりながら映像を楽しめるようになっている。そのモニターには、浴衣を着たマムが映し出されていた。


「マム?」


 一瞬、マムが入って来たのかと思った。


 しかし、そもそもマムの機体からだの髪は白かった。
 対して、目の前に映っている少年は黒髪で、明らかに違う。


 ……落ち着いてよく見てみると、この顔に見覚えがある事に気が付いた。
 10年位前に毎日見ていた、まだ眼鏡をかける前の、自分の顔だ。


「パパを見つけた時、既にパパはその姿でしたよ?」
「……そう云う事か」


 ……周りの反応が、何処かぎこちなかったのと、何よりも、ハク爺が『坊主』と呼んだ理由が分かった。


 ……どうしたら良いのだろうか。
 いや、どうしようもないのだろうか。


 ………………


 悩んでいたら、ボス吉がすり寄って来た。
 ……どうやら、風呂場の探索に飽きたらしい。


 スリスリと体を擦り付けて来るボス吉を見ながら、ボス吉も見た目が変わっていた事を思い出した。……ボス吉の見た目が変わったからと言って、何か変わった訳じゃ無い。


 そう思いながら、ボス吉を抱き上げる。
 白い毛並みがモフモフしていて気持ち良い。


 ……まぁ、大した問題じゃないか。


 それに、プラスに考えれば、これで顔見知りに出合ってもバレる可能性は低い。
 考えようによっては、プラスだ。


 そう結論付けた所で、悩んでいた事が嘘みたいに散って行った。








――
 しばらく、黙ってモフモフされていたボス吉が、体を動かし始めた。


 ボス吉としては、じめじめとしているのが気持ち悪かっただけ、だったのだが…… 


 勘違いした正巳によって、ボス吉は隅々まで綺麗にされることになった。


「お前も綺麗な方が良いもんな」
「にゃぁ……」


 何となく、微妙な反応をしている気がするが、気のせいだろう。
 何せ、苦手なはずの風呂へと、自分から入って行ったのだ。


「綺麗にしてやるからな~」
「にゃにゃにゃぁ、にゃぁ……」


 ……ボス吉がしがみ付いて来る。


(そうか、そんなに楽しみなのか)


「折角、綺麗な毛並みなんだから、汚れは落とさないとな」


 ボス吉を抱えたまま風呂のイスに座った後、シャワーの蛇口をひねった。


 ……冷たすぎず、熱すぎない、丁度良いお湯が出て来る。


「ほら、動くなよ?」


 ボス吉は、前足を俺の胸に当てて、後ろ足で立つようにしている。


 ……ふと、ボス吉と目が合う。


「……そうか、そんなに楽しみなのか」
「にゃあ?!」


 ボス吉は、苦手な水から離れたくて正巳にしがみ付いていたのだが、それを”楽しみなんだな”と勘違いした正巳は、慌てるボス吉に構う事なくシャワーで洗い始めた。


「おお! 凄い汚れだな~」


 水で濡らした後、じっと固まったままのボス吉を、石鹸で洗い始めた。
 猫用の石鹸が有った方が良いのかも知れないが、人間用の石鹸でも問題ないだろう。


 ボス吉の体を洗えば洗う程、白かった泡が灰色、そして黒くなって行く。


「……」


 その後、石鹸の泡が白いままになるまで、ボス吉を洗っていた。


 当のボス吉はと言えば、洗っている最中ずっと後足で立ち、正巳にしがみ付く格好をしていた。また、その顔に嫌そうな表情は無く、正巳の指が毛の汚れを洗い出す度、気持ちよさそうに目を細めていた。


「……ふぅ、これで大丈夫だな! 真っ白、綺麗なボス吉だ!」


 そう言って、ボス吉を持ち上げようとしたのだが、前足を洗っていなかった事に気が付いた。


「前足も洗わないとな……ボス吉、一回降りてくれると嬉しいんだが……」


 ボス吉の前足を、俺の胸から離そうとしたのだが、何度離しても直ぐに前足を乗せて来る。


「にゃぁぁぁ……」


 ボス吉が、小さく鳴きながら、上目遣いで見上げて来る。


「……仕方ないなぁ」


 そう言いながら、一度抱き上げ、膝の上で仰向けにした。


「にゃにゃ……にゃんにゃ」
「……マム、訳してくれないか?」


 そう言うと、マムが再度モニターに現れる。


「はい、パパ! ……『恥ずかしいにゃ』だそうです」


 ……なる程、恥ずかしがっていたのか。


「そうにゃ、か~」


 言いながら、ボス吉を仰向けから”横寝”の状態にする。


 ……何やら、ボス吉がモニターに顔を向けて『にゃんにゃん』言っている。


「……マム?」
「パパ、何でもありません。ただ、ボス吉はマムが『恥ずかしいにゃ』と、語尾に『にゃ』付けした事が不服だった様です……サービスで某映画を参考にしたのですが。……その映画は、ある時主人公の少女に事故から助けられ――」


「あ、あぁ分かった。ありがとう、マム」


 長くなりそうだったので、マムにお礼を言ってボス吉に向き直った。
 どうやら、未だに映画を参考にして学習しているらしい。


 ……変な影響を受けないと良いのだが。


 それにしても、ボス吉は『にゃんにゃん』しか言っていないのに、他の人に『にゃ』と付けて話されるのが嫌なのか。


 ……『~なのだ』とか『~っす』とか言うのが口癖の人が、真似をされたら不快に感じるのと、同じなのかも知れない。


「すまんな、ボス吉」


 そう言って、ボス吉の毛並みを撫でた。
 すると、暫く目を細めて撫でられていた後『にゃにゃあ~』と言って来た。


 ……『にゃ』と付けて悪かった、と謝った後でのボス吉の『にゃ』に一瞬、吹き出しそうになったのだが、顔を背けてどうにか耐えた。


「……さて、足を綺麗にしたら、風呂に入ってくれな」


 そう言ってから、ボス吉の足を丁寧に洗い始めた。
 ……何となく、足のつくりが通常のネコよりも肉厚に感じたが、気のせいだろう。








――
 その後、無事ボス吉の足の先まで綺麗にし、自分自身の体も隅々まで綺麗にし終えていた。


 俺自身の汚れは、一部分を除き、それほど酷くなかった。


 汚れが酷かったのは、主に枷が付いている部分で、左手首と両足首だ。


 そう、未だに俺の左手と両足に、金属製の”枷”が付いている。


 ……先ほど子供達の様子を見に行った際、やけに熱い視線が多いと思ったが、ひょっとするとこの”枷”を付けたままだったのも、影響していたのかも知れない。


 とは言っても、別に好きで付けたままにしていた訳ではない。今井さんに言って、先に外して貰えばよかったのだが、すっかり忘れていただけだ。


 ……枷が付いているのが当たり前のようになっていて、違和感が無かった。


 無理やり外そうと思えば手首を千切るなりして取れそうだが……一人ならともかく、ボス吉がいる。それに、この風呂場は子供達も使う。まさか風呂場を血の海にする訳にも行かないだろう。


 子供達が入った時に、『風呂に、肉片が落ちていた』等となっては、トラウマになってしまうかも知れない。風呂は良いものだ。子供達に風呂を嫌いになって欲しくはない。


 そういう訳で、金属製の枷もいっしょに洗っておいた。


 洗い終えたので、風呂に入ろうとしたら、ボス吉が風呂の淵に座っていた。


 待っていたのかも知れない。


「……一緒に入るか」


 そう言うと、『にゃ?! にゃにゃにゃぁ』と言って、飛び上がるように立ち上がったのだが、俺が手を差し出すと、大人しく体を預けてくれた。


 ボス吉を右の肩に抱えて、風呂に入る。
 正巳の肩に、頭が乗っている格好だ。


 ボス吉の頭にお湯が付かないように注意しながら、ゆっくりと座り込んだ。


「ふぅ~~」


 足を延ばすと、体の芯から温まって来るのを感じる。


 どうやらボス吉も、リラックスいている様だ。
 後ろ足が、左右にグテ~っと開いている。


「はぁ~生き返る~」


 過去一か月間の出来事を考えると、正に”生き返った”ようなモノなのだが、そんな事を正巳が知る由もなく、ただひと時の休息を楽しんでいた。


「にゃんにゃんにゃ~」


 どうやら、ボス吉自身も風呂がそれほど嫌いではないらしく、正巳が浸かっている間、先に風呂から上がる事は無かった。


 10分程温まっていた正巳だったが、閉じていた口を開いた。


「マム、ジェットバブルを動かしてくれるか?」


 この風呂の四方には、泡を出す口が付いていて、其々の口から泡を出す事が出来る。


 ただ、風呂のサイズが大きいので、その口の数も多い。


「はい、パパ!」


 そうマムが言った後、2,3秒間が有って、泡が出始めた。


 泡が、腰のあたりに心地よく当たる。


(気持ち良い……)


 ……しばらく、泡を受けて放心していた。


「にゃ? にゃんにゃ?」
「……パパ、ボス吉も興味がある様です」


 余程、俺が気持ちよさそうにしていたのかも知れない。


 ボス吉が、興味深げに俺の事を覗き込んでいる。


「……ボス吉もやってみるか?」


 そう言うと、ボス吉が『にゃん!』と答えた。
 特にマムの通訳は無かったが、ボス吉がやりたいらしい事は伝わって来た。


 しかし……


「ボス吉は少し小さいからな……」


 ボス吉は、俺の肩幅程も無い。そんなボス吉が風呂に入っても、足が付かないばかりか、まともに泡を楽しむ事が出来ないだろう。


「にゃん? にゃ!」


 ボス吉が首を傾けた後、俺の上から風呂の淵へと移動した。そんなボス吉を見ながら、『どうした?』と思っていると、不意にボス吉が大きくなり始めた。


「……凄いな」


 一度、施設の地下でボス吉が大きくなるのを見ていたのだが、間近で見ると迫力が違う。……何と言うか、スポンジに洗剤を含ませて泡立たせている様に、むくむくと大きくなっている。


 息を付く隙もなく、ボス吉の巨大化が終わった。


「にゃん!」


 ギリギリ風呂の淵に立っていたボス吉が、ゆっくりと前足を入れて来る。


 今のボス吉の大きさは、大型犬ぐらいだろうか、今の俺だとギリギリボス吉に乗れそうだ。


「……」
「……にゃん?」


 ボス吉が、前足を入れる格好をしたまま止まっている。


「あぁ、大丈夫、入って大丈夫だぞ?」


 こちらの様子を伺っていたので、”許可”を待っているのかと思ったら、案の定そうだったようだ。”許可”を得たボス吉が風呂の中へと入って来る。


 ……結構な量のお湯が外へと流れ出るが、広さ的には問題ない。


 10人が一度に入れる風呂に、一人と一匹が入った程度で一杯になる訳が無いのだ。


 そんな事を考えながら、ボス吉の様子を見ていたのだが、どうやら泡の感覚が気に入ったらしい。体の横で泡を受け、少しずつ移動しながら楽しんでいる。


「そう言えばボス吉は、どうやって大きくなっているんだ?」


 元々、只のネコ……少し大きいネコだったはずのボス吉が、自分の意図したタイミングで”体の大きさ”を変えられるようになっていた。と言うのは、大変興味深い事だ。


 今井さんは『後で調べさせて貰うよ』と言っていたが、今井さんみたいな研究者でなくとも、興味がわいても可笑しい事では無いだろう。


 正巳の言葉に、少し考えていたボス吉が答えた。


「にゃぁ、にゃんにゃぁにゃにゃん……」


 その後も、『にゃんにゃん』と説明していたのだが、やがて、ボス吉の言葉が終わった。


「……で、マムどういう事だ?」


 当然俺にネコ語が分かるはずも無いので、マムに訳を求めた。


「パパ……どうやら、感覚的なものが大きいようです」


 そのまま聞く。


「ボス吉の話では、『”ジャンプする感覚”で力を溜めて、大きくなりたいサイズのイメージをすると、大きくなる』と言う事です。ただ、『なれるサイズには制限が有り、大きくなると力や思考力が高くなる』らしいですね」


 なる程、サイズに制限が有り、大きくなる事で力や思考力が高くなる……


「それって……」
「はい、パパ。”生物の成長”の過程に酷似しています」


 ……そう、生物の成長に似ている。


 もしかすると、ボス吉のサイズの変異は、単純な大きさを変えるのとは違うのかも知れない。


 そう考えた所で、閃いた事が有った。


「……俺も、成長できる?」


 ただの閃きでしかないが、状況を見るに、その可能性はあるかも知れない。


 ……試してみたい。


「ボス吉、驚かないでくれよ?」


 ……俺の見た目がいきなり変わって、ボス吉が驚いた場合、このサイズのボス吉が走り回る事になる。そうなった場合、部屋が破壊されるのは必至だ。


 まあ、ボス吉の場合、普通のネコではないからその心配はないと思うが、一応だ。
 そんな俺の心を知ってか、知らずか、ボス吉が体を擦り付けて来た。


 ……座った状態だと、俺よりも背が高いボス吉に擦られ、顔がびちょびちょになった。


 顔に付いたお湯を拭いながら、背筋を正し……


「まぁ、やってみるか」


 そう呟いて、”集中”し始めた。


 その後、10数分風呂から出てこない正巳とボス吉を心配し、今井さんが乗り込んで来そうになるのだが……その甲斐があって、大きくなれないながらも、その可能性を感じた正巳であった。



「『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く