『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

89話 休息 [再会]

 ホテルの中へと入った正巳は、ハクエンとサナを連れて歩いていた。
 ……すぐ後ろには、ハク爺が付いて来ている。


「お兄ちゃん、さきにお部屋もどるなの?」


 サナが聞いて来た。


(……先に、か)


 ……意図して言ったのか分からないが、こちらの気にしていた”子供達の状態”を確認しに行くよう促しているように思える。


「子供達の様子を見に行きたいけど、その前にサナを部屋に送って――」
「サナ、お部屋分かるからだいじょうぶだよ?」


 そう言って、こちらを見て来る。


 俺がいない間、サナはホテルで過ごしていたのだ。


 俺は、約一か月もの間行方不明になっていたと聞いている。……その間、ホテルで過ごしていたのであれば、俺よりもよっぽどホテルここに詳しいだろう。


「そうだな……それじゃあ、子供達みんなの所までサナに案内してもらおうか」


 そう言うとサナは『分かったなの!』と言って、両手で抱えていたボス吉を下した。……正直、どのタイミングで、ボス吉を解放させてやろうかと思っていたので、丁度良かった。


 ……床に下りたボス吉が、絨毯の上でのびのびとしている。


「はい、お兄ちゃん」


 そう言って、サナが手を出して来た。……これまで、何も言わずに手を繋いできたことを考えると、これも成長なのかも知れない。


 『ああ』と言いながら、サナと手を繋ぐと、反対を歩いていたハクエンと目が合った。


「……手、つなぐか?」
「い、いえ……」


 そう言いながら、大げさに手を左右に振るハクエンを見て『そりゃそうだよな』と、手を降ろした。……直後、ハク爺に呼ばれた正巳は、少し残念そうにするハクエンに気付かなかった。


「のう、坊主。アレもここの職員かのぅ?」


 ハク爺がそう言いながら視線を向けた先には、見覚えのある人が居た。


「そうだよ、確か”イタチ”だったかな……」
「……ふむ」


 視線の先には、こちらへと歩いて来る”イタチ”……施設へと共に救出に行った者がいた。……床を見て歩いて来ている。


 初めて、ココの職員でこんな様子をしているのを見たが、余程疲れていたのかも知れない。


「お疲れ様、心配をかけたね」
「っ! ……い、いえ、無事に帰って来られたようで安心しました」


 何やら一瞬引きつったような顔をしていたが、急に声を掛けたのが不味かったかも知れない。


「これから向かう所が有るから、また改めて」


 そう言うと、イタチが『ええ、そうですね……また』と言って来た。
 ……医療知識が有り優秀なようだが、人付き合いは苦手なのかも知れない。


 そのままイタチとは別れて、歩き出した。


「お兄ちゃん、こっちに行くとすぐなの!」


 その後も、マムの案内で歩いて行った。


 途中、ハク爺の様子が気になって、声を掛けた。


「ハク爺? 何か気になる事でもあった?」


 先ほどから、視線は周囲を探る様に動いているのだが、その瞳には何も浮かんでいない様に見えた。


「うむ、如何と云う事は無いのだがのぅ……」
「でも、気になってる事が有るんでしょ?」


 こういう、何かの分野で一流と呼ばれる様な人の勘は、馬鹿にできない。


「そうよのぅ……さっきの者は、ワシも施設で会っておるじゃろ?」
「そうだね」


 確かに、イタチは孤児を救出しに行ったときに、一緒に居た内の一人だ。


「フム、あの時は確かに利き足が右で、重心はやや右傾きだったんだがのぅ……さっきのあ奴は、重心がやや左傾き、歩く際に振れる体の芯も変わっていてのぅ……」


「……」


 始まってしまった。
 昔から、ハク爺はこうだ。


 ……職業病なのだろうが、こうなると考察が長い。


「……足が怪我してたんじゃない?」


「む……いや、しかしだな、そうなると体の芯がブレる、そのブレ方が問題でのぅ。本来、足を負傷した際は斜めへのブレになるんじゃ、それで……」


 その後も続く、ハク爺の話を適当に聞き流しながら歩いていたら、どうやら着いたらしかった。


「それでのぅ、ワシが考えるに――」
「――あのね、ここに皆が居るの!」


 ハク爺が喋っている途中でも、関係なかった。


(……サナ、流石だ!)


 心の中で、サナを称えながら、『よし、中に入るか』と言って、扉を開いた。


 扉を開くと、そこには数えきれないくらいの沢山の子供達が居た。


 ざっと数えても5、600人は下らないだろう。
 扉を開けて直ぐにいた、お姉さんに声を掛ける。


「……全部で何人だ?」


 少し前であれば、見上げて話す事など無かった筈なのだが……


 今や殆どの大人が俺よりも背が高い。


 背が縮んだのは、何となく懐かしい風景を見るようで良いのだが、このまま背が小さい状態だと色々と困る。特に、普段の生活において”子供”に見られては……


 俺が声を掛けた看護士の女性は、一瞬驚いた顔をして、直ぐに笑顔を浮かべる。


「あらあら、ぼく・・とは『はじめまして』かな?」


 そう言って、こちらを覗き込む。


 ……如何やら、俺の事を『ぼく・・』と呼んでいる様だ。


「俺は――」
「お兄ちゃんは、”ぼく”じゃないんだよ?」


 そう言って、サナが繋いでいた手をぶんぶんと振った。


「あら、サナちゃんとお友達だったのね~……あら? 逆巻様もご一緒でしたんですか……」
「……あ、あぁそうだのぅ……一応、坊主が、この”大口の客”だと思うのじゃが」


 そう言いながら、ちらちらと俺に視線を向けている。


「……? あら、ハクエン君も一緒に居たんですね。あまり逆巻様と一緒に居てはいけませんよ? この方は、”限度”と”常識”が大分抜けておられるので」


 そう言いながら、お姉さんがニコっと笑顔をハクエンに向ける。


「え、はい。大丈夫です、師匠にはしっかりと鍛えて頂いているので」


 その後、二言三言交わされた会話をから察するに、ハク爺は何やらやらかしていたらしい。


「……連れが迷惑を掛けた様で、すみません。それで、子供達の現状を教えて貰えますか?」


 このままでは、一向に話が進まなそうだったので、会話に割って入った。


「と云う事で、逆巻様はもっと――っと、いえいえ、”迷惑”だなんて……私は臨時で病院から派遣されてきただけですので……ぼく……お坊ちゃんは、お客様のご子息ですか? お客様は神楽様と聞いていますが――」


「いや、俺が”神楽仁”本人だ。俺の事を証明する人は……ここに居る全員と、今井さん、後はザイ位かな。……一応、これから帰って来るだろう”職員”にでも聞けばはっきりするだろうが……」


 俺の外見は、思っていたよりも”子供”っぽかったようだ。


 今すぐ、ホテルの職員に保証して貰えれば良いのだが、生憎、保証出来る職員は現在施設から帰還している最中だろう。


「神楽様……確かに”お客様調書”にはそう書いてありましたが……いえ、それでもやはり確認できない事には……」


 ……何やら呟いている。


 後ろを見ても、ハク爺は楽しそうにこちらを見ているだけだで、口添えしてくれるとは思えない。そんな風に困っていたら、後ろから声がした。


「如何しました? ……これは、坂巻さん。研究室ラボには今井部長から帰還の連絡が有りましたが……正巳は何処に……?」


 そこに居たのは、体格の良い男と、褐色の肌をした一人の青年だった。


「……先輩」


 体格の良い男……上原せんぱいを見て、安堵と共に、何とも言えない複雑な気持ちが込み上げて来る。


 思えば、目の前の男が切っ掛けで、ここまで走って来た訳だ。


「先輩、その腕は……」


 一度、『先輩』と呼びかけたのだが、不思議そうな顔をしてこちらを見ただけだったので、踏み込んだ質問をする。


「その腕は、どうしたんですか?」
「ん? ああ、この腕はどうやらある男の遺産らしいんだが……」


 初めは不思議そうにしていた上原だったが、話している途中に何かに気が付いたらしい。


「……それで、俺の腕と片足は『ミックス』されたわけだが、正巳は何で子供になってるんだ?」


 ……先輩が、言い回しを途中で変えた。


 この言い回し『ミックス』は、新人研修時の先輩が好んで使っていた。


「そうですね、何故でしょうか……」
「……」


 一瞬の沈黙の後で、互いに笑い出した。


「はっはっは、本当に正巳か!」
「ははは、いえ、まあ色々ありましてね」


「ぶっはっは、そりゃそうだろうがな……まさか子供になっているとは!」
「はは、まぁそれはこっちのセリフですよ、まさかデスゲームに先輩が出てるなんて」


 先輩と盛り上がっていたのだが、ふと耳に入って来た、『ですげーむ?』と言う呟きで我に返った。


 ……看護士の姿をした女性が、何やら不思議そうにしている。


「――と、まぁ後で話をしましょうか」


 話の途中で会話を切るが、先輩は状況を理解したようで間を空けずに合わせてくれる。


「そうだな、こいつ・・・の話も聞いてやってくれ、親友を亡くしていてな」


 そう言いながら、隣に居た青年の肩を叩いた。


 確か、この青年は大使館から連れて来た負傷した衛兵の内、一人だったはずだが……どうやら、二人いた内のもう一人は助からなかったらしい。


 それに、恐らく先輩の腕はその亡くなった衛兵の腕を移植したのだろう。


「ええ、分かりました。……これからよろしく頼む」


 そう言って、衛兵に手を差し出した。


 しかし、どうやら話の流れが理解できていなかったようで、戸惑っていた。しかし上原が、取り出した仮面マスクを介して何やら話したら理解したらしく、手を握って来た。


 ……凄く目がキラキラしている。


 何となく、何と言ったのかが気になった。しかし、先輩が下手な事を言うはずも無いな、と思い直し、黙ってニコニコと握手をしていた。


 先輩と青年のやり取りを見るに、恐らくあの仮面が翻訳機にでもなっているのだろう。……翻訳と言えば、マムの能力システムを応用しているのだろうが……一つ俺も欲しい。


 仮面アレが一つあれば、ボス吉と話が出来る。


 それに、いずれはヤモリやトカゲなんかも……


「……? ……正巳?」


 いつの間にか、妄想の中にトリップしていたらしい。


 先輩が心配そうに、覗き込んで・・・・・くる。


「ああ、いえ大丈夫です。それで?」


 何となく、覗き込まれる事に”子ども扱い”の様なモヤモヤを感じたが、それらを振り払って『それで、何ですか?』と聞いた。


 すると、一瞬口の端をニヤッとした後でこう言って来た。


「坊ちゃまには少し眠いかも知れないが、”説明”はしておいたぞ?」
「坊ちゃまって、ホントに勘弁してください――」


 言い終わる前に、大きな声が響いた。


「申し訳ありませんでした!」


 大きな声に驚いて振り返ると、看護士の格好をした女性が、青い顔をして頭を下げていた。



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