『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

84話 帰還 [出迎え]

 正巳は、コンクリートの壁を殴ろうとしていた。


 最初は、素手でなくて道具を使おうとした。
 しかし、どの部屋を見て回っても、鈍器の様なモノは無かった。


 唯一使えそうだったのは、”鉄製の風呂桶”だったが、中には遺体が入っていた為、流石に使う気にはなれなかった。


 覚悟を決めて、視線を定める。


 何となく腰を落とし、壁に対してはすに構える。


 右手が利き腕の為、左足を少し前に置く。


 『スゥゥ~……』深く息を吸い、ゆっくりと息を吐く。


 そして再び、息を吸う。


 今度はそれほど吸い込まず、途中で吸い込むのを止める。


 コンマ一秒ほど間を取り、短く息を吐きだした。


 全て吐き出す前に息を止め、体をひねる。


 残ったくうきを気合に込めた。


「ッア!」


 突き出した拳が壁に接触した瞬間、衝撃が伝わった。


『”ッドゴンッッツ!!!”』


 衝撃を伝える”振動”が、空気を震わせる。


 今回込めたのは、パイプ椅子を持ち上げる程度の感覚ちからだ。


 無暗に叩いても痛いだけなので、それっぽい動きをしてみた。


 しかし……どうやら、力を入れ過ぎたらしい。


 見ると、拳が砕けてしまっている。


「……」


 少しの力を入れた感覚でも、手が耐えられる限界を超えていたらしい。


 しかしその甲斐あって、強打した部分を中心に壁に亀裂が走っている。


「どの位が耐えられる上限か、知っておかないと不味いかもな……」


 ……力を入れ過ぎて、子供達を撫でるつもりが傷つけてしまったら、笑い事では済まない。それに、このままだと日常生活を送る上でも、力の入れ具合に苦労しそうだ。


 ……先ずは、無事に出る事だけど。


 そんな風に考えていたら、ある事を思い出した。


「……子供達も”キメラ細胞”を注射されているんだったか」


 以前マムから聞いて、大使館から連れて来たサナを含めた子供達は、合成人間アド・ヒューマンと呼ばれている”被験者”だと知っている。


 状況を考えるに、どうやら俺自身も”実験”されたらしい事は自覚している。


 強すぎる力、驚異的な再生能力……ただ、体の頑丈さは無いみたいで、少し残念だ。


「子供達に力の入れ方教わろうかな……」


 ……現実逃避をしてみるが、”今”それが叶わない事は理解している。


 ため息を付きながら、右手を見ると治っていた・・・・・ので、次はもう少し力を押さえて試してみる事にした。


「ハァッ!」


 先ほどは、奥へと衝撃を”打ち込む”感覚イメージで殴ったが、次は壁の表面を”叩く”感覚イメージで殴った。


『”バゴォォ……ン”』


 ……音こそ大きく聞こえるが、先ほどに比べ、負担が小さい。


 その証に、右手は砕けてはいない。


 ……指が変な方向に曲がってはいるが。


「難しいな……」


 最初は、椅子を持ち上げる程度の力の入れ具合、次は料理を乗せた皿を運ぶくらいの入れ具合……要するに、十分に手加減をしたつもりだったのだ。


 結果、加えられた力に拳が耐えきれなかった訳だが……拳を犠牲に加えられた、強い衝撃は、壁に対してそれなりの効果があったようだ。


 ……壁に、蜘蛛の巣状に亀裂が広がっている。


 このまま同じ力加減で殴って行けば、いずれ壁を崩せそうだ。


 ただ、毎回負傷する。


 ……痛みに関してはまだ良い。


 問題なのは”再生時間”だ。


 一回一回、再生するのを待っていては、流石に時間が掛かりすぎる。


 今最も優先すべきは、時間なのだ。


「……左右交互に殴ったやった方が、効率が良さそうだな」


 効率を考えると、殴ってから再生する間に、反対の拳で殴る。


 そして、再生した拳でまた殴る……これが良いだろう。


「……やるか」


 気合を入れ直し、再生したばかりの”拳”を突き出した。

















 傾き始めた日差しの中、施設へ向かう為に車両へと乗った今井は、不安を隠せないでいた。


 正巳が行方不明になってから、既に1か月が経とうとしている。


 1か月間施設を捜索していたのだ。


 その結果がこれから分かる。


 三週間ほど前に、ある”振動”を検知した。その振動は、地下から来ている事を示していて、最も可能性の高い・・手がかりだったのだ。


「お姉ちゃん、大丈夫なの。お兄ちゃん見つかる、なの」


 横に座っている・・・・・サナが、そう言って励まして来る。


 そう、車両には僕の他、サナ、ザイ、ハクエン、ハク爺、そして猫であるボス吉と、マム・・が乗っていた。


 ……マムだけは、サナの持つスマフォにいて、”機体からだ”は後部で沈黙している。どうやら、マムを持ってしても、”既存の技術”ではバッテリー問題が解決出来なかったらしい。その為、車両の後部には、マムの機体と補助充電装置アシスト・バッテリーが積み込まれている。


 何となく、静かなマムが気になっていた。


 もし、正巳君が見つからなかったら。
 もし、正巳君が変わり果てた姿で見つかったら。


 ……果たしてマムは、これまで通りのマムで居られるだろうか。


 僕が居る内は大丈夫かも知れない。


 しかし、僕もいなくなった後の世界は……マムは人間に対して、どのような行動を取るのだろうか。基礎設計部分では、正巳君の設計で出来て居る。しかし、思考設計に関しては、完全に僕の思考回路をトレースしている。


 つまり、根本は僕の思考が元になっている。


 ……僕は、どの様な人間なのだろうか。それが問われている気がする。


 少し深く考えすぎていたらしい。サナが、再び『大丈夫なの、サナがお兄ちゃん見つけるの!』と言って、手を握ってくれた。


 自分も心配しているだろうに、こちらを気遣ってくるサナに『サナくんなら見つけてくれるかも知れないな、頼んだよ!』と返しながら、ボス吉に目を向けた。


 ……ボス吉は、車の振動に合わせて、白い毛並みを揺らしながら目を閉じている。


 こうして・・・・見ると、一番落ち着いて見える。


 しかし、実際は大変だった。


 ザイから、『地下一階部分の掘削が終わりました』と報告があったので、皆に声を掛けに行ったのだが……どこで聞いていたのやら、ボス吉が巨大な・・・身体を揺らしながら、猛スピードで駆けて来たのだ。


 ……その様子は、白獅子が襲ってくるようで、思わず悲鳴を上げそうになった。


 まあ、直ぐに縮まったので、安心したのだが……


 どうやら、ボス吉は体の大きさを変える事が出来る様だ。マムが行ったという”配合”で、何らかの”変異”もしくは”進化”が起きたのかも知れない。


 ……正巳君とホテルに帰ったら、ボス吉の細胞を調べさせて貰おう。


 そんな風に思いながら、ボス吉を見ていると、何やら不穏な空気を感じ取ったらしくボス吉が後退っていた。しかし、後退った後ろにはサナが居て、皆が居た。


 どうやら、マムが集合を掛けてくれたらしいかった。


 サナの腕の中で、逃れようと必死にもがくボス吉を見ながら、『迎えに行こうか』と言ってホテルを出発して来たのだった。


 ……アキラや何人かの子供達、正巳の先輩の上原や、治療を受けた”大使館衛兵”だったデウも、来たい様だったが、如何やら遠慮してくれたらしかった。


 代わりに、『必ず、正巳君を連れて帰る』と約束して、出て来た。


 澄ました顔で座っているボス吉に、ため息を付きながら、その横に座っているハクエンを見た。


 正巳君が名前を付けたというハクエンは、初めて会った頃、目も当てられない状態だった。


 顔や体はやせ細り、体中には虐待の痕があった。


 その後、サナの『治して欲しいの!』と言う願いを聞いて、”治療”をしたのだが……リハビリの為に、ハク爺の元に行き、帰って来たらこうなっていた。


 ……服の上からでも分かるような引き締まった体に、引き締まった手足。手足から覗く傷が、その肉体のせいで”歴戦の傷”かの様に見える。数週間前まで立ち上がる事すら出来なかった、とは思えない。


 治療した時には、余りにも痩せていて気が付かなかったが、如何やら”少年”と言うよりは”青年”に近い年齢のようだ。


(どうしたらそうなるのかね、全く……)


 余りの変わりように呆れながら、その原因であろう男に目を向けた。


 ハク爺……いや、逆巻善次郎と言った方が良いだろうか。


 ……各国のシステム防衛など、敵では無くなったマムが、あらゆる国の諜報部から情報を集めて来た。その情報には、傭兵”サカマキ”に関する情報が書かれていた。


 ある資料には、『中東の革命の影の立役者であり、”武力のかなめ”であった』と、あり。他の資料には、『戦闘において劣勢であっても、サカマキが着くと状況が”逆巻く”』とかあった。


 これだけでは、信用に値する人物か判断できなかったが、正巳君を救ったことに加えある情報が決め手となった。


 その資料には、こう書いてあった。


 『……契約金報酬は莫大な額であるが、必ずしも金を積めば雇えるわけでは無い。雇う側が、”奴隷”を酷使していたり、”幼い子供”を慰み者にしていた場合、逆に壊滅させられた組織も存在する。よって……』


 ……よって、サカマキは少年期に虐待の経験があると考察される。


 正直、最後の部分は間違いだと思う。


 目の前の男は、”幼少期にトラウマが有る”と言うよりは”子供が割と好き”な好々爺に見える。……ただ、子供の他に鍛錬も、同じ位好きなようだが。


「凄く変態な気がするんだけどね……」


 小さい声でそう呟きながら、施設に着くまでの時間を、”立体投影装置”の調整作業に充てた。









 ――車両に乗っている他のメンバーから、”一番の変人”と思われている事など、当の本人は知る由も無かった。


 ……数時間前、車両に案内された各々は、そこに在る”車両”に驚き、中に入って、再びその”異様さ”に驚いていたのだが、そんな事に”技術の今井”が気付く筈も無かった。


 車両は、大使館から拝借して来た”大使専用車”をベースに、ホテル所有の”装甲車”4台を解体バラして、造られていた。


 ただ、新たに3Dプリンタによって作り出された部品を”大量に”加え、操作用パネルも十数種類設置していた、と付け加えておこう。


 運転手を必要としないその車両は、明らかに”特殊車両”であり、それを一人で組み上げたという今井に、一同は呆れかえっていたのである。




 ――補足しておくと、マムも組み立てや部品加工に協力していた。






 ……驚き呆れていた一同であったが、真に驚き、そして後悔するのは、”この後間も無く”だとは誰も知らなかった。いや、知らないから黙っていられた。


 これがもし、前もって知らされていたら、使用する事など決して承諾しなかっただろう。


 ……車体の外部、車両後部に付けられた4つの筒が、夕日の光を反射していた。

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