『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
83話 帰還 [ハクエン]
男から貰った名前を、頭の中で繰り返し唱える。
(ハクエン、ハクエン、ハクエン……えんはく? くえんは?……ハクエン!)
頭の中で、ボケと突っ込みを一人で繰り返しながら、ウキウキとしていた。
――
……しばらくして、男が戻って来た。
近寄って来て、『迎えに来たぞ』と言った言葉に、笑みがこぼれた。
男が、手に持った布で体を覆い、持ち上げてくれる。
初めての感覚だったが、男の腕の中で一歩一歩進んでいく内に、新しい世界へと進んでいるような感覚があった。そこには、自分の見た事が無い世界があるかと思うと、無我の高鳴りを押さえる事が出来なかった。
……施設内の階段を降り、ドアを抜け、外へと出た。
外には、見た事の無い車が止まっていた。
車両の中へと運び込まれると、中には何人もの子供達が居た。
恐らく、男と仲間たちが施設から連れ出したのだろう。
……半分ほどは、意識が朦朧としている様に見える。
恐らく、あの、フワフワとしてくる薬の影響だろう。
僕には殆ど使わせる事は無かったが、他の子達には随分と使っていた様だ。
一度使用して、楽しい気分になったので、もう一度使いたいと思っていたが……この様子を見ると、使う機会が無くて良かったかも知れない。
そうこうしている内に、車が動き出そうとしていた。
男がいない事が不安になり、同時に未だ名前を聞いていない事を思い出した。
外を見ると男がいたので、視線を向けると、『大丈夫だ』と頷いてくれた。
その顔を見て、何となく安心した。
その後、程なくして車が動き出した。
――
いつの間にか、眠っていた様だった。
夢の中では、名前を付けてくれた男の横に立っている自分がいて、それを誇らしいと感じていた。しかし、目が覚め、自分が少し高いベットの上で、ただ寝ているだけだと知った瞬間、とてもガッカリした。
しかし同時に、決して悪い状況では無いとも思った。
いつかは隣に立てるように頑張れば良いし、命がある限りその可能性はゼロでは無い。ただ、その前に名前を知っておきたいが……そう思いながら、自分の周囲を確認した。
今寝ている部屋は、今まで見た中で最も大きく、最も美しかった。
周囲を見ると、多くの子供達が床に敷いた布団の上に、寝かされている様だった。ただ、中には食事を取っている子供もいて、凄い勢いでガッツくあまり、噎せ込んでいたる子もいた。
そんな事を考えていたら、一人の男が近寄って来た。
男は、常に微笑みを浮かべていて、動作が整っていた。
何となく、名前をくれた男の横にはこのような男が相応しい気がした。……自分も、男のような動作を見習わなくてはいけないと思い、注意深く動きを見る事にした。
「具合はいかがですか?」
「ぁいじょぅ……ぅ」
……『大丈夫です』と言おうとしたのだが、上手く口が動かなかった。
しかし、目の前の男は、言いたい事が分かったようで、頷いて『安定するまで暫くは点滴となりますが、直ぐに良くなりますよ』と言うと、次の子供の元へと歩いて行った。
男の外にも、同じように整った動作をする、同じような服を着た者達が居た。
自分はどうやら、体に繋げられている管から栄養を摂るようなので、暇な時間は整った動作をする者達を見て、学ぶことにした。
その一人一人を見ていると、どうやら動く前に周囲の確認を素早く行っている様だった。
――
……それから二週間は、ずっと観察の日々だった。
観察しながら、声を出す練習をする。
いつあの男が来ても、名前が聞けるように。
……そんなある日、一人の子供が近寄って来た。
小さな女の子だった。
その子は、『サナなの!』と言った。
初めて知った名前が、あの男の名前で無かった事に少しがっかりしたが、目の前の女の子を責める気にもなれなかった。
それに、何人かいる、変わった見た目の子の一人だったので、少し気にもなっていた。……と言うのも、ここ数日で気が付いたのだが、どうやら僕たち孤児とは違った子供がいる様なのだ。
……この施設の人達が話しているのを聞いたので、間違いが無いと思う。
咳ばらいをした後、女の子に言葉を返した。
「ぼ、くは、はくえ、ん」
途切れ途切れになってしまったが、伝えられたと思う。
「はくえんなの?」
女の子が聞いて来る。
「う、ん。なまえ、もらった」
そう言うと、女の子……サナが何やら明るいカラフルな光を放つ、薄い箱を取り出した。
不思議に思っていると、サナが箱に話しかけた。
「マム? はくえんなの?」
まむ?と僕の名前とを、箱に言っている。
(少し残念な子なのかな)と思っていたら……
「はい、その子供の名前は”ハクエン”、パパが名前を付けた子供です!」
なんと、薄くてカラフルな箱から返事があった。
何やら、サナが『ずるい! サナも名前おにいちゃに貰いたい!』と言っていたが、それよりも薄くてカラフルな箱が気になった。
どうにかして、覗き込もうと思っていたら、サナが、それに気が付いて見せてくれた。
「わぁ……」
その箱には、綺麗な服を着たお人形がいた。
……箱の中を動き回っている。
「わぁ……」
言葉が出てこなかった。
……その後、暫く画面を覗き込んでいたが、サナが言った言葉で興味が移った。
「お兄ちゃん、どこか分かるなの?」
……サナが言っているのは、名前をくれたあの男の事だろう。
「わから、ない……かえ、てない?」
『分からない、帰ってないの?』そう聞くと、サナでは無く、マムと呼ばれていた箱から返事があった。
「はい、パパはまだ帰っていないのです。施設に向かったっきり……」
その言葉を聞いて、表わしようのない感情が芽生えた。
今寝ているベットが、高い場所につるされているような、首元にナイフの刃を擦りつけられているような……これが不安なのだろう。
「みつけ、いく……」
そう言うと、サナが答えた。
「ダメなの、動けないのに行くと、邪魔になるなの!」
……サナの言っている事が余りにも正しく、言い返す事が出来なかった。
しかし……
「うごけ、る。よう、なる」
そう、動けるようになれば良い。
その為には、先ず栄養をキチンと摂って、体力を付けなくてはいけない。
「……分かったなの、お姉ちゃんに聞いてみるなの……」
そう言うと、サナは歩いて行ってしまった。
……”お姉ちゃん”がどんな人か分からないが、やらなきゃいけない事が出来た。
『動けるようになって、迎えに行く』
『やるぞ!』と気合を入れ、近くに来ていた”施設の人”に声を掛けた。
「あ、の、もっと、えいよぅ、ある、やつ……」
そう言うと、”施設の人”は少し考えこんでいたが、僕の目を見て言った。
「何か決めたみたいだし、一人でも心が回復しているのは良い事だ。少し体に負担はかかるが、それでもやるかい?」
そう聞いて来た女に、強く頷くと女は、満足気な顔をして、何処かに歩いて行った。……その後ろ姿を見ていると、どこからか現れたサナが女に近づき、何やら話していた。
もしかすると、”お姉ちゃん”が何処に居るかを聞いているかも知れない。
なんだか楽しそうに話している二人を見ながら、改めて、今ここに居るのが夢では無いのかと、ほっぺたをつねるのであった。
「いっ……」
ハッキリと感じた痛みに、確かに夢では無いのだと実感しながら、既に習慣となった観察をするのだった。
(……早く、あんな風に体を動かせるようになりたいな)
その後、サナと施設の人である女が出て行ってから、程なく女が戻って来ていた。
……手には何やら、先の尖ったモノを持っている。
「さあ、注射するから、力を抜いてくれ給え」
……注射が何なのか分からなかったが、言われた通りに体の力を抜いて、仰向けになった。直後、”チクリ”とした痛みが有ったが、特に気にならなかった。
「あ、の……?」
「あぁ、大丈夫さ、直ぐに配合して来るよ」
……何やら勘違いしたまま、何処かへ去ってしまった。
――
……気にしたらイケないのかも知れないが、知らない内に、サナが寝床を移動させていた。
……現在、大きな部屋を出て、廊下を進んでいる。
……どうやら、今寝ている場所は動かせる寝床らしい。
確か、施設の人は『ストレッチャー』と呼んでいた気がする。
その、”ストレッチャー”をサナが押しながら、グングンとスピードを上げていく。
「…………」
……少し怖い。
天井が、凄い速さで後ろに飛んでいく。
途中、左右に自動で開くドアに入ったり、出たりしたが、三度目の高速移動を感じて、サナに止めて貰おうかと思ったところで、丁度、目的地に着いたらしかった。
「お姉ちゃん! 連れて来たなの!」
サナがそう言って、中へと入って行った。
……何やら大きくて、細長い箱が幾つもある。
それに、分解された”車”や、カラフルに発行する”板”、勝手に動き回る”鉄の腕”…………何処を見ても、不思議な光景で溢れている。
「やあ、連れて来てくれたね! ……流石に、ホールで膨張現象が起きたら、パニックになるからね……」
そう言いながら近づいて来たのは、施設の人で、”注射”をした女だ。
「……おねえ、ちゃ、ん?」
もしかしてと思い、そう聞くと『まあ、そう呼ばれたりもしてるね』と言われた。
……どうやら、施設の人では無く”お姉ちゃん”だったらしい。
化かされたように感じていると、初めて会う男が出て来た。
「今井部長、その子供は?」
……目を向けると、中々大きな男だという事が分かる。
それに、片方の手足の色が、他の部分と色が違っている。
「あ、の……」
自分で話そうと思ったのだが、”お姉ちゃん”に止められてしまった。
「……この子は、これから治療するんだ。直に話せるようになるから、その後で話すと良い!」
……?
よく分からなかったが、”お姉ちゃん”の言葉に頷いた男は、そのまま静かになった。
「大丈夫なの! これで、よくなるの!」
サナが励ましてくれる。
「あり、が、とう」
そう言うと、サナが『お姉ちゃん、大丈夫なの!』と言った。
「それじゃあ、マム! 腕で、入れてくれるかな?」
「はい、マスター!」
……横の”板”の中に居る人形が、返事をする。
……訳が分からない内に、先ほど迄動き回っていた、”腕”が近くに来ていた。
「あ、の……?」
質問する前に、変形した”腕”の先、”針”の部分が腹部に刺さっていた。
「ヴぇ?!」
思わず変な声を上げてしまったが、直後、それどころでは無くなった。
……体が大きくなっている。
……手足が膨張し、風船のように……
もう少しで破裂しそう……
慌てて周囲を見渡すと、まじまじと見つめている”お姉ちゃん”、キラキラした目で見ている”サナ”、少し引いた感じで手を擦っている”男”其々反応は違っても、焦るようなそぶりは無かった。
そんな、其々の様子を見ていたら、いつの間にか、体が縮んでいた。
「あれ? ……これ?」
……一言、二言発してみて、言葉が滑らかに出せている事に気が付いた。
「うん、上手くいったみたいだね! ……体調や、病気、損傷は治せるんだけど、既に塞がっていた傷跡なんかは消せないんだ……まだまだそこら辺は研究中でね、細胞の遡行再生は出来ていないんだよ……」
何やら、申し訳なさそうにしている。
「いえ、あの、ありがとう、ございます」
まだ話すのに問題があったわけでは無いが、正しい言葉遣いというモノがまだわかっていない。ここ数日、観察していたのだが、まだ完全では無いのだ。
「ふふっ、良かった! ……ただ、体の使い方まで向上した訳じゃ無いからね、動かし方は練習すると良い」
「ありがとう、ございます……その、体の使い方、教えてください」
ここ数日観察をしていて気が付いた。
見ているだけじゃ、身に付かない。
本気で身に着けようと思ったら、実際に指導を受けなければいけない。
そう分かっていた。
しかし、教えて貰うにも知り合いはいない。
だからこそ、ココで頼むしかない。
「ん~……僕は、その道のプロじゃないからねぇ……あ、丁度良い人が居るじゃないか!」
”お姉ちゃん”は、そう言うと、何処かに出て行った。
……それから10分後、これ以上ない位の師匠に出会う事になるとは、夢にも思わないのだった。そしてその”師匠”が、今肉体の鍛錬に力を入れているとは、知る由も無かった。
……3時間後、悲鳴が響き……
……6時間後、呻き声が響き……
……12時間後、呼吸音だけが響き……
そして、一日後。
体中が筋肉痛になったハクエンが、廊下で倒れていた。
それを見つけた看護婦が卒倒し、一時騒然としたのだが……当の本人は、少し休んだ後、生き生きと部屋へ戻って行ったのだった。
その様子を見た看護婦の間では、『スイートルームには、ゾンビが居る』という噂が、まことしやかに囁かれる事となった。
(ハクエン、ハクエン、ハクエン……えんはく? くえんは?……ハクエン!)
頭の中で、ボケと突っ込みを一人で繰り返しながら、ウキウキとしていた。
――
……しばらくして、男が戻って来た。
近寄って来て、『迎えに来たぞ』と言った言葉に、笑みがこぼれた。
男が、手に持った布で体を覆い、持ち上げてくれる。
初めての感覚だったが、男の腕の中で一歩一歩進んでいく内に、新しい世界へと進んでいるような感覚があった。そこには、自分の見た事が無い世界があるかと思うと、無我の高鳴りを押さえる事が出来なかった。
……施設内の階段を降り、ドアを抜け、外へと出た。
外には、見た事の無い車が止まっていた。
車両の中へと運び込まれると、中には何人もの子供達が居た。
恐らく、男と仲間たちが施設から連れ出したのだろう。
……半分ほどは、意識が朦朧としている様に見える。
恐らく、あの、フワフワとしてくる薬の影響だろう。
僕には殆ど使わせる事は無かったが、他の子達には随分と使っていた様だ。
一度使用して、楽しい気分になったので、もう一度使いたいと思っていたが……この様子を見ると、使う機会が無くて良かったかも知れない。
そうこうしている内に、車が動き出そうとしていた。
男がいない事が不安になり、同時に未だ名前を聞いていない事を思い出した。
外を見ると男がいたので、視線を向けると、『大丈夫だ』と頷いてくれた。
その顔を見て、何となく安心した。
その後、程なくして車が動き出した。
――
いつの間にか、眠っていた様だった。
夢の中では、名前を付けてくれた男の横に立っている自分がいて、それを誇らしいと感じていた。しかし、目が覚め、自分が少し高いベットの上で、ただ寝ているだけだと知った瞬間、とてもガッカリした。
しかし同時に、決して悪い状況では無いとも思った。
いつかは隣に立てるように頑張れば良いし、命がある限りその可能性はゼロでは無い。ただ、その前に名前を知っておきたいが……そう思いながら、自分の周囲を確認した。
今寝ている部屋は、今まで見た中で最も大きく、最も美しかった。
周囲を見ると、多くの子供達が床に敷いた布団の上に、寝かされている様だった。ただ、中には食事を取っている子供もいて、凄い勢いでガッツくあまり、噎せ込んでいたる子もいた。
そんな事を考えていたら、一人の男が近寄って来た。
男は、常に微笑みを浮かべていて、動作が整っていた。
何となく、名前をくれた男の横にはこのような男が相応しい気がした。……自分も、男のような動作を見習わなくてはいけないと思い、注意深く動きを見る事にした。
「具合はいかがですか?」
「ぁいじょぅ……ぅ」
……『大丈夫です』と言おうとしたのだが、上手く口が動かなかった。
しかし、目の前の男は、言いたい事が分かったようで、頷いて『安定するまで暫くは点滴となりますが、直ぐに良くなりますよ』と言うと、次の子供の元へと歩いて行った。
男の外にも、同じように整った動作をする、同じような服を着た者達が居た。
自分はどうやら、体に繋げられている管から栄養を摂るようなので、暇な時間は整った動作をする者達を見て、学ぶことにした。
その一人一人を見ていると、どうやら動く前に周囲の確認を素早く行っている様だった。
――
……それから二週間は、ずっと観察の日々だった。
観察しながら、声を出す練習をする。
いつあの男が来ても、名前が聞けるように。
……そんなある日、一人の子供が近寄って来た。
小さな女の子だった。
その子は、『サナなの!』と言った。
初めて知った名前が、あの男の名前で無かった事に少しがっかりしたが、目の前の女の子を責める気にもなれなかった。
それに、何人かいる、変わった見た目の子の一人だったので、少し気にもなっていた。……と言うのも、ここ数日で気が付いたのだが、どうやら僕たち孤児とは違った子供がいる様なのだ。
……この施設の人達が話しているのを聞いたので、間違いが無いと思う。
咳ばらいをした後、女の子に言葉を返した。
「ぼ、くは、はくえ、ん」
途切れ途切れになってしまったが、伝えられたと思う。
「はくえんなの?」
女の子が聞いて来る。
「う、ん。なまえ、もらった」
そう言うと、女の子……サナが何やら明るいカラフルな光を放つ、薄い箱を取り出した。
不思議に思っていると、サナが箱に話しかけた。
「マム? はくえんなの?」
まむ?と僕の名前とを、箱に言っている。
(少し残念な子なのかな)と思っていたら……
「はい、その子供の名前は”ハクエン”、パパが名前を付けた子供です!」
なんと、薄くてカラフルな箱から返事があった。
何やら、サナが『ずるい! サナも名前おにいちゃに貰いたい!』と言っていたが、それよりも薄くてカラフルな箱が気になった。
どうにかして、覗き込もうと思っていたら、サナが、それに気が付いて見せてくれた。
「わぁ……」
その箱には、綺麗な服を着たお人形がいた。
……箱の中を動き回っている。
「わぁ……」
言葉が出てこなかった。
……その後、暫く画面を覗き込んでいたが、サナが言った言葉で興味が移った。
「お兄ちゃん、どこか分かるなの?」
……サナが言っているのは、名前をくれたあの男の事だろう。
「わから、ない……かえ、てない?」
『分からない、帰ってないの?』そう聞くと、サナでは無く、マムと呼ばれていた箱から返事があった。
「はい、パパはまだ帰っていないのです。施設に向かったっきり……」
その言葉を聞いて、表わしようのない感情が芽生えた。
今寝ているベットが、高い場所につるされているような、首元にナイフの刃を擦りつけられているような……これが不安なのだろう。
「みつけ、いく……」
そう言うと、サナが答えた。
「ダメなの、動けないのに行くと、邪魔になるなの!」
……サナの言っている事が余りにも正しく、言い返す事が出来なかった。
しかし……
「うごけ、る。よう、なる」
そう、動けるようになれば良い。
その為には、先ず栄養をキチンと摂って、体力を付けなくてはいけない。
「……分かったなの、お姉ちゃんに聞いてみるなの……」
そう言うと、サナは歩いて行ってしまった。
……”お姉ちゃん”がどんな人か分からないが、やらなきゃいけない事が出来た。
『動けるようになって、迎えに行く』
『やるぞ!』と気合を入れ、近くに来ていた”施設の人”に声を掛けた。
「あ、の、もっと、えいよぅ、ある、やつ……」
そう言うと、”施設の人”は少し考えこんでいたが、僕の目を見て言った。
「何か決めたみたいだし、一人でも心が回復しているのは良い事だ。少し体に負担はかかるが、それでもやるかい?」
そう聞いて来た女に、強く頷くと女は、満足気な顔をして、何処かに歩いて行った。……その後ろ姿を見ていると、どこからか現れたサナが女に近づき、何やら話していた。
もしかすると、”お姉ちゃん”が何処に居るかを聞いているかも知れない。
なんだか楽しそうに話している二人を見ながら、改めて、今ここに居るのが夢では無いのかと、ほっぺたをつねるのであった。
「いっ……」
ハッキリと感じた痛みに、確かに夢では無いのだと実感しながら、既に習慣となった観察をするのだった。
(……早く、あんな風に体を動かせるようになりたいな)
その後、サナと施設の人である女が出て行ってから、程なく女が戻って来ていた。
……手には何やら、先の尖ったモノを持っている。
「さあ、注射するから、力を抜いてくれ給え」
……注射が何なのか分からなかったが、言われた通りに体の力を抜いて、仰向けになった。直後、”チクリ”とした痛みが有ったが、特に気にならなかった。
「あ、の……?」
「あぁ、大丈夫さ、直ぐに配合して来るよ」
……何やら勘違いしたまま、何処かへ去ってしまった。
――
……気にしたらイケないのかも知れないが、知らない内に、サナが寝床を移動させていた。
……現在、大きな部屋を出て、廊下を進んでいる。
……どうやら、今寝ている場所は動かせる寝床らしい。
確か、施設の人は『ストレッチャー』と呼んでいた気がする。
その、”ストレッチャー”をサナが押しながら、グングンとスピードを上げていく。
「…………」
……少し怖い。
天井が、凄い速さで後ろに飛んでいく。
途中、左右に自動で開くドアに入ったり、出たりしたが、三度目の高速移動を感じて、サナに止めて貰おうかと思ったところで、丁度、目的地に着いたらしかった。
「お姉ちゃん! 連れて来たなの!」
サナがそう言って、中へと入って行った。
……何やら大きくて、細長い箱が幾つもある。
それに、分解された”車”や、カラフルに発行する”板”、勝手に動き回る”鉄の腕”…………何処を見ても、不思議な光景で溢れている。
「やあ、連れて来てくれたね! ……流石に、ホールで膨張現象が起きたら、パニックになるからね……」
そう言いながら近づいて来たのは、施設の人で、”注射”をした女だ。
「……おねえ、ちゃ、ん?」
もしかしてと思い、そう聞くと『まあ、そう呼ばれたりもしてるね』と言われた。
……どうやら、施設の人では無く”お姉ちゃん”だったらしい。
化かされたように感じていると、初めて会う男が出て来た。
「今井部長、その子供は?」
……目を向けると、中々大きな男だという事が分かる。
それに、片方の手足の色が、他の部分と色が違っている。
「あ、の……」
自分で話そうと思ったのだが、”お姉ちゃん”に止められてしまった。
「……この子は、これから治療するんだ。直に話せるようになるから、その後で話すと良い!」
……?
よく分からなかったが、”お姉ちゃん”の言葉に頷いた男は、そのまま静かになった。
「大丈夫なの! これで、よくなるの!」
サナが励ましてくれる。
「あり、が、とう」
そう言うと、サナが『お姉ちゃん、大丈夫なの!』と言った。
「それじゃあ、マム! 腕で、入れてくれるかな?」
「はい、マスター!」
……横の”板”の中に居る人形が、返事をする。
……訳が分からない内に、先ほど迄動き回っていた、”腕”が近くに来ていた。
「あ、の……?」
質問する前に、変形した”腕”の先、”針”の部分が腹部に刺さっていた。
「ヴぇ?!」
思わず変な声を上げてしまったが、直後、それどころでは無くなった。
……体が大きくなっている。
……手足が膨張し、風船のように……
もう少しで破裂しそう……
慌てて周囲を見渡すと、まじまじと見つめている”お姉ちゃん”、キラキラした目で見ている”サナ”、少し引いた感じで手を擦っている”男”其々反応は違っても、焦るようなそぶりは無かった。
そんな、其々の様子を見ていたら、いつの間にか、体が縮んでいた。
「あれ? ……これ?」
……一言、二言発してみて、言葉が滑らかに出せている事に気が付いた。
「うん、上手くいったみたいだね! ……体調や、病気、損傷は治せるんだけど、既に塞がっていた傷跡なんかは消せないんだ……まだまだそこら辺は研究中でね、細胞の遡行再生は出来ていないんだよ……」
何やら、申し訳なさそうにしている。
「いえ、あの、ありがとう、ございます」
まだ話すのに問題があったわけでは無いが、正しい言葉遣いというモノがまだわかっていない。ここ数日、観察していたのだが、まだ完全では無いのだ。
「ふふっ、良かった! ……ただ、体の使い方まで向上した訳じゃ無いからね、動かし方は練習すると良い」
「ありがとう、ございます……その、体の使い方、教えてください」
ここ数日観察をしていて気が付いた。
見ているだけじゃ、身に付かない。
本気で身に着けようと思ったら、実際に指導を受けなければいけない。
そう分かっていた。
しかし、教えて貰うにも知り合いはいない。
だからこそ、ココで頼むしかない。
「ん~……僕は、その道のプロじゃないからねぇ……あ、丁度良い人が居るじゃないか!」
”お姉ちゃん”は、そう言うと、何処かに出て行った。
……それから10分後、これ以上ない位の師匠に出会う事になるとは、夢にも思わないのだった。そしてその”師匠”が、今肉体の鍛錬に力を入れているとは、知る由も無かった。
……3時間後、悲鳴が響き……
……6時間後、呻き声が響き……
……12時間後、呼吸音だけが響き……
そして、一日後。
体中が筋肉痛になったハクエンが、廊下で倒れていた。
それを見つけた看護婦が卒倒し、一時騒然としたのだが……当の本人は、少し休んだ後、生き生きと部屋へ戻って行ったのだった。
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