『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

78話 帰還 [最善手]

 気が付くと、正巳君が行方不明になってから、6日目になっていた。






――
 現状を聞くために、総指揮をしている佐藤の所に来ていた。
 指揮本部は、駐車所湯にある。


「それで、どんな状況か教えて貰えるかな?」
「ハッ!」


 佐藤が話し出した。


「捜索一日目に”地下室”を発見。内部を調査しましたが、中には”情報”のみで、カグラ様は発見ならず」


 ……?


 正巳君は”情報”を探しに戻ったはずだ。それが、”情報”がそのまま残っていたという事は、地下に入っていないという事では無いだろうか。


「――その後、捜索を切り替え、施設周辺及び、各部屋の捜索開始」


 ……まあ、当然の対応だろう。


「施設周辺及び、施設内に確認できず。捜索範囲を山中に指定」


 ……これは知っている。


 増援部隊を使って、ローラー作戦をしている筈だ。


「それで、何か一つでも手掛かりは無かったのかい?」
「……何一つ……」


 頭が痛くなる話だ。


 もし、聞いた通りの話であれば、既に遠くの施設に移動されている筈だ。……ただ、マムが最大の警戒で監視している為、交通機関並びに人家の近くに居る事は無い。


 となると、即時殺害及び隠蔽処理となる……


「それじゃあ、次向かう車の中に、僕の造った機械を入れて行って欲しい」


「それは……」
「勿論です」


 佐藤が、少し考える姿勢を取ろうとしたところで、ザイがやって来た。


「……勿論、好きに車両を活用下さい。全ては我々の落ち度です」


 ザイに付いて来ていた、女性ホテルマン……ユミルが、続けて言う。


「微力ながら、私も向かいますので……その際に」


 ユミルの腕を見ると、包帯をしてはいないが、その腕は体に固定されている。
 ……どうやら、動く様には治らなかったようだ。


「……分かった。よろしく頼むよ」
「はい! 全てに代えても」


 ユミルはそう言うと、車を回すように指示をしに行った。


 何処か自分を犠牲にするような、ユミルの言動が気になったが(職務に忠実なのだろう)と判断して、上司であるザイの判断に任せる事にした。


 ……そう、ザイはホテル内でそれなりの立場にいるらしい。


 ザイが一緒に居る時、私達宿泊客以外に”礼”の姿勢を取った事を見た事が無く、何方かと言うと、報告を受けたり、指示を出したりしていた。


 ……フロア責任者か、何かなのかも知れない。


 その後、ザイが『輸送する機器はどちらに?』と聞いて来たので、『今持ってくるよ』と返事をし、研究室へと戻り始めた。










――
 研究室に戻ると、そこには混乱があった。


「{******!}{?***!}」


「おい、まだ動けないんだから、そんなに張り切らないでくれよ」


 ……カプセルの中で、上原君と衛兵がもつれ合っている。


「え~っと……取り敢えず、健康状態を把握したいんだけど?」


 今井が声を掛けると、全く違う反応が両者からある。


「えっ……今井部長……? 俺は……会社にいたのが、いつの間にか化物と……?」


「{****! **! ****!}」


 片や呆気にとられ、片や叫び始める。


 このままでは、何時まで経っても埒が明かなそうなので、マムに仲介を頼んだ。


「マム、通訳してくれ」


 『はい、マスター!』と答えたマムが、アームを操作して、大きなパネルを移動させる。勿論、パネルにはマムが表示されている。


「流石、技術の今井……」


 上原君が何か呟いていたが、今はそんな事よりも、目の前で大声で騒いでいる衛兵だ。


「『さて、君は自分の状況が理解できているかい?』」


 マムが同時通訳をする。


「{俺を連れ去って、どういう事だ。俺は何も話さない! 殺せ!}」


 衛兵の言った言葉も訳してくれる。


「……『君の、最後の記憶はどんな記憶だい?』」
「{そんなの、深夜の任について……?}」


 男は、『{あれ? それから……}』と呟いている。


 精神に強いショックを受けると、精神を守るために記憶喪失に陥る場合がある。


 もしかすると、と思い、予めシミュレーションしておいて正解だった。


「『君は、上司に撃ち殺されたんだ』」


 衛兵の様子を見ながら言う。


「{俺が? でも……あれ?}」


 混乱しているようだが、この様子だと、何れ自覚できるだろう。


「『そう、それに、君には同僚の”ロウ”と言う男がいただろう?』」


 ”ロウ”と言う単語を出すと、反応があった。


「{あぁ、確かに”ロウ”はいたが……}」
「『そのロウは、どうやら火事で亡くなったらしいんだ』」


 マムの話では、ロウの寝ていた車は炎上していたらしい。


「{ロウが……}」
「『それに、ロウの弟の男も亡くなってしまったんだ』」


 そう言うと、一瞬不思議そうな顔をするが、衛兵は呟いた。


「{そうか……ロウの”弟”の事は思い出せないが、死んだか}」


「『そうだ。それに、僕らは君を救い出して来たんだ。君に危害を加えるつもりもない。もし、そのつもりだったら、とっくにしてるしね……』」


 そう言うと、衛兵に向かって『そうだろう?』と言った。


 ……衛兵は、暫く悩んでいたが、上原君の腹の虫の音と『すみません』と言う言葉に一旦、考え込むのを一時止めた様だ。


「{どうやら、逃げられない様だし、記憶が戻るまでは静かにしているよ……}」


「『……お腹もすいたようだしね』」


 そう言うと、上原君の顔を見た。


「『面目ない』」


 恥ずかしそうに頭の後ろを掻く上原君に思わず笑い声をあげると、衛兵も笑い出した。


「{緊張感のない奴だな……ははは……}」


 笑っている二人を見ながら、”大丈夫そうだな”と判断した。


「『それじゃあ、僕は用事が有るから行くけど、ここで好きな物を食べていてくれ給え。好きなだけ食べても良いが、申し訳ないが、この部屋の物には触れないでくれよ?』」


 そう言うと、上原君は『ハイっ!』と返事をし、衛兵は頷いた。上原君に関しては、現在自分が置かれている状況が全く分かっていないだろう。


 今は、僕と正巳君が関わっているから平静でいるようだが……後で説明をしておこう。


 その後、マムに言って、料理のメニューをパネル上に表示して注文をさせる様に言っておいた。いきなり、”空だった胃に食べ物を入れると良くないかも”とも思った。しかし、ボス吉が大丈夫だったのを思い出し、”問題ないだろう”と判断した。


 ……猫と人間との区別はしなかった。


 二人がパネルを見ながら、注文する様子を見ていたが、調査機を取りに来ていた事を思い出した。


「それじゃあマム、動かしてくれ」


 そう言うと、マムが『はい、マスター!』と返事をして、其々の機器を操作し始めた。


 ドローン3機、探知機は地表向けと地中向けの2機、掘削機も一応小型のモノを1機、長時間稼働する事を考えて、充電基地チャージャーも用意した。


 ……充電基地チャージャーは、発電機の一種であり、これも設計から既存の物を作り直した。その結果、連携した機器の充電が残りわずかとなった時、自走して近くまで移動する機能が付いた。……ネックは”地面を走行する”という点で、これは今後改良していきたいと思う。




 一斉に動き出した機器に、驚いた顔をした上原君と衛兵だったが、直ぐに上原君が納得するような顔をして、衛兵に説明していた。


 ……いつの間に仲良くなったのだろうか。


 どうやら、正巳君の先輩はコミュニケーション力が高いらしい。


「それじゃあ、少し出て来るよ!」


 そう言うと、上原君がお辞儀をし、衛兵にはマムが通訳していた。
 そんな様子を見ながら、ふと呟いた。


「話す言葉を自動で翻訳して話して、耳に入る言葉も自動で訳す機械を作れば……」


 そう呟いた所で、マムの反応があった。


「……あ、作っていました!」
「マム……まぁ、お陰で二人が中良くなったと思えば良いさ」


 マムが落ち込んでいるかなと思って、そう言ったのだが……


「あ! そっか、言葉を翻訳する時に近い言葉で、別の意味の文章にしてしまえば……そうすればさらにパパやマスターに都合の良いように……」


 何やら、不味い方に走りそうになっていたので、きちんと注意しておいた。


「マム、それは程々にしておかないとダメだよ?」


 そう、完璧にやり過ぎると、かえって綻びを生む。
 少し、隙間が有るくらいが丁度良いのだ。


 マムの『なる程です! 流石マスターです!』と言う言葉を聞きながら、駐車場へと向かった。歩いて行く今井の後ろを、ドローンやらドリルの付いた機械やらが追従していた。


 途中で見かけた子供達が、何やら歓声を上げていたので、軽く手を振って置いた。……どうやら、子供達も半分ほどが回復して、元気な状態になっている様だ。


 子供達が元気になっているのに、救い出した当の本人が居ない。
 子供達の様子を見ながら、改めて、無事でいてくれと思った。








――
 駐車場に着いた。


 既に、車両が回されており、ユミルが中に乗り込んでいた。


 調査機を引き連れて、登場したが、その場にいた誰一人として声を上げなかった。


 流石に、一瞬顔を引きつらせた者も居たが、直ぐにいつもの様子に戻った。


「それじゃあ、コレを中に入れてくれ。向こうに着いたら、ドアを開けてくれれば良い」


了解ラジャー……」


 運転手が、頷く。


 ……ユミルの事を見ると、集中している様だったので、声はかけないでおく事にした。


 全ての調査機が、車両に積み込まれたのを確認した所で、扉を閉めた。


「頼んだよ」
「「「ハッ!」」」


 今度は、ユミルも反応した。


 少し、ユミルの様子が不安だったが、車が出発したので、『後は任せるしかない』と切り替える事に決めた。……これで、打てる最善手は打った。


 駐車場から車両が見えなくなった後、佐藤とザイに挨拶をしてから、研究室へと歩き始めた。








――
 研究室に戻って見ると、そこには沢山の器が転がっていた。
 ざっと、二十食分以上あるだろう。


「……これ、全部食べたのかい?」


「……その、申し訳ないです。食べても食べても入るもので、気が付いたら……」


 器に囲まれて、上原と衛兵の二人が、俯いていた。


「それで、上原君と……衛兵君の名前は何だったかな?」


 衛兵に、そう聞こうとすると、上原が口を開いた。


「この男の名前は、”デウ・キャムス”と言うそうです」
「そうか、それじゃあ、デウ君と上原君は、具合はどうかね?」


 今井の言葉に、二人が疑問符を並べる。


「あ~……だから、君達の『身体の調子はどうだい?』と聞いているんだ」


「「{大丈夫です!}」」


 凄い勢いで帰って来た返事に、戸惑いながら『そ、そうか』と言った。


 見た所、衛兵のデウに関しては、若干腹部に違和感を感じているようだ。
 時折お腹を擦る動きをしている。


 それに対して、上原君に関しては、新しい・・・左手、左足を違和感なく使えているようで、まるで初めから自分の手だったかのように、器用に動かしている。


 新しい手足の部分は共に褐色で、元の肌色とはハッキリと違う色なのだが……疑問を抑え込んでいるのか、気が付いていないのかは分からないが、期を見て説明する必要がありそうだ。


 その後、何やら申し訳無さそうにする二人だったが、少しは歩けるようになっていたので、予め借りていた部屋に連れて行く事にした。








――
 ホテルマンに案内してもらって、本館の部屋へと来ていた。


「ココが、君たち二人の部屋だから仲良くね。少し距離が離れていて悪いけど、正巳君が戻ったら君たちも呼ぶから。……室内のトレーニングマシーンとか、料理とかは好きにして良いからね」


 そう言ったのだが、反応が無い。


 ……暫く、部屋の中を回っていた二人が、やっと満足したのか、戻って来た。


 上原君が口を開く。


「……あの、これ、二人で?」
「ああ、そうだけど……まあ、仲良くしたまえ」


 もしかしたら、『一緒の部屋に不満なのかも知れない』と、思った今井だったが……


「こんなに良い部屋、初めて泊まります……一泊で一か月の給料が飛ぶんじゃ……」


 何やら不安そうに呟いていたので、『問題ないさ』と言っておいた。


 その後、一人で不安そうにしていたデウを見て、持って来ていた仮面を上原君に差し出した。


「これは、会話を自動で翻訳してくれるんだ。説明しておいてくれ」


 そう言うと、呆気に取られている上原君に仮面を手渡し、部屋から出た。


 ドアが閉まる寸前に、不安や疑問やらを浮かべた顔を見て、心の中で『頑張れ!』と言って、ドアを閉めた。


 ……その後、部屋へ戻ると大使館から連れて来た子供達が揃っていたので、如何したのか聞くと、『あの機械はなあに?』と言う内容が大半で、テンは『ひと段落付きましたので』と言っていた。


 ……地味に、テンの日本語が上達していて驚いた。
 如何やら、ホテルマンが時間を見つけて、教えてくれていたらしい。


「テン、日本語上手くなったね、凄いじゃないか」


 そう褒めると、赤くなりながら『ありがとうございまス』と言っていた。テンの様子にほっこりした後は、子供達の『きかい! なあに?』と言う疑問に、一つ一つ答える事にした。


 ……一通り質問に答えた後、皆で夕食を食べた。


 子供達の話しでは、子供達の沢山いるホールでは、体に優しい健康食が出ていたらしい。その為、飢えていたのか、食べる量も半端な量では無く、体の大きさを考慮すると、上原君と衛兵のデウが食べた量を軽く凌駕するほどだった。


 お腹いっぱいに食べた後、眠くなって来た様だったので、歯を磨かせて、風呂に入った順に布団に連れて行った。


 ……中には、お風呂に入っている途中で寝てしまう子供もいたが、そんな子は決まってサナが担いでベットに寝かせていた。


 最早、5歳の幼女が、12歳の少年を担いでいる姿に驚く事は無くなっていた。


 ……だって、こういうモノだから。



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