『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
68話 孤児院 [責任]
少女に跨っていた男を、廊下に運び出した。……それにしても、何故鍵をかけたはずの部屋内に男が?
事前に、全ての部屋に鍵を掛けていたのは、職員が"外に出ないように"という面と"子供達を盾にしないように"という理由があったのだ。
「……マム、如何いう事だ?」
廊下に出た俺は、イヤホンで繋がっているマムに、話しかけた。無意識の内に、問いただす様な口調になってしまう。
「パパ……どうやら、ロックを掛ける前に、既に部屋に侵入していたようです」
……ロック、つまり鍵を掛ける前、と言うと、2時間以上前になるだろう。
「その間、こいつはずっと部屋に……」
目の前にいる、裸の男に目を向ける。
……太っている訳でも、痩せている訳でもないが、その顔は苦痛で歪んでいる。
……辛うじて息が有るらしい。
……部屋の中には、少女が数人倒れていたが、その腕や腹部には痣があった。
「この腕か……」
男の腕を片方の足で抑え、もう片方の足で蹴り抜く。
『”バキョッ”』
鈍い音と、骨が折れる音が合わさった、何とも言えない音が廊下に響く。
「グぁ……グ……」
微かに反応が有るが、頸部の苦痛の方が勝るのだろう、直ぐに声が出なくなる。
「……マム、他の部屋で同様な事態が発生していると、予想できる場所は有るか?」
一刻を争う事態だ。
ここ迄は、ユミルやジュウに怪しまれないよう立ち回る事を考えていたが……最早そんな気は失せていた。部屋の中で辱められていたのは、ミンやテンと同じくらいの少女だった。
それに、部屋の隅には、サナや他の子と同じ位の子供達もいた。下手すると、一生の傷として心に残ってしまうかも知れない。
もし、ミンやサナ、子供達に同様な事をする奴がいたら……生かしてはおけないだろう。
「パパ、同様な事態を予想される部屋が他に幾つか――」
「場所を」
「はい、下のフロアには二部屋、上の階には其々……」
詳しい場所を、マムから聞いた俺は『ありがとう』と礼を言ってから、一つ深呼吸した。
アドレナリンが体中を駆け巡り、口元が左右に引っ張られたかのように歪む。……何処かで『怒りの限界を越えると、笑えて来る』と聞いた事がある。
……今の俺がそうなのだろう。
このままだと、一人で暴走してしまいそうだ。
一人で部屋に突入して、もし俺が返り討ちに合えば本末転倒だ。
……俺に格闘スキルが無い事がネックだ。
しかし、無い物は無いし、仕方がない。
一先ず現状を冷静に把握して、落ち着いた。
興奮した時は、息を大きく吸って、ゆっくりと吐くのが効くな……そんな事を思いながら、僅かに呻いている男を残し、部屋へと戻った。
――
部屋へと戻ると、ジュウが取り出した布と消毒液で、少女を手当てしている途中だった。
「……二人とも、そのまま手を動かしながら聞いてくれ」
一瞬、俺の様子を確認するかのように、ユミルの視線が顔、肩、手と動くが、納得したのか、少女の手当てに戻る。
……恐らく、先ほどの俺の様子を見た後のせいで、俺の変わりように驚いたのだろう。
今の俺は、完全に自分を制御できているはずだ。
……心の中を、うねるような衝動が、常に渦巻いてはいるが。
少なくとも、表面的には元に戻っている。
「……これから、同様なケースが発生していると予測される部屋を言う。二手に分かれて対処しようと思うが、良いか?」
俺の言葉を聞いたユミルとジュウが頷く。
「それで、二人の内、戦闘の腕が立つのはどちらだ?」
俺の言葉に、治療中だったユミルが反応した。
「私です」
……ジュウの方に目を向けると、頷いて来た。
「それじゃあ、ユミルにはこれから言う部屋を一人で回って貰う。もし部屋内にさっきの様な奴がいた場合……対処は任せる」
「了解」
その後、俺が言う部屋の場所を黙って聞いていたユミルだったが、子供達の手当てを終えると、立ち上がった。
「それでは、上階から行ってまいります……音は――」
「一切気にしなくて良い。早く対処する事だけを求めろ」
俺の言葉に頷いて、ユミルが部屋を出て行った。
「さて……」
ユミルを見送った俺は、通信機をジュウから借り、もう一つの救出班であるベータに連絡を取った。
――
「……ああ、そう言う事だ。伝えた部屋に対象がいる可能性が高い。迅速に対処してくれ」
リョウに通信を送ると、状況を瞬時に把握したのか、向こうからも提案があった。
『待機中の車両班”十五”と”十六”を動かしましょう』
「動かしてどうする?」
車両を下手に動かしてしまうと、下手をすると監視員に逃げられてしまう可能性がある。
『ライトを消して近づき、各自監視塔を攻略させます』
「監視塔は四棟あるが?」
順番に攻略するのでは、万が一がある。
『問題ありません。こちらの班は既に私以外の二人が、各個、問題の部屋を攻略に行っています。車両係の4人も十分、一人で対処できる能力があります』
と云う事は……
「ジュウ、一人で他の部屋を攻略頼めるか?」
「了解」
俺の言葉に、ジュウが部屋を出て行った。
「……どうやら、お荷物なのは俺だったか」
ユミルのみでなく、ジュウやリョウ、他の班員……車両運転手に至るまで、相当な戦闘技術があると知り、改めて自分の不足を知った。
『……いえ、そんな事はありません。その判断力、対処、それに基本的な身体裁きや、気配の操作には目を見張るものがあります』
……恐らく励ましてくれているのだろう。
「……済まないな、気を遣わせた。各部屋攻略後、予定通り中央のホールに集合してくれ」
『ハッ! ……車両班には私の方から指示をしましょうか?』
恐らく気を使ったのだろうが……
「俺が指示を出す」
『了解!』
監視塔の人員には恐らく、銃器が支給されている。
過去の決済の中に、銃器を手入れする道具一式や、保管しておくためのロッカー、弾薬を作る為の機材等が、購入された形跡があった。
監視塔の攻略を指示するという事は、仲間を死ぬ可能性のある場所に送る。と云う事と同義だ。もし、何かあった場合の事を考えて、『私の方から指示をしましょうか?』と言ったのだろう。
しかし、今回の依頼は俺が出した。
……今井さんがホテル側に”人員派遣”を依頼していたとしても、責任は俺にある。
だからこそ、危険な指示も、俺の責任で出さなくてはならない。
リョウとの通信が終わったのを確認し、車両班へと通信を開いた。
――
車両班の4人に監視塔攻略の指示を出したら、4人とも『了解』と即答した事には驚いた。
話では、20分程で着くという事だった。
「さて……」
部屋の中を見渡す。
……ユミルとジュウが手当てしたおかげで、見た目で痛々しい子供はいない。加えて、ミンやテン、サナ達と違い全員日本人なようなので、言葉の心配はないだろう。
「……大丈夫か?」
近くで横になっていた少女に、声を掛けた。
先ほど男に跨れていた子だ。
「……っつ!」
俺が、しゃがんで声を掛けると、体をビクッと震わせて距離を取った。
……少し前に”男”にあんな目に合わされたのだ。この反応は当然だろう。俺が、不用意に近づき過ぎた。
「……大丈夫だ。ここから俺が連れ出してやる」
「………………そと」
一言だけ、そう言った。
「あぁ、”そと”だ……もうここに居る必要はない」
俺がそう答えると、少し離れた所に居た8,9歳位の少年が言った。
「……無理だよ……”さかまき”がいるし……あいつ強いし……」
そう言った少年は、俺が目を向けると、ビクッと反応したが、眼は逸らさなかった。
「坊主、そいつの事を、教えてくれるか?」
俺がそう言うと、少年が答えた。
「……俺は坊主じゃなくて、”アキラ”だ」
この状況で、こう返せる子供はいないだろう。
「……良いだろう。アキラ、そいつの……”サカマキ”の事について、教えてくれ」
「うん。さかまきはとても強いんだ。前に見た時は、ココの警備をしている連中6人を相手に、全員を倒してたんだ。まるで、遊んでるみたいだった」
……腕っぷしが強い。
「見た目はどんな感じだ?」
俺がそう聞くと、アキラと名乗った少年が答える。
「えっと、白髪の混じった髪をしてて、長――」
「――長髪で、髪を後ろで結わえている?」
俺がそう言うと、頷いたので、続けた。
「おまけに、細長いナイフを持っていて、時々音も無く背後にいる事がある……か?」
そう続けた俺の事を、アキラは不思議そうに見ている。
「そう! 全部当たってる!」
「……そうか、あいつが居るのか……」
俺の幼少期に、”サバイバルを教えてくれた人物”とアキラの言う特徴とが、重なる。
その男には、毎年孤児院で行っていたサバイバルキャンプで、あらゆる事を教えて貰った記憶がある。森、海、空、戦闘……あらゆる事に精通していた男は、自分の事を『戦争屋』と言っていた。
そんな男が、この施設にいるとは……
「……ユミル達が危ないかもな」
そう呟き、子供達に向き直った。
……俺がアキラと話していた為か、心なしか警戒心が弱まっている気がする。
「外は危険な可能性が高い。外には出ずに、ここに居てくれ」
俺がそう言うと、子供達の内何人かが頷いた。
……この部屋にいるのは9名か……
施設から連れ出す数は、おおよそ想定内の人数になりそうだ。
そのままドアへと歩いて行き、外へ出た。
廊下へ出ると、男が死んでいた。
このまま廊下に置いたままにしては、子供達を連れ出す際に良くないと思ったので、男の足を持って、移動しようとした。が……動かした瞬間、首元から鮮血が噴出した。
気が付かなかったが、男の喉元が切り裂かれていたようだ。……ジュウは刃物を携帯していなかったようだから、恐らくコレをやったのはユミルだろう。
「……行くか」
動かせば動かすほど、酷い有様になるので、そのままにしておく事にした。
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