『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

65話 あれ? 腕は?

――
 マムとの『何作ろう談義』が盛り上がり、気がついた頃には、夕方になっていた。


「それじゃあ、マム。正巳君を頼んだよ」


 今、正巳君は孤児院にいる子達を、救出に行っているはずだ。幾ら、国の法律銃刀法で武器類の所持を禁じているとは言っても、安心する事は出来ない。


 事実、大使館内の兵士は銃器を携帯していた。
 ……幾らでも穴があるのだ。


 銃器は無かったとしても、鈍器やその他、殺傷能力のあるモノは幾らでも考えられる。だからこそ、少しでもマムのバックアップでサポートして欲しい。


「はい!」


 何を言ったところで、僕がサポートできる訳では無い。


 僕が出来るのは……


「もっと便利な道具を作るしかない、か……」


 そう呟きながら、手元の紙に新しい機器のアイディアを書き始めたのだった。






――
 結局、ザイが呼びに来るまで、紙にアイディアを書く作業をしていた。


「飛行機の出発の時間になります」
「…………あ、ああ、そんな時間か」


 時刻は20時を回っている。


「ザイ君、悪いんだけど、そっちにある紙を、まとめてくれるかな?」


「承知しました……紙に書くのですね」


「あぁ、そうなんだ。紙に書いた方が自由に発想出来るし、思わぬ発見があったりするからね」


「なるほど、"空白の理"ですな」


「後は、ほら、データと違って、知らない内に盗まれたりが無いからね……」


 言いながら、マムが世界中の研究技術を食べている盗っている事を思い出し、苦笑する。


 その後、部屋中に散らかっている紙を拾い集めた。


 部屋中に、紙が散らかっている……これには理由があるのだ。


 思いついた事を紙に書き、散らかって来たら移動して、また書いて……気がつくと、至る所に紙が散乱している。


……『そんな事をしていたら、当たり前だ』とか言わないで欲しい。


 集中している時は、何も考えてないのだ……いや、書いている内容しか、頭にないのだ。








――
 荷物をまとめ終えたので、部屋を出た。
 荷物とは、書きなぐった紙の束のみだが……


 部屋を出た後、まっすぐ駐車場に移動して、車に乗り込んだ。


「それでは、空港まで出発します」


 そう言って、車を走らせ始めたザイだが、心なし疲れているように見える。


「何かあったのかい?」
「昨日、ホテル・・・を襲撃した者達を殲滅……捕縛して来た所です」


 ……どうやら、日中忙しくしていた様だ。そう言えば、駐車場に停まっている内の、何台かの車が凹んでいた。


「……ありがとう」
「いえ、あくまでもホテルの自衛権を行使しただけですので」


 昨日の残党とは、岡本部長とその取り巻きの事だろう。それを、ホテルへの襲撃として対処してくれたのだから、お礼を言う他あるまい。


 ……”ホテルの自衛権”と言うのは初めて聞いたが。


「……そっか、」


 これ以上お礼などを言っても野暮だな、と思い素直に好意として受ける事にした。


「はい。それでは出発いたします、到着までお寛ぎ下さい」


 そう言って、僅かに口元を緩ませたザイにふと、懐かしさ・・・・を感じていた。






――
 その後、何事もなく空港へと着いた今井とザイは、飛行機に搭乗していた。


「さて、帰りはぐっすりだ!」


 そう言った今井だったが、座席に横になってすぐ、お腹が鳴った。


「……今日何食べたっけ?」


 思い返してみて、何も食べていなかった事に気が付いた今井は、今日初めての食事を取る事にした。


「ちょっと良いかな?」


 歩いて来た客室乗務員に、声を掛ける。


「はい、御用でしょうか」
「うん、何か軽食ないかな?」


 時間を見ると、21時18分夕食の時間帯だ。
 特に食べ物を頼んでも恥ずかしくは無いはずだ。


「はい、こちらからお選びください」


 乗務員が、そう言うと座席に付いていた液晶パネルを操作して、夕食メニューを表示してくれた。


「うん、カレー……いや、このシュウマイセットをお願いできるかい?」


 カレーナンと言おうとしたが、目に入って来たシュウマイの写真に惹かれた。
 すると、その視線の動きを見ていた乗務員が、提案してくる。


「こちらに、小皿のメニューもございますが」
「おぉっ!……それじゃあ、このミニカレーナンと、シュウマイ二つ、豚の角煮、あと……サラダボウルを貰えるかな」


 そう言うと、乗務員のお姉さんが『承知しました』と言って下がった。


 その後、程なくして料理が出て来たが、最初に出て来たのはサラダボウルと、頼んではいなかったが味噌汁。……先ず、コップに入った味噌汁を、音を立てないようにしてすする。


「……胃が優しさで包み込まれる……」


 次に、サラダを口に運ぶ。


「……シャキッとした食感に、臭味が無く、ほんのりした旨味……」


 野菜を食べ終わり、味噌汁をすすっていた処で、豚の角煮が運ばれてきた。


「……肉厚で、噛むと無くなってしまう程柔らかい、肉!……」


 肉の味に満足していたところで、お茶が運ばれてきた。
 湯呑の大きさは若干小さくて、入っているお茶も半分ほどだ。


「……あ、肉の味は無くなったけど、あっさりとしていて飲みやすいな……」


 お茶を飲み終わったタイミングで、シュウマイが出て来た。


「……おぉ、肉汁がこんなに……それに、この溢れる様な肉のジューシーな味わいはたまらないな……」


 小皿に零れた肉汁まで、綺麗にすすってしまう。
 綺麗に頂いたシュウマイの小皿の代わりに運ばれてきたのは、ミニカレーナンと水だ。


「……なんだかんだ言って、水って美味しいんだなぁ……」


 何となく、何処かの画伯のような口調になるが、そんなのには構わず、今日のメインに手を付ける。


「……やっぱり、カレーなん・・だなぁ……」


 そう呟いたところで、すぐ後ろの席から吹き出すような声が聞こえた。


「ぶふぉっ!」
「……?」


 振り返ると、何列か後ろに座っていた人が、『すみませんね~』と言いながら近づいて来た。


 近づいて来る男に目線を向けながら、横の席を確認すると、ザイが何時でも動けるように姿勢を整えていた。もし何かあれば、ザイが対処するだろう。


 ……それにしても、このクラスの席は機体の中でもハイクラスに当たり、座席数が少ない。当然、利用する際の金額も桁が違う。そんな中、このクラスに座っているという事は、相当なお金持ちなのだろう。


「抑え切れずに、すみませんでした」
「いや、特に気にしてないさ……」


 男は、手に何やらノートを持っている。


「あの、こちらの文章、ウチの雑誌の記事にしても宜しいでしょうか……余りにも素晴らしい文章で、是非使いたいなと思いまして」


 そう言いながら広げて見せて来た、ノートを見る。


「これは……」


 そこには、先ほど呟いていた言葉が、一言一句違う事なくメモされていた。


「それで、如何でしょうか……もちろん原稿料もお支払いしますので……」


 自分が口にした言葉が、こうして文字になっているのを見ると、とても恥ずかしいモノが有る。しかし、特別断る理由もないので、承諾する事にした。


「あぁ、構わないよ……ただ」
「ただ……?」


 これだけは譲れない。


「僕の事は、載せないようにね」
「勿論、写真や実名は載せませんが、イラストやニックネームではいけないでしょうか……」


 ……まぁ、それなら。


「分かった、それで良いよ」


 そう答えると、男はノートを掴んで、ガッツポーズをしていた。


「……あの、本当に原稿料は良いのですか?」


 そう何度も聞いて来た男に、『要らない』と返していたのだが、余りにもしつこいので、原稿料の代わりに、男の事を話してもらう事にした。


 ……男の話では、航空会社からの依頼で搭乗していたようで、完全な取材中だったようだ。設備や乗り心地に関しては、既に原稿を仕上げていたが、事食レポに関しては才能が無いらしく、困っていたらしい。


 そんな中、美味しそうに実況しながら食べる声を聞いて、手が動いていたという事だ。


 一応、男の名刺を貰っておいた。そこそこ大きな出版社と言う事だったが、一切興味のない今井にとっては、全く知らない会社だった。


「有難うございます! これで生きて帰れます~」


 そんな風に言いながら、自分の座席に戻って行く男を見送った。


「……ふぅ、色んな人が居るんだねぇ」


 そう呟いた後、座席に備え付けられているモニターに出て来たマムに、男の名刺を確認させておいた。……もし何かあった際に、出版社に知り合いがいると、役立つことがあるかも知れない。


 そんな事を思いながら、残りのカレーナンを食べてしまった。


 カレーナンを食べ親った処で、乗務員の女性が器類を下げに来たので、手渡す。


 満腹した事に満足している所で、そう言えば……と思い出し、マムに声を掛けた。


「マム、今回は飛行機を落しそうになるのは止めてくれよ?」


「大丈夫です、マスター! 既に操作関連の技術は習得済みですし、今回のイベントで吸収した技術の中に、自動運転技術に関する先進技術がありました。いざとなれば、自動運転で航行出来ます」


 早速、今回100億円の懸賞金を餌にした効果が出ているようだ。


「分かった、ただ……”自動運転”は止めてくれ……一度検証してからにしたい」
「……はい、わかりましたマスター。手動運転マニュアルに戻します」


 …………戻します・・・・


「もしかして……」
「あ、先ほど迄は自動運転オートマでした」


 ……既に、遅かったらしい。
 ただ、気が付かない程完璧な、自動運転だったと考えれば、ある意味成功だろう。


「……今度から何かする際は、僕に一言欲しいな」
「すみません、マスター……次回からはそうします」


 そう言いながら、モニターの中で頭を下げるマムを見ながら、座席を倒した。


「さて、着くまで休むかな……明日は忙しくなりそうだしね」


 そう呟きながら、明日ホテルに戻った着いているであろう資材と、それを使って作る予定の機器に思いを巡らせ始めた。しばらくは、そうして楽しく妄想していたのだが、気付かぬ内に夢の世界へと入っていた。


 夢の中で、ひたすら機械を組み立てていた今井は、起きてみて、作ったはずの機器が出来ていない事に一瞬混乱するのだが……


 そんな今井の、数列後ろの席に座っている記者は、面白く書けそうな記事に興奮して、何度も何度もノートを開いては書込み、開いては修正し、を繰り返していた。


 後日、ある旅行雑誌に掲載された、機内食紹介コーナーが話題を呼ぶのだが、当事者である今井は、当然のごとく気が付くはずも無かった。






――
 途中何度か、マムが今井に話しかけていたのだが、夢の中で楽しく機器を組み立てていた今井は、気が付くはずも無かった。結局到着するまで起きなかった今井は、到着後、ザイに起こされていた。


 目が覚めて、『あれ? 僕の組み上げた腕は?』と呟いた今井は、ザイに不思議な目を向けられる事になった。


 しかし当の本人は、そんな事よりも、折角作った”腕”を夢の中に置いて来てしまった事が『残念で仕方ない!』と言った様子だった。


 飛行機のタラップを降りるまで、今井は、若干機嫌が悪かった。しかし、車に乗り込むと、いよいよ”本当に”作業に取り掛かれるという気持ちと、”二度目だから”前よりも夢よりも上手く作れる!と、テンションが上がって来るのだった。


「ザイ君、地下の研究所に直行だよ!」


 そう言った今井に、ザイは一つ返事する。


「承知しました」


 そして、薄日に赤らみ始めた空の下、アクセルを踏み込んだ。

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