『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

60話 よし、去勢だ。

 今井は、車の中からザイの様子を伺っていた。









 結果から言うと、圧倒的だった。


 ”制圧”そう表現するのが、分かりやすいだろうか。


 二桁の大人が、一人の男によって動かなくなって行く。


 既に、残り10人いない。


 ……男達が、ザイを囲む。


 一人が後ろから蹴りかかる。


 同時に、いつの間にやら取り出したのか、鈍器で殴りかかる男がいる。


 襲い掛かる男たちは上手くタイミングを合わせている。


 しかし――


「グバァ……」
「……クソッ」


 蹴りかかって来た男には、一歩横に踏み込んで拳を空いた胴に入れる。
 衝撃で蹲った男の動きを利用して、鈍器の男に殴らせる。


 ……鈍器を頭で受けた男が、崩れ落ちる。


 残ったのは、鈍器で殴りかかった男。


 直ぐに、開いた隙間を埋めるようにして男が入って来る。
 しかし、その間を突いて、ザイが鈍器を持った男の手首を掴む。


 そして……『バキッ!』


 ……男の腕が折れた。


 側から見ると、ザイが男の手首を掴んだまま、背負い投げの動きをした様にしか見えない。


 しかし、今井には、それ・・がテコの原理でされたと分かった。


 手首を掴んだまま反り、肘を支点にして、背負ったのだ。


 その結果、男の全体重が肘の部分にかかる事になり、耐え切れなかった肘が折れた。


 その後も、何の危なげもなく、一定のリズムで倒されて行く……余りに滑らかな動きで、まるで予め決められているかの様な……演武のような動きだ。


 一対三十で行われる、演武。


 名付けるのであれば、『流の演武』とでも言おうか。


 結局、黒いスーツの男達は残らず地面に転がっていた。


 ……出来の悪いB級映画のような結果だ。


「せめて、苦戦をする素振りが有れば、浮かばれたのにね……」


 何となく気の毒な気もしたが、そもそも襲われたのはこちら。


 それに、もし捕まっていたら如何なっていたかを考えると、情けを掛ける気になれない。


 襲撃者達が転がっている中で、最後に残ったのは……


「岡本か……」


 そこには、岡本部長只一人・・・が残っていた。






――
 少しすると、ホテルの中から何人かの従業員が出て来た。


 ……其々、手に持った拘束具・・・で、男達を縛り上げている。


「お待たせして申し訳ありません、ホテルに到着いたしました」


 ……車に戻って来たザイが、車を少し前に移動させてそんな事を言っている。


「はぁ……まあ良いか」
「ハッ! ……それではお部屋までお送りします」


 何事も無かったかのように、ザイが先導をし始める。


「それで、コレ・・を待っていた様だけど、もう何か無いだろうね?」


 途中で、ザイに話しかける。


 ……もし、まだ何かあるのならば、前もって知っておきたい。


「一人逃がしたものが居まして、残り勢力……拠点の殲滅を致します」
「殲滅ね……それで、捉えた男たちはどうするんだい?」


 昨日も聞いた質問だ。


「……”真人間”に教育します。ただ今回は、過去の余罪を考慮して、宮刑に処す者も何人か……」


「宮刑ね……」


 所謂、去勢する刑罰だ。


 マムが教えてくれたところ、岡本部長は何人もの女性に対して酷い事をして来ているらしい。それに、今回襲撃に参加していた中には、ある議員の息子で、地元では有名な札付きの悪ガキもいたらしい。


 こいつは、何人かの少女を攫っては強姦し、離れた場所に置いて来ると言う事をしている。実際に、街中にある防犯カメラの映像にも証拠が残っている。それでも逮捕されないのは、一重に議員である父親の力のお陰だ。


 ……許せない。


 社会のごみ、いや、害虫だ。


「それでは、今日は部屋の中でお過ごしください。夕食はお持ちします。明日は……夕方頃の出発となりますので、それまで屋内でお寛ぎください」


 そう言うと、ザイが部屋の扉を閉めた。


「……明日の夕方出発だと、向こうに着くのは明後日の朝方か……」


 呟きながら歩いて行き、ソファへと腰掛ける。


「そんなにショックが無いもんなんだね……」


 帰るのが遅くなることに対してではない。


 先ほどの襲撃事件に対しての事だ。


「マスター!男たちの素性が分かりました!」


 思ったよりも早い。


「それで、どうだったんだい?」


「はい、マスター!男たちの内、23名は”伍一会”の構成員で、警察のデータベースに情報が有りました。残りの8名が京生貿易のデータベースに登録のある”社員”で、岡本部長の護衛だと分かりました。そして、1名が本日付けでシンガポール支社の社長になった男でした!」


 ……伍一会と言えば、最近ニュースになった新興ヤクザだ。まあ、ヤクザと言うよりは、半グレが組織を大きくしたような感じみたいだが。


 そして、冗談のつもりだったが、京生貿易ウチの社員が居たと。


 ……まあ、岡本部長の護衛だったらしいが、先程の襲撃時の様子を考えるに、アウトだろう。嬉々として、殴りかかっている様に見えた。


 それに、シンガポール支社の社長?


「マム、その、社長になった男は悪い奴なのかい?」
「はい、マスター!先ほどお伝えした、親が議員の悪ガキが、この男です」


 ……よし、去勢だ。


 後で、ザイに去勢をリクエストしておこう。


「ありがとう、マム。もうお腹いっぱいだよ……」
「それでは、今日は夕食は取らないのですか?マスター」


 僕の言った、”お腹いっぱい”は、”その話はもう聞きたくない”と言う意味なのだが……もう少し、色々な映画を見せる必要がありそうだ。


「いや、食べるよ……マムのお勧めで」
「それでは、”インスタントラーメン”など如何でしょうか?マスター」


 どうやら、先ほど車の中で呟いた音を、拾っていたらしい。


「ふふっ、気が利くね」


 そう言うと、イヤホンからでは無く、壁に備え付けられているパネルにマムが現れ……


「マスターの事なら、何でも知っていたいのです!」


 そう言って、マムもパネルの中にラーメンを出した。


「マム……」
「マスターと一緒に食べるです!」


 マムがそう言いながら、手を広げると、タイマーが現れた。


 時間は、1分を表示している。


……20、19、18……10、9、8、7……『コンコン』


 部屋がノックされる。


 外の様子が表示されるパネルには、ザイが何かを持って立っている。


「ザイ君?」
「夕食をお届けに参りました……」


 ドアを開けると、ザイがインスタントラーメンを持って、立っている。


 どうやら、マムが先回りして注文していたらしい。


「……うん、ありがとう」
「それでは、明日の夕方頃までお寛ぎください」


 お礼を言うと、扉を閉めて戻る。


「マスターとお揃いです!」


 マムがそう言いながら、インスタントラーメンを振り回している。


「そうだね、お揃いだ!……でもね、そんなに振り回すと零れちゃうよ?」


 そう言うと、マムが、ブンブンと振り回していた手を止めた。


「そ、そうですね……今の内にシミュレートしておかなくては!」
「……ふふっ、それじゃあ、食べようか!」


 そう言って、久しぶりのインスタントラーメンを、口にした。



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