『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

58話 賞金100”億”円






 シンガポールに着いた日の夜。
 今井は、岡本財務部長から逃れ、部屋に戻っていた。


「はぁ……」


 部屋に入ると、そのまま寝室に歩いて行く。


「……」


 無言でベットに倒れこんだ。


 倒れると同時に、息をゆっくりと吐く。


「…………」


 体中の緊張が、ゆるんでいくのを感じる。


 その後、ゆっくりと息を吸い込む。


 そして、再び息を吐きだす…………。


 暫くそうしていた。






――
「……正巳君、どうしてるかな」


 そう呟くと、返事があった。


「マスター! いま、パパと繋げますね!」
「え? ……いま?」


 慌ててベットの上で体を起こしたあと、髪の毛を整える。


 直後、正巳君の姿が、壁のパネルに写し出される。


「今井さん? ……大丈夫ですか?」


 無意識の中で、表情を暗くしていたのだろう。


 心配させてしまったらしい。


「……うん、大丈夫さ! ……ちょっと久しぶりの人前で疲れちゃってね」


 慌てて、誤魔化す様に取り繕う。


 その後、正巳君の話を聞いていて、中々大変な目に合ったのだと知った。


 家が燃やされるって……


 まあ、当の正巳君が気にしていないようだから、まだ良いものの……


 それに、大使館から助け出した中の15人は、二日後に故郷に帰る事になったらしい。恐らく、僕は間に合わないだろう。せめて、子供達に楽しんで貰う様に、正巳君にお願いをしておいた。


 最後に、電話を切る際、正巳君が『明日の夜、また電話しましょう』と言ってくれた。


 正直、嬉しかった。


 正巳君との電話を切った後、シャワーを浴びて寝る事にした。




――
 シャワーを浴び、寝間着に着替えてからベットに潜り込む。


 ベットに潜り込んだところで、ふとある思いが生まれていた。


 一刻も早く、皆の元に戻りたい……


 ……いつの間にか、自分に帰る場所が出来ている事に気が付いた。


「……いくらでも頑張れそうだな」


 そう呟いた後、静かに落ちて行った。






――
 翌朝、ぐっすり眠れた為か、朝早く目が覚めた。


「うん、良い朝だね!」
「おはようございます、マスター!」


 マムが、クルクルと回転している。


「……どうしたんだい、良い事でもあったのかい?」
「はい、マスター! 注文していた機械と材料が2,3日で届くのです!」


「なに! ……素晴らしいじゃないか! これでやっと研究が……」
「はい、ようやくマムの体が……」


 二人で、何やら怪しげに笑んでいたが、やる事を思い出して、直ぐに着替えた。






――
 僕は、完成したホームページと広告用動画を前に、満足していた。


「うん、完璧だね」
「はい、マスター! これを発表すれば、マムがパワーアップできるんですね?」


 マムが、パネルの中で、ウキウキと動き回っている。


「そうさ、皆が自分の研究成果を競う事になる」
「その研究成果をマムが……」


「ぱくっと、食べちゃえば良い!」
「流石マスター!」


 そう、僕が考えたのは、研究成果を発表する仕組み。


 研究成果を発表して、優秀なモノには、僕が賞金を出す。


 研究成果を検証する際の公平さの保証は、僕の名前を保障にして開催する。


 そして、今回優勝した研究所に送られる賞金は……100億円だ。


 ちょっと多いかなとは思ったが、この際バーン!と出した方が良いと考えたのだ。


 そして、参加資格は『指定したクイズを解く事』……この指定したクイズは、特設したホームページからダウンロード出来るようになっており、ある一定レベル以上の技術と知識が有るかのふるい落としの機能をしている。


 一定レベル以上の技術と、知識が有れば、難なく解読できる。


 ……実は、ここに罠が有る。


 このクイズには、実に巧みにマムのコピー機能が付いている。


 このクイズをダウンロードした瞬間、もっと言えば、ホームページを開いた瞬間から、マムが入り込むのだ。そして、真の目的もここに在る。


 『各国の世界最先端の研究所に入り込み、マムがそれらの技術を食べる事』これが真の目的だ。だからこそ、金額が大きい必要があるし、世界中のマスメディアに取り上げられる必要がある。


「……さて、そろそろ時間だ。行ってくるよ!」
「はい、マスター!」


 これが上手くいけば、マムの大幅なパワーアップが出来る。


 マムがどれくらい増えているか・・・・・・は、マムの用意してくれた増加パラメーターで分かる。グラフは折れ線グラフと、棒グラフで出来ていて、下の表からはマムが入り込んだコピーされた総数が分かる。


「ふふふ……全てはこの手に!」
「……全てはこの手に~このてに~!」


 テンション全開の今井を、若干心配そうな目で見つめたマムだったが、直ぐに普段の調子に戻って、一緒になって盛り上がっていた。


 ……『だって、マムが成長するんですよ』とは、後々正巳に怒られた際に言った、マムの言葉だ。そして、『……じゃあ、仕方ないか』と言った正巳も相当なものだと思う。




――
 その後、運転手兼護衛のザイに会場まで送られた今井は、真っすぐに、フォーラムの運営へと向かった。


「君、ちょっとスクリーンと、スピーカーと、ステージ借りても良いかな?」


 今井が、運営のスタッフを捕まえてそう言うが……


「は? 何言ってるんですか? ココにはあなたの様な、頭の悪い下っ端の女性が来る場所ではありませんよ? さっさと向こうに――」


 男が皆まで言い終わる前に、割って入る者が居た。


「おい、小僧……」
「なん――ヒィッツ!ロイス教授……」


 そこに立っていたのは、白髪で立派な無精ひげを蓄えた老人だった。


「……やっぱり、君はこの時間時にいると思ったよ……君は昼食を食べには、来ると思っていたからね」


 今井がそう言いながら、手を差し出す。


「ハハハ、相変わらず、慇懃無礼な小娘だ」
「君は、相変わらず暑苦しい髭をしているね……」


 ロイス教授と呼ばれた男は、一瞬差し出そうとした手を途中で止めるが、直ぐに、懐かしむような表情を浮かべて、今井の手を握る。


「全く、君は容姿は良いのに、そんなんじゃあ貰い手もいないだろう……」
「……ふん、まあ、そうかもね……ふふっ」


 "貰い手"と言う単語を聞いて、正巳の顔を思い浮かべた今井が、一瞬だが視線を遠くに逸らし、口元を緩める。


「む……お前にそのような相手が出来るとは……余程の変わり者だな……今度紹介して貰おうか」


「な、ななななにを!『そのような相手』って、っ!」


 誤魔化すように言葉を重ねようとするが、ロイスの、"イタズラが成功した様な表情"を見て、昔の事を思い出す。


 まだ少女だった頃、牛乳ばかり飲んでいた今井に、ロイスが『牛乳を飲みすぎると、牛みたいな体型になるぞ』と言われたのだ。


 ……当時は単純に"太る"と思い、毎朝ランニングをする様になったのだが、今にして思うと立派なセクハラだと思う。


「……君は相変わらずだね、そう言えば、心理学の博士にもなったんだっけ?」


「ああ、そんな事もあったな……」


 目の前にいるロイスと言う男は、まぎれもない天才だ。


 幾つもの分野において、その権威と言われている。


 その、分野を縦断した知識が、革命ともいえる発見をもたらしているのだ。


 ……別名、『ダヴィンチの再来』そう呼ばれている。


 そして、この男の元々の専門分野は……


「それで、君のプレゼンは終わったのかい?」
「ああ、今回は”細胞の再生サイクルの限界と限界を引き上げる方法”と言う研究を発表したかったのだがね――」


 ロイスが続けて話そうとすると、後ろに立っていた男が、ロイスの肩に手を置く。


「――まあ、こういう事で、別の研究を発表したのさ」
「君の専門は”医療”だったものな」


「あぁ、専門の分野については、ここ数年発表の機会が無いのだがな……」
「…………」


 なるほど、大体の事が読めた。


 ロイスの後ろに立っているのは、恐らく軍人だろう。


 そして、ロイスは、軍の仕事をしている。


 そして、ロイスの専門は、”医療”で、先ほどの”細胞の再生サイクルの限界と限界を引き上げる方法”と言う言葉……まさに、探し求めていた内容だ。


「そうか、それじゃあ、僕のイベントに参加すると良いかも知れないな! ……まぁ、多分後ろの大きいのが参加を許さないだろうけど……」


 そう言って、徐に手を差し出す。


「……ああ、そうだな……ただ、見るだけなら許してくれるだろう」


 ロイスが差し出した手を握った。


 ピクリとも表情を変えることなく、握手した手を離すと、お互いにすれ違った。


 今井と手を離した後、握ったままの手は、そのままポケットへと仕舞われる・・・・・


 ロイスはそのまま、他の知り合いに話しかけに行っている。


 ロイスの後ろ姿を確認して、改めて本題に戻った。


「……それで、借りても良いかな?」


 運営本部に再び声を掛けると、直ぐに『もちろん、お好きに使ってください』という返事が有った。ただ、先ほど今井に対して暴言を吐いていた男は、隅の方で親指の爪を噛みながらぶつぶつと呟いていた。


「……ああ、見ていろよ……俺は栄えある京生貿易のシンガポール支社長なんだ……そうだ、今回だってオカモト部長に頼めば……そうさ、めちゃくちゃにして、自分の立場を……」


 そう呟く男に、今井は気が付くはずも無かったが、今井の護衛として来ていた男、……ザイは、しっかりと男と、男が呟いている内容を聞いていた。






――
 その後、セッティングを終えた今井は、ステージのの部分に隠れていた。


 セッティングとは言っても、器材をコントロールしている管理室に、マムをダウンロードしただけだが……そして、特に姿を現す必要も無かったので、ステージの端にいる事にしたのだ。


「……さて、それじゃあ流してくれ」
「はい、マスター!」


 イヤホンからマムの返事を聞いて直ぐ、ファンファーレが流れ始める。


「……よし、皆の注目が集まったな……後は、ここいら一帯の液晶ディスプレイと、音声出力装置スピーカーを操作出来ていれば……」




――
 セキュリティが厳しいと言われている技術大国において、地域一帯が一定時間ハックされたという話題は、世界中をニュースとなって駆け巡っていた。


 ニュースの内容は、動画と音声が一帯の地域で流れるという内容で、動画の内容はこうだった。


『皆さん、技術が進歩して、安全になったと思っていませんか? しかし、その認識は間違えています。事実こうして、公共の施設をジャックする事が出来てしまいます。そこで、今回は次の世界をつくる技術大会ハックコンテストを開催します! ジャンルは問いません。優勝、準優勝含め、優秀だと認められた団体には、総計100億円の賞金が贈られます!さあ、次の世界をつくるのは、君の技術だ!』


 余りにも、大規模なモノだったので、直後に国から、『意図的に流したもので、ハッキングされたような事実はないので、安心してください。』と言う発表がされた。


 この政府発表を契機に、次第にニュースは沈静化されて行った。


 しかし、それに相反するように、その動画の内容……イベントに世界中が目を向ける事になったのだった。何せ、世界でも最大級の賞金……前代未聞の100億円。しかも、政府のお墨付き・・・・なのだから。


 こうして、名だたる研究所のみでなく、埋もれている天才がこのイベントの存在を知ることになり、一日を経たずして、イベントの特設サイトへのPVは、驚異の80億PV。挑戦権を得る為のクイズのダウンロード数は、8億DLを突破した。


 熱狂する会場を静かに抜け出した今井は、ザイの運転の元、ホテルへと帰りの車に乗っていた。


「さて、思っていたよりも上手くいってしまったな……」


 そう呟きながら、思考は既に”明日帰る事”に向いていた。


 ……やっと、正巳君達の所に戻れる・・・





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