『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

53話 塩対応と神対応

 今井がホテルに着いたのと同時刻、正巳達はホテルから出発した車の中で、揺られていた。









「色んなかたちの、おうちなの~」


 サナが通り過ぎて行く家を、車の窓ガラスになぞっている。


「サナ、着いたら大人しくしていてくれよ?」
「はいなの~車にいるの!」


 サナが振り向いて、”ハイ!”と手を挙げている。


 車の中だが、サナのサイズだと手を挙げても、天井には付かない。


「……運転手さんも車で、この子の事見ていてくれますか?」
「承知しました」


 ……運転手は、短髪黒髪の40代後半と言った処だろうか。
 中々渋い顔をしていて、夜のバーが似合いそうな感じだ。


「大丈夫なの、悪い人いてもサナが”バシン”ってするの!」
「困ったら頼むよ……」


 苦笑しながらサナの頭を撫でる。


「あと10分程で最初の目的地に到着いたします」
「……分かりました」


 街並みを見ると、確かに以前来た記憶がある。
 ここは、身寄りのない子供を預かる孤児院が有る。


「……しっかり謝って来るか」


 俺がこれから謝りに回るのは、俺が統計分析をして”収益予測”を予め伝えていた団体だ。


 俺が伝えた金額で、資金活用計画を立てている団体も多いはずだ。それが、実際に分配される金額が大きく減るとなると、困る団体も多いだろう。


 だからこそ、『申し訳ありません、私の分析予測が間違っていました』と謝りに行くのだ。


 会社の上層部や、一部の人間に思う所はある。


 しかし、今回の件は、会社の一部の人間を処分すれば済むような問題ではない。


 下手すれば、会社が傾く。


 会社が傾けば、真っ先に割りを喰うのは、立場の弱い人たちだ。


 感情だけで動いてはいけないのだ。


 だからこそ、今は・・俺が泥を被る。


 もう、会社に変える事は出来ないかも知れないが、今はまだ俺も社員の一人だ。それに、例えこのまま会社を退職するとしても、”立つ鳥跡を濁さず”だ。


 まあ、実はもう一つ実際に出向く理由があるのだが……それは後々分かると思う。


 そんな事を考えていたら、車が止まった。


「こちらで宜しいでしょうか」


 見ると、孤児院の前だった。


「はい、ありがとうございます……それじゃあ、ここに居てな」
「お兄ちゃん、気を付けて!」


 サナが、先ほどまでとは打って変わり、真剣な表情をしている。


「大丈夫、直ぐ戻るさ……それじゃあ、お願いします」
「お待ちしています」


 運転手さんに軽く頭を下げ、車の外へ出る。


 改めて、施設全体を見る……7階建てで、大きさは学校位の大きさだろうか。何となく、小さい頃の感覚を思い出すのは、同じ孤児院だからだろうか。


 ……頭の中に思い浮かべたものを軽く振り払い、ポケットに忍ばせた小型記憶端末ヤモ吉を握りしめながら、孤児院へと歩き出した。






――
「ただいま、サナ」


 孤児院から戻って来た俺は、車の中へと滑り込んだ。


 車の中に入ると、サナが腕に巻き付いて来る。


「……出してくれるかな?」
「はい、次の場所へ向かいますか?それとも……」


 運転手が俺の顔色を見ている。


 ……流石、プロのサービスマンだ。


 俺が精神的に疲れている事に、気が付いたのだろう。


「予定通り、次の場所に向かってくれ」
「……承知しました」


 車が動き出す。


 …………………


 ……正直、参った。


 怒鳴られるのであれば、まだ良い。
 しかし、俺が来た瞬間に上司を呼ぶと言い出したのだ。


「マム、サポート助かった……」
「いえ、パパ。マムは回線を繋げないようにしただけです!」


 ……そう、マムが回線を通じないようにしてくれたお陰で、助かった。


 俺が止めるのにも構わず、電話を掛けようとするものだから、焦ったが、結局繋がらないと分かると、渋々俺を書斎へと通してくれた。


 ただ、これにも困った。


 と言うのも、今までは面会室で打合せをしていたのだが……
 今日は、書斎へと通され……鍵を掛けられた。


 書斎には、パソコンが有ったので、後々の事を考えて、マムを複製コピーしておいた。複製コピーには、小型記憶端末ヤモ吉が役に立った。


 なにやら、ネットには繋がってない、ローカルネットで使用しているパソコンだったようだ。しかし、そんなパソコンも、マムが入ってしまえば、勝手にネットに接続する事も出来る。


 その後、すべて終えてから・・・・・ドアを叩いて『開けて下さい、間違えて鍵掛かっています!』と声を上げた。まあ、当然開く訳も無かったので、人の気配が近くに無い事を確認して、窓から外に出た。


 ………書斎は7階だったので、窓の外はかなりの高さだったが、窓のヘリと、排水管を伝って下まで降りた。そして、今こうして車の中に………


「お兄ちゃん、危なかったなの?」
「いや、全然大丈夫さ……次はこんな事も無いだろうしな」


 サナに答えながら、考える。


 ……次は、また孤児院で、次がNPO団体、その次が……そして、最後に鈴屋さんの”NPO法人にちじょう”へ行く事になる。


 何故、鈴屋さんを最後にしたかと言うと、一番時間を取れるからだ。
 それに、もう一つ”確認したい事”が有る。


 頭の中でウンウンと考えていたら、運転手が口を開いた。


「こちらが、次の目的地になります」
「……ああ、そうだな」


 そう言て見たのは、廃墟と見間違うほど汚い外壁をしたアパートだ。


 ……一応、孤児院ではあり、9部屋ある部屋の仕切りをぶち抜いて、一つの部屋にして使っている。この孤児院は、寄付金を多く受け取らない団体で、運営しているのは祖母と孫の二人だったと思う。


「……さて、どうなるか……」


 先ほど、書斎に閉じ込められたせいか、若干ビビっている。


「お兄ちゃん、サナもついて行く?」
「……大丈夫さ、”ここのお転婆娘いないと良いな”て思ってただけだから」


 そう言うと、サナが”?”と顔を傾けたので、慌てて『冗談だよ?』と言って、車を出た。


 ……孫がお転婆なのは本当なんだけどね。




――
「おかえり、なの?」


 サナが不思議そうな顔をして、俺の手元を見ている。


「はは、これはお土産だよ……お婆ちゃんが持たせてくれたんだ」
「おみやげ、なの?」


 俺が、サナに手渡すと不思議そうに見つめている。


「それは、”シフォンケーキ”って言うんだ……運転手さんも、一緒に食べましょう」
「いえ、私は……」


 運転手さんが断って来たが、半ば強引に持たせた。


 シフォンケーキを食べながら、ホッとしていた。


 孤児院を経営するお婆ちゃんと話をするまで、少し不安だった。


 もしも、この孤児院まで嫌な対応されたら……


 何だかんだで、このぼろぼろの孤児院を気に入ってたのだ。


 そして……結果から言うと、何も心配はいらなかった。


 もしかすると、最初の団体だけ、他に何か切羽詰まったような事が、有ったのかも知れない。


 そう思ったら、肩の力が抜けた。





コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品