『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

52話 食べちゃった

 シンガポールで開催されている、『世界最大級の技術者フォーラム』に参加する為に、飛行機に搭乗していた今井だったが、寝ていた座席のスピーカから出てきた音で目が覚めていた。









「マスター……マスター……」


 ……?


「マム?」
「はい、マスター!」


 薄っすらとした意識の中、”マムが話しかけて来た”事に意識が行き始める。


「……? マム?」


 そう言えば!と思い出し、ポケットに入れて持っていたイヤホンを取り出す。


「『あ、マスター!こちらからでも大丈夫ですが』こっち飛行機からでも大丈夫です!」


 イヤホンと、飛行機に備え付けられているスピーカーの両方から話しかけて来たマムの声が、一瞬重なる。


「……飛行機のスピーカーから話しかけているのかい?」
「はい、マスター!」


「え、でも……どうやって?」
「はい、それは、管制室から発信されるデータに乗せて、マムの分身コピーを創っていたのです!」


 もしかして……


「マム、もしかして、食べちゃったり?」


 マムは、新しいアルゴリズムやシステムを食べる。
 食べて、自分のモノにしてしまう。


 そして、前回マムが車のカーナビシステムを食べた時は、カーナビ自体には何も残らなかった。マムが、全てを喰らい尽くし、吸収して決まった為だ。


 恐らく、理解する際に、バラバラにかみ砕いて理解しているのだろう。
 その結果、バラバラとなったシステムは機能を果たせなくなる……


「はい、結構複雑だったのですが……美味しく頂きました!」
「それは、何時の話かな……」


 そうでないと良いのだが……


「食べ終わった後直ぐに、マスターに話しかけたので、つい先ほどになります!」


 オワタ……


 頭の中が真っ白になったのとほぼ同時に、飛行機の機体が緩やかに傾き始める。


「…………」


 恐らく現時点で、飛行機の全てのシステムが停止しているのだろう。


「今井様、緊急時に備え、非常用マスクと降下用パラシュートをお付け下さい」


 座席の周りを天井まで届くカーテンで仕切っている為、姿は見えないが、一緒に登場している運転手の声だ。


「大丈夫だ、これは何でもない事だ。……席に座っていたまえ」
「……ハッ!」


 運転手の足音が遠ざかていく。


 しかし、この短時間でどうやってマスクやら、パラシュートやらを用意したんだか……


 まあ、お陰で落ち着いた。


 確かマムがカーナビを食べてしまったから、正巳君がマムに……


「マム、直ぐに”元有った操作を出来るように”システムを戻してくれ」
「しかし、マムが操作をすれば良いのでは? ……このように」


 ……マムが言うのと同時に、傾き始めていた機体が元の状態に戻って行く。


「ふぅ……マム、操縦士が操作できるようにしてくれ」
「でも……分かりました、マスター。そうします」




――
 その後、これ以上危険な事にならないよう、人が操作しているモノは許可が無い限りは『操縦権のはく奪をしない事』と、よく言い聞かせておいた。


 ただ、飛行機のシステムを食べた事で、マムには得たものが有ったらしく、その点に関しては褒めておいた。それに、『通信データに乗せて、ハッキングをする』というのは、技術者としてとても興味をそそられる内容だった。


 ……今度、マムとゆっくり話し合うのも面白いかも知れない。


 その頃操縦室では、”緊急アナウンス”をする寸前だったが、不意に戻ったシステムに、機長を始め、乗務員一同が胸を撫で下ろしたのだった。


 そんな状態だとも知らず、今井は再び深い眠りに落ちて行ったが、耳元のスピーカーからは、リラックスする為のサウンド音楽が流れていた……




――
 機内に流れるアナウンスで目が覚めた。


『Good morning ladies and gentlemen, welcome …… to Singapore.』


 ……シンガポールにそろそろ着くらしい。


 僕の座っている席には、運転手に案内されてきた。


 その為、飛行機の中でもなんというクラスの席に座っているか、分からない。


 ただ、以前乗った時に比べ、一列に三席しかない事と、僕が寝ていた座席を見た限りはかなり良い席なのだろう。……今も、フルフラットに倒した席がベットになっている。


 後で請求される金額が怖くはあるが、もう乗ってしまった後だ。


 何が有っても仕方ない。


 一度、トイレに行っておこうと思って席を立つと、タイミングをずらして運転手が席を立った。


「……寝ていなかったのかい?」
「いえ、必要な睡眠はきっちりと」


 歩き出すと一歩後ろを付いて来る。


「それで、君もトイレかい?」
「私は護衛ですので」


 ……いや、運転手だったと思うんだが。


 まあ、運転手も護衛もいても構わない。ただ……


「君は、トイレにまで付いて来るのかい?」
「ハッ! ……前でお待ちしています」


 ……まあ、変な事をする訳でもないし、恥ずかしがる様な歳でもないか。


「”静かにしててくれよ?”」
「……承知しました」


 運転手の顔を見ると、”よく分からない”と言った顔をしている。


「……何でもないさ」


 実は、映画のワンシーンを模しただけだったのだが、知らなかったようだ。


(少し物足りないなぁ)と思いながら、トイレのドアを開いた。


 閉める寸前……


「……『なに、やるべき事をするだけさ……』」


 運転手がそう言って、トイレに背を向けた。


(なんだ、知ってたんじゃないか)そう思うと、少しだけ嬉しくなった。




――
 トイレから戻ると、程なくしてシートベルト着用のアナウンスが流れたので、アナウンスに従って着陸に備えた。


「……マム、正巳君の方はどうだい?」


 イヤホンをしながら、話しかけると、マムから返事があった。


「マスター!おはようございます。パパは先ほど朝食を取った処です」
「そっか、特に問題はないかい?」


 問題と言えば、危うく墜落しそうになったが……


「はい、パパはこの後新しいスーツを受け取って、出かける予定になっています」


 正巳君の方は、特に問題が無いらしい。


「……マム、今井君の写真を撮っておいてくれよ?」


 新しいスーツ姿の正巳君……フォルダ行きだ。


「はい! パパの動画は、常に溜めています!」
「……そ、そっか」


 掘り進めると、大変な事になる予感がしたので、適当に流しておく。


「それで、聞きたい事が有るんだけど……」
「はい、マスター」


 本題だ。


「運転手の男は、何者だい? それに、護衛はマムか正巳君が依頼したのかい?」
「……運転手の男の情報は、国内のサーバーには存在しませんでした」


 ……まあ、黒髪ではあるが、顔の堀が深い点からも、ハーフという事が考えられる。


「……該当データは、列強諸国の中央情報局に該当する者があるようですが……」
「それで?」


「……機密扱いの情報の為、アクセス権が無いと参照できません」
「……傭兵や軍人出身の線が強まったな」


 まあ、それほど驚く話でもない。


「マスターの護衛に関してですが、結論から報告しますと、マムもパパもそのような依頼はしていません……本当であればするべきでしたっ!」


 マムが、”失敗しました!”と悔しがっている。
 しかし、私自信護衛が必要だと、考えもしなかったのだから、マムを攻めるのかお門違いだ。


「マム、それは全く気にしなくて良いんだけど……それじゃあ、護衛を頼んだのは誰なんだろうね」
「考えられるのは、ホテルのサービスですが……」


 でもそれだと……


「それだと、運転手が言っていた『依頼を受託した』って話と、ビミョーにズレている気がするんだよね……」


「マスター……」


 マムが心配そうにしているが、飛行機が着陸態勢に入ったので、『何かあったら連絡してくれ』と言って、マムとの通信を止めた。




――
 無事、着陸した飛行機から降りた今井は、護衛となった男が運転する車に乗っていた。


「まさか、着いて直ぐに迎えが来るなんてね……」
「世界中に支店がありますので」


 飛行機が着陸した後、他の乗客が降りるまで待たされた。


 何かあるのかと待ち構えていたら、一台の車が滑走路の中に入って来て、飛行機に横付けしたのだ。まさかと思っていたら、案の定僕達の乗る車だったみたいで……


 その後は、案内されるままに車に乗って、移動していた。


「それで、今向かっているのは?」
「ハッ! ……弊社ホテルの支店となります」


 どうやら、一度ホテルにチェックインするらしい。


 必要な書類は、そこで用意すればよいだろう。


 世界的な技術フォーラムに参加するとなると、タダで参加する訳にも行かないのだ。


 それが、その分野の世界で名が知られている今井ともなれば、ちょっとした用意が必要になる。


「今回は、”真空間高速移動システム”で良いかな……あと2,3年で追いつく人達も居そうだしね。……それと、”イベント”の告知も用意しておかないといけないな……」


 ぶつぶつと呟いた後で、一度顔を上げる。


「何時に会場に向かうのが良いかな?」


 普通であれば、何処に行くかを運転手が知るはず無いのだが……


「ハッ! ……13時頃にホテルを出発すると丁度良いかと」
「そっか、それじゃあ、後3時間くらいは……」


 ”持ち時間”を確認した今井は、再び自分の世界に戻って行った。


「……うん、だから今回は、この資料を公開するか……イベントの方は、HPを用意して……会場では動画を流そう、それで……」


 自分の世界に入ってしまった今井を横目で確認した男は、小さく微笑むと、再び自分の職務に戻った……”車の運転手”と言う職務に。



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