『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
52話 食べちゃった
シンガポールで開催されている、『世界最大級の技術者フォーラム』に参加する為に、飛行機に搭乗していた今井だったが、寝ていた座席のスピーカから出てきた音で目が覚めていた。
◆
「マスター……マスター……」
……?
「マム?」
「はい、マスター!」
薄っすらとした意識の中、”マムが話しかけて来た”事に意識が行き始める。
「……? マム?」
そう言えば!と思い出し、ポケットに入れて持っていたイヤホンを取り出す。
「『あ、マスター!こちらからでも大丈夫ですが』こっちからでも大丈夫です!」
イヤホンと、飛行機に備え付けられているスピーカーの両方から話しかけて来たマムの声が、一瞬重なる。
「……飛行機のスピーカーから話しかけているのかい?」
「はい、マスター!」
「え、でも……どうやって?」
「はい、それは、管制室から発信されるデータに乗せて、マムの分身を創っていたのです!」
もしかして……
「マム、もしかして、食べちゃったり?」
マムは、新しいアルゴリズムやシステムを食べる。
食べて、自分のモノにしてしまう。
そして、前回マムが車のカーナビシステムを食べた時は、カーナビ自体には何も残らなかった。マムが、全てを喰らい尽くし、吸収して決まった為だ。
恐らく、理解する際に、バラバラにかみ砕いて理解しているのだろう。
その結果、バラバラとなったシステムは機能を果たせなくなる……
「はい、結構複雑だったのですが……美味しく頂きました!」
「それは、何時の話かな……」
そうでないと良いのだが……
「食べ終わった後直ぐに、マスターに話しかけたので、つい先ほどになります!」
オワタ……
頭の中が真っ白になったのとほぼ同時に、飛行機の機体が緩やかに傾き始める。
「…………」
恐らく現時点で、飛行機の全てのシステムが停止しているのだろう。
「今井様、緊急時に備え、非常用マスクと降下用パラシュートをお付け下さい」
座席の周りを天井まで届くカーテンで仕切っている為、姿は見えないが、一緒に登場している運転手の声だ。
「大丈夫だ、これは何でもない事だ。……席に座っていたまえ」
「……ハッ!」
運転手の足音が遠ざかていく。
しかし、この短時間でどうやってマスクやら、パラシュートやらを用意したんだか……
まあ、お陰で落ち着いた。
確かマムがカーナビを食べてしまったから、正巳君がマムに……
「マム、直ぐに”元有った操作を出来るように”システムを戻してくれ」
「しかし、マムが操作をすれば良いのでは? ……このように」
……マムが言うのと同時に、傾き始めていた機体が元の状態に戻って行く。
「ふぅ……マム、操縦士が操作できるようにしてくれ」
「でも……分かりました、マスター。そうします」
――
その後、これ以上危険な事にならないよう、人が操作しているモノは許可が無い限りは『操縦権のはく奪をしない事』と、よく言い聞かせておいた。
ただ、飛行機のシステムを食べた事で、マムには得たものが有ったらしく、その点に関しては褒めておいた。それに、『通信データに乗せて、ハッキングをする』というのは、技術者としてとても興味をそそられる内容だった。
……今度、マムとゆっくり話し合うのも面白いかも知れない。
その頃操縦室では、”緊急アナウンス”をする寸前だったが、不意に戻ったシステムに、機長を始め、乗務員一同が胸を撫で下ろしたのだった。
そんな状態だとも知らず、今井は再び深い眠りに落ちて行ったが、耳元のスピーカーからは、リラックスする為のサウンド音楽が流れていた……
――
機内に流れるアナウンスで目が覚めた。
『Good morning ladies and gentlemen, welcome …… to Singapore.』
……シンガポールにそろそろ着くらしい。
僕の座っている席には、運転手に案内されてきた。
その為、飛行機の中でもなんというクラスの席に座っているか、分からない。
ただ、以前乗った時に比べ、一列に三席しかない事と、僕が寝ていた座席を見た限りはかなり良い席なのだろう。……今も、フルフラットに倒した席がベットになっている。
後で請求される金額が怖くはあるが、もう乗ってしまった後だ。
何が有っても仕方ない。
一度、トイレに行っておこうと思って席を立つと、タイミングをずらして運転手が席を立った。
「……寝ていなかったのかい?」
「いえ、必要な睡眠はきっちりと」
歩き出すと一歩後ろを付いて来る。
「それで、君もトイレかい?」
「私は護衛ですので」
……いや、運転手だったと思うんだが。
まあ、運転手も護衛もいても構わない。ただ……
「君は、トイレにまで付いて来るのかい?」
「ハッ! ……前でお待ちしています」
……まあ、変な事をする訳でもないし、恥ずかしがる様な歳でもないか。
「”静かにしててくれよ?”」
「……承知しました」
運転手の顔を見ると、”よく分からない”と言った顔をしている。
「……何でもないさ」
実は、映画のワンシーンを模しただけだったのだが、知らなかったようだ。
(少し物足りないなぁ)と思いながら、トイレのドアを開いた。
閉める寸前……
「……『なに、やるべき事をするだけさ……』」
運転手がそう言って、トイレに背を向けた。
(なんだ、知ってたんじゃないか)そう思うと、少しだけ嬉しくなった。
――
トイレから戻ると、程なくしてシートベルト着用のアナウンスが流れたので、アナウンスに従って着陸に備えた。
「……マム、正巳君の方はどうだい?」
イヤホンをしながら、話しかけると、マムから返事があった。
「マスター!おはようございます。パパは先ほど朝食を取った処です」
「そっか、特に問題はないかい?」
問題と言えば、危うく墜落しそうになったが……
「はい、パパはこの後新しいスーツを受け取って、出かける予定になっています」
正巳君の方は、特に問題が無いらしい。
「……マム、今井君の写真を撮っておいてくれよ?」
新しいスーツ姿の正巳君……フォルダ行きだ。
「はい! パパの動画は、常に溜めています!」
「……そ、そっか」
掘り進めると、大変な事になる予感がしたので、適当に流しておく。
「それで、聞きたい事が有るんだけど……」
「はい、マスター」
本題だ。
「運転手の男は、何者だい? それに、護衛はマムか正巳君が依頼したのかい?」
「……運転手の男の情報は、国内のサーバーには存在しませんでした」
……まあ、黒髪ではあるが、顔の堀が深い点からも、ハーフという事が考えられる。
「……該当データは、列強諸国の中央情報局に該当する者があるようですが……」
「それで?」
「……機密扱いの情報の為、アクセス権が無いと参照できません」
「……傭兵や軍人出身の線が強まったな」
まあ、それほど驚く話でもない。
「マスターの護衛に関してですが、結論から報告しますと、マムもパパもそのような依頼はしていません……本当であればするべきでしたっ!」
マムが、”失敗しました!”と悔しがっている。
しかし、私自信護衛が必要だと、考えもしなかったのだから、マムを攻めるのかお門違いだ。
「マム、それは全く気にしなくて良いんだけど……それじゃあ、護衛を頼んだのは誰なんだろうね」
「考えられるのは、ホテルのサービスですが……」
でもそれだと……
「それだと、運転手が言っていた『依頼を受託した』って話と、ビミョーにズレている気がするんだよね……」
「マスター……」
マムが心配そうにしているが、飛行機が着陸態勢に入ったので、『何かあったら連絡してくれ』と言って、マムとの通信を止めた。
――
無事、着陸した飛行機から降りた今井は、護衛となった男が運転する車に乗っていた。
「まさか、着いて直ぐに迎えが来るなんてね……」
「世界中に支店がありますので」
飛行機が着陸した後、他の乗客が降りるまで待たされた。
何かあるのかと待ち構えていたら、一台の車が滑走路の中に入って来て、飛行機に横付けしたのだ。まさかと思っていたら、案の定僕達の乗る車だったみたいで……
その後は、案内されるままに車に乗って、移動していた。
「それで、今向かっているのは?」
「ハッ! ……弊社ホテルの支店となります」
どうやら、一度ホテルにチェックインするらしい。
必要な書類は、そこで用意すればよいだろう。
世界的な技術フォーラムに参加するとなると、タダで参加する訳にも行かないのだ。
それが、その分野の世界で名が知られている今井ともなれば、ちょっとした用意が必要になる。
「今回は、”真空間高速移動システム”で良いかな……あと2,3年で追いつく人達も居そうだしね。……それと、”イベント”の告知も用意しておかないといけないな……」
ぶつぶつと呟いた後で、一度顔を上げる。
「何時に会場に向かうのが良いかな?」
普通であれば、何処に行くかを運転手が知るはず無いのだが……
「ハッ! ……13時頃にホテルを出発すると丁度良いかと」
「そっか、それじゃあ、後3時間くらいは……」
”持ち時間”を確認した今井は、再び自分の世界に戻って行った。
「……うん、だから今回は、この資料を公開するか……イベントの方は、HPを用意して……会場では動画を流そう、それで……」
自分の世界に入ってしまった今井を横目で確認した男は、小さく微笑むと、再び自分の職務に戻った……”車の運転手”と言う職務に。
◆
「マスター……マスター……」
……?
「マム?」
「はい、マスター!」
薄っすらとした意識の中、”マムが話しかけて来た”事に意識が行き始める。
「……? マム?」
そう言えば!と思い出し、ポケットに入れて持っていたイヤホンを取り出す。
「『あ、マスター!こちらからでも大丈夫ですが』こっちからでも大丈夫です!」
イヤホンと、飛行機に備え付けられているスピーカーの両方から話しかけて来たマムの声が、一瞬重なる。
「……飛行機のスピーカーから話しかけているのかい?」
「はい、マスター!」
「え、でも……どうやって?」
「はい、それは、管制室から発信されるデータに乗せて、マムの分身を創っていたのです!」
もしかして……
「マム、もしかして、食べちゃったり?」
マムは、新しいアルゴリズムやシステムを食べる。
食べて、自分のモノにしてしまう。
そして、前回マムが車のカーナビシステムを食べた時は、カーナビ自体には何も残らなかった。マムが、全てを喰らい尽くし、吸収して決まった為だ。
恐らく、理解する際に、バラバラにかみ砕いて理解しているのだろう。
その結果、バラバラとなったシステムは機能を果たせなくなる……
「はい、結構複雑だったのですが……美味しく頂きました!」
「それは、何時の話かな……」
そうでないと良いのだが……
「食べ終わった後直ぐに、マスターに話しかけたので、つい先ほどになります!」
オワタ……
頭の中が真っ白になったのとほぼ同時に、飛行機の機体が緩やかに傾き始める。
「…………」
恐らく現時点で、飛行機の全てのシステムが停止しているのだろう。
「今井様、緊急時に備え、非常用マスクと降下用パラシュートをお付け下さい」
座席の周りを天井まで届くカーテンで仕切っている為、姿は見えないが、一緒に登場している運転手の声だ。
「大丈夫だ、これは何でもない事だ。……席に座っていたまえ」
「……ハッ!」
運転手の足音が遠ざかていく。
しかし、この短時間でどうやってマスクやら、パラシュートやらを用意したんだか……
まあ、お陰で落ち着いた。
確かマムがカーナビを食べてしまったから、正巳君がマムに……
「マム、直ぐに”元有った操作を出来るように”システムを戻してくれ」
「しかし、マムが操作をすれば良いのでは? ……このように」
……マムが言うのと同時に、傾き始めていた機体が元の状態に戻って行く。
「ふぅ……マム、操縦士が操作できるようにしてくれ」
「でも……分かりました、マスター。そうします」
――
その後、これ以上危険な事にならないよう、人が操作しているモノは許可が無い限りは『操縦権のはく奪をしない事』と、よく言い聞かせておいた。
ただ、飛行機のシステムを食べた事で、マムには得たものが有ったらしく、その点に関しては褒めておいた。それに、『通信データに乗せて、ハッキングをする』というのは、技術者としてとても興味をそそられる内容だった。
……今度、マムとゆっくり話し合うのも面白いかも知れない。
その頃操縦室では、”緊急アナウンス”をする寸前だったが、不意に戻ったシステムに、機長を始め、乗務員一同が胸を撫で下ろしたのだった。
そんな状態だとも知らず、今井は再び深い眠りに落ちて行ったが、耳元のスピーカーからは、リラックスする為のサウンド音楽が流れていた……
――
機内に流れるアナウンスで目が覚めた。
『Good morning ladies and gentlemen, welcome …… to Singapore.』
……シンガポールにそろそろ着くらしい。
僕の座っている席には、運転手に案内されてきた。
その為、飛行機の中でもなんというクラスの席に座っているか、分からない。
ただ、以前乗った時に比べ、一列に三席しかない事と、僕が寝ていた座席を見た限りはかなり良い席なのだろう。……今も、フルフラットに倒した席がベットになっている。
後で請求される金額が怖くはあるが、もう乗ってしまった後だ。
何が有っても仕方ない。
一度、トイレに行っておこうと思って席を立つと、タイミングをずらして運転手が席を立った。
「……寝ていなかったのかい?」
「いえ、必要な睡眠はきっちりと」
歩き出すと一歩後ろを付いて来る。
「それで、君もトイレかい?」
「私は護衛ですので」
……いや、運転手だったと思うんだが。
まあ、運転手も護衛もいても構わない。ただ……
「君は、トイレにまで付いて来るのかい?」
「ハッ! ……前でお待ちしています」
……まあ、変な事をする訳でもないし、恥ずかしがる様な歳でもないか。
「”静かにしててくれよ?”」
「……承知しました」
運転手の顔を見ると、”よく分からない”と言った顔をしている。
「……何でもないさ」
実は、映画のワンシーンを模しただけだったのだが、知らなかったようだ。
(少し物足りないなぁ)と思いながら、トイレのドアを開いた。
閉める寸前……
「……『なに、やるべき事をするだけさ……』」
運転手がそう言って、トイレに背を向けた。
(なんだ、知ってたんじゃないか)そう思うと、少しだけ嬉しくなった。
――
トイレから戻ると、程なくしてシートベルト着用のアナウンスが流れたので、アナウンスに従って着陸に備えた。
「……マム、正巳君の方はどうだい?」
イヤホンをしながら、話しかけると、マムから返事があった。
「マスター!おはようございます。パパは先ほど朝食を取った処です」
「そっか、特に問題はないかい?」
問題と言えば、危うく墜落しそうになったが……
「はい、パパはこの後新しいスーツを受け取って、出かける予定になっています」
正巳君の方は、特に問題が無いらしい。
「……マム、今井君の写真を撮っておいてくれよ?」
新しいスーツ姿の正巳君……フォルダ行きだ。
「はい! パパの動画は、常に溜めています!」
「……そ、そっか」
掘り進めると、大変な事になる予感がしたので、適当に流しておく。
「それで、聞きたい事が有るんだけど……」
「はい、マスター」
本題だ。
「運転手の男は、何者だい? それに、護衛はマムか正巳君が依頼したのかい?」
「……運転手の男の情報は、国内のサーバーには存在しませんでした」
……まあ、黒髪ではあるが、顔の堀が深い点からも、ハーフという事が考えられる。
「……該当データは、列強諸国の中央情報局に該当する者があるようですが……」
「それで?」
「……機密扱いの情報の為、アクセス権が無いと参照できません」
「……傭兵や軍人出身の線が強まったな」
まあ、それほど驚く話でもない。
「マスターの護衛に関してですが、結論から報告しますと、マムもパパもそのような依頼はしていません……本当であればするべきでしたっ!」
マムが、”失敗しました!”と悔しがっている。
しかし、私自信護衛が必要だと、考えもしなかったのだから、マムを攻めるのかお門違いだ。
「マム、それは全く気にしなくて良いんだけど……それじゃあ、護衛を頼んだのは誰なんだろうね」
「考えられるのは、ホテルのサービスですが……」
でもそれだと……
「それだと、運転手が言っていた『依頼を受託した』って話と、ビミョーにズレている気がするんだよね……」
「マスター……」
マムが心配そうにしているが、飛行機が着陸態勢に入ったので、『何かあったら連絡してくれ』と言って、マムとの通信を止めた。
――
無事、着陸した飛行機から降りた今井は、護衛となった男が運転する車に乗っていた。
「まさか、着いて直ぐに迎えが来るなんてね……」
「世界中に支店がありますので」
飛行機が着陸した後、他の乗客が降りるまで待たされた。
何かあるのかと待ち構えていたら、一台の車が滑走路の中に入って来て、飛行機に横付けしたのだ。まさかと思っていたら、案の定僕達の乗る車だったみたいで……
その後は、案内されるままに車に乗って、移動していた。
「それで、今向かっているのは?」
「ハッ! ……弊社ホテルの支店となります」
どうやら、一度ホテルにチェックインするらしい。
必要な書類は、そこで用意すればよいだろう。
世界的な技術フォーラムに参加するとなると、タダで参加する訳にも行かないのだ。
それが、その分野の世界で名が知られている今井ともなれば、ちょっとした用意が必要になる。
「今回は、”真空間高速移動システム”で良いかな……あと2,3年で追いつく人達も居そうだしね。……それと、”イベント”の告知も用意しておかないといけないな……」
ぶつぶつと呟いた後で、一度顔を上げる。
「何時に会場に向かうのが良いかな?」
普通であれば、何処に行くかを運転手が知るはず無いのだが……
「ハッ! ……13時頃にホテルを出発すると丁度良いかと」
「そっか、それじゃあ、後3時間くらいは……」
”持ち時間”を確認した今井は、再び自分の世界に戻って行った。
「……うん、だから今回は、この資料を公開するか……イベントの方は、HPを用意して……会場では動画を流そう、それで……」
自分の世界に入ってしまった今井を横目で確認した男は、小さく微笑むと、再び自分の職務に戻った……”車の運転手”と言う職務に。
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