『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

43話 『サン・ロイヤル』クラス

 ホテルの中に入ると、空調管理がされている為か、肌に感じる空気も何処か心地よい気がする。


「おにいちゃ、ここすごい!」


 左腕に張り付いていたサナだったが、今は手を繋ぐに留まっている。


 サナは、興奮すると口調が幼くなる。


 今サナが夢中になっているのは、周囲の光景だろう。


「そうだな、ここは”エントランス”……まぁ、玄関みたいなもんだな」
「えんとらんす?」


 地下駐車場のドアを入ると、廊下が有る。


 廊下は緩やかなスロープとなっている為、歩いて行けば一階に上がれる。


「そう、”エントランス”だ。俺はあそこで手続きをしてくるから、サナはこの”ソファ”の上で待っててくれるか?」


 そう言って、エントランスホールにあるソファの一つを指差す。


「そふぁ……ふかふか……はい、お兄ちゃん!」
「良い子だ。……ここのソファは、隠れ家のより良いソファだから最高だぞ」


 そう言って、サナをソファの上に座らせてやる。


「わぁぁ……ふかふか~」


 小さい手で自分の座っているソファを”ポンポン”と叩きながら、その感触を楽しんでいる。


「あの、お客様……」
「は、はい?」


 目を向けると、黒を基調にしたスーツ……作業服……とても高級な作業服のようなスーツ?に身を包んだ女性が立っていた。


 当然、近づいて来ていたのは分かっていたが、まさか俺に声を掛けて来るとは思わなかった。


「チェックインでしたら、こちらで行いましょうか」


 そう言って、ソファに手の平を向けている。


 手の平につられてソファを見ると、つい今まで興奮気味だったサナが、コクコクと頭を揺らしている。眠いのだろう。


「……それじゃ、頼もうかな」
「はい、少々お待ちください」


 サナが座っているソファの横に、ゆっくりと、サナが目を覚まさないように座る。


「寝てるよな……?」


ソファに座ると、サナが腕に絡んで来た。


「……まあ良いか」


 安心したような、安らかな寝顔を見ていると、何でも良い気がしてくる。


「……お客様、こちらにお客様のIDを入力願います」


 先ほどの女性が、A5サイズ程のタブレットを持ってくる。


 サナが寝ている為か、声量を落としているが、聞き取りやすい声だ。


「あ、あぁ……『パパ、”サン・ロイヤル”です』……サン・ロイヤル……?」


 俺が疑問形だったからかも知れないが、女性が一瞬固まる。


「え、えっと……”サン・ロイヤル”だったと思うんだけど……」


 再度、女性に向かって確認する。


 すると……


「は、はいっ!っと、失礼しました。少々お待ちください……」


 冷静だったのが、一瞬取り乱して……それも、直ぐ取り繕ってカウンターに下がって行った。


「……サン・ロイヤルって、何かあるのかな……」


 ふと、そんな事を思っていると、女性が、走るようなスピードで、しかし、上品に”歩いて”来た。


「…はい、”神楽かぐら”さまご一行ですね……ほかの方々がご到着された際は、ご連絡を一言”到着”と頂ければ、問題ありません」


「あ、あぁ……分かった」


 ……そうか、すっかり忘れていたが、俺達は全部で26人……俺と今井さん、子供達が21人、カプセルの中に先輩と衛兵が2人いる。


「それと、事前に承っていました内容に関して、ご説明させて頂きますが……宜しいでしょうか」


 ……事前?


「ああ、頼む」


 何の事だろう……あ、マムに言っておいた”ホテルの条件”の事か?


「はい、先ず神楽様御一行には”サン・ロイヤル”……当ホテル最上のサービスを提供させて頂きます。どんなご要望でも、お受けいたします。ただ、その際に掛かった”実費”のみ、請求させて頂きますので、ご注意ください」


 ……なるほど、コンシェルジュ的な事をしてくれるのか。


「続けまして、”サン・ロイヤル”クラスは、専用の入り口が用意されています。次回以降ご利用される場合は、そちらからのチェックインも可能です」


 ……条件の一つ、”専用入り口”だ。


「次に、部屋内に機材を持ち込まれるのも問題ありません。その際は、連絡を頂ければ作業いたします」


 ……条件の一つ、”カプセルを持ち込めるか”だ。


「次に、他の部屋との距離、セキュリティに関してですが、”サン・ロイヤル”クラスは、独立した部屋となりますので、他のどの部屋とも繋がっておりません。その為、セキュリティに関しても問題有りません」


 ……条件の一つ、”他の部屋との距離”だ。


 ……セキュリティも、問題ないらしい。


「以上が事前に承っていた内容に関してのご説明になります」
「ありがとう、完璧だ……」


 流石、マムだ。


 必要な条件全てをクリアしている。


「何かご要望等ありますでしょうか?」
「そうだなぁ……」


 取り敢えず、カプセルの搬入かな……


 本当は、サナ達に頼もうと思っていたが、生憎子供達は寝てしまっている。


 わざわざ起こしても可哀想だろうし、ホテルの従業員に”子供達が数百キロの荷物を運ぶ”という光景を見せるわけには行かないだろう。


「搬入して欲しい器材……かなりデリケートなモノが有るんだけど良いかな?」
「はい、重さや材質、大きさ等は分かりますでしょうか」


 ……


「2メートル×80cmくらいのサイズで、高さは一メートル無いかな……重さは一つ100、いや200キロくらいで、一部ガラス製で本体は金属製……」


 自分で説明していて、”何を言っているんだ?”と思うくらい”変な事”を言っている自覚はある。


 しかし、女性……ホテルマンは流石にプロらしく、変な顔一つせずにメモを取っている。


「……承知しました。現物は既にこちらに?」
「地下の駐車場に……」


 そう言うと、女性が何やらタブレットを操作して、こちらを向いて答えた。


「今係の者が来ますので、指示を頂ければ問題ありません。他にご要望はありますでしょうか」
「そうだな……子供が21人居るんだが、それぞれに合う服を用意してもらえるか?」


 隣で寝ているサナは、大使館から連れ出した時の、白い麻の服のままだ。


 麻の服は良いのだが、臭いが染み付いているだろう。


「……21名分の洋服……承知しました」


 流石に、21人分の服と言うのはよくある事では無いのだろう。


 微妙に、女性の口元が引きつっている気がする。


 変な噂が流れては困るのだが……


「情報が漏れると困るんだけど、そこら辺は大丈夫?」


「はい。お客様の情報を漏らす事は一切ありません。特に、”サン・ロイヤル”クラス担当の従業員は、あらゆる訓練を積んでいる為どんな尋問に対しても――「わ、分かった。信用するよ」」


 放置しておくと、暫く話していそうだったので、口を挟む。


『大丈夫です、パパ。このホテルは各国の重要人物や大富豪が利用しているホテルです。それに、”サン・ロイヤル”クラスは、特に現役の大統領や首相、ヨーロッパの貴族の当主が利用する、世界でもトップクラスの部屋ですので』


 ……マムが気合を入れて探しただけある。


 ……気合い入れすぎな気がしなくもないが。


 そんな風に考えていると、足音もなく、二人の男たちが近づいて来た。


「……作業員?」
「「ハッ!」」


 ……”作業員”と言うよりは、どう見ても”兵士”な気がするが、まあ良い。


「それじゃあ、案内するから頼めるかな」


 ……『『ハッ!』』と、揃った声で答える二人の兵士……ホテルマンに若干顔を引きつらせながら、駐車場へと案内に向かった。


 当然、サナは腕の中に抱っこして。









 正巳君と正巳君に懐いているサナいう子供が、ホテルにチェックインしに行っている間、僕は起きている子供達に説明をしていた。


 内容は、隠れ家が火事で燃えてしまった事と、これから安全な場所に移るという事だ。


 ……”隠れ家が火事で燃えた”という部分で、若干悲しい顔をしていたのかも知れない。説明が終わったら、何人かの子供が頭を撫でてくれた。


「大丈夫、僕は大丈夫……はぁ、隠れ家には確かに思い出が有るけど……また作れば良いし……」


 そう、隠れ家は燃やされてしまったが、また作ればいい。


 僕には、”増えた”資産がある。


 ……オークションで上原君せんぱいを落札するのに13億円掛ったが、賭けで勝ったお金は14億円超。賭けたお金は、1億数百万円。オークションの落札額を引いた後でも、2億円以上残ったのだ。


「ミカ……マサ兄と二人、テンがまもるから……」


 頭を撫でて来る子供達……3人の子供の中でも、背の高い男の子が片言の日本語で言ってくる。


「ふふっ、頼むよ……」


 当然、本気で頼んだわけでは無い。


 目の前の子供達は、6歳から15歳。


 ”守る”と言っているテンだって、15歳位だろう。


 15歳と云えば、体つきもしっかりしている。


 それに、昔でいう15歳は、成人を指していた事もある。


 でも、倍近く生きている僕からすると、どうしてもまだ子供に見えてしまう。


「む……ホントうにまもる」


 僕の顔が緩んでいたので、”本気ではない”と感じ取ったのだろう。


 テンが、ムキになっている。


「ふふっ、分かってるさ」
「ム……」


 ”分かってる”と答えたのに、気に喰わないようだ。


 そもそも、子供達とずっと一緒にいる訳には行かない。


 折を見て、元居た故郷に戻ってもらうつもりだ。


 今から感情を入れすぎていたら、別れる際につらくなる。


 ……まあ、既に感情が移ってしまっている気もするが……


「さあ、取り敢えず皆を一度起こしてくれるかい?起きない子や小さな子は、抱っこして、正巳君……マサ兄の運転して来た車に一度移動しよう」


 ……マムから聞いた話だと、このホテルは、カプセルを部屋に搬入出来るらしい。


 カプセルを搬入するという事は、誰かがトラックここに来るという事。


 ここに来た際、コンテナの中に子供達が寝ていては、変な誤解を生んでも仕方がない。


 変な誤解や、トラブルになりそうなことは予め防いでおくのが一番だ。


 このトラックには、11人の子供達が乗っている。


 その中でも、起きていた子供達が、何人かの子供達を起こして、小さい子供を背負うなり、抱えるなりしていた。


「……よし、それじゃあ移動しようか」
「ハイ、お姉ちゃん……」


 起きていた子供の内の一人、女の子でテンと同じくらいの年の子が、頷いた。


 他の子供達も大丈夫そうなのを確認して、移動を始める。


「マム、開けてくれるかな?」
「はい、マスター!」


 マムから返事が有って、正巳君の乗って来た車のドアが開いた。


「……みんな寝てるね」


 中では、子供達がスヤスヤと寝ていた。


「そうですね……でも、中にはもう少し入りそうです」


 女の子が返事する。


 テンよりも、日本語の発音が綺麗だ。


「えっと、名前は……」
「ショウミンです……ミンで良いです」


 ショウミン……ミン……覚えた。


「分かった。それじゃあ、テンとミンを中心にみんなで中に入って貰えるかな?」


 そう言うと、テンとミンが頷いて、子供達を誘導し始めた。


 テンと、ミンの様子を見て大丈夫そうだったので、マムに聞く。


「マム、正巳君達はどんな感じかい?」
「はい、今手続きが終わって、駐車場に向かい始めたところです」


 ……如何にか間に合ったようだ。


「そうか、分かった……」


 そうマムに答えて、トラックの方に戻った。


 トラックに戻る途中、子供達の乗った車を振り返ったが、皆中で大人しくしているようだったので、一安心した。


 ただ、流石に子供とは言っても、20人近く入るにはきつい様だったので、『早めにカプセルを移動し終えなければいけないな』と思った。


 そんな事を考えながら、トラックの側まで戻った。トラックの側まで戻った後、それ程間を置かずに、正巳君がサナちゃんを抱えた状態で戻って来た。


 サナちゃんは、眠ってしまったようだ。


 正巳君の後ろを見ると、何やらガタイの良い男二人と、スーツを着た女性が付いて来ていたので、『ホテルマンと作業員だろう』と判断をして、正巳君に声を掛けた。


「やっとゆっくりできるね……」


 すると、正巳君も心なしか表情を緩めて「はい、そうですね」と返事してくれた。


 その表情に安心を覚えながら、目先の事を終わらせるために、ホテルの従業員に移動の際の指示をし始めた。



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