『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

40話 目覚ましの炎

 ……


 ……遠くで耳鳴りがしている。


 ……


 ……違う、このおとは、よく知っている声で……


「『……ァ……パパ!』……起きて下さいパパ!」


 遠くで聞こえてたはずのおとが急に近くで、それでいてクリアに聞こえる。


「……マム……?……ゥあ……ヴァ?!」


 ……周囲が紅く赤い炎に包まれている。


 これ、どういう状況だ?


「パパ!早く逃げて下さい!もうじき炎が建物全体を囲ってしまいます!」


 マムの声が、耳に届く。


 ……ああそうだ、イヤホンを付けたまま眠ってしまったんだっけ。


 寝る際に眼鏡を付けたままだったせいか、視界ははっきりしている。


 それでも何処か、目の前の景色に、現実味を感じる事が出来ない。


「ふふぁ~……おにいちゃ?」


 俺の横で一緒に寝ていたサナが、一つ大きく欠伸をして、俺の顔を不思議そうに見つめる。


「サナ……夢か?」


 サナも特に焦る様子が無く、ただ眠そうにしている。


「パパ!! は・や・く・に・げ・て!!」
「うぁ……え?」


 耳元で、マムが『キーン』と耳鳴りするほど大きな声で、叫ぶ。


 お陰で、これ・・が現実に起きている事なのだと少しずつ認識していく。


「……サナ、起きたか?」
「あい、おにいちゃ……逃げるの!」


 まだ眠いのだろう。


 サナの目は、半開きで、その口調も年相応の幼いものになっている。


 ……いや、年齢以上に、か。


 それでも、目の前の現実を認識した様で、顔が青ざめて来ている。


 目の前の現状……現状は~と言うのが馬鹿らしくなるほど、起きている事は単純だ。


「火事だからな……逃げないと死ぬ」


 一階は、その殆どが炎に包まれていて、視線を向けるだけで目がチカチカしてくる。


 マムがもう一度大音量での”警告”をしてくる気配が有ったので、マムを制してから、あくまでも冷静に、サナに声を掛ける。


「サナ、背中に乗ってくれ」
「お兄ちゃ!うん!」


 サナが背中に乗り、しっかりとつかまったのを確認すると、一階に降りる為の梯子へ向かう。


 二階はモニターとソファー、それにモニターを乗せているデスク位しか無かったので、燃え広がるのが遅いようだった。しかし、一階部分は既に広範囲が煌々とした炎に飲まれていて、足の踏み場が無いほどだ。


「マム、出口は開いているか?」
「はい!パパ!出口は全てを開けた状態にしています!換気もしているので、一酸化炭素中毒の恐れはありません!ただ、酸素が常に入る状態なので、全てが燃え尽きるまで炎は収まらないかと思います!」


 一応、ドアを開けたり、換気をする事が出来ているようだが、それも電気の配線が燃えてしまえばその保証はない。新たな問題が出る前に、外へ出る必要がある。


 一番近い出口は、二階ここを降りてそのまま右手を言ったところだ。


「……よし、現状は把握できた。出るか……」


 焦っても仕方がない。


 この様な場合、一番不味いのは焦る事。


 今、俺は落ち着いている。


「サナ、口に布……洋服を口に当てて、煙を吸い込まないようにな」
「あい!」


 サナが返事をして、俺の背中に頭を付けている。


 ……まあ、俺にくっ付いていれば大丈夫か。


 これ以上遅くなると、壁伝いに二階も燃えて来そうなので、目の前の鉄製・・の梯子を下り始める。


「ム……」


 梯子に手を掛けた時、思わず手を離しそうになったが、サナが怪我押したら大変なので我慢する。


「よし、後は外に出るだけ……」


 呟きながら、手のひらをチラッと見ると、予想通り焼けて皮がめくれていた。


 梯子は鉄製、周囲は炎。


 当然、鉄製の梯子は高温になるだろう。


 少し手がジンジンするが、構っている暇はない。


「……サナ、なるべく息を吸うな」


 わずかに頷いた気配に安心し、炎の間を縫っていく。


 何か所か、室内にあった機械が床に倒れて、道をふさいでいた。


 しかし、アドレナリンが出ていたからか、体がイメージ通りに動いた。


 飛び越えたり、一瞬の厚さを我慢したりして越える。。


 そして……


「よし、出口か……この扉を一歩出れば……?」


 目の前の扉は閉まっていた。


 マムが『扉は全て開けた』と、言っていたのに。


 しかし、目の前の扉は閉まって……?


「お兄ちゃ、これドアじゃない……」


 ……良く見ると、扉では無くて鉄の板と云う事が分かる。


「サナ、良くやった」


 サナは俺の声を聞くと、一瞬上げた顔を再び戻す。


 周囲は炎に囲まれている。


 燃え移りはしないが、肉を焼くには丁度良い距離だ。


「……サナも辛いだろうしな、早く出ないと……」


 目の前の鉄の板、”鉄板”は、高さ2メートル、横1.5メートルと言った処だ。


 こんなものがここに在るのは、明らかにおかしいが、それを考えるのは後だな。


「サナ、一瞬だけ下りてくれるか?」


 そう言うと、サナは一つ頷いて背中から降りる。


 床はコンクリートだが、周囲の熱が籠っている……熱いだろう。


 一瞬だけサナには我慢していて貰おう。


 ……後で何でも欲しいものをプレゼントしよう。


 勿論、まだ自己紹介もしていない子供達にも一緒に。


 その為にも……


「スーーフッ……」


 下がれるだけ下がった後、走り出し……


『バゴンッツ!!』


 思いっきり、鉄の板に対してドロップキックもとい、飛び蹴りをかました。


 そして、ゆっくりと倒れて行くのを横目に見ながら、サナを再び背負う。


「ッフ……ハッツ!」


 ゆっくりと倒れている鉄の板を踏みつけ、出来た隙間から外へと飛び出す。


 斜めに倒れかけた鉄の板から飛び出した為、さながらジャンプ台から飛び出すような格好になる。


「おわっつ……アブね~」


 高さにして2メートル30センチと言った処か、そんな高さまで飛んで、着地の事を考えていなかった。しかし、正巳の出た出口は、非常出口であり、裏の林がすぐ近くにある場所なのだ。


 それに加えて、隠れ家が周囲に比べて少し低くなっている。その為、正巳の大ジャンプの着地は、隠れ家と裏の林の間にある崖を飛び上がる形でされた。


「……おにいちゃ…………」


 サナは半分放心状態になっている。


 サナに声を掛けようとしたが、俺の蹴り抜いた鉄の板が倒れる音と、それと同時に聞こえた悲鳴に体が強張った。


 俺とサナは、今隠れ家を見下ろし形で、裏の林の崖の上にいる。


 サナには、『後ろの茂みの中に隠れて居ろ』と言い、俯せの形で崖の下、俺達が脱出して来た出口を見る。


「……まじか」


 そこには、煌々と歩餌かる炎に照らされて、鉄板の下から覗く人の腕と、地面を濡らす液体が見えた。状況から考えて、間違いなく人間とその体液だろう。


 幾つもの疑問が頭の中で浮かぶが、同時に警告も浮かぶ。


 ただ、間違いないのは、この火事が人為的且つ、狙って行われたものであるという事だ。


 何にしても、隠れ家ここから一刻も早く、離れなくてはいけない。そう判断し、ズリズリと俯せの状態で後退さがろうとした時、声が聞こえた気がした。


 気のせいだと思う事が出来ず、声の聞こえた方を凝視した。


「……なるほど」


 正巳は瞳に移った姿を記憶に焼き付け、茂みの中、サナのいる場所まで急いで後退した。


 茂みの中に下がると、サナが不安げな顔で聞いて来る。


「おにいちゃ、大丈夫?」


 一瞬、『何のことだ?』と聞きそうになったが、サナの視線で、俺の手の平の事を言っているのだと気が付いた。俺の手の平は、梯子を下りた際に火傷をしていたのだが、先ほど外に出た際に外の光と、炎の光で見えたのだろう。


「ああ、こんなの唾を付けておけばすぐ直るさ」


 そう聞いて安心したのか、サナが腕に抱き着いて来たので、サナの頭を撫でる。


 サナの頭を撫でた際、多少の痛みはあったが、アドレナリンが過剰に出ているせいか、あまり気にならなかった。


 満足したのかサナが離れたので、体の状態を確認した。


 結局、俺の手のひら以外は、俺もサナも無事だった。


 ただ……


「靴は買い替えだな……」


 鉄板を踏んだ際に溶けたであろう、靴の裏を見ながらそう呟いた。


 あの時、鉄板を蹴り倒さないで、手で押していたら……と考えて、心から『良かった』と思った。


 サナの方は、何処も問題なく……服に関しては、白い麻のような素材にススが付いてはいたが、大方問題なかった。


 俺とサナの確認が出来たところで、今井さんの無事を確認する為に、マムに連絡を取った。



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