『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

25話 デス・ゲーム [会場]

 マムから”そろそろ着く”と言われてから、少し経過したところで、車が止まった。


 周囲を確認すると、まだ暗いながらも、そこが街中である事が分かる。


 綺麗に舗装された道に、敷き詰められた石畳の歩道。


 薄暗いながらも微かに確認できる建物は、どれもこれもヨーロッパの建物のようで、レンガ造りであったり、白い漆喰の壁であったりと特徴的だ。


「ここは?」


「パパ、ここが会場です」


 マムが改めて、目的地に着いたと言ってくる。


「正巳君、ここはある国の大使館だね……なるほど、大使館であれば一歩入れば治外法権、何かあっても始末をつけやすい。それに、迂闊に警察が入る事も出来ない……外交特権か、質の悪い」


「大使館、ですか……」


 言われてみると、確かに大使館っぽい立派な門とその奥に二つバリケードがあり、その奥に立派な建物が見える。


 ……なるほど、大使館っぽい。


 まあ、大使館何て行った事ないんだけどね!


「さて、正巳君、マム、ボス吉、いよいよ本番なわけだけど、気を付けてくれ。僕が知っている限り、この国はきな臭い噂の絶えない国だったはずだ……それこそ、人体実験や人身売買なんかが問題になって、国際連合から加盟を断られたくらいだ。……それでも、国の事業にしてる兵器開発と兵器売却で多くの国とコネクションを広げているらしいがね。正巳君、”命を大事に”だよ!」


 ……なるほど、今井さんが大使館だと断言した理由が分かった。


 恐らく、今井さんのご両親に関わりの少なくない国なのだろう。
 何処の国の大使館かも把握しているようだし、間違いないだろう。


「はい、今井さんもあまり危険な事はしないで下さいね。それと、先輩をよろしくお願いします!」


 一番の目的は、ここに居るであろう先輩を救出する事だ。
その為にも俺は囮となる様に、ゲームに参加して・・・・しっかりと気を引いておかなくてはいけない。


 ……例えそれが危険であっても。


「パパ、既にゲームに参加する諭旨の連絡は入れているので、直ぐに案内が来ると思います!」


 心なしか、マムも緊張している気がする。


「分かった。今井さんとボス吉の方の案内とフォローも頼む」


 正直、マムが居ないとどうにもならない。


 先輩のいる場所はマムが把握しているし、そもそもこの賭けの会場に入れたのも、マムが上手く処理してくれたおかげだ。


「任せて下さい、パパ!」


「……迎えが来たようだ。正巳君、これを渡しておく。役立つはずだよ」


 そう言われて、渡されたモノを見る。


 小型通信装置……無線イヤホンだった。


 これなら、わざわざスマフォや通信用端末を取り出さなくても、マムを通してやり取りが出来る。


 ”さあ行こうか”


 改めて気合を入れ直す。


 正面を向くと、大使館付きの衛兵らしき男が近づいて来ていた。


「それじゃあ、また後で」


 そう言って、トラックを降りる。


 前もってマムから、『ゲームに参加する参加者は別室に連れて行かれる』と教えて貰っていた。


 だから、ここから先へは俺一人で行くことになる。


 マムによると、ゲームの参加者以外……つまり、参加者(多くの場合奴隷)を連行して来た業者は、地下の駐車場で待機。賭けへの参加者若しくはその代理人は、特別観覧室でモニターで賭けの様子を見れるらしい。それに、所有者が望めば、ゲームで生き残った人間若しくは生物のオークションが実施されるとの事だ。


 まあ、賭けへの出資者が実際に足を運んで、賭けに参加する事など殆ど無いだろう。


 もし、そんな人が居るとすれば余程の自信家か、権力者か、何にしても禄でもない奴に違いない。


 そんな事を考えていると、近づいて来ていた衛兵が声を掛けて来た。


「あなたが神崎カンザキ様ですね」


 見た目は100%外国人なのに、話している言葉は日本語だ。


 ……勿論、神崎というのは偽名だ。


「ああ、そうだ」
「それで、出資者もあなたという事で宜しいですか」


 そう、俺は出資者つまり賭ける側の人間であるが、参加者つまり本来奴隷や負債がある人が成る立場”賭けの対象”として参加する事にしたのだ。


 分かりやすく言うと、自分が出て、自分に賭ける。


 俺がゲームで勝てば、賭けにも勝つ。


 我ながら無茶苦茶だとは思う。


 それに、参加するゲームは……


「ああ、俺が出資者であり参加者だ。……我は自信があるのだ!己が出て、己に賭ければ必ず勝つ!」


「あ……はい、そうですか……はい」


 衛兵は流石に笑ったりしていないが、後ろのトラックの中で吹き出している音が聞こえる。


 ……いや、違うんだよ?


 うん。


 これは、マムから”キャラづくりをしておいて下さい”って言われてて……


「おい、早く案内しろ!」


「っ、はっ!」


 強めの口調で言うと、衛兵が向き直り付いて来いと身振り手振りする。


 振り返ると、トラックの中で今井さんが未だに笑いを堪えている。


 ……まあ、下手に緊張しているよりは良いかも知れない。


 少し安心すると共に、再度気を引き締める。


 もう一度だけ視線を向けて、そのまま衛兵の後をついて行く。


「そこでお待ちください、ただいま確認しますので」


 正面のゲートまで行くと、衛兵に止められたのでそのまま少し待つ。


 待ている間に、先ほど貰ったイヤホンをさりげなく耳に入れる。


 片耳に入れるようになっていて、サイズ自体も小さいので、外から見られても気づかれる事は無いだろう。イヤホンを耳に入れた瞬間マムから連絡がある。


「パパ、聞こえていたら奥歯を二度間で鳴らして下さい!」


 奥歯を二度嚙合わせる。


「ありがとうございます、早速報告です!予定通り神崎カンザキジンで登録している国家銀行から情報を送信し、賭けに参加する為の認証を済ませました。その後、参加するゲームに関して手続きの時点で止まっていますが、何に参加されますか?」


 マムからの連絡を受け、衛兵の認証方へ視線を向ける。


 まだ確認を取っているようだ。今なら……


 あくまで独り言のように、加えて口元を動かさずに、ぼそぼそと呟く。


「ごほ、ゲームは先輩と同じ、掛け金は全て3番に……」


 ……生きて帰らないと、10億有っても無くても関係ない。


 それであれば、全て賭ければ良い。


「分かりましたパパ!死の予告デス・ノーティスの”生還”に全て賭けます!……手続き完了です!後はマスターとボス吉、上原さんに関してはお任せください!」


 マムから報告があってすぐ、衛兵がこちらに向かって来た。


「神崎様、確認が取れましたので、こちらにお進み下さい。お車……の方は別途お待ちいただく場所がありますので、係の者が誘導いたします」


 そう言うと、歩き出したので後についてゲートをくぐる。


 横目で確認すると、今井さんの乗るトラックの方は、別の衛兵から説明を受けている。


 恐らく、待機場所を指示されているのだろう。


「おい、ゲームは何時始まる?」


 前を歩く衛兵に声を掛ける。


「はっ!神崎様は2時頃第4ゲームへの参加となりますので、あと18分程になります!」


 18分……早くない?


 まあ、一時間とか間があるよりは良いかも知れないが。


「そうか、それまでの間はどうしたら良い?」


 衛兵の後について歩いて来たが、周囲は大使館らしい立派な建物の外それらしい建物はない。


「はっ!地下に施設が有るので、この後時間まで地下の待合室でお待ち頂く事になります!」


 ……まあ、そりゃそうか、いくら治外法権の大使館と言っても、地上に堂々と違法な施設があるはずがない。


「そうか、分かった」


「はい。神崎様、こちらの昇降機エレベーターを使うので中にお入りください」


 ……言われた方を見ると、壁が外側に開く。


 見ると、中にエレベーターが有るのが分かる。


 隠し階段ならぬ、隠しエレベーターだ。


「分かった……お前は来ないのか?」


 中に入るよう勧めるだけで、自分は入ろうとしない様子を見て質問する。


「はっ!私はここまでの案内をする権限しかない為、後は下の者が担当致します!」


 直立不動。


 ……軍人っぽい。


 ……まあ、軍人なんだろうが。


「分かった、ここまでご苦労」


 そう言って、エレベーターに入り込む。


 中に入って、下へのボタンを押そうとするが、ボタンがない。


「パパ、このエレベーターは電子制御されているようです。マムがシステム内に入りさえすれば、自由に使えるので心配しないで下さい!」


 なるほど、少し不安に思ったが、そういう事なら……


 落ち着いたので、正面に視線を向ける。


 ……衛兵がこちらの様子を伺っていたようだ。


「おい……早く動かしたらどうだ?」


 そう言うと、衛兵が一瞬戸惑った様子を見せ、直ぐに右手を挙げる。


 それが合図だったのだろう、直ぐにエレベーターが動き出した。


 降りて行くエレベーターの中で、マムに調べて貰った情報を元にした戦闘・・シミュレーションを繰り返し行うのだった。













 俺は、一週間で今日が一番好きな曜日だ。


 何故なら、負け犬の顔を見て、再び自分の立場を確認して、圧倒的優越感に浸れるからだ。


 そう、今日はゲームの開催される日だ。


 ゲームと言っても、普通想像するような生易しいものではない。


 参加者が生死を賭けて、生きる為にやるゲームだ。


 99%が戻ってこない。


 残る1%の生き残りもそれはそれで地獄だ。


 生還率の限りなく低いゲームから生き残った者は、その殆どが肉体的が欠損する。


 そして、その後は持ち主に売られたり、賭けに負けた奴に買われ、ストレスのはけ口になったりする。ストレスのはけ口になるのは分かりやすい。


 しかし、売られた場合はどうなるか分からない。


 ある場合は、幸運のお守りとしてペットにされたり、コレクションとして生きたまま・・・・・凍らせられたりする事もある。


 そんな事を知っているのか、いないのか、賭けの対象……通称、”参加者”は、みな良い顔をする。


 絶望と希望、緊張と恐怖、それらを混ぜ捏ねにした表情だ。


 今日もそんな顔を一通り楽しむはずだった。


 しかし、普段と様子が変わったのは、一本の無線連絡を受けてからだった。


 ”VIPが到着する”という連絡を受けたのだ。


 ここで言うVIPとは、賭けに出資している出資者本人が来るという事だ。


 参加者が来るのは当然だが、出資者が来るというのはそうそうある事ではない。


 ……まあ、一部の変態マニアは別として、今までに自分でVIPの対応をした事は無い。


 VIPを対応するのに俺が選ばれたのは、一種当然の事だったのだろう。


 今日担当のメンバーの中で日本語に堪能なのは俺だけだ。


 多少話せる奴は何人かいるが、とてもでもないがVIPの担当など任せられない。


 そんな理由もあって、緊張して待っていた。


 すると、到着予定時刻になってから、一台のトラックがゲートの前に止まったのに気が付いた。


 一応、確認をしようかとも考えたが、流石にみすぼらしいトラックにVIPが乗ってくるはずなど無いと考え直して、少し待つことにした。


 トラックに関しては、何時までも大使館の前に駐車を許すわけにもいかないので、注意をしに行くことにした。ただ、万が一の為に、VIPの名前を確認しておくことにした。


 資料を確認したところで、無線が入った。


 無線によると、”VIPは参加者でもある”らしい。


 ……訳が分からない。


 まあ、想像するに、元々金持ちだったのが何かが理由で借金を抱えて、今回借金を返すために参加者として参加して、自分に賭ける事にしたのかも知れない。


 ……でも、その場合自分でなくて運動神経の良い奴隷を用意すれば良い気がするが。


 もし、お金が必要で参加者として来たのであれば、トラックと云うのにも納得できる。


 となると、ここでじっとしている訳にもいかない。


 急いで、トラックに歩いて近寄っていく。
 すると、トラックから一人の男が出てくる。


 ……明らかに普通ではない雰囲気がある。


 なんと言うか……そう、覚悟を決めたような、何かを背負った人が放つオーラのような……


 そして、眼を見た瞬間、直感した。


「……あなたが神崎カンザキ様ですね」


 男は、”そうだ”と言った。


 良かった、これ以上VIPを待たせてしまっていたら、どうなっていたか……


 あれ?でも、この男はVIPであり、参加者でもある。


 ……それに乗って来たのはトラック。


 ……一応確認をしておこう。


「そこでお待ちください、ただいま確認しますので」


 そう言って、確認をしにゲートの門番の所に行く。


「おい、神崎仁の参加するゲームに関して問い合わせてくれ、至急だ!」


 門番の男は俺よりも階級が低いので、”早くしろ”と急がせる。


「……確認取れました。神崎仁の参加するゲームはノーティスです」


 死の予告デス・ノーティスと言われる、99%が死亡するゲーム。


 100人いて一人生還者が出れば良いゲームだ。


 ……なんだ、死にたがりなのか。


 そう納得して、案内に戻る。


 途中、男から『何時にゲームが始まるか』と聞かれた。


 強がっているこの男でも、きっと怖いのだろう。


 そう思いながら聞かれるまま説明する。


 そして、地下への直通しているエレベーターの前まで来る。


 ……ここだ、ここでの表情が俺の心を豊かにする。神崎仁、お前はどんな顔を最後に見せてくれる?想像しながら、エレベーターに乗る様に案内すると、男から不意を突いた質問をされる。


「お前は来ないのか?」


 慌てて、担当が変わる事を伝える。


 ……伝えるべきでない内部情報だった気もするが、言ってしまった後だ、取り返しようがない。


 何にせよ、男が余裕でいられるのもここまでだろう。


 そう思いながら、男の様子を伺う。


 しかし……


 一向に男の顔色が変わる気配が無い。


 そんな筈はない、と思い、少しでも変化があるのではないか?と、顔色を見ていると、男が不意に苛立ったように言ってくる。


「おい……早く動かしたらどうだ?」


 思わず、慌てて、手を挙げて合図を出す。


 男を見ると、何処かリラックスしたような表情を浮かべていた。


 男を見送りながら、ふと、あれ?と不思議に思う。


 俺、エレベーターは合図を出したら動く事話したっけ……?


 エレベーターの扉が閉まり、閉じていく向こうの男を見ながらふと、先ほど見送った男が賭けた番号が気になったが、どうせ死にゆく男の事など考えても仕方が無いと思い直し、通常の任務へと戻って行くのだった。


 ただ、既に衛兵の頭には、”神崎仁カンザキジン”という名前が刻み込まれていた。



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