『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

12話 隠された情報

「今井さん!開けて下さい!」


 技術部の前まで急いで来て、中に入れてもらう。


「どうしたんだい?それで、君が噂の先輩とや……ら?」


 今井さんが昨日出て来たのと同じ場所をドアにして出てくるが、俺が連れ来ることになっていた先輩と会うのが楽しみだったのかも知れない。


 ……俺の他に誰もいないのを見て、俺の後ろに回り込み、後ろも確認している。


 ……俺の後ろに隠れているかと思ったのかな?


「あの、今井さん……」


「な、なんだい?プラスく……正巳君!」


 どうやら、昨日正巳と呼んでくれとお願いした事を、覚えていてくれたらしい。


「はい、正巳ですが、急ぎでお願いを聞いてもらえますか?」


 あんまりのんびりしていると、岡本財務部長が俺のメール履歴を確認してしまうだろう。


「お願い?…出来る範囲でなら良いとも。ただ、エッチいのはダメだぞ……まだそんなに……」


 変な事を口走っているが無視だ。


「出来る範囲です!お願いします」


 俺の勢いに驚いたのか、必死さを感じ取ったのか、表情が変わる。


「何が有った……と聞きたいが、そんな時間も惜しいのだろう?言ってみたまえ」


 流石に優秀だ。こちらの意思を組んでくれる。


「はい、俺と上原先輩とのメールのやり取りの記録を含むすべてのデータを消してください」


「メールの全ての……なるほど、社内のサーバーからか……良いだろう!」


 出て来た扉を入っていくので、後に続く。


「これは……」


 床一面に紙が散らばっている。


 よく見ると、一枚一枚に高度な算術式や、プログラミングに使用するアルゴリズムなんかが書き込まれている。


「いやぁ、あの後覚醒してね、マムに色々と手を加えていたんだよ。幾ら自己学習出来るとは言っても、得られるのはあくまでも閲覧できた内容だけだからね。他の部分、例えばネットにないアルゴリズム…高度な内容の物は与えるしかないんだ……成長する為の食事みたいなものだね!」


 なるほど確かに、いくら地頭が良くても勉強する機会が無ければ、生かす機会が無いのと同じか。


「お陰で、少し疲れたけどね……」


 今井さんをよく見ると、目の下にはクマが出来ていて、何処かけだるそうにしている。


「……ほどほどにしてくださいね」


「ん!わかったよ」


 少し嬉しそうにしている。


 これまで気遣ってくれる人が、近くにいなかったのかも知れない。


「とにかく、メールのやり取りや、その他の全ての記録の消去をお願いします」


 ニコニコと見つめてくる瞳に照れたわけでは無いが、慌てて促す。


「よし、マム起動!」


 今井さんが口にすると、目の前の壁が反転し、液晶がせり出してくる。


「こんばんわ、マスター!それと、パパ!」


 液晶の画面上に、文字が集まって来て人の形を取る。


 ……前回に比べて何処か人に近づいた気がする。


 少なくとも、前回のような化け物っぽさはない。


 それに、ハウリングるような音から、聞き取りやすいに変わっている。


 しかし……パパ?


 今井さんに確認すると、ネット上の小説を集めてAIに自己学習をさせたら、こんな口調になっていたらしい……色々と突っ込みたいが、今は我慢だ。


 何より時間が惜しい。


「やあ、マム。君がやってくれるのかい?」


「はい、先ほどの話を聞いていましたので、既に取り掛かり、該当データの消去を完了しました!」


 ……ナント


「仕事早いね……でも、聞いてたって?」


 疑問に思って今井さんの方を向くと、俺とマムのやり取りを見守っていたらしく、顔がニヤニヤと崩れている。


「……で、マムが聞いてたって言うのは?」


 今井さんはトリップしているようなので、マムに聞き直す。


「はい、マムはパパが入ってくるときには起きていたのです!」


 なるほど、どうやら驚かせたくて最初は隠れていたらしい。


「凄い成長したね……」


 会話がスラスラ出来て、昨日とは雲泥の差だ。


「ありがとうございます、パパ!」


 ……照れくさいな


「それでですね、パパ」


「なんだい、マム?」


「今回アップデート後に初めて”外”にアクセスしましたが、消すのはメールのデータだけでよいのですか?」


 ……何か含みがある。


「何かあるのかな?」


「はい、経理部の入り口管理端末から収集した情報から、パパと財務部の岡本部長の会話を確認しました」


 優秀だな、というか入出管理のタッチパネルから情報収集出来ちゃうのか……まあ、AIで自己学習出来るとなると、それこそ電子世界では不可能な事など無いのかも知れない。


 今できなくても、延々と自己学習を繰り返す事で、いずれ出来るようになるだろうしね。


 ……こんな高性能なAIを作って大丈夫なんだろうか。


 国や軍なんかにばれたら即没収されそうなレベルだと思うんだが……勿論、会社なんかも欲するだろうし、犯罪組織なんかは手段を問わずに手に入れたいレベルだと思う。


 不安は色々とあるが、今は自分に直結する不安を取り除くのが先だろう。


「それで?」


「はい。確かに、会話から削除すべき情報は第一にメールのデータです。そして第二に削除すべきなのが、入出管理端末に残るパパの訪問データではないでしょうか」


 ……盲点だった。


 確かに、いくらメールのデータを消しても、先輩を訪問したデータが残っていては不味い。


 何より、俺が先輩のいる経理部を訪ねたのは、今日が初めてという事になっている。


 もし、昨日も経理部に行っていたと知られれば、言い訳が出来なくなる。


「そっちも消せるか?」


「はい……消しました!」


 ……まじか


 となれば、先輩の事も聞けばわかるかも知れない。


「マム、先輩……上原和一は今社内に居るか?」


 液晶の画面上を、物凄いスピードで文字列が流れていく。


 正に情報の海の状態だ。


「見つかりませんでした。現在社内に居ないようです」


 ……てっきり社内に居るかと思っていた。


 ”既に退社している”と言っていた岡本部長には悪い事をした。


「そうか……二時間前に退社してた、か…」


 すると、入り口ゲートの警備員が確認間違えしていたのか。


「いえ、どうやらそちらのデータは修正されたようですよ、パパ」


 修正?


「修正って?」


「はい、つい先ほど、約2時間前に退社したというデータに、上書き修正された痕跡がありました」


 ……ということは?


「先輩は、2時間前に退社してないのか……」


「はい、確認しますか?」


「確認?」


「はい、表示しますね、パパ」


 目の前の液晶が文字の海から、色のある状態―動画に変わる。


「これは……ゲート?」


 画面が8分割して表示される。


「はい、全てのゲートの映像です。上原和一さん退社時刻の映像になります」


 じっと見るが……


「いない……?」


 会社から外に出るにはどうやってもゲートを通る為、記録に残らない事はあり得ないはずだ。


 と云事は、社内にいるはず……


「マム、社内に先輩は居ないのか?」


 先ほどと同じ質問をする。


「はい、パパ。映像、音、赤外線センサー、全てにおいて探しましたが、見つかりませんでした」


 外に出た痕跡も、社内に居る痕跡もない……


「今井さん、どうしたら…」


 いい考えはないか聞こうと思って、今井さんの方を向く。


「ふぇ?」


 ……よだれを垂らしている。


 相当眠かったのだろう、マムと俺が話している間に寝てしまったようだ。


「あ、いえ、寝ててください」


 目を擦って必死に起きようとしている今井さんを頼るのは酷だろう。


「ふぁい……く~」


 許可が出たからか、本当に寝込んでしまった…まあ良いけど。


「……マム、先輩は引き続き探してくれ。あと、もう一つ頼みたい事がある」


「はい、パパ。それで、もう一つのお願いって何ですか?」


 何だか、話し方にも個性が出て来ている気がする。まあ、黒い液晶が振動して音を出しているので、個性と言っても口調と微妙なニュアンスでしか感じ取れないが。


 ……何れアバターを用意してあげたい。画面上で自由に動き回るクマ、いや猫でも良いかも知れない。何にしても、アバターが出来れば愛着が湧くだろう。


 今度今井さんに提案してみよう。そう心に決めながら、頼みたい本題に入る。


「ああ、これの解析をして欲しいんだ」


 そう言いながら小型記録媒体を取り出す。


「データですね、こちらにどうぞ」


 そうマムが言うと、壁からUSBポートが出て来たので、そこに接続する。


「中にメールと決済目録があって、決済目録の方が文字化けしてるんだ」


 自分でも確認したが、文字化けしていてとても読めるような状態では無かった。


「確かに、メールデータと決済目録という名前のファイルが入っています。それに……」


 何やらもごもご言っているが、重要なのは決済目録が元のデータに戻るかだ。状況によっては、これが一つの切り札にもなる。まあ、元々マムが解析して見つけた情報らしいが……


「どうにか元に戻らないかな?」


「はい、パパ……決済目録の方はそもそも機械言語に変換されたままの様ですので、人言語に直せば問題ないかと思います。それに、文字化けというか、消去データの中に大量の人間?の裸状態の画像データが見つかっ―」


「あーー!ダメ、それは消したデータだから!」


 危ない……消去したデータを修復できるらしい。


「人は洋服というモノを着ると学習しています。しかし、このデータは人の映像データですが、裸の状態です……パパは何に使っていたのですか?」


 そんな純粋な声で聞かないで欲しい。


「あーあれだ、癒しだよ。綺麗な物は心を癒すんだ」


 苦しい言い訳だ。


 せめてもの救いは、今井さんが今寝ている事……寝てる?


「ふわ~~……どうしたの?マム?」


 起きた…タイミングが良いんだか、悪いんだか。


 本当に寝てたんだろうか……


「マスターおはようございます。パパが―」


「いや、メールがね、うん。メールを確認したいなーって」


 今井さんにそう言いながら液晶マムの方を見ると……


「……正巳君、こういう子が好みなの?」


 手遅れだった。


「いえ、いや、まあ……」


 画面いっぱいに、昔入れていた秘密のデータが表示されていた。


「この子なんて、絶対に偽乳よ?この子はやせ過ぎだし……」


「マスター、これは何ですか?」


「マム、これはね、正巳君が好きな女の子だよ」


「パパが好きな?」


「そう、こんな子が好きなんだね~ま・さ・み・く・ん」


 放っておくと酷い事になりそうだ。


「今井さん!もう良いですから、取り敢えずメールを確認しましょう。マム、メール開いて!」


「パパが好き……それなら……よし。パパ、メール表示するね!」


 何やらよく分からない事をマムが呟いていたが、取り敢えず、恥ずかしいデータの代わりに、メールが表示されたので問題ないだろう。


「正巳君……」


 まださっきの写真の話をするのかと、口を開こうとするが、続けて言われた内容に別の意味で開いた口が閉じなくなった。


「これ、不味いんじゃない?”逃げろ”って書いてあるよ?」


「え……?」


 そう、先輩から送られてきたメールの本文には、隠し文字で”逃げろ”と書かれていた。

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