『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

2話 出勤

 目が覚めると、カーテンから洩れる日差しが部屋の中に差し込んでいた。


「朝か……」


 横を見ると、食べかけのおつまみが袋の空いた状態で転がっている。
 どうやら、お金の使い道を考えている途中で寝てしまったらしい。


「お、そろそろ着替えないと」


 時刻は朝6時50分。
 朝ご飯を食べて、出勤準備をする時間だ。


 これまで、宝くじが当たったら直ぐに仕事を辞めようと思っていた。
 しかし、実際に当たってみると、仕事を辞める事はしなかった。


 理由はいくつかあるが、大きい理由を挙げると3つ。
  1.急に仕事を辞めて怪しまれたくない
  2.辞めたからと言ってやることが無い
  3.何時でも辞められるとなると、今でなくても良い気がする


 取り敢えず、仕事は続ける事にしたのだ。


 朝食のバナナと、ヨーグルトを食べ、スーツに着替える。


 最近は、スーツじゃなくても良い会社が増えてきているが、俺の場合スーツ一択だ。


 色々理由はあるが、社外の人と打ち合わせをする機会が多いのと、いちいちTPOを考えた私服を選ぶのが面倒なのが大きな理由である。会社自体は、服装自由だ。もちろん、時と場合を考えろとのお達し付きで。


 顔を洗って、寝癖が目立たない事を確認する。
 忘れずに眼鏡を付けてから、家を出る。


「おお、良い天気」


 朝の独特な、澄みきった空気を吸い込みながら朝日を浴びる。


 ドアはオートロックの指紋開閉型なので、そのままエレベーターに向かう。


 エレベーターを降りると、舗装された道を歩き始める。


 職場は徒歩20分の場所にある。


 始めの頃は自転車を使っていたのだが、カギをしないで会社に置いていたらいつの間にか盗まれていた。買い替えるのも面倒だったのと、何より自転車で通勤する理由も無くなっていたのも合って、盗まれて以降、徒歩で通勤している。


 俺の勤め先は世界屈指の総合商社で、ありとあらゆる物を世界各国から輸入したり、輸出している。


 元々は、国内に数社存在した中の一つの企業にすぎなかったらしいが、ある時点から、国内に存在した上位数社の商社を買収及び統合し始め、間を置かぬ内に国内では不動の地位を築いた。


 その後、世界中に支店を進出させ、世界中で買収及び提携を実施。


 『世界中の物流に影響を及ぼしている』と言っても過言ではない程の超企業に成長した。


 ……全て、新入社員研修の時に学んだ内容だ。


 そして、順調に収益を伸ばしたウチの会社は、昨年度の売上は50兆円超、純利益は1兆円を突破している。会社の一か月の利益が俺の当てた900億円と同じくらいだと考えると、組織の力はとんでもないと思う。


 ……まあ、世界屈指の企業の一か月の利益を一人で得たと考えるとそれこそ、とんでもないのかもしれないが。


 そんな事を考えながら、下水施設の横を通り過ぎる。


 この下水施設は、つい2,3年前工事を行っていて、新しくなったばかりだ。工事されるまでは、通り過ぎるたび匂っていた為、願ってもない事だった。


 実は、自転車を購入した理由の一つが、匂うこの場所を早く通り過ぎる為だった。


 しかし、工事のお陰で匂わなくなって、わざわざ自転車通勤する必要もなくなっていたのだ。


 そんなこんな考えている内に、会社に着いた。


「おはようございます」


 社員入り口であるゲートの横に立つ警備員が、声をかけてくる。


「おはよう!お疲れ様~」


 挨拶をして、ゲートをくぐる。


 俺と同じ時間帯に出勤してくる人は少ない。


 というか、基本的に出勤時間は自由だ。


 どれだけ働こうが結果が全て。


 仮に毎日1時間しか仕事をしないでも、結果さえ出していれば文句は言われない。


「おっす!」


 エレベーターのエントランスに進むと、同僚の男が声をかけてくる。


「おはよう、早いね」


 返事をしながら、男の様子をみる。


「……でしょ?」
「徹夜ですか」


 目の下に薄っすらとしたクマがあり、着ている服もどこかくたびれている。


 チノパンにポロシャツ、外部との打ち合わせがほぼ無い部署に所属している特徴だ。


「そうなんだよ、先月あったイベントの処理でね」
「ああ、チャリティイベントの?」


 話しながら、エレベーターに乗り込む。
「そう、そう。あ、正巳まさみが担当だったっけ」


 先月あったチャリティイベントとは、国内でも最大級のイベントで、ここでの収益の大半が多くの孤児院に寄付されている。


 俺自身孤児であった事もあり、思う所もあったので、社内で担当者の募集の際に立候補したのだ。


「だよ。準備は大変だったけど、やり切った。後は先輩の仕事だね」


「ははは、もう少しで終わるから……まあしっかり仕事はするさ」


 なんだか元気が無いが、恐らく徹夜の疲れが来ているのだろう。


「程々に、ね」
「分かっているさ。正巳も無理するなよ」


 俺の部署のある階に着いたので、降りる。


「それじゃ、また」
「ああ……」


 どことなく疲れた様子の先輩を見送り、自分のデスクに向かう。


「後で差し入れでも持っていくか」


 差し入れるカロリーバーを思い浮かべながら、最初の仕事の洗い出しを始めるのだった。



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