縁の下の能力持ち英雄譚
0036.三人揃えば
次の瞬間にはクルトの胸に飛び込んでいた。
様々な感情が溢れていたが兄が自分を助けるために家から出てきてくれたこと、そして再び剣を握ってくれたことが何よりも嬉しかった。横ではリッカの母も手で口を覆い目からは涙が溢れていた。
「こうしてまともに話すのは久しぶりだね、リッカ。遅くなってごめん」
兄に頭を撫でられて懐かしさがこみ上げる。一歩下がって見上げると、そこにはかつての優しい兄の表情があった。泣くつもりはないのに目に涙が滲み始めてしまう。
「まだ危機を脱した訳じゃないからね。積もる話は後にしよう。前みたいに剣を振るうのは難しいだろうから、リッカも手伝ってくれるかい?」
「……うん!」
誤魔化すかのように元気よく返事をするといつものように構えをとる。
何だろう。体が軽い。いつもの二倍速で動けそうな気さえする。
「ふぅ。二刀流か……まさか自分の妹が使いこなせるなんてね」
妹の成長に感嘆のため息をつく。
「負けてられないね」
クルトも剣を構える。本来は両手で持つような剣だが痛めた腕のせいか片方は添えているだけだ。
「いくよ」
クルトは勢いよく駆け出すと剣を振りかぶって狼に振り下ろす。
大振りで遅い。
やはり戦闘は厳しいと援護に入ろうとしたリッカだったが、すぐにその足を止めることになった。
「まだまだぁ!」
クルトは振り下ろした剣を黒狼が避けるのは承知の上で、そのまま剣を地面に突き刺し剣を軸に体重を乗せて狼に向かって蹴りを放った。
剣を躱して油断していたところにクルトの蹴りが側頭部に決まり黒狼はそのまま意識を失った。
「す、すごい!」
剣技ではない、格闘家としての技だ。こんな戦い方もあるのか。剣が使えなくてもやはり経験が違う。ギルドで有望と言われているのはよく聞いていたものの実際にその仕事ぶりを見てきたわけではなく、実戦における兄の強さを垣間みた瞬間であった。
「不意打ちみたいなものさ」
クルトは再び剣を引き抜くと次の黒狼へと剣先を向ける。
「さて、できれば殺さないように……でいいんだね? 上から見えて驚いたよ。そして震えた。彼が何者かは知らないが、こうしてここに立てたのも彼のおかげかもしれない」
クルトはどこか遠くを見るように、だがしっかりと前を向いていた。
「教えられたよ。世界は広い。このまま腐ってしまうのはもったいないってね!」
そう叫ぶと次の狼へと攻撃を仕掛けた。
その表情はまるで新しく生まれ変わったかのように完全に吹っ切れていて笑みすら浮かんでいた。
リッカも遅れをとるまいと正面の狼へと突進した。
剣を持って活き活きとした兄が戻ってきた喜びとさきほど自分の危機に叫んでくれた青年への最大限の感謝を胸に。
ーーなんか盛り上がっているな。
どうやら、あれがリッカの兄らしい。会話の内容までは聞き取れないがどうやらリッカは命の危険から助かったうえにご機嫌のようだ。それもそのはず、クルト兄の腕を治すというのがリッカが旅に出る理由だった。それほど慕っている兄が自分の窮地に助けにきたのだから。それにしてもタイミングは良すぎるけどね。ギルドの有望な若者と言われていたし主人公タイプのいわゆる持ってるって人種なのかな。
いや、別に羨ましいとは思っていないけどね? 命かかっているし、この状況が変わるなら何だっていいさ。むしろ少し前に一瞬でもヒッキーなんて思ったことを詫びないといけないかもしれない。ついでに言えばさっきリッカと叫んだことについても少し思うところが無きにしもあらずだ。ものすごく自然に叫んでいた。いや、皆同じ状況なら同じことをするよね、きっと恥ずかしいことではない、と思う。何にせよここは無理に攻めずに温存させてもらおう。きっとリッカ達が倒した黒狼も魔物化を解くことになるだろうし。
思考が結論まで達すると、黒狼の攻撃を捌くことに集中した。
そこからは早かった。リッカ達の方からどんどんと黒狼の数が減っていったかと思うとすぐに合流するに至った。
「ヤマト!」
「おう、リッカ。無事のようだな」
「ヤマトも。見違えたよ。まさかそんなに強くなってたなんて」
「リッカこそ、二刀流なんて器用なことをやってたじゃないか」
リッカは少し嬉しそうな顔をしたが、隣の兄に気づくと咳払いした。
「えーっと、こちらがお…、クルト兄だ」
「さっきは昔みたいにお兄ちゃんって呼んでくれたのに」
リッカは少し顔を赤くしてそっぽを向いた。
「こちらがバカ兄貴だ!」
「素直じゃないわねえ」
一緒に近くにきていたリッカの母が笑った。
「はじめまして、ヤマトくん」
「こちらこそ、クルトさん。挨拶が遅れてすみません」
すでにリッカの家に一泊していたことが少し後ろめたい。
「気にしないでくれ。こちらの事情だ」
「そう言って頂けると」
なかなか紳士的な人柄のようだ。何か憑き物が落ちたようにも見える。元の雰囲気はしらないが。今はただの爽やかイケメンだ。
「ゆっくり話したいところですが、黒狼達が起きない間に済ませてしまいましょう」
そう告げると倒れている黒狼に順番に近づいては魔物化を解除していく。
黒狼達は見事に気絶していた。殺さずに戦闘不能にする技量の高さが窺える。これなら直接核に触れることができるだろう。
慣れた手付きで魔物化を解除していく。やはり負担は大幅に少ない。
「すごい能力ね」
最後の黒狼の魔物化を解除したところで、リッカの母が感嘆の声を上げた。
「こんな使い途に気づいたのは偶然ですけどね」
やや謙遜気味に答えた。というよりも、できるだけ広めて欲しくない。
「ヤマトはこれだけのことをやったんだ。もう隠せるものじゃないと思うぞ」
地面を埋め尽くすように倒れていた多くの黒狼達は魔物化解除したことで本来の毛並みが戻り、魔法のように白狼へと姿を変えてそこらじゅうに横たわっていたのだった。
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