五導の賢者

アイクルーク

これも一つのエピローグ

 








 真っ白な霞がかった視界、どこか遠くから声が聞こえてくるような気がする。








「───────」




 うるさいな……


 今、眠たいんだ




「────い?」




 誰だそこにいるのは




「おい、蓮。しっかりしろよ」




 急激に開かれる視界。


 俺の目の前には赤のローブに身を包み、黒い髪の隙間から赤い目を覗かせた青年が立っていた。




「ん……ここは?」




 辺りを見渡すとすぐにそこがどこなのかがわかった。
 王城の大ホールだ。
 よく見れば周りには多くの人がおり、彼らは笑顔を浮かべながら立食パーティーを楽しんでいた。


「お前、寝てたのかよ~。魔王を倒したからってそれは浮かれ過ぎでしょ」


 そう言いながら俺の肩にもたれかかってくる男。
 小柄な彼は緑のローブに羽織り、ニコニコと笑っていた。
 すぐに周囲を注意深く見渡すと他にも青いローブの物静かそうな女性とガタイのいい琥珀色の鎧をまとった男がこちらを見ている。


 こいつらは……?


 よく見れば初めて見る顔の中によく知った顔が混ざっている。


「皇……?」


 誰にも聞こえないような呟くような言葉だったにも関わらず皇はこちらを振り返った。
 そして不敵な笑みを浮かべると俺に背を向けて何処かへと歩いていく。


「何を見ているんだ?   あいつがどこに行くのかなどわかりきっているだろ」


 赤いローブの男はそう言ったが俺にはわからない。


「でもさ~、結局のところ勝ち組なのは皇と蓮だよね。なんたって王族になるんだから」


「王族になるということは民を導くということ。我らが思うよりも遥かに険しい道のはずだ」


 あぁ、そうか。
 そうだよ。


 俺は視線を落とすと自分が藤黄のローブに袖を通しているのがわかった。
 ホールにオルゴールの透き通るような音が流れ始める。
 視線を上げるとそこには俺が愛した女がいた。


「レンさん」




 泣き出しそうな笑顔で俺に向かって手を伸ばしている。




「レンさん」




 そう何回も呼ぶなよ


 ちゃんと、聞こえてるから




「レンさん?」




 俺は呼びかけに応えるためにラノンへと手を伸ばすがなぜだかその手は届かない






 目の前に見えるのに、届かない






 より前へと手を伸ばせば伸ばすほど、ラノンとの距離は遠くなっていくように感じられた






 やだ






 いやだ






 俺は……
















「レンさん」


 閉ざされていた瞼が一気に開かれる。
 すると目の前には夕焼けにより赤く染まったラノンの顔があった。


「ら…の……ん?」


 無理をして声を出した俺の口からは血が吐き出された。
 悪魔達との戦闘により倒壊した家、その影で俺はラノンに膝枕をされている。
 優しく俺の頭を撫でるラノンの直ぐ側には、オルゴールが置かれており淡い音楽を流していた。


「いいんです。なにも言わないでください」


 もう俺の中には魔力が残されていない。
 ただ、死を待つだけだ。


「みんなに止められました。ここに来ること、レンさんと最後に会うこと」


 俺はラノンの頬に手を伸ばそうとした。
 だが感覚のない腕がラノンへと届くことはなく、ラノンの悲しい笑顔をただ眺めていることしかできない。
 視線以外に何も動かせない、感じない。
 俺は今、体が首だけだと言われたとしてもきっと驚かないだろう。


「でも来ました。レンさんが一人でここに残ったように、私も一人でここに来ました」


 大地が揺れている。
 きっとバエルがすぐ近くまで来ているのだろう。


「ようやく会えました。レンさんが王城を後にしてから毎日のようにその帰りを待つ。それはとても長く、辛い時間でした」


 最後の最後にラノンに会えた、それを心の底で喜んでいる自分がいる。


「すみません。レンさんが私を悲しませないために私を遠ざけたのはわかっています。それでも私はレンさんに会いたかったんです」


 その蒼き瞳から大粒の涙が俺の頬へと落ちる。
 だがその涙を見ながら俺は自分自身に負い目を感じた。


 別に……そんなことを考えていた訳じゃないんだけどなぁ
 ただ俺は自分の意志を曲げないため、たったそれだけのことなんだ


「レンさんは十分頑張りました。だから、もういいんです」


 ラノンは母親が子供をあやすように、俺の頭を優しく撫でる。
 それはとても心地よく、全てがどうでもよくなっていった。


 もう、十分だ
 ここで、ラノンの下で死ねるなら後悔はない


 視界が急速に閉じられていく。
 徐々に狭まっていく景色、その最後に映ったのはラノンのどこか悲しそうな笑顔だった。






「レンさん、私も一緒にいきますから、安心してください」






 そうか、ラノンも一緒に……ラノンも……一緒?


 なぜだろう、ようやくラノンと一緒になれたといういうのに、何かが心に引っかかっている




 ……いや、もういい




 俺は十分頑張ったんだ






 もう、寝よう


















































『それで、いいのか?』




 なんだ?




『お前は本当に二人で死ぬことを望んでいたのか?』




 ようやく二人で自由になれるんだ


 それでいいだろう




『そうか……忘れたのか』




 誰だか知らないがもういいだろ




『最期に一つだけ問う。お前は、秋空蓮はなんのために戦った?』




 なんのため?


 そんなの決まってるだろ


 俺はただラノンの……あ




『そう、お前は愛のために戦い、そして死ぬことを選んだ。それなのに今のお前はなんだ?   それがお前の望んだ答えなのか?』








 違う、俺はただラノンに幸せになって欲しい


 それだけだ






『ではどうするつもりだ?』




 俺は……戦う




『それでいい。それこそが蓮の選んだ道だ。選別だ、持っていけ』
























 閉じられた視界が再び開かれる。
 視界に映っていたラノンは迫りくるバエルの方を見ながら止まる様子を一切見せずに涙を流し続けていた。


「ラノン」


 枯れた俺の声に反応してゆっくりと顔を下に向けるラノン。


「レン……さん?」


「俺はずっとこの世界に来たことを不幸だと思っていた」


 俺が望んだのは二人で死ぬ未来なんかじゃなかった。
 例えラノンがここで死ぬことを望んでいたとしても──


「でもラノンに会えた。それだけでここに来れてよかったと思っている」


 その言葉を聞いたラノンの目が見開かれるのがよくわかった。


 皇……最期だ
 最後に俺に力をくれ


終焉の魂ラストソウル


 全身を力強い白銀の光が包み込み、俺を浮き上がらせる。
 急速に戻りゆく肉体の感覚。
 破壊され尽くしていた体が瞬く間に再生していく。


 飛蓮


 俺はクインテットをその手に握りしめ、空高くへと飛び上がる。
 後ろにいるであろうラノンには一切目を合わせることなく。


 周囲の建物を全て壊し俺の、そしてラノンの目の前まで迫っていたバエル。
 それと相対した俺は剣先をバエルへと向け、大きく深呼吸をした。


「これで、本当に最後だ」


 俺の今持つ全魔力を、皇の魂をクインテットの刃へと集約させる。
 限界を超えて魔力が集中したその刃は太陽のように光を放ちながらも、水晶のような刃には亀裂が走っていた。


 飛蓮


 最後の力を振り絞り空を蹴ると両手に握ったクインテットを大きく振りかぶる。




「ありがとう」




 白銀の刃は巨大蜘蛛の背に根元まで刺さる。




「さようなら」




 後に戦いが終わったとされるその日、白銀の光が王都を覆いつくした。








































 全てが終わり、そしてそれは俺の願った結果へとなった。
 だがそれでも、俺の心は満たされない。






 太陽が沈み、ついこの間まで多くの人が暮らしていた城下町を黒く染め上げる。
 そんな広大な敷地を、瓦礫の山と化した世界を一人必死に歩く。
 どこにいるのか。
 あとどれだけ自分に時間が残されているのか。
 そもそもまだここにいるのか。
 それすらわからない中、孤独と焦燥に苛まれながらも歩き続けた。


 次第に狭くなる視界。
 全身を襲う寒気。
 段々と動かなくなる手足。


 やるべきことは全て果たした。
 ここで力尽きようとも誰一人俺を責めることはできないだろう。
 たった一人自分を除いて。


 理由なんかはどうでもいい。
 ただ俺が会いたいと思う、それだけでいい。








 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++








 よく上から眺めていた城下町。
 活気と人に溢れていたその場所は今は見るに堪えない姿へと変わり果てている。
 だがそれはこれを作り出した人物がどれだけ激しい戦いに身を投じたのか。
 そして苦しんだのかをよく表しているようにも思えた。


 そう彼は全てを一人で背負い、戦った。
 それはきっと私が想像できるようなものではないのでしょう。
 自ら死を選び、それなのにもかかわらず孤独に戦い、傷ついた。
 それは誰のためでもない、私のため。


 きっと私という存在がいなければ、私が優しくなければ彼が死を選ぶことはなかったのでしょう。
 彼が本当に望んでいたのはただ普通の幸せ。
 それなのにもかかわらず世界は彼を苦しめ続けた。


 ようやく彼は全てから解放された。
 もう生きてはいないのかもしれない。
 それでも私は彼が死んだという事実を知るその瞬間まで、彼を探し続けなければいけない。








 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++








 話したいこと、謝りたいこと、挙げていけばきりがない。
 でもきっとそんなことを今考えたところで意味はないのだろう。
 どうせ会ったらそんなこと全部忘れてしまうだろうから。








 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++








 私は彼に感謝を伝えなければならない。
 でもきっとそれはかなわないのでしょう。
 彼に会えたのならば何も言わずに抱きしめてしまうから。








 あぁ、ようやくたどり着いた。








 よかった、まだ……








「ラノン」








「レンさん」








 何もないただ石畳が広がる広場だった場所で出会った二人はただお互いに名前だけを呼び合った。
 そこからは互いに一言も発することなく、自然と抱きしめ合う。
 ただ、お互いの存在を感じるかのように。


 そして一人のために世界を救った英雄はその胸の中で静かにその瞳を閉じていった。
















 たった一人への愛のための戦い
 それはのちに伝説として語り継がれることになる
 物語の英雄は二人


 一人は己が使命を全うし、全てを友に託した




【最後の勇者】




 一人は運命に翻弄されながらも愛のために孤独に戦い、世界に平和をもたらした




【五導の賢者】













コメント

  • ノベルバユーザー60143

    ああああああああぁぁぁ……。
    やべえぇぇぇ。

    0
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