五導の賢者

アイクルーク

無力

 
 もうかれこれ魔人の襲撃の報告から数時間が経過している。
 王城にいるのは王を守る兵士と騎士、それに安全な場所を求めて逃げてきた貴族共だけだ。
 ここは王城の上階にあるラノンの部屋で、部屋の中にいるのは俺とリア、それにラノンだけ。
 下階には山ほどの兵士達が城を守っているが、俺はいつでも戦えるようにシルフィードを肩にかけたまま窓の外の景色を眺めていた。


「グレイス、何か見える?」


 魔力を使い果たしベッドで横になっていたラノン、それを診ていたリアがこっち歩いてくる。


「何もねえよ」


 さっき一瞬だけ何かが光ったように見えたがそれ以来、鳥の一匹すら見えない。
 そう思った矢先のことだった。
 雲が立ち込める灰色の空に黒の翼が羽ばたいているのが見えた。


 なんだ‥‥?
 人か?
 いや、ちげえ。
 魔人?


 不審に思いながらも眺めていると何やら腕を振るような動作をするのが見えた。
 投擲の動作か?
 何だっ──


 ドゴォッ


 爆発音より低めの鈍い轟音が王城に響き渡る。
 その直後に城全体が大きく揺れ、俺たちはすぐにただ事ではない雰囲気を感じ取った。


 砲撃か?
 いや、この感じ‥‥闇の魔力か?


 音の聞こえてきた方角から感じ取れるのは強い闇の魔力。
 その瞬間、俺はこの攻撃の主が窓から見えている何かであることを悟る。
 そして確認のため窓の外を見ると再び腕を引いて投擲の用意を始めている。


「リア!!   ラノンを起こせ!!」


 少し前まで静かに眠っていたラノンは轟音で目が覚めたのか体を起こし不安そうな表情を浮かべている。


「今の‥‥なんなの?」


 反射的に二本の杖を抜いていたリアがそう訊いてくるが今は答えている暇がない。
 俺はシルフィードを肩にかけたままラノンの寝るベッドの前まで駆け寄る。
 まだ意識のはっきりしていないラノンの腕を掴もうと手を伸ばしたその瞬間、再び轟音と共に王城が大きく揺れた。


「チッ、ここじゃ危ねえ。逃げるぞ!!」


 感じ取れる魔力量から見ても俺たちがあれを喰らうのはまずい。


 今は逃げるしかねえ。
 あいつがいりゃあ‥‥


 ふと頭の片隅に黒髪の男の顔が浮かび上がるも、思考をすぐに切り替え無理矢理かき消す。
 リアも非常事態であることは理解したようで、すぐに靴をラノンへと差し出した。


「グレイス、これはなんなので──」


 ラノンの言葉を遮ったのは部屋の壁が粉々に大破される音。
 なんだっ!?
 慌てて視線を向けるとそこには黒く光る手のひらほどの石が転がっている。


 これは、闇の‥‥っ!?


 その石の正体に気づいた俺はシルフィードに魔力を込めると、できるだけ早く風の刃を飛ばす。


「おらっ!!」


 風の刃は輝きが強まり続けていた闇の石を見事両断し、真っ二つに割った。


「グレイス‥‥?」


 俺の突然の行動に驚いたのかリアが不思議そうな顔をしている。
 真っ二つに割れた黒の石はゆっくりとその輝きを失っていき、最終的にはそれは濃い紫の鉱物へと収束する。


 間違いねえ、あいつは闇の魔石。
 あのまま放っておけば今頃俺達は生きてねえ。


 死の危険をギリギリをギリギリのところで凌いだ俺は呼吸を整え、シルフィードを構え直すと次の攻撃に備える。


 これで終わりとは限らねえ。
 今は一刻でも早くラノンに‥‥


 窓の外から闇の魔力が近づいてくるのがわかる。


 またかっ!?
 慌ててシルフィードに魔力を込めるが、それは俺の想像していたものとは違った。
 部屋を覆っていた石造りの壁が刹那に崩され、その奥から一体の魔人が部屋の中へと入ってくる。


 なんだこの魔力!?
 あの翼‥‥最上級魔法以上に魔力を込められてやがる。


 俺がベッドから降りたラノンを庇うようにその前に立つと、魔人は地面に転がっていた魔石の破片を眺めていた。


「ねえ‥‥グレイス?    もしかしてあいつって‥‥」


 リアが最後まで言いかけるが、途中で口をつぐむ。
 だがその先は聞くまでもなくわかっている。


 ‥‥おそらくあいつが、魔王だ。


 魔王は俺へと視線を向けると背中の翼を蜘蛛の脚のようなものへと変形させる。


「あれはお前がやったのか?」


 魔王そう言いながら真っ二つになった魔石を指差す。


 この魔力‥‥まともに喰らえねぇ。


「あ?   それがどうした?」


 あえてデカイ声を出して魔王の注意を引きながら背後にいたリアへとアイコンタクトを送る。
 リアも俺の意図が伝わったようで小さく頷く。


「なかなかいい腕をしているな」


 魔王は二本の黒脚の先端を俺に向けながら歩み寄ってくる。


 迷ってる暇はねえ。


 俺はシルフィードに魔力を込めながら魔王の周りを円状に走り始める。


「おらおらおらっ」


 少しでも意識をラノンから逸らすために風の刃を放つが、その全てを黒脚によって落とされる。


 チッ、さすがに強いな。


 魔王は俺を目で追いながら二本の黒脚を器用に動かしている。


 だがこれで‥‥


 俺が心の中でほくそ笑んだその瞬間、魔王は視線すら向けずに部屋から逃げようとしていたラノンとリアを黒脚で叩き飛ばす。


「なっ!?」


 壁に叩きつけられるラノンに視線が釘付けになっていた俺は、正面から迫っていたもう一本の黒脚に気づくことなく直撃する。
 勢いよく地面を転がった俺は一瞬だけ意識が飛びそうになるが、どうにか堪えて顔を上げる。
 するとそこには壁にもたれかかって気絶しているラノンに顔を向ける魔王の姿があった。


「あそこにいるのは王族だな?   第一王女と第二王女、どっちだ?」


「あ?   聞こえねーよ」


 古代魔法エンシェントマジックの使える王族は代々魔王にその命を狙われている。
 ここで気づかれれば命はない。
 すぐ近くに落としていたシルフィードを拾うとそれを杖代わりに立ち上がる。


「俺はこれ以上ここで時間を無駄にする気はない。それを踏まえてもう一度だけ訊く。あの女は誰だ?」


 ここでラノンを死なせるわけにはいかねえ‥‥
 あいつは‥‥ようやく自分の幸せを見つけたんだ。
 こんなところでそれを終わらせるわけにはいかねえんだよ!!


 ありったけの魔力をシルフィードに込めると、無造作に風を放ち続ける斧槍を回転させることで威力を高める。


「知らねえよ!!」


 ハルバードの長所である重量さらに遠心力や風圧と、様々な要素が加算された一撃を魔王へと振るう。


「な‥‥に!?」


 威力にはかなり自信があった。
 だが、魔王はそれを何てこともなく一本の黒脚で受け止めている。
 俺は握っているシルフィードの持ち手に必死に力を込めるも、その刃は虚しくも小刻みに震えるだけだった。


「人間にしては大した威力だ」


 動揺により思考が止まった俺はもう一本の黒脚による攻撃をもろに受ける。


「ぐっ!?」


 シルフィードと共に吹き飛ばされた俺は壁に叩きつけられる。


 くそがっ!!


 目眩のする体でどうにか立ち上がろうと這いつくばっていると目の前に魔王の足が見えた。


「惜しいな」


 次の瞬間、首を掴まれた俺は荒々しく持ち上げられる。


「がっ‥‥ぐ‥‥‥‥」


 必死にシルフィードの底で叩きながら暴れ回るも拘束が緩む気配はない。


「貴様を魔人にしてやろう」


 魔王はそう言うと壁に空いた穴の前に俺をぶん投げ、どこからか小さな黒い魔石を取り出す。


「これを飲め」


 無造作に投げられた魔石は這いつくばっている俺の前へと落ちる。


 こいつを飲めば‥‥魔人に?


 回らない頭で何をするべきか考えるが一向に答えは出ない。


 駄目だ。
 もう、どうしょうねえ。


 唯一残されたチャンスは一つ。
 俺はゆっくりと魔石に手を伸ばす。


 こいつを使えば‥‥


 震える手の中にある黒い石を凝視する。


「駄目‥‥止めて、グレイス」


 突然聞こえてくる消え入りそうな声。


「ラノン‥‥」


「もう、いいのグレイス。あなたは逃げて」


 ラノンは危なげに立ち上がるとふらつきながらも魔王の元へ歩いていく。


「駄目だ、ラノン。逃げろ」


 体が‥‥動かねえ。


「私はこの国の第二王女、ラノン=カルトクラティアです。目的は、私なのでしょ?」


 止めろ。


 そう叫びたいが声が出ない。


「そうか、第二王女か」


 魔王は少しの間考える動作を見せたかと思うと、黒脚を動かしその先端をラノンに向ける。




「ならば、死ね」












 別に大して面白え話でもねえ。
 王都から遠く離れた小さな村で生まれた俺はある日、近くの森で暴れまわっていた魔物に親を殺された。
 いや、少し違えな‥‥その魔物を倒すべく雇ったハンターに見殺しにされた、か。
 ハンター達も決して勝てない相手じゃなかった。
 だが、奴らは自らの身の安全のために案内役を務めていた父さんと母さんを囮にして魔物を倒したんだ。
 こっそりと追いかけていた俺は目の前で親が死ぬ瞬間を見てしまい、とてもじゃないがまともじゃいられなかった。
 訳が分からなくなって森をさまよっているうちに帰り道すらわからなくなり、俺はそれから数年を森で過ごした。
 幸いにも食料に困ることはなかったし、正直人にはうんざりしているところもあった。


 転機はたまたま森を通りがかった商人との出会い。
 その時に何気なく人としての生活に戻った俺だがそこで一つの問題が生じた。
 日銭が稼げないことだ。
 正直実力はそれなりにあったのでハンターになってしまえばそれなりに稼げる自信はあったが、それだけは絶対にしたくなかった。
 別に戦いの職はハンターだけじゃない。
 そんな考えを持った俺はどうにか志願兵となり、日銭くらいは稼げるようにはなった。


 そしてある戦闘の際、俺は二択を迫られた。
 一人の貴族か二十の市民か。
 後者を選んだ俺に待っていたのは地獄、罪人としてあらゆる装備、生活品、住居を取られた俺は死んだように王都の裏路地で倒れていた。
 そんな俺を救ったのは皮肉にも王族だった、そんだけだ。










「グレイス‥‥?」








 無意識のうちに動いていた俺の体はラノンを庇い、黒脚に腹を貫かれていた。









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