五導の賢者

アイクルーク

選択

 
 修練場は腰の高さほどの石塀で囲まれ野外施設。
 人々はその広大な敷地を銅貨一枚で利用することができる。
 修練場には刃を潰した武器の貸し出しはもちろんのこと、岩や小石などが多く配置された場所や、草が多く生い茂る草原など、様々な状況を想定した場所があった。
 普段はハンター達が通うそんな場所も、おそらく今は魔人から逃げてきた市民達で溢れかえっているだろう。






 俺は屋根から屋根へと飛び移り続け、ようやく目的の場所を見つける。


「見つけた」


 今の位置からだと家が死角になって入り口付近は見えないが、中に人が大勢いることだけはわかった。
 五千‥‥いや、もっといる。
 一万を超えているんじゃないか?
 そんなことを思いながらレンガの上を思いっきり踏み込むと、着地地点のことなど一切気にせず飛び上がる。


 状況は‥‥?


 下に視線を向けるとそこは阿鼻叫喚、無数の兵士があっちこっちにいる魔人と戦っており、その足元には今戦っている兵士の数倍の死体が転がっていた。
 明らかに兵士達の士気も下がっており、側から見ると魔人が人相手に虐殺しているようにしか見えない。


「くっそ‥‥遅かったか」


 空から落ちてくる俺に気づいた兵士達は声を上げながら落下地点から離れていく。


 魔人は全部で六体‥‥いけるか?


 誰もいなくなったスペースに俺は炎を噴射して落下速度を緩めながら着地する。
 周囲を取り巻く兵士達が不審な目を向けてくるが俺は構わず、一番近くにいる魔人の方へと走り出す。


 ちっ‥‥人が邪魔で近づけない。


 魔人を囲むように配置された兵士は俺の入り込む余地までもなくしていた。


「どけぇ!!」


 俺の怒号に兵士達は一瞬だけ動きを止め、その間に隙間を一気に駆け抜ける。


 まずいな、体が熱い。
 先にガタがきそうだ。


 集団を抜けると視界に魔人を捉える。
 魔人は槍を持ち、一人の騎士と対峙していた。


 飛蓮


「炎刃」


 一瞬で魔人との距離を詰めるとその無防備な脇腹にクインテットを叩き込む。
 いくら魔人といえども不意打ちの一撃に抵抗することはできず、外力のままに宙へと体が浮く。


 ここで決めなきゃ、まずいっ!!
 俺は全身から炎を噴射しながら魔人へと飛びかかる。
 魔人の目の前まで飛び上がった俺はクインテット、左手、右足、左足に燃え上がる炎をまとう。


「紅蓮蚸火翔っ!!」


 そこから先は型など無い、ただ殴る斬る蹴るのラッシュ。
 クインテットで顎に切り上げ、鳩尾にミドルキック、顔面にストレート‥‥
 絶命するまでやる気だったが周りを囲む兵士達の群れに魔人を吹き飛ばしたところで俺の体に異変が起きた。


 ジリッ


「ぐっ!?」


 突如、四肢を襲った神経が焼けるような痛みに思わず身体強化ブレイブを解いてしまう。


 っ‥‥まずいっ!!


 痛みに堪えながら魔人へと視線を移すとすでに虫の息で、あとは取り囲んでいる兵士達でもどうにかできそうだった。


 あと五体‥‥魔力はまだあるが、体がもたない。


「レン、助かりました」


 背後から聞こえてくる聞き覚えのある声。
 それは鎧から発される金属音と共に近づき、地面に跪く俺の正面に立った。


「アドネス‥‥か」


 あぁ、やばい。
 思考まで‥‥鈍くなってきた。


 妙に眠気がさし、全てを投げ出して寝てしまいほどだ。


「最前線にいると聞いてましたが、どうやら戻ってきてくれたようですね」


 視界の端に映っている魔人が兵士達によって滅多刺しにされている。


「あぁ。それで、ここの状況は‥‥?」


「最悪です。初期戦力は兵士、騎士、ハンターを合計して八百を上回っていたのですが、残っているのは二百くらいでしょう。対して敵の犠牲は今レンが倒した魔人を含めて三体」


 魔人一体を倒すのに三百の犠牲か。
 あと一体倒す頃には全滅だな。


「市民の避難はあとどのくらいで終わるんだ?」


 この戦力差なら戦わずに逃げるのが理想だ。


「残念ながらそれは無理です」


「どういうことだ?」


 俺の視線の先では兵士や騎士、ハンター達が叫びのような声を上げながら魔人へと攻撃を仕掛けている。


「この修練場の入り口は四つ、東西南北にあります。ここにいた戦力ではその全て守ることは不可能と判断し、門を破壊しました」


 二百程度の戦力で四方を守るより入り口を一つに絞った、そういうことか。
 ずいぶんと思い切った策だ。


 まさに八方塞がり、ってか。


「なぁアドネス、ここの指揮官はお前か?」


 一兵としては状況を完璧に把握しすぎている。
 実力から鑑みてもそれなりの立ち位置なのは間違いない。


「えぇ、そうです」


 周りを見れば指示待ちの兵士達が周囲に待機している。


「そうか」


 それはよかった。


「アドネス、この場の全兵に撤退するように伝えろ。俺がいく」


 これで‥‥戦える。


「それは構いませんが‥‥その様子で戦えるのですか?」


 アドネスは疑いの眼差しを俺に向けてくる。


「あぁ、早くしろ。こうしている間にも兵は死んでるんだ」


 俺はアドネスを睨み上げると地面に落としていたクインテットを拾い上げる。


「‥‥わかりました。全員に通達してください!!   これより撤退を行いします!!   まだ戦える者を殿とし、各自修練場内部まで後退してください!!」


 アドネスの指令は直ちに兵士達を伝達され、瞬く間に行動に移される。


「これでいいんですね?」


「あぁ。多分、これでなんとかなる」


 体の痛みが少しだけ引き、その代わりに全身の感覚が戻ってくる。


「それで、何か策はあるのですか?」


「ない。残った魔力で一気に魔人を片付ける、それだけだ」


 策をするほどの魔力も体力もない。
 結局、最後はごり押しだ。
 周囲に山ほどいた兵士達は吸い込まれるように修練場の中へと引いていき、辺りにいるのは魔人を抑えている数十人の兵士だけだった。


「‥‥意外ですね。僕はレンがもっと自分のことだけを考えている人だと思っていました。ラノンがこの場にいるのならばまだわかるのですが、名前も知らない兵士のために命をかけるとは思いませんでしたよ」


「あぁ‥‥同感だ」


 全くもってアドネスの言う通り。
 俺は死にたくないし、戦いが好きなわけでもない。
 なんで自ら危険の中へと飛び込んでいるのか‥‥
 力の入らない体を無理矢理奮い立たせると周囲を取り囲む魔人達に顔を向ける。


「アドネス、一つだけ訊かせてくれ」


「なんですか?」


「ラノンは、王城は、無事だよな?」


 正直、あまり訊きたくなかった質問だ。
 訊いてしまえば、止まれなくなるかもしれないから。


「特に、戦闘があったという報告は聞いてません」


「そうか」


 これで、安心して戦える。


 六対一。
 残る魔力で相手をできるかは微妙なライン。
 全兵が修練場への退避を終え、近くにあるのは屍と魔人だけ。
 突然の退避に警戒しているか、魔人達は動きを合わせて少しずつすり寄ってくる。


「援護しますか?」


「自分で考えろ」


 三位級が四体に二位級、一位級がそれぞれ一体ずつ。
 武器からして、全員が近距離タイプか。


「そうですか。そう言うのならば、僕も勝手に動かせてもらいますよ」


 気づけば俺とアドネスを取り囲む魔人は十メートルほどまで迫っていた。
 ここまでくれば本気の一歩で詰められる。


 いくなら‥‥今か。


 身体強化・火ファイアブレイブ


 飛蓮


 体への負荷を考えず限界まで発現させた炎をブーストとし、左方にいた一位級の魔人に突進する。
 自分でさえ知覚できない速度に相手が反応できるはずもなく、突然の衝撃に魔人は軽々と吹っ飛んだ。


 ここっ!!


 全身を炎で炙られる痛みが走るが、俺は動きを止めることなく一歩を踏み出す。


「人間風情がっ!!」


 瞬時に態勢を立て直した魔人が抜き身の刀を構える。
 隙のない、実に美しい構えだった。
 普通なら引くのが正解だろう。
 だが‥‥


「黙ってくたばれ!!   炎刃」


 魔人は燃え上がるクインテットを刀で受けたが次の瞬間、俺は右脚で魔人の腹に蹴りを入れる。


「爆脚」


 自分の右脚から集中させた魔力を一気に解き放ち、自傷など気にせず爆発を起こす。


「ぬぐっ‥‥」


 予想外の攻撃にふらふらと二、三歩後ずさる魔人。
 後ろからは別の魔人が迫っている。


 ここで決める!!


 飛蓮・旋


 魔人の視界が地面へと向いた瞬間その背後へと回り込むと、真紅に染まるクインテットを振り被った。


「紅蓮炎刃」


 完全に魔人の意識外からの攻撃になす術があるわけもなく、首を跳ね飛ばす。


 やったか‥‥


 だが俺には一息つく暇もなく、さっき置いていった魔人達が一気に押し寄せてくる。


 飛‥‥っ!?


 例のごとく一気に飛び込もうと脚に力を入れた瞬間、右脚に激痛が走り、動きを中断してしまう。
 くっそ‥‥想像以上にガタがきてる。
 ふらついた俺が膝立ちになると、好機と言わんばかりに剣を掲げた一体の魔人が飛びかかってくる。


烈颯刃エアワルツ


 その声と共に魔人の首刺さる木の矢。
 それはかつて見たことのあるものだった。
 魔人が矢の主へと視線を向けた時、僅かに刺さっている木の矢の先から幾つもの風の刃が生じる。
 ゼロ距離からそれを喰らって無事なわけがなく、魔人は体を小刻みに震わせたかと思うと、白目をむいてその場に倒れた。
 俺が矢の飛んできた方へと視線を向けると握りしめた手で親指を立てるアーツがいる。


「アーツか‥‥助かった」


 俺は右脚の痛みに堪えながら二本の足で立ち上がるとクインテットを構える。


 右脚がうまく動かない‥‥ならっ!!


 飛蓮


「左脚を使うだけだ」


 俺は左脚踏み切りの飛蓮を使うと残る四体の魔人に特攻をかける。


 肉体的にも魔力的にも、もう限界‥‥これで最後。


「全てを焼き尽くす蒼き炎よ」


 俺は左手で蒼く燃え上がる炎の球を作り出す。
 俺の接近に咄嗟に武器を構える魔人達、それを尻目に炎球を正面に投げつける。


「我が身を燃やして的を焼き尽くせ」


 魔人達は闇の魔力を展開して炎球を防ごうとしている。


 飛蓮


 残る魔力の全てをクインテットに注ぎ込むと、一気に加速し炎球を巻き込んで刀を振るう。


「くたばれっ!!」


 視界を覆い尽くす蒼の炎。
 俺は手に抵抗を感じながらもありったけの力を刀に込める。














 やった‥‥か?
 力を使い果たした俺は立っている気力すらなく、地べたに這いつくばっていた。
 全身全霊の一撃、これで駄目ならもうできることはない。
 激しい虚無感に襲われながらもどうにか体を転がし、さっきまで魔人の立っていた場所を見る。
 そこには俺が生み出した蒼き炎が燃え広がっており、あっちこっちに飛び火していた。


「‥‥まじか」


 倒れていた魔人は三体。
 その屍の中、一体の魔人か天を仰ぎながらもその二本の足で確かに立っていた。


 ちきしょう‥‥体が、動かない。


 アドネス達は皮肉にも俺の作り出した炎で行く手を阻まれているようだ。
 パチパチと音を出し続ける炎の中心で魔人がゆっくりと振り返ってくる。


 まぶたが‥‥重い。


 視界がゆっくりと暗闇に包まれていく。


 俺は‥‥ここで死ぬのか?


 コツ、コツ


 地面通して聴こえてくる魔人の足音が近づいてきた。


 あぁ‥‥何が自分のために生きるだ。
 結局、他人のために戦って死ぬなんて‥‥俺、馬鹿かよ。
 だが妙だな‥‥どこか、満ちた気持ちだ。
 今まで欠けていた何かが埋まった、そんな感じか。


 コツ、コツ‥‥コツ


 俺のすぐ近くで足音が止まる。


 あとちょっとで戦いも終わるってのに、そしたらラノンと幸せになろうと思ったのにな。


 ごめんな‥‥ラノン。


 ラノン‥‥ラノン‥‥?






 あれ






 何か、忘れている気が‥‥?






























『安心しろ。俺は死なない』










 そうだ、思い出した。




 その瞬間、閉じられていた視界が一気に開く。


「ぐああああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 手元にあったクインテットの柄を力一杯に握りしめると、剣を振り上げていた魔人に突き刺す。
 ただ生きたい、その衝動のままに動いただけだった。
 だがその一撃は‥‥魔人の腹を貫いていた。


「はぁ、はぁ、はぁ‥‥」


 目を見開きながらも魔人は後ろ向きに倒れ、その拍子に俺の手からクインテットの柄がスルリと抜ける。


 やった‥‥のか?


 ただ呆然とその場に固まる俺。


 生き残った‥‥のか?


 そう思った瞬間、心臓が高鳴るのがわかった。


「レンっ!!   大丈夫か?」


 そう叫びながら炎の間から姿を現わすアーツ。


 これで‥‥俺の役目も‥‥終わり‥‥か?


 一気に気が緩んだ俺は、駆け寄ってくるアーツの姿を最後に意識を手放した。









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