五導の賢者
英雄は一人街を駆ける
王都に帰還した俺は屋根の上をひたすら駆け抜けている。
北門を通った際に兵士に現況を訊いてみたが、連絡手段が存在しないので知るはずもなく、適当に走り回るしかなかった。
とりあえずの目標は東門だが、人の姿を見つければそこで話を聞く。
それにしても‥‥人がいないな。
屋根の上から辺りを一望する俺だったが市民が避難を終えたこともあり、通りを歩く人はおらずすっかり静まり返っていた。
俺の残る魔力は少ない。
魔人を見つけたら速攻で倒す。
「はぁ‥‥疲れたな」
すっかり疲れ切った俺は休息のために歩きへとペースを変える。
最前線から出発し、一切止まることなくここまで走り続けたが、さすがにいくら体力があったとしても常に走り続けるのは無理だ。
少し体力の回復に努めると‥‥?
妙な感覚が俺の中で突如として生じる。
この感覚、多分今まで何度も味わってきた‥‥闇の魔力が使われる感覚か?
遠すぎて感知しきれていないのだろうか。
俺の魔力感知はかなり狭いから感じ取れなくても不思議はない。
今はただ左方から嫌な雰囲気が感じられるだけ。
「‥‥行ってみるか」
俺は怠い体に無理を言わせ、赤レンガの屋根を跳ぶ。
多分、いるならここいら辺だと思うんだが‥‥
見晴らしのよさそうな教会の上に登り、辺りを見渡すが近くに魔人はおろか、人影すら見えない。
避難をするとは言っていたが、ここまで完璧にするとは思ってなかった。
あれだけ人がいる以上、何人かは通りに残っていてもおかしくなそうなものだが、それだけ危険意識が高いということだろうか。
「〜〜〜っ!!」
人の叫び声‥‥どこからだ!?
僅かに聞こえてきたのは篭ったような甲高い声。
改めて周りを見渡すが特に人の姿は見えない。
叫ぶってことはやっぱり魔人に誰か襲われているのか?
ザワッ
体の毛が逆立つようなそんな感覚が体を通り抜ける。
闇の魔力‥‥場所は、この下っ!!
それがわかった瞬間、俺は僅かに残る土の魔力をクインテットに込めると上に振り上げる。
「地割れ」
刃に集約された膨大な力は赤レンガの屋根をやすやすと貫き、その下にある天井までも突き破る。
その穴に迷わず飛び込んだ俺は僅かな浮遊感の後に木でできた床に着地した。
クインテットを構えながら素早く目を走らせると、真っ先に入り口に立っている三体の魔人が視界に入る。
魔人達の目の前には血塗れになって倒れている兵士の姿があり、その目は虚ろとしていた。
「おいおい。なんだよ、こいつ」
「空から降ってきたぜ」
俺はそんな魔人達の言葉を無視して気配の感じられる背後へと視線を向ける。
なるほど、そういう状況か。
そこには最奥の祭壇付近に固まっている十数人の一般市民と、その前に立ち傷だらけになりながら武器を構えている二人の兵士がいた。
「だ、誰だ」
「味方か?」
兵士達は完全に膝が笑っており、とてもじゃないが戦力になりそうにもなかった。
「あぁ、すぐ片付けるから少し待ってろ」
そう言って俺は魔人の方へと体を向けると、背後からは安堵の声が口々に聞こえてくる。
さて、どうするかな。
二位級魔人が一体に三位級が二体、左右は木の椅子が並んでいてまともに戦えそうなのは人が一人通れるほどの通路のみ。
「私が行く。お前らは援護しろ」
二位級の魔人は手に持った槍の矛先を俺に向けながら歩み寄ってくる。
まぁ、さっきまであんだけ大量の魔人を相手にしてたんだ。
今更一体や二体でビビることもないか。
「撃雷衝」
俺が牽制の一撃を放つと魔人は驚いたような顔をして闇をまとった槍で雷を防ぐ。
身体強化・雷
顔の正面に槍を構えているため腹部が大きく開いている。
飛蓮
俺は一瞬で魔人を抜き去ると、すれ違いざまにその脇腹をクインテットで切り裂いた。
「な‥‥にっ?」
現状を理解しきれていない魔人は訳も分からず倒れていく。
慣れって怖いな。
魔人三体に少しも恐怖を感じない。
次に狙いを定めるは正面にいる二体。
飛蓮・旋
フェイントを混ぜつつ飛蓮を使い片方の魔人の背後を取る。
「紅蓮炎刃」
極限まで圧縮された炎が魔人の体を両断する。
あと、一体。
俺は真正面から接近するとそのままクインテットで切りつける。
「くっ」
魔人は手にしていた剣でクインテットを弾くと後ろに逃げるようにして距離を取ろうとする。
こいつら‥‥?
俺はその間合いを即座に詰めると素早くクインテットを振るう。
魔人がそれを間一髪で受けると、俺は次々と斬撃を叩き込んでいく。
やっぱり‥‥さっきまでの魔人とは戦いの慣れ方が違う。
「お前、戦いは初めてか?」
「‥‥」
魔人は無言でクインテットを受けていたが、俺は一瞬だけ目を見開いたのを見逃さなかった。
‥‥個々の強さで考えるとあっちの方が上か。
おそらくこっちにほとんど兵士がいないことを見越して、そう振り分けたのだろう。
俺は左手を魔人の顔に向けると即座に魔法を放つ。
「縛雷」
魔人は俺の詠唱に反応し、手にまとった闇の魔力でガードに入るが、そのおかげで体はがら空き。
「雷狼牙」
俺は魔人の心臓めがけて突きを繰り出すと金色の刃は軽々と体を貫く。
「ぐっは‥‥」
絶命しきっていない魔人からクインテットを引き抜くと、その勢いを利用し倒れかかってこようとしたので蹴り返す。
地面に倒れた魔人は少しだけ悶えるがすぐに動かなくなる。
「ふぅ‥‥痛っ」
戦闘を終えた俺が身体強化・雷を解除すると全身に刺すような痛みが走る。
これで雷の魔力もほとんどなくなった。
あと余力が残っているのは火の魔力だけか。
きついな。
「どなたか存じませんが助かりました」
俺が残りの魔力の配分を考えていると背後から声がかけられる。
振り向いて見ると、さっきで祭壇の前に立っていた兵士が立っていた。
他の人々は祭壇付近にいたままで黙って俺に視線を送っている。
「今の状況を説明してくれるか?」
水の魔力が僅かに回復したな。
先を見越して温存するべきか、はたまたダメージを受けた体を癒すか。
「はい。まず北から魔人の軍勢が押し寄せているとの報告があり、ほとんどの兵士が北へと向かいました。我々、王都に残った警備兵が東西南の街壁で守りを固めていたところ東と西に襲撃があり、魔人の侵入を許し現在、兵士が手分けをして市民の避難と魔人達の足止めを行っています」
東西同時か‥‥北の魔人達は全部囮なのか?
「魔人の数は?」
「王都に侵入したのはおよそ二十ほどです」
二十、かなり多いな。
だが王都を落とすには少なすぎる。
何か狙いがあるのか?
「避難って市民をどこに逃しているんだ?」
北、東、西が駄目となると残るは南。
だがここまでくるとその南ですらも怪しさを感じる。
「南にある修練場です」
修練場はハンターや兵士達が利用する訓練用の施設。
大概の大都市には建てられており、その性質上かなり巨大な建物の場合が多い。
確か広さは大体ベルーガにあったコロシアムよりも少し広いくらい。
確かにあそこなら王都の人を全員集められるかもしれないが‥‥ここに残った兵であの広さを守りきれるのか?
いや‥‥どう考えても無理がある。
俺が、行くべきか‥‥?
頭によぎるのはラノンの顔。
「チッ!!」
俺は教会を飛び出そうと足を入り口に向けた。
王城にはそれなりの警備がされているはずだ。
それにグレイスやリアもいる。
今俺がするべきは、魔人を倒すこと。
迷ったら、駄目だ。
「行ってしまうのですか‥‥?」
奥にいた人々の中から一人の女性が不安そうにそう呟く。
確かにここから俺がいなくなれば、次に魔人が来た時まず助からない。
この教会にいる市民は約十人、それに負傷した兵士が二人。
女子供もいる以上、ここから修練場まで連れて行くのには時間がかかりすぎる。
かといって俺がここに残れば修練場の方が‥‥
その時、俺の頭の中をよぎったことは二つ。
一つは簡単な計算。
ここにいる人と修練場にいる人を天秤にのせれば傾くのは数の多い修練場の人々だ、ということ。
もう一つは愚蒙。
ここに残るのと修練場に向かうの、どっちを選べば安全かを考えている自分がいた。
「くっ‥‥そ、お前ら、こっち来い」
俺はそう言って兵士二人に手招きをする。
兵士は不思議そうな顔をしながらも俺の前まで歩んでくる。
「あの、何をするつもりでしょうか?」
俺はクインテットを床に突き刺すと左右の手に魔力を集中させる。
「お前らの傷を治す。俺はその後すぐにここを発つがお前らはここにいる人々を守れ。いいな?」
残っている水の魔力はごく僅か。
この二人の傷を治せば俺を治療する魔力がなくなるだろう。
「女神の聖水」
俺の体内の魔力がごっそりなくなり、その代わりに澄んだ水が二人の兵士の全身にまとわりつく。
「その水が体から落ちるまでは動くなよ」
魔法を使い終えた俺は激しい虚脱感に襲われ、その場で膝を折る。
まずい‥‥力を使いすぎた。
「あの‥‥もしかして、賢者様ですか?」
目の前に立っていた兵士は俺に目線を合わせるためにしゃがみ込んで訊いてくる。
「‥‥あぁ」
そういえば多属性を使っていたな。
「そう、ですか‥‥」
なんとも煮え切らない顔をする兵士。
「それがどうかしたか?」
兵士は俯いて俺から目を逸らす。
「いえ‥‥その、賢者様の貴重な魔力を、自分達なんかのために使ってしまったので‥‥」
「あぁ、そんなことか」
俺はまるで動こうとしない体を無理矢理奮い立たせると、クインテットを杖代わりに立ち上がる。
あぁ‥‥くそ、怠い。
「もしここで俺がいなくなったら、誰があの人達を守るんだ?   俺の魔力分、しっかりと働けよ」
「「はい!!」」
二人の兵士は震える手で敬礼をしながらも、引き締まった声で返事をする。
「安心しろ。ここはこいつらが守ってくれる」
俺は奥にいた人達に向けてそう叫ぶと、そのまま教会の入り口へとふらふらと歩いていく。
やばいな‥‥眠くなってきた。
「ありがとうございましたっ!!」
扉から出て行こうとしている俺の耳に背後から感謝の言葉が聞こえてくる。
振り返ってみると奥にいた女が深々と頭を下げていた。
「ありがとう」
「頑張ってください」
「ありがとうございます」
女の行動をきっかけに次々と奥にいた人達が口を開き出す。
俺は自分の口元が緩むのを感じながらも、軽く手を振って教会を後にする。
本来なら多くの人が行き交っている道に一人立つ俺は空を見上げる。
びっしりと敷き詰められたような灰色の雲に生じた僅かな隙間。
そこから漏れ出る光はまるで天へと登る柱のように見えた。
「なんで、だろうな」
俺はただ自分が生き残る、それだけのために強くなったつもりだった。
だが力を得れば得るほど守りたいと思うものが増え、気づけば‥‥こんな状況だ。
別に後悔をするようなことは何一つない。
「もうすぐだ‥‥もうすぐ、終わる」
戦いが終わったらラノンとまた旅でもしたいな。
やっぱり王城だとどうにも窮屈だ。
まぁ、ただ二人だけってのも寂しいし‥‥
俺はそこで思考を止める。
もしもの話はここまでだ。
一仕事、頑張るとするか。
「身体強化・火」
俺は足に炎を集中させると修練場の方へと体を向ける。
「絶対‥‥生きる」
勢いよく地面を蹴り飛ばすと、全身に風を感じなから空へと飛び上がる。
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