五導の賢者

アイクルーク

第一王女

 
 俺は鞘に納まったクインテットを片手にラノンと二人で王城の石廊下を歩いている。
 グレイスとリアは王城内では常に付いているという訳ではないようで、現在は色々と片付けをしているらしい。


「ラノンの姉って、具体的にはどんな人なんだ?」


 本人に会う前に少しは情報を集めておきたい。
 ないとは思うが気難しい人だったりすると面倒だ。


「そうですね、一言で言ってしまえば優しい人です。身分とかに拘らず他の人を思いやる、そんな人です」


 そこいら辺はラノンと同じか。
 さすがは姉妹、ってか。


「何か気をつけたほうがいいこととかはあるか?」


「いえ、特にないと思います。レンさんならいつも通りで大丈夫ですよ」


 ラノンがそこまで言うのなら、そこまで気張る必要はなさそうだが‥‥


 ふと俺の中に一つの疑問が生まれる。


「ラノンの姉って‥‥古代魔法エンシェントマジックは使えるのか?」


 あの力は魔族と戦うにあたってかなり効果的。
 使える者が多いことに越したことはない。
 そう期待した俺だったがラノンは少しはうつむいき気味に口を開く。


「姉さんは昔から体弱くて、氷の魔力を体に宿してはいたのですけど、古代魔法エンシェントマジックは負担が大き過ぎるとのことで魔法を習っていないのです」


 自分とは違う道を歩む姉は羨んでいるか、ラノンはどこか遠い目をしている。
 確かに魔法を使うのには意外と体力なども消耗する。
 俺でさえ最上級魔法にはそれなりの負担を感じている。
 そこそ古代魔法エンシェントマジックを病人や子供なんかが使ったら死ぬことすら考えられる。
 判断としては正しいだろう。
 視線をやや下げながら歩くラノン。


「‥‥羨ましいのか?」


 俺は率直に訊いた。


「えっ‥‥?」


 ラノンは一瞬体を固まらせてこちらを見てくるが、すぐに顔を背けてしまう。
 どうやら図星のようだ。
 まぁ、無理もない。
 幼い頃から魔法の鍛錬ばっかりだったラノンが苦労なく育った姉を羨むのは当然だ。
 そこに負の感情があるかどうか、それが問題だろう。


「別に俺に隠す必要はないだろ」


 俺がそう言うとラノンはかなり考え込んでから口を開く。


「そう‥‥ですね。確かに、姉さんのことを羨ましいと思ったことはあります」


 誰かに聞かれるのを避けるためかラノンの声はいつもよりかなり小さい。


「ですがこれだけは断言できます。私が姉さんのことを恨んだことは一度としてありません」


「‥‥そうか」


 俺に向けられた蒼眼はその言葉に偽りがないことを語っていた。
 羨みはしても恨みはしない、か。
 ラノンらしいな。


「あ、レンさん。あの部屋です」


 ラノンがそう言って指差した先には青く塗られた四角の扉があった。
 扉の装飾も他の部屋の扉に比べると凝っており、扉の周りの壁にまで及んでいる。
 ラノンは俺を置いて小走りで扉の前まで行くと、手の甲で二度青い扉を叩く。


「姉さん、私です。入ってもいいですか?」


 ラノンは嬉々とした表情を浮かべながら返事を待っていると、僅かに扉に耳を近づける。
 おそらくは返事が返ってきたのだろうが離れた位置にいる俺までは聞こえなかった。
 ラノンは扉に手をかけたところで、俺の方を向く。


「レンさん、早く!!」


「あぁ、悪い」


 俺はかすかに笑いながらそう答えると扉を開けたラノンの後に続いて部屋の中へと入っていった。






 広々とした部屋に敷かれる美しい刺繍の施された絨毯、茶の漆のようなものが塗られた木棚とそれの上に乗せられている多種多様な壺。
 華やかながらもどこか落ち着く、そんな部屋だった。
 部屋の中央にある木造りのイスに腰掛けている女性。
 ラノンとほぼ同色の銀髪を肩くらいまで伸ばしており、その瞳はラノンとは少し違うエメラルドブルーだった。
 全体的に大人びた雰囲気をまとっておりそこにいるだけで品が感じられる。
 そんなラノン似の美人がいるわけだが、俺の視線はそれよりもその隣の男に向けられていた。


「‥‥なんでお前がここにいるんだよ」


 ラノンの姉の対面する形で座っていたのは、先ほど別れたばかりの皇だった。
 皇は落ち着いた様子で紅茶を口にしており、ラノンの姉は何も言わずにこっちを見ている。
 まさか、あいつの言っていた希望って‥‥?
 俺の中では不快な想像が働く。
 隣にいたラノンもこの事実は知らなかったようで何度も瞬きを繰り返していた。


「いずれ来るとは思っていたが、想像より早かったな」


 そう言いながら手にしていたティーカップを白のテーブルクロスの上に置く。


「なんで‥‥姉さんとスメラギさんが?」


 ラノンは完全に呆気を取られていた。
 スメラギとラノンの姉は小声で何かを話し合うと、少ししてからラノンの姉が立ち上がり前に出てくる。


「初めまして、ラノンの姉のソフィアと言います。アキゾラさん‥‥でしたよね?」


 ソフィアさんは王族に相応しい、一つ一つが洗礼された美しい動作。


「えぇ、賢者として召喚された秋空=蓮と言います」


 俺は特に意識をしたつもりはなかったが気がつけば敬語になっていた。


「テンマから話は聞いております、どうぞ楽な話し方になさって下さい」


 ソフィアさんはそう言って小さく頭を下げてくる。
 ラノンも普段から丁寧な言葉遣いだが、ソフィアさんはそれの上をいくようだ。


「それじゃあ、そうさせてもらい‥‥もらう」


 敬語を使いそうになり慌てて訂正する。
 その様子を見ていたソフィアさんは口元に手を当てて小さく笑っていた。
 その一つ一つの動作に品があることが俺に敬語を使わせているのだろうか。
 ソフィアさんは俺の隣でソワソワしていたラノンの方へと顔を向ける。


「ラノンは元気にしていましたか?」


「はい、姉さん。でもどうしてスメラギさんが部屋にいるのです?」


 皇から話を聞いた俺には察しがついたが、ラノンにとっては全くの謎だろう。
 にしても、皇がラノンと話す時だけ妙にぎこちない理由はこれか。
 この姉妹‥‥似てるからな。
 外見の特徴もそうだが、声や仕草‥‥それに性格までも。


「話すと長くなりますのでまずは座りましょう?   アキゾラさんもお掛けになって下さい」


 俺は軽く礼をすると、ソフィアさんに勧められるがまま皇の隣のイスへと座る。
 ラノンはソフィアさんの座っていた席の隣、つまり俺の正面に座った。
 俺が横目で皇の様子を伺うと悠々とした表情でソフィアさんを見ていた。
 俺とラノンを座らせたソフィアさんはそのまま部屋の端まで行くと、扉を開け何かを話し出す。


「皇、お前の言ってたのってソフィアさんのことだったのか」


「そうだ。勇者としての立場を持つ俺ならば相応しいだろ?」


 まぁ、確かに。
 王としても反対どころか大歓迎することだろうな。


「あの‥‥スメラギさん。姉さんとはどういった関係なのですか?」


 ラノンが恐る恐る皇へと尋ねる。


「お前と蓮みたいな関係だ」


 皇はあえて具体的言わず、濁し言葉を使った。
 そして皇の言葉の意味を理解したラノンは口を結んでうつむく。
 その様子を見て楽しげな表情をする皇を俺は睨みつけた。


「待たせてしまってすみません。何を話していたのですか?」


 戻ってきたソフィアさんは軽く頭を下げてからイスへと腰掛ける。


「俺とソフィアさんのことだ」


 心なしか皇の声がいつもより感情豊かな気がする。


「あ、そうでした。テンマが私の部屋にいる理由でしたね」


 ソフィアさんはラノンに説明しようとしているが、当のラノンがあまり乗り気でない。


「それはもう説明した」


「そうなのですか?」


「はい、姉さんとスメラギさんとの関係は‥‥聞きました」


 姉から目を背けて話すラノン。


 まぁ、唐突な出来事過ぎて受け入れきれていないだけだろう。
 そりゃあ姉がいきなり知り合いとそういう関係になっていたら驚いて当たり前だ。
 ラノンのことだからきっとすぐに受け入れられるだろう。


「にしても、どうして皇とソフィアさんがそんな仲になったんだ?」


 俺がいた頃の皇は訓練や勉強に没頭しており、王城の誰かと自ら関わろうとしているようには見えなかった。
 逆に誘惑されているのは何度か見たか。


 それが今は城に帰ってくるなり部屋を訪れるような関係までなるとは‥‥
 この様子だとラノンも知らないようだが。


「余計なことを訊くな」


 うんざりとした様子で顔を背ける皇だったが、ソフィアさんは違ったようだ。


「どうして‥‥ですか。それを話すと長くなりますが、よろしいです?」


 楽しげな表情で訊いてくる。


 ‥‥思っていたよりもかなり進んでいるな。


「あぁ、構わない」


 完全無欠に見えた皇に隙が見えたような気がして俺は同意する。


「おい、ちょっと待て」


 皇がいきなり俺の肩を掴んできた。
 しかも全力で握り潰しにきており、掴まれた肩からは悲鳴が上がっている。


 こりゃあ、相当聞かれたくないみたいだな。


「なんだ?」


 正直かなり痛いが、俺はまるでなんてこともないかのような顔をする。


「そんな話どうでもいいだろ」


 皇は鋭い目つきで俺を睨みつけてくる。


 自分の話になると極端に嫌がるタイプの奴か。


 俺は肩に乗っていた皇の手を掴むと無理矢理引き離そうとする。


「別に聞かせてくれてもいいだろ?」


 挑発するような言い方が二人の間の空気を凍らせる。


「あの‥‥お茶をお持ちしました」


 四つのティーカップの乗ったトレイを持った侍女が居心地悪そうにそう告げる。
 緊張感の解けた俺と皇は互いに力を抜くと手を引いて一呼吸吐いた。


「ソフィア様とスメラギ様の分もお持ちしましたので‥‥」


 侍女はそう言いながら慣れた手つきでそれぞれの目の前にティーカップを置くと、テーブルの真ん中にクッキーの入ったバケットを置いてから空になっていたカップを片付ける。


「ありがとう」


「ありがとうございます」


 ラノンとソフィアさんは礼を言うが俺と皇は黙って頭を下げた。


「それでは」


 そそくさと部屋を後にする侍女。
 沈黙が続いた部屋の中で最初に発言したのはソフィアさんだった。


「テンマはアキゾラさんに私達のことが知られるのが嫌なのですか?」


「それは‥‥」


 決まりの悪そうに視線を外して紅茶を啜る皇。
 まぁ、確かに自分の恋話‥‥それもソフィアさんの口から話されるのはきついな。
 と、若干皇に同情していた俺だったが何を思ったのかソフィアさんはラノンの方へと顔を向ける。


「ならアキゾラさん達にも話してもらうのはどうですか?」


 思わぬところで俺の名前が出てきた。
 ラノンも一瞬だけ驚いたが、すぐに冷静になり考え始める。


「そうすれば‥‥姉さんとスメラギさんの話が聞けるのですか?」


 ラノンは満更でもないといった顔だ。


「これなら問題ないですよね?」


 そう訊いてくるソフィアさん笑顔か逃げるよう視線を隣へと移すと、同じことを考えていたのか皇と目が合う。


「わかったよ」


「お好きにどうぞ」


 諦めた俺と皇は溜息を吐くと、気を紛らわせようとティーカップに手を伸ばした。










 皇とソフィアさんの話は意外と普通のものだった。
 王城でひたすら鍛錬を繰り返す皇を心配したソフィアさんが何かと心遣いを繰り返しているうちに仲が深まったのだとか。
 ソフィアさんの許婚が二人の間を阻もうとすることもあったらしいのだが、皇の手によりあっさりと解決したようだ。
 ‥‥やっぱり俺とラノンみたいなことはないか。
 幾度なく魔人に襲われる王女とそれを守った賢者。
 そんな物語みたいな出来事はこの世界だから起こるというものでもなさそうだ。
 ラノンとソフィアさんによる長い長い話が終わり、バケットの中は空になり二杯目の紅茶もすっかり冷めていた。


「ラノンも色々と大変だったのですね。よく、戻ってきました」


 全てを聞き終えたソフィアさんがそっとラノンを抱きしめる。
 やはり家族の温もりは安心するのかラノンも安堵の表情を浮かべていた。


「はい‥‥また会えて、嬉しいです」


 ラノンは感極まって、今にも泣き出しそうだ。
 お邪魔かな。
 そう思った瞬間、隣にいた皇がイスから立ち上がった。
 近くの木棚に立てかけてあったエクスカリバーを手に取ると慣れた手つきでそれを背中の剣帯に納める。


「少し鍛錬をしてくる。蓮、お前も来い」


 歩きながら手招きをする皇。


 この二人に‥‥いや、ソフィアさんに気を使っているのかな。
 まぁ、この場を抜け出すにはいい口実だ。


「あぁ、わかった」


 自分の座るイスに立てかけていたクインテットを掴むと扉へと歩く皇の後ろを追いかける。


「「気をつけて下さい」」


 ハモったラノンとソフィアの声。
 二人とも驚いたようで顔を見合わせて笑っている。


「あぁ」


 俺は短く返事をすると皇が通り抜け、まだ閉じきっていない扉の隙間をくぐり抜ける。








 皇に連れられた俺は東棟の庭にある騎士達の訓練所に来ていた。
 庭と言うにはいささか大き過ぎるが、数十人の騎士達が訓練をするにはこれくらい必要なのだろう。
 皇が訓練所に入るなり周りにいた騎士は手を止めて、どよめきながら視線を送っていた。


 騎士と兵士の差についてだが日頃から鍛錬にのみ時間を割くことで、個々の高い実力を保つのが騎士。
 騎士達は有事の際、戦争や強力な魔物、魔族との戦いの際に駆り出される。
 それに比べて兵士は巡回や警備、犯罪などの取り締まりなど様々な仕事をこなしているため鍛錬の時間は圧倒的に少なくなり、実力もそれなり。
 まぁ、要約すれば騎士が自衛隊で兵士が警察ってとこか。




「スメラギさん、今日はどういった鍛錬を?」


 幾度となく死線を乗り越えていそうな強面の騎士が皇の下に駆け寄り、そう尋ねる。


「軽い模擬戦だ。端の方でも貸してくれればいい」


「そうですか‥‥そちらの方は?」


 俺の方に視線が向けられる。
 俺がどう名乗ったらいいのか悩んでいると代わりに皇が答えた。


「賢者だ」


「賢者!?」


 強面の騎士がそう叫ぶと庭全体がまるで時でも止まったかのように静まる。


 ‥‥あんまり目立ちたくなかったんだがな。
 まぁ、皇と鍛錬って時点でこうなることは決まっていたか。


 四方八方から話し声が聞こえてくる。
 大方俺の噂だろう。
 そんなことは素知らぬ顔をして皇は誰もいない庭の端まで歩く。


「模擬戦って‥‥どこまでやる気だ?」


 俺は腰袋を外すと邪魔にならないよう石柱の根元に投げ置く。
 お互いに全力でやり合えばおそらくこの庭は無事ですまない。
 むしろ被害が庭だけで収まればいいほうだろう。


「魔法無し、身体強化ブレイブ無しの一騎打ちだ」


 妥当なところか。


 身体強化ブレイブを有りにするとおそらく皇が圧勝してしまい鍛錬にならない。
 俺は体を温めるために軽く跳ね上がりながら腕や首を回す。
 近くにいた騎士達は訓練そっちのけで俺と皇の周りに集まっており、完全に観戦モードに入っていた。
 その雰囲気がどことなくコロシアムを思い起こさせる。


「訓練をしなくていいのか?」


 気になった俺はつい訊いてしまう。
 すると強面の騎士は笑いながら頷く。


「えぇ。強者の戦いを見ることもまた訓練の一つです」


「‥‥そうか」


 精神を集中させた俺は皇を視界に捉えると腰を落としてクインテットに手をかける。
 模擬戦といえども手を抜く気は一切ない。
 修行といえども全力で‥‥師匠の教えだ。


「一本勝負だ。いいな?」


「あぁ」


 皇は背中のエクスカリバーを抜くと右手に持っていたナイフを天へと放り投げる。
 コロシアムと同じ方法か。
 装飾のない無骨なナイフが重力に従い、土の地面へと突き刺さる。


「‥‥‥‥」


「‥‥‥‥」


 意外なことにスタートの合図で互いに動くことはなかった。
 居合いの構えで待ち構えるつもりだったが‥‥
 エクスカリバーを正眼で構える皇には一見隙がなさそうに見える。
 だが‥‥


 飛蓮


 俺はクインテットを鞘に納めたまま真っ直ぐ皇に向かっていく。
 衝突に備え腰を落とす皇。


 飛蓮・旋


 俺はさらに飛蓮を使うことで一気に皇の後ろを取る。


 あいつは身体強化ブレイブ無し。
 大剣であるエクスカリバーを使うのは難しいはずだ。
 なら、ここは機動力を生かして戦う。


 素早く居合いを放つ俺だったが体を捻り百八十度回転した皇に剣で受けられてしまう。
 刀と大剣、打ち合いになればどちらが有利かは言うまでもない。


 飛蓮


 一旦仕切り直すために俺はその場から大きく飛び退くが、皇は追撃を仕掛けてくることはなく、エクスカリバーを構え直していた。


 くっ‥‥今更だが飛蓮に頼り切った戦い方になってるな。
 脚への負担が大きいからあまり使いたくないんだが‥‥まぁ、いまさらか。


 周りにいる騎士達は今の攻防を見て興奮したのか賞賛の声を上げている。


「やはり速いな」


 そう言いながら皇はエクスカリバーの剣先を下げる。


 さすがの皇でも身体強化ブレイブ無しで大剣を振り回すのはキツイのか?
 だがさっきの反応を見る限り、振り遅れることはまずなさそうだ。
 ‥‥なら、戦い方を変える。


「いくぞ」


 俺はクインテットを正眼に構えるとなんの工夫もなく突っ込んでいく。
 意識をエクスカリバーに集中させ、その動きを常に把握し続ける。
 皇が俺を近づかせないために放ったであろう横薙ぎにクインテットを構えた。


 ここっ!!


 エクスカリバーとクインテットが交わる瞬間に刀身を倒すと刃の上を滑らせ受け流す。
 大振りな一撃を空振った皇は完全に無防備になっている。


「雷閃っ!!」


 黄色に光る斬撃が皇に直撃した。










 初戦を皇に勝利した俺は騎士達から讃えられ、数多くの尊敬の言葉が送られた。
 どうやら騎士達も皇の相手をしていたことがあったらしいのだが、全く敵わなかったと言っていた。
 その後の模擬戦も終始、俺側に応援が付いており、そのお陰かかなりいい試合をすることができた。
 試合に疲れた俺は休憩のために石柱の根元に座っている。
 隣にいる皇は座ることはせず、石柱に寄りかかりながら騎士達の訓練風景を眺めていた。


「相当鍛えたようだな」


 今回の模擬戦で問われるのは勇者や賢者としての得た力ではなく、どれだけ自分を鍛え上げたか、だ。
 師匠から教わった剣術を駆使しても皇との戦いは容易でなかった。
 あいつもあいつで努力してるってことだろう。


「あぁ、師匠はストイックだったからな。にしても、強えな」


 俺の口から出てくるのは素直な賞賛の言葉。
 皇はまんざらでもなそうに笑うと騎士から受け取った水の入った革袋に口をつける。


 にしても‥‥久々に激しい運動したな。


 移動中も野営中や街に泊まっている間に鍛錬をしていたが今みたいに全力を出し切ってのものではなかった。
 疲れ切った体からは汗が噴き出すだけだった。
 俺は無言で手を皇へと伸ばすと、栓をしようとしていた皇が開いたままの革袋を渡してくる。
 渇いた喉に流し込まれる水。
 激しいスポーツをした後にスポドリを飲む時と同じ感覚だ。


「蓮‥‥お前に一つ頼みがある」


 そんな清々しい気持ちになっていた俺に呼吸を整えた皇が唐突に話し始める。







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