五導の賢者

アイクルーク

本音

 
 開かれた城門を俺は一人くぐり抜けると、ゆっくりとした歩調で城の敷地へと入っていく。
 さすがに昼間来た時ほどは見回っている兵士はいなさそうだが、突然開かれた城門に兵士達が集まってくる。


「何者だ!?」


 突然の侵入者に兵士達は困惑しながらも、それぞれがしっかりと武器を構えていた。
 俺はクインテットを手の中で返し、刃と峰を逆さにすることで切れないようにする。


「ただの来客だ。こんな夜中に悪いが今すぐに話したい奴がいる。道を開けろ」


 どうせ引くわけがないことなんてわかっている。
 手に持っていたクインテットの刀身が黄色く染まる。


「全員、突撃っ!!」


 隊長らしき男のかけ声でその場にいた兵士達が一斉に攻撃を仕掛けてくる。
 左右から振り下ろされる剣をクインテットとその鞘で受けると、右側の体が痺れて動けなくなった兵士を蹴り飛ばす。
 剣が二人に槍が三人‥‥
 周りにいる兵士の位置を瞬時に把握すると、同時に突き出された三本の槍を態勢を崩しながら紙一重で避ける。


「こいつっ!!」


 鞘で受けていた剣が引き下げられ次の攻撃への予備動作をとっている。
 ‥‥面倒だな。
 右腕に少しだけ力を込める。


「雷閃」
  
 体をひねり放った横薙ぎは一度に四人の兵士に命中しその意識を刈り取った。


「なっ!?」


 一人残った兵士は慌てて俺から距離を置こうとする。


「遅い」


 俺はそれより早く兵士の首にクインテットを叩きつけた。
 まずは五人‥‥
 倒れている兵士を尻目に城内へと入るために一歩を踏み出すがそこに四つの人影があることに気がつく。
 彼らは兵士の象徴とも言える鎧を着ておらず、各々個性的な武器を手にしていた。
 今度は強そうだ。
 ラノンが言っていたコロシアム出身の兵士か。
 兵士と言うよりは戦士の方が近いような気もするが、まぁ、どうでもいい。


「あれが侵入者か?   随分と弱そうだな」


 モーニングスターの二刀流の老人に細剣片手に余裕ぶっている青年。
 あとは弓の女と無手の仮面。
 この中で言うならば仮面の実力が一番未知数だな。


「参る」


「いくとしますか」


 老人は正面から、青年は俺の左側に回り込んで近づいてくる。
 後ろにいる女は弓を引き絞り俺に狙いを定めていた。
 仮面は女の護衛か。
 おそらく正面の老人が盾役、俺の注意を引きつけその間に青年の不意打ちと弓による狙撃。
 だとすると最初に対処するべきなのが‥‥
 俺は一定の距離を保っていた青年に向かって駆け出す。


「ぬっ!!」


 青年はすぐに細剣を構え、老人は慌てて俺の背中を追うように走り出した。
 手を抜いて走っている俺は老人との間隔がどんどん短くなっていく。


「きっついなぁ」


 青年は細剣で牽制しながらも後ろへとバックステップで逃げ出す。
 後ろ向きの移動だというのに俺に追いつかれない程度の速さはあった。
 すると青年の視線が俺から外され俺の後ろに向けられている。
 この状況下におけるこの二人の行動‥‥


「ここっ!!」


 青年は急停止すると俺に向かって細剣を突き出してくる。


 飛蓮


「ごふっ‥‥」


 俺はそのまま青年の方を向いたまま大きく後退すると、モーニングスターを掲げ待ち構えていた老人の腹に逆手持ちの鞘を叩き入れる。
 老人の移動スピードに加え俺の飛蓮の速さも加わった一撃は腹の中へとめり込んでいく。


「なっ‥‥?」


 俺の予想外の行動に動きの止まった青年の足にクインテットの先を向ける。


「雷狼牙」


 そのまま雷をまとわせたクインテットを突きの要領で手放すと真っ直ぐ飛び青年の足を貫く。
 そして次の瞬間には流れ出す電流に抗えなかった青年が崩れ落ちる。
 背後から聞こえてくる風切り音。
 反射的に頭を下げると頭上を矢が通り抜ける。
 あと二人か。
 クインテットを回収すると残る二人に向かって歩き出す。
 女の方は弓が主体で他に武装は見られない。
 矢の速度も速い方だが十分に対応できる範疇。


「ちきしょうが、死にやがれ!!」


 俺に向かって放たれる矢。
 俺はそれをクインテットの一振りで打ち落とす。
 師匠の修行の一つで矢への対応はやった。
 この程度なら問題ない。
 そう思っていると残るもう一人の仮面の男が俺の前に移動してきた。
 身体つきからなんとなく男だということはわかるのだが、その顔に付けた無表情で真っ白な仮面はまさに不気味という三文字が相応しいものだった。


「あんたは‥‥強そうだ」


 仮面は無言のまま拳を構える。
 手甲なんかの防具も無しか。
 一体どうやっ‥‥っ!?
 仮面の横を抜けと飛んできた矢を素早く鞘で弾く。
 あの女‥‥面倒だな。
 俺は左腕に力を込めると鞘を思いっきり振り被り投擲する。
 鞘は回転しながらも一直線に女の下に飛んでいくと、矢をつがえていた女の頭に命中した。


「これで一対一だ」


 のんびりとやってたら次が来る。
 一撃で決めるか。
 体を上下に動かしながら立ち構えている仮面。


 飛蓮


 俺はその懐に入り込むと逆に持ったクインテットを素早く振り抜く。


「雷閃」


「っ‥‥!?」


 だが仮面はそれを間一髪のところで反応すると、紙一重でクインテットを躱した。
 こいつ、飛蓮の速度に対応したのか?
 距離を取る仮面に追撃を仕掛けず、思考に集中する。
 このまま戦っても倒せるだろうがそれなりに時間がかかるだろう。
 だが本気を出せば体力と魔力を消耗し、後々がきつくなる。
 それぞれのリスクを考えた上で天秤にかけ、最善を選ぶ。


身体強化・火ファイアブレイブ


 俺は全身に炎をまとうとクインテットに土の魔力を流す。
 異様な俺の様子に仮面は距離を取ろうとする。


 飛蓮・旋


 一瞬で仮面の背後に回り込んだ俺はその首筋をクインテットで殴りつけた。
 無言で倒れていく仮面を尻目に俺は身体強化・火ファイアブレイブを解除する。
 僅かな間とはいえ身体強化ブレイブを使った俺の体は所々火傷していた。
 よし‥‥城内に入るか。
 俺はクインテットを片手に騒ぎ始めた城内へと足を踏み入れていく。




















 長い戦いで全身がボロボロになりながらも俺は走り続ける。


氷針アイスニードル


 俺が追ってきた兵士の足に目がけて氷の針を放つと、反応できなかった数人に命中する。
 城内にいる兵士はここにいるので大体最後か。
 この城に侵入してから数十分後辺りから兵士の増えるペースが落ち始めた。
 今残っている兵士もだいぶ前に来た兵士で、おそらくもう予備兵力はほとんどないはず。
 俺は延々と続く石造りの通路を走りながら後ろにいる兵士の方に目を向ける。
 ‥‥残り九人、か。
 俺は深呼吸すると、クインテットに雷の魔力を込めた。


身体強化・風ウィンドブレイブ


 身体強化ブレイブを使うと共に踵を返すと、俊敏な動きで兵士たちの合間を駆け抜けていく。
 その際にクインテットを体の要所要所に叩きつける。
 俺が九人全員を抜き去ると前にいた兵士から順に倒れていく。


 静まり返った通路には荒くなった俺の呼吸音だけが響き渡る。
 後はラノンを探すだけ‥‥
 俺が薄暗い通路を歩いていると、ハルバードを背負いど真ん中に立っている男を見つける。


「グレイス」


「あ?」


 できれば会いたくなかった男。
 さっきまで戦っていた兵士達とは桁が違う。
 クインテットの柄を握り直すと、構えながら慎重に間合いを探る。


「どけよ」


 殺気を全開にしてその全てをグレイスへと向ける。
 だが、グレイスはそれをなんともないかのような平然とした顔で受けるとシルフィードを背負ったまま歩き始めた。


「通りたきゃ勝手に通りやがれ」


 相変わらず悠々と歩いてくるグレイスだが、それだけの動作に隙が見つけられず上手く動き出せない。
 くっ‥‥いくらグレイスが相手だとしても、引くわけにはいかない。
 俺は一歩を踏み出すと一気にそのまま距離を詰める。
 間合いはあっちの方が明らかに広い。
 先手を確実に避ける。
 だがその俺の思考に反して、グレイスは背負ったシルフィードを一切動かすことなく前から来た俺とすれ違う。


「なっ‥‥!?」


 驚愕の顔を浮かべる俺を他所にグレイスは振り返ることすらせずに歩き続ける。


「この先の階段を登った先、一番奥の部屋だ」


 それだけ言ったグレイスはそのまま俺とは反対方向に進み続けた。
 ‥‥今のはラノンのいる場所か?
 護衛であるグレイスがラノンのいる部屋を知っていることになんら不思議はない。
 ‥‥信じてみるか。
 俺は無言で歩くグレイスの背中を一度見ると、すぐに歩き出す。


























 なんだか‥‥外が騒がしいですね。
 イスに腰掛け惚けていた私の耳に遠くから叫び声が聞こえてくる。
 この城で過ごすのは初めてで、何かあるのかもしれませんが‥‥
 様子を見に行こうと立ち上がるが次の瞬間、脳裏にあの太った王子の顔が浮かび上がり、動こうとしていた足が止まる。
 レンさんと別れた後、しつこく部屋に誘われましたがその時は上手く逃れることができました。
 下心に塗れたあの人と、私はこれから共に生きなければならないのですね。
 先のことを考えるだけで嫌悪感がこみ上げてくる。
 そして、次に浮かんだのが‥‥


「レンさん‥‥」


 愛しき者の名前だった。


 初めての出会いは小さな村の村長の家。
 あの時は、レンさん一人でオークの討伐に行ってました。
 今となって考えてみれば、あの程度で心配していたなんて考えられません。
 そして、アーバンで魔人から私を庇い戦ってくれた。
 多分、その時からレンさんのこと意識していたのですね。
 そして、デジャラでレンさんと対立した時。
 私は初めてレンさんの中にある悲しみに気づくことができました。


「レンさんっ‥‥」


 たくさん辛いことがあって、一度逃げ出したけれど‥‥それでもレンさんは誰かを助けようとしていた。
 命を削ってまで皆んなのために戦い、私のために戦ってくれた。
 多分、本人はそれに気づいてないでしょう。


 でも、そんなレンさんの優しさが‥‥大好きです。


 自然と瞳から涙が溢れてくる。
 雫は頬をつたり下へ下へと流れていく。
 小さい頃から魔法の練習や礼儀作法の勉強ばかりで、同年代の友達もいない私は一人ぼっちだった。
 そんな一人の時間に読んだ恋の物語が、今も心に残っているんです。
 その時から、ずっとずっと思っていた。


 一度でいいから、普通の恋がしたい。


 いずれ父上が選んだ人と結婚しなければならないのはわかっていました。
 それでも、私は‥‥夢を見たかったんです。
 例えそれがまやかしだとしても。


 涙が止まるどころかますますその勢いを増していく。
 もう、十分に夢は見させてもらいました。
 レンさんには悪いですが、ここで私が逃げるわけには行きません。
 そんなこと、わかっているのに‥‥わかっているのに涙が止まらない。


「会いたい‥‥レンさんに‥‥会いたいです」


 今レンさんに会えば私がようやく決めた決意が全てなくなってしまいそうで、でも会わずにはいられなくて‥‥自分でもどうしたいのかわからないんです。




 独りで涙を流していると部屋の木製の扉が大きく揺れる。
 外から力が加えられるが閂が開くのを阻む。
 ‥‥誰?
 アドネス、リア、グレイス、王子とこの部屋に来そうな人は何人かいるが私が思い浮かんだのはただ一人。


「レン‥‥さんっ!?」


 次の瞬間、レンさんが閉じられた扉を蹴破りその姿を現した。
 どうして?
 リアは?
 どうやって?
 思うことはいっぱいあったが私は何よりも先に走り出す。
 レンさんはそんな私を優しく抱きしめてくれた。


「少し話があって来たんだが‥‥いいか?」


 涙を流し続ける私の背中をレンさんは優しくさすってくれる。
 私よりも大きく、鍛え上げられた体。
 それを全身で感じていると、まるで安心感に包みこまれるようです。


「このまま、話してください」


 今は少しでもレンさんを感じていたいから。
 顔は見えないけれど、なんとなくレンさんの困った様子が伝わってきます。


「じゃあ‥‥このまま話すからな」


「はい」


 妙に静まり返った部屋の中でレンさんの鼓動が私に伝わってくる。


「ラノン、お前さ‥‥あの王子と一緒にいたいか?」


 前とほとんど同じ質問。
 答えは考えるまでもありません。
 ですがここでそれを言ってしまえば、レンさんは私を王子から引き離すために何かをするでしょう。
 それは国を、そして民を裏切ることになります。
 それだけは‥‥できませんっ!!


「レンさん‥‥止めてください。私は、これでいいんです。こうしなきゃ、駄目なんです」


 一旦は止まっていた涙が再び溢れ出してくる。
 それは絶対にレンさんに見せるわけにいかないので、必死に止めようとするが止まらない。
 そんな私の行動を見透かしたかのようにレンさんが抱きしめていた体を離す。


「あっ‥‥」


 レンさんの悲しそうな目が涙を流す私に向けられる。


「もう一度だけ、もう一度だけ訊く。王女としての偽りの想いじゃない、自分の本心を答えろ。ラノン、お前はこれでいいのか!?」


 私の心にレンさんの言葉がじわじわと染み込んでくる。
 それが毒なのか、薬なのかはわからない。
 でも、それは確かに私から本音を引き出した。


「私は‥‥レンさんといたいです」


「‥‥そうか」


 レンさんの視線が私から外され、先ほど蹴破られた扉の方へと向けられる。
 釣られるように私も視線を向けるとそこには眉間にしわを寄せた王子がいた。


「あっ‥‥」


 今の言葉、王子に聞かれてしまった。


「ラノン、お前は僕のつ──」


「黙れ」


 王子の怒鳴り声をレンさんは静かで、そして冷たい声で遮った。
 決して大きな声ではないのに王子は口を止めてしまっている。


「あんたら権力者達が自分達のためだけに作ったルール、今利用させてもらう」


 呟くようなレンさんの声。
 レンさんは手に持っていた魔刀をゆっくりと王子の方に向ける。


「アキゾラ=レンはラノン=カルトクラティアを懸けてゼド=ベルーガに決闘を申し込む」


 決闘。
 一人の女性を二人の男で奪い合いになった時に使われる解決手段。
 片方がもう片方の男に決闘を宣言すると、その時点で強制的に決闘が義務付けられ双方が戦うことで決着がつけられる。
 ただし、この方法には一つ大きな欠点がある。
 それは、戦うのが本人である必要がないことだ。
 こうなってしまうと、強者を雇うことのできる貴族が圧倒的に有利になり、市民と貴族が争いになった際のほとんどが貴族の勝利で終わっている。
 だが、今回は違う。
 レンさんに敵う人なんてどこにもいない。


「ふん、やっぱりな。そう言うと思ったよ」


 だが王子は全く焦ることなく、むしろ悠々とした表情をしている。
 その余裕を不審に思ったのかレンさんは首を傾げていた。


「王子に武器を向けるなんて、失礼だろ?」


 その声が聞こえた次の瞬間、レンさんの持っていた魔刀が大剣によって大きく弾かれる。
 レンさんはバックステップで逃げると魔刀を構え臨戦態勢になっていた。


「久しぶりだな、蓮。なんか今、王子に喧嘩を売ってたみたいだけど、それ‥‥俺が相手してやるよ」


「っう‥‥皇っ!?」


 その顔は私でも知っている。
 そこにいたのは聖剣を肩に乗せた最強の勇者、スメラギ・テンマだった。


「そういうことだ、賢者。貴様にはこの勇者と戦ってもらう。場所は、そうだな‥‥三日後にコロシアムで行おうではないか。せいぜい楽しませてくれよ」


 すでに勝ったとでも言わんばかりの王子はそのまま部屋を後にする。
 勇者もそれを追い部屋から出て行こうとするが、立ち止まってレンさんの方を見た。


「逃げたいなら逃げてもいいんだぜ?   前みたいに」


 それだけ言って部屋を後にする。
 残ったレンさんは声に出さず拳を地面へと打ち付けていました。







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