五導の賢者

アイクルーク

越えられない壁



身体強化・火ファイアブレイブ


 俺は翠に染まったクインテットを片手に、炎で自らの体を加速させる。


「おいおい。策も無しに突っ込んできても、勝てねぇぞ」


 師匠は怠そうに両手持ちにした刀を体の前で構える。


 飛蓮


 俺はさらなる加速を得ると、そのまま師匠にクインテットで切りかかる。
 俺の利点は手札の多さ。
 守りを捨てた連撃で押し切る!!


「魔刀術、斬空」


 風の魔力を一気に解放させた斬撃は師匠によって難なく止められており、あっさりと弾き返された。


「んな使い方教えてねえつーの」


 師匠の呆れ顔が目に入り、僅かに頭に血が上った。


「炎刃」


 弾き返されたクインテットに即座に火の魔力を込めると、師匠の首めがけて切り返す。
 さすがにそれは師匠も予想外だったのか、仰け反るようにしてギリギリ回避する。


「けっ‥‥」


 師匠はすぐにバックステップでその場から引く。
 だが、ここで手を止めるわけにはいかない。
 今度はクインテットに土の魔力を込め、左脚に力を入れる。


 飛蓮


 俺から距離を取っていた師匠との間を一気に詰めると、全力でクインテットを振るう。


「加重剣」


 予想外の攻撃に師匠は反応できていない。
 決まった!!


 そう思った瞬間、師匠が少しだけ笑ったような気がした。




身体強化・雷サンダーブレイブ




 低く、静かな声が俺の耳に響く。
 刹那に師匠は片手で持った刀を構えクインテットを受け止めた。
 構える動作を見落としそうになるほど速い。


「やるじゃねえか。こいつは使わずにいきたかったんだが、そうもいかなそうだ」


 ニヤッと笑った師匠の体がブレたかと思うと腹に痛みが走り、俺はそのまま後ろに吹っ飛ばされた。
 少しだけ湿った土の上を転がっていると、何かにぶつかり体の動きが止まる。


「レンさん!!」


 歯を食いしばりながら見上げると倒れている俺を覗き込むようにしてラノンが立っていた。
 どうやらアドネスが転がっていた俺を止めてくれたようで、俺の腰に手を当てている。
 グレイスとリアは武器を手にして師匠相手に牽制を図っている。


「すぐに怪我を治し‥‥」


「来やがった!!」


 ラノンが俺に治療魔法をかけようとするが、それを見た師匠が身体強化・雷サンダーブレイブを使いこちらに向かってくる。
 俺は痛みに堪えながら立ち上がると、クインテットに土の魔力を込めた。


「お前らは逃げろ。身体強化・雷サンダーブレイブ


 勢いよく地面を蹴った俺はシルフィードを構えていたグレイスの脇を通り抜け、向かってくる師匠にクインテットを振った。
 師匠はそれを難なく弾くと、逆に俺の目を狙って突きを放ってくる。


 速っ!!


 俺は目に捉えられるギリギリの速さの突きを首を倒して紙一重で避ける。
 そしてすぐに一歩下がるとクインテットを正眼に構えた。


「やっぱり遅えな〜」


 迷わず間合いを詰めた師匠は俺の首を重点的に狙い、何度も切りつけてくる。
 俺はそれを守りに全てを注ぐことでどうにか防ぎ続けた。
 速い‥‥ただでさえ高い魔人の身体能力を強化したら、こうなるのかよ。


「ったく‥‥お前は身体強化に頼りすぎなんだよ。身体能力うんぬんじゃねぇ。先読みして避けろ」


 師匠は俺に稽古をつけるかのように話しながら刀を振るい続ける。


「そんな、簡単にできるかよ‥‥」


 小さい声でぼやく。
 それが師匠の耳に入ったのか、おもむろに眉間にシワが寄った。


「できないならしょうがねーな‥‥飛蓮」


 師匠がそう言った直後、目の前から師匠の姿が消える。
 どこだ?
 すぐに身構え、全方位に気を払うが感じ取れた師匠の気配は俺から離れた場所にあった。
 そして背後から金属音が聞こえるや否や、グレイスの叫喚が聞こえる。


「っくそ、そっちかよ!!」


 俺が振り向くと、肩から血を流していたグレイスを師匠が殴り飛ばしていた。


 飛蓮


 俺は師匠に背後から最速で切りかかるが、振り向くことすらなく刀で受け止められる。
 見もしないで!?
 ‥‥っ、殺気か。
 師匠はそのまま俺を押し返すと、ようやく体をこちらに向けた。


「最後のチャンスだ。俺を止めてみろ」


 師匠は俺を挑発しているのか、左手で手招きする。
 スピードは圧倒的に負けている‥‥正直、勝機が見えない。
 俺の体は死がすぐそこにあることを理解しているのか、なかなか動こうとしない。


「どうした?   こないのなら、その女は死ぬぜ」


「っぐ!!」


 俺は口の中の肉を噛み切り、痛みで無理矢理自分に発破をかける。


 飛蓮・旋


 師匠の背後に回り込んだ俺は即座にクインテットを振るったが、すでに師匠はそこにいない。
 だが、俺の目はその場から飛び退いた師匠の姿を追えている。
 よし‥‥どうにか、見える。


「固まれ!!」


 俺がそう叫ぶと、ラノン達も理解したのかラノンを中心に三人で守るように小さな円を作った。
 そこに飛蓮を使い飛び込もうとする師匠。


 飛蓮


 師匠の動きを見極めた俺はその進路を塞ぐように飛蓮で跳んだ。


「ほぅ‥‥」


 師匠は感心したのか息を漏らす。
 師匠も今更、方向転換はできない。
 ここで、決める。


「加重剣っ!!」


 無駄を省き、最速、かつ最大限の力で放った横薙ぎは俺の予想に反して空を切った。


「くっそ‥‥あそこからかよ」


 斬撃を読んだ師匠は当たる直前で飛蓮で進路を変えていた。
 だが、俺の目はまだ師匠の姿を追えている。
 迂回して迫ってくる師匠の動きを先読みして最短ルートで塞ぐ。
 それが今、俺にできる戦い方だ。
 反対方向に回り込んでいた師匠の前に立ちはだかり、クインテットを構える。
 すると、師匠は突然、動きを止めて刀を肩に乗せた。


「やるじゃねえか。動きも悪くないし、他の奴らもしっかりと守れている。ただ、残念だったな」


 師匠は刀の切っ先をゆっくりと俺に向けてきた。
 俺はいつでも受けられるように神経を張り巡らせる。


「そろそろ時間切れ、遊びはもう終わりだ。いい加減、本気でいかせてもらうぜ」


 直後、師匠の体は一瞬で俺の視界から外れる。
 そこから先は、全て反射で動いた。
 視界を動かすより速く、クインテットを体の横に構える。
 次の瞬間、凄まじい衝撃と共に俺の体は吹き飛ばされた。
 宙を舞う中で師匠がラノンの方に顔を向けるのが見える。


「ちきしょうがっ!!」


 俺は無理矢理、体を捻ることでどうにか地面に着地するが、攻撃の勢いで体がずり下がり続ける。


 飛蓮


 師匠から離れていく体を飛蓮で力業で引き戻す。
 グレイスは師匠に首を掴まれながら持ち上げられており、リアは地面に横たわり気絶していた。
 速‥‥すぎだろ。
 俺は師匠の不意をつきクインテットを突くが、一瞬で読まれて距離を取られる。
 支えの手を離されたグレイスの体はその場に崩れ落ち、苦しそうに呼吸をしている。


「おいおい、吹っ切れちまったか?」


 少し離れた所で師匠が驚愕の表情を浮かべている。
 ‥‥あんまりラノンの前で無茶はしたくないけど、やるしかない。
 俺は三連続で飛蓮を使用して師匠に横から切りかかる。


「遅いぜ」


 師匠もまた飛蓮で俺の斬撃を避けると、左手を向けてきた。
 魔力が高まって‥‥やばっ!!


黒雷破カースインパルス


 師匠の手から放たれた黒雷を間一髪のところで飛蓮で躱す。
 あぶなか‥‥っ!!
 黒雷を放った張本人の師匠の姿が消えている。
 俺が回避に気を取られた隙に‥‥


 飛蓮


 俺は考えるより速く、飛蓮を使っていた。
 左脚の太ももを切られたようで、止めどなく血が流れ続けている。
 すぐに先ほどまで自分がいた所に目を向けると、刀を振った後の姿勢で動きを止めている師匠がいた。


「お前‥‥強くなったじゃねえか」


 師匠は嬉しそうに笑うと地面に落ちていた鞘を拾う。
 足の傷は深くない。
 だが、このまま血を流し続けるのはやばそうだ。
 数秒あれば応急処置はできる。
 だけど、今はその数秒が命取り。
 俺はクインテットを握りしめ、刀を鞘に納める師匠を睨みつけていた。
 すると、師匠の柄を握る手に魔力が集中していくのがわかる。
 これは‥‥っ!!
 俺は近くに投げ捨ててあった自身の鞘に飛びつくと、師匠からは目を逸らさずにクインテットを納刀した。


「ようやくわかったのかよ。相変わらずおっせえな。まぁ、せっかくの機会だ。どこまでものにしたか、見せてもらうぜ」


 俺も師匠と同じようにクインテットに雷の魔力を流し込み、電気を鞘の中へと蓄積させる。
 あれは全ての魔刀術の中でもおそらく一二を争うほどのもの。
 まともに打ち合うには、俺も同じ技を使うしかない。
 だが‥‥


「なぜクインテット無しで魔刀術を使えんだ?」


 師匠は今、クインテットを持っていないのにも関わらず、魔刀術を使おうとしている。
 そんなことが可能なのか?
 師匠は俺のその言葉を聞いて楽しげな表情になる。


「おいおい、こいつを作ったのは俺だぜ。こいつだけは特別仕様にしたんだよ」


 ‥‥確かに、この技は他の技とは少し違うか。
 俺と師匠は互いに刀を納めた状態での睨み合いを続ける。
 張り詰めた緊張感からか、クインテットを握る手が僅かに震え出す。
 勝負は一瞬、どっちが速いか。
 そして、先を読むことができるか。
 もし、あの技を直撃したら‥‥死は免れない。
 俺が死ぬのは絶対に嫌だが、師匠を殺すのも‥‥
 師匠との修行の三年間が頭によぎる。
 その思い出は魔人になったからといって割り切れるものではなく確実に俺の動きを鈍らせていた。


 そしてクインテットに込めることができる魔力の限界を向かえる。
 あちらも同じようで俺との間合いを図っている。


「さーて、やるか」


 殺らなきゃ、殺られる。
 殺れ。


「あぁ」


 呼吸を整え、
 気持ちを落ち着かせ、
 相手だけを見る。


「「魔刀術・終の型」」


 動き出しは同時だった。
 共に無駄のない最短距離を飛蓮で詰める。
 そこで、俺は互いの間合いに入る寸前でもう一度飛蓮を使う。
 真横に跳んだ俺はさらに飛蓮で師匠に真横から飛びかかる。
 方向転換に二の足を踏んでいる師匠は僅かに俺より動作が遅れていた。


 殺れる!!


 俺はそう思った瞬間、人だった頃の師匠との記憶が走馬灯のように流れ込む。
 辛かったけど‥‥それでもこの世界で初めて幸せを見出すことのできた日々。


 クインテットの柄を強く握りしめる。
 これで‥‥これで‥‥








 人を‥‥殺すのか?








 その迷いは俺の動きをコンマ数秒遅らせた。


 結果、俺と師匠は全く同時に刀を抜く。


「「いかづち」」


 二人の鞘から、天から落ちる雷のような斬撃が放たれた。










 俺の握っていたクインテットは弧を描きながら飛んでいく。
 そして俺の体には真一文字の切り傷ができていた。
 俺の目の前にいた師匠は振り抜いた刀をゆっくりと鞘に納める。


「馬鹿野郎が」


 師匠はそれだけ言って俺の脇をスッと通り過ぎる。
 全身から力が抜け、その場に膝をつく。


「ちく‥‥しょ‥‥」




 俺はそのまま、力なく崩れ落ちた。













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