五導の賢者
true name
俺は自分がどうするか、結局はっきりしないまま北門へと向かった。
八体もの魔人を相手に手加減して勝てるわけがない。
だが、本気で戦って勝ったとしてもその先には賢者としての過酷な運命しか待ってはいない。
その二択を選べない俺は先のことを何一つ考えずに足を動かし続けた。
そんな俺の目の前に飛び込んできたのが剣で切られたグレイスとそのすぐ側で固まっているラノンだった。
魔人が剣を振り上げるのを見た瞬間、俺の中の何かが弾けた。
「黙示録の業火」
俺の体は無意識のうちに動いており、気づけば剣を振り上げていた魔人に火の上級魔法を放っていた。
雷魔法でもよかったのにわざわざ火魔法を使ったのは俺の決意の証、なのだろうか。
まぁ、なんにせよこれで後には引けなくなった。
俺はクインテットに手をかけると炎に怯んでいた魔人に向かって飛び込む。
「魔刀術・地割れ」
「ぐぉ‥‥!?」
膨大な土属性の魔力をまとったクインテットが魔人の体を強打する。
魔人も咄嗟に腕で体を守っていたが、衝撃に特化した斬撃は防げずそのまま他の魔人達のいる所まで飛ばされた。
俺は倒れていたラノンの方に首を向けると、他の人に聞こえないよう声量を落として話す。
「ラノン‥‥お前、言ってたよな。大事なのは自分を偽らないこと、守りたいものを守ることだって。だから‥‥俺は決めた」
俺は魔人達に向かって歩き出すと、マキナから受け取った紺の外套を外してラノンに投げ渡す。
その場にいた人間も魔人も、全ての視線が俺へと集まる。
「貴方、何者ですか?」
魔人達が各々の武器を手に問いかける。
俺は足を止めるとゆっくりとクインテットの切っ先を魔人に向けた。
「俺の名は秋空=蓮。三年前にこの世界に召喚され、五人の賢者の魂をこの身に宿した‥‥賢者だ」
「賢者、ですって!?」
周りにいたハンター達がざわつき始める。
俺は後ろにいたラノン達の表情が気になったが決して振り向かない。
「あぁ、そうだ。来るなら来いよ。俺が‥‥相手だ」
俺の魔力に呼応してクインテットが紅く染まる。
「たかが賢者が、調子にのるな!!」
リーダー格の魔人は闇の魔力を発しながら叫ぶと、そのまま闇の球体を飛ばしてくる。
かなりの魔力‥‥中級、いや上級クラスだな。
俺は土の魔力を左手に集中させると地面に触れる。
「隆天地裂」
魔人達を中心に半円状に展開された土の壁が魔人達を覆い尽くす。
先ほどの闇の球体が土壁に当たったのか俺の目の前に小さなヒビが入る。
すぐに壊されるだろうが、少しの間持てば十分だ。
俺はラノン達の下まで後退すると腹部を抑えていたアーツに視線を向ける。
「周りにいるハンター達を下げてくれ」
すぐにアーツと合った目線を逸らすとヒビが広がるのを眺める。
「まさか、一人でやる気かい?   それは無茶──」
「何が?   何が無茶なんだ?」
俺はクインテットを右腰の後ろで構えると、やや剣先を落とす。
脇構えと呼ばれるものだ。
「何って、フォールが‥‥いや、レンがいくら剣術に優れていても身体強化無しには魔人に勝つことはできない」
勇者が最強と呼ばれる由縁である身体強化。
勇者は身体強化を使うことで魔人との近接戦を成している。
だけどさ、考えたことはないのだろうか‥‥
「いつから身体強化が勇者しかできないと決まった?」
俺の作った土壁が破壊され、そこから剣を持った魔人が飛び出してきた。
「今さら賢者なんてお呼びじゃないよ〜」
俺は一度深呼吸をすると全身に魔力を巡らせる。
「身体強化・雷」
全身に流れた電流が体のリミットを無理矢理外すと、地につけた両足に力を込める。
「飛蓮」
限界を超越した俺の体は魔人の速度を超えて、一瞬ですれ違う。
「なっ‥‥!?」
すれ違いざまに切られた魔人は目を見開きながら焼き切られた傷口を手で押さえる。
俺は追撃を仕掛けるために折り返すと膝をついていた魔人を後ろから襲う。
俺の気配に気づいた魔人は即座に俺の斬撃を剣で受け止める。
「なんだよっ!!   その力はぁぁ!!」
本来なら人間と魔人はその力の差から鍔迫り合いになることなどあり得ない。
それが今、拮抗していることに対して魔人は焦りを感じていた。
俺はクインテットを引くと何度も魔人を切りつけた。
「ちっくしょぉぉお!!」
防戦一方になっている魔人は叫びながら俺を睨みつけてくる。
俺は後ろで魔力が高まっていることに気づくと、刀を引いて詠唱を始めた。
「戻って来なさい!!」
好機と思った魔人のようだったが、リーダー格の命令には逆らえず舌打ちをしながら仲間の下へと戻った。
崩れた土壁の方を見ると今逃げた奴を除く魔人全員が詠唱をしている。
魔法で圧倒する気か。
「我が魔力よ、無数の火となり華となれ」
俺の詠唱を邪魔するかのように魔人達が闇の魔法を連発してくる。
闇の槍、球体、直線的な放出。
俺はそれらを飛蓮で躱しきると魔力を一気に開放する。
「千火百華」
俺の手から無数の火の玉が放たれ、それぞれが意思を持つかのようにして魔人達へと向かっていく。
やがて火の玉は魔人達をあらゆる方向から襲うと、防御に回った魔人達は俺への注意を外す。
飛蓮
強化された体で使う飛蓮は一瞬で一体の魔人の下まで距離を詰める。
‥‥目の色は青。
なら、三位級か。
俺の握るクインテットが強い翠に包まれる。
「風魔烈斬」
極限まで切ることに特化した魔力は魔人の体を一撃で両断する。
上半身と下半身を切り離された魔人はすぐにその事実に気づくとうめき声を上げてそのまま崩れ落ちた。
やっぱり身体強化・雷なら魔人をも圧倒できる。
だけど‥‥
俺が一瞬だけ考えごとをしていると三位級の魔人が四体で囲んでくる。
「っく‥‥」
俺がクインテットで目の前にいた魔人の槍を受け止めていると、別の魔人に横から飛び蹴りを喰らわせられる。
まずっ‥‥
すぐに態勢を立て直そうとするが、今度は背後から後頭部を強打され、俺はその場に崩れ落ちる。
「いくら強くたって数には敵わねえんだよ」
動きの止まった俺に槍を向けている魔人が見える。
あんまり使いたくないけど、四の五の言ってる余裕はないか‥‥
「身体強化・土」
ガキンッ
俺の体を貫こうとした槍が弾かれ、目を見開きながら魔人は大きく仰け反る。
身体強化・土は筋力の増加に加えて、皮膚が硬質化される。
込める魔力の量にもよるが本気を出せば刀剣でさえも容易に防げる。
「白霧影」
即座に発動させた魔法で大量の霧を発生させて近くにいた魔人達の視界を奪う。
身体強化・風
風をまとった俺は周りの魔人達に気づかれないように空高く飛び上がる。
「神をも射抜きし雷が天より堕ちる。その力は一の神を殺し、十の龍を殺し、百の英雄をも殺す。人が扱うにはすぎる力、ゆえに我はこの力を使おう。紫電煌雷!!」
俺が放ったのは雷の最上級魔法。
俺の手から放たれた紫に光る雷は真下にいる霧の中に落ちる。
水である霧は電気をよく通し、紫電は霧の中にいた魔人達を一度に沈めることができた。
さすがに、最上級魔法は効いたか‥‥
俺は重力に従って落ちるとそのまま地面に着陸する。
酷使された俺の体が根を上げ始め、立っていることすらきつくなり始めた。
俺は乱れた呼吸を整えると残る三体の魔人に向かって歩き出す。
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