五導の賢者
紺の外套
ミーアが死んだ翌日、俺は無事に目を覚ましたマキナと共にミーアの墓に来ていた。
「ここが‥‥ミーアの?」
名前が刻まれた石碑の前でマキナは俺に訊いてくる。
「あぁ、そうだ。俺が作ったから間違いない」
「そっか‥‥」
マキナは他の兄弟と違い涙を流すことはなく、ただ黙って拳を震わせていた。
「フォール、渡したい物があるんだ」
マキナは手に持っていた大きな包みを俺に差し出してくる。
宿を出た時から持っていたがミーアへの供物かと思っていた。
俺はマキナから暗い紺色の包みを受け取ると一つのことに気づく。
これは、包みじゃない。
‥‥布?
綺麗に畳まれた紺色の布。
「それはフォールにお返ししようってミーアと話して買ったプレゼントだ。二人で毎日働いて、少しずつ貯めたお金で買ったんだ」
広げてみると大きな紺の外套であることがわかった。
「へへっ、どう?   フォールっていっつもボロボロの服を着てるから買ってみたんだ」
俺は膝まで丈のある外套をその身にまとってみる。
安物かと思ったが、かなり上質な素材が使われておりそれなりに使い勝手の良さそうなものだった。
「これはいいな。確かに前々から服は欲しいと思っていたんだ」
「それを選んだのはミーアだよ。俺は赤がいいって言ったんだけど、フォールはどう思う?」
普段と変わりないマキナは返って不自然で、気丈に振る舞っていることがすぐにわかった。
「それは、ミーアに感謝しないとな」
「それって俺の選んだ赤が嫌ってことじゃん」
マキナの拗ねた言い方に思わず笑みがこぼれる。
それを見ていたマキナも笑い出すが、少しすると次第に表情が暗くなりミーアの墓を見る。
「ミーアは‥‥死んだんだね」
「あぁ」
マキナもまた、ミーアの死を受け入れようとしていた。
「フォール、俺がミーアを殺したんだ。この手で、ミーアの心臓を刺した」
「あぁ」
おそらく強要されたことだろう。
例えそうだとしてもマキナの中から罪の意識が消えることはない。
それこそ、一生。
「俺、フォールの言われた通りに戦ったよ。でも、全然歯が立たなかった‥‥」
相手は対人戦のプロ二人。
対してマキナは刀を握って間もない素人だ。
とてもじゃないがマキナに勝ち目はない。
マキナはその場でしゃがみこむと、墓石に寄りかかりながら涙を流す。
「俺やミーアが何をしたってんだよ‥‥」
マキナが泣き言を言いたくなる気持ちもわかる。
二人は偶然、襲われた。
つまりミーアが死んだのは運が悪かったからとも言える。
だが‥‥
俺は近くに置いてあったマキナの刀を手に取った。
「マキナ」
マキナが俺の声で振り向いた瞬間に刀を投げ渡すと、マキナは戸惑いながらも自分の刀を両手でキャッチする。
「最後に師匠として大事なことを教えてやるよ。構えろ。気を抜いたら‥‥死ぬぞ」
「えっ‥‥?」
俺は居合いの要領で切りつけるとマキナは鞘に納まったままの刀で受ける。
今の一撃でマキナは命がかかっていることに気がついただろう。
俺が一歩引くと真剣な顔つきで抜刀する。
「そうだ。少しも気を抜くな。常に注意を張り巡らせ」
マキナの刀の先にクインテットを当てて刀を弾くと、大振りな切り払いを放つ。
即座に反応したマキナはすんでのところ防ぐ。
俺は一瞬だけ下がって間合いを取ると、大きく一歩を踏み込んで体重の乗った力強い振り下ろしをする。
刀と刀が交わり、甲高い音が響く。
俺の片手で握るクインテットをマキナは両手に持った刀で必死に持ち堪えている。
「いいか、この世界は不条理だ。奪われるのに理由なんかない。何も失いたくないのなら、強くなるしかないんだ」
どれだけ愛があろうと、力がなければ何一つ守れない。
俺は鍔迫り合いになったままマキナの腹に向かって蹴りを放つ。
だがマキナはそれを避けずに堪えると競り合っていた刀を押し返す。
「だったら‥‥弱い者はどうすればいいんだ!!」
マキナの全力の切りつけの軌道を反らせて受け流すが、マキナは負けじと追撃を仕掛けてくる。
俺はマキナの刀をクインテットで受けると殺気を込めて睨みつけた。
「弱さは罪だ。弱さに嘆く暇があるなら強くなるための悲鳴でもあげてろ」
俺の殺気に押されたマキナがバックステップで距離をとるが俺はその間を一瞬で詰める。
「対人戦の時は‥‥」
俺は威力の篭った一撃でマキナの持っていた刀を弾く。
「あっ‥‥」
咄嗟の衝撃でマキナの手から離れた刀は宙を舞い柔らかい土に突き刺さる。
「常に殺意を持て」
武器の無くなったマキナは硬直するが、俺は構わずにクインテットを振り被る。
「動きを止めるな!!」
実際の戦いでは武器が無くなったら終わりなんてことはない。
どちらかが戦闘不能になるまでが戦いだ。
俺の言葉で緊張感の戻ったマキナはバックステップで俺の斬撃を躱す。
「痛ぁ‥‥」
避けきれなかったマキナは胸に一の字に傷ができる。
だが、必死に痛みを堪えながらも拳を構え、俺との距離を測っていた。
その目だ‥‥
その目こそが、この理不尽な世界を生きていくために必要なもの。
「あ、フォール!!」
背後からマキナとは違う高めの声で名前を呼ばれる。
顔だけ向けるとルナがこちらに向かって走ってきていた。
「ルナ?   お前‥‥大丈夫なのか?」
俺は構えを解くとルナの方へ体を向ける。
「うん、お父様のお陰で病気はほとんど収まってる‥‥って、フォールは何してるの?」
俺は手に持っていたクインテットを見て、どう説明しようかと頭を悩ませていると次の瞬間、背後から気配を感じる。
クインテットで背中を庇うように構え、マキナの刀を受ける。
「くっそぉ‥‥今のはいけたと思ったのに!!」
「あぁ、惜しかったよ」
俺が押し返すとマキナは逃げるようにして距離をとる。
「えっ‥‥と?」
ルナは困った顔をして俺とマキナを見ている。
「まぁ、修行の一環だ。気にするな」
俺はマキナに何度も斬撃を浴びせながら答える。
マキナは必死に防いでいるため、口を挟む暇もなさそうだ。
「それで?   何の用だ?」
「あ、うん。少し話があるんだけど‥‥」
ルナが語尾を濁らせる。
さすがに今の状態で会話するのは失礼か。
「魔刀術・壱の型」
クインテットの刀身が色付いたことにマキナが警戒する。
おそらくこれを防ぐことはできないだろう。
「雷閃」
マキナは俺の斬撃こそ受けきるが案の定、体に流れる電撃までは防げずそのまま意識を失う。
俺はクインテットを鞘に納めると何事もなかったかのようにルナの方を向いた。
「どんな話だ?」
ルナは倒れているマキナの方をチラチラと見つつも俺の方に視線を向ける。
そして、覚悟でも決めているのか一度だけ深呼吸をした。
その表情はあの時のような真剣なものだった。
「フォール、ありがとう」
そう言ってルナは照れ臭そうに笑みを浮かべる。
「色々と考えたんだけど、やっぱり単純が一番かなって」
「だけど、俺はゼスタリアスを一度殺した。そんな俺に感謝をするのか?」
俺はわざわざルナの目の前でゼスタリアスを殺した。
その事実が消えることはない。
「でも結局は生き返らせてくれたじゃん。その後も私とお父様のために必死に戦ってくれたから、怒ることなんか、一つもないよ」
晴れやかな顔でルナは笑う。
「ねえ、ミーアって娘の墓はどれ?   私もその娘のために祈りたいんだけど」
「ミーアにか?」
「うん。私のために殺された人がたくさんいることはわかったから、その人達のためにも何かしたいんだ。まずはその人達に謝ろうと思うんだよね」
「そうか‥‥」
どうやらラノンの望んだ通りの結末になりそうだな。
俺がミーアの墓を指差すとルナは墓の前まで行ってしゃがみこむ。
俺がルナの祈っている様子を見ていると、墓地の中に再び誰かが入ってくる。
よく見るとそれはギルドで何度か話したハンターで、全身汗だくで息を切らしながら立っていた。
「フォール!!   魔人だ、魔人が来たんだ!!   それも一体や二体じゃない、八体だ!!   今アーツさんや他のハンター達が向かっているがこのままじゃ勝ち目なんかない!!   頼む、手を貸してくれ‥‥」
魔人が‥‥八体?
雷属性だけじゃ確実に対応しきれない‥‥
「俺はすぐにアーツさん達と合流する。場所は街の北門だ。それじゃあ」
そのまま墓地の入り口から出て行くと走り去っていく。
途方に暮れていたルナに目を向ける。
「ルナ、マキナを連れてできるだけ安全な場所に逃げてくれ。できれば宿屋にいるマキナの兄弟達も頼む」
魔人が八体もいれば街の一つくらい無くなってもおかしくない。
逃げるなら、街の外か。
「フォールはどうするの?」
「‥‥‥」
俺の口からは言葉が出なかった。
俺は無言のまま不安そうな顔をしたルナを置いて墓地を後にした。
「ここが‥‥ミーアの?」
名前が刻まれた石碑の前でマキナは俺に訊いてくる。
「あぁ、そうだ。俺が作ったから間違いない」
「そっか‥‥」
マキナは他の兄弟と違い涙を流すことはなく、ただ黙って拳を震わせていた。
「フォール、渡したい物があるんだ」
マキナは手に持っていた大きな包みを俺に差し出してくる。
宿を出た時から持っていたがミーアへの供物かと思っていた。
俺はマキナから暗い紺色の包みを受け取ると一つのことに気づく。
これは、包みじゃない。
‥‥布?
綺麗に畳まれた紺色の布。
「それはフォールにお返ししようってミーアと話して買ったプレゼントだ。二人で毎日働いて、少しずつ貯めたお金で買ったんだ」
広げてみると大きな紺の外套であることがわかった。
「へへっ、どう?   フォールっていっつもボロボロの服を着てるから買ってみたんだ」
俺は膝まで丈のある外套をその身にまとってみる。
安物かと思ったが、かなり上質な素材が使われておりそれなりに使い勝手の良さそうなものだった。
「これはいいな。確かに前々から服は欲しいと思っていたんだ」
「それを選んだのはミーアだよ。俺は赤がいいって言ったんだけど、フォールはどう思う?」
普段と変わりないマキナは返って不自然で、気丈に振る舞っていることがすぐにわかった。
「それは、ミーアに感謝しないとな」
「それって俺の選んだ赤が嫌ってことじゃん」
マキナの拗ねた言い方に思わず笑みがこぼれる。
それを見ていたマキナも笑い出すが、少しすると次第に表情が暗くなりミーアの墓を見る。
「ミーアは‥‥死んだんだね」
「あぁ」
マキナもまた、ミーアの死を受け入れようとしていた。
「フォール、俺がミーアを殺したんだ。この手で、ミーアの心臓を刺した」
「あぁ」
おそらく強要されたことだろう。
例えそうだとしてもマキナの中から罪の意識が消えることはない。
それこそ、一生。
「俺、フォールの言われた通りに戦ったよ。でも、全然歯が立たなかった‥‥」
相手は対人戦のプロ二人。
対してマキナは刀を握って間もない素人だ。
とてもじゃないがマキナに勝ち目はない。
マキナはその場でしゃがみこむと、墓石に寄りかかりながら涙を流す。
「俺やミーアが何をしたってんだよ‥‥」
マキナが泣き言を言いたくなる気持ちもわかる。
二人は偶然、襲われた。
つまりミーアが死んだのは運が悪かったからとも言える。
だが‥‥
俺は近くに置いてあったマキナの刀を手に取った。
「マキナ」
マキナが俺の声で振り向いた瞬間に刀を投げ渡すと、マキナは戸惑いながらも自分の刀を両手でキャッチする。
「最後に師匠として大事なことを教えてやるよ。構えろ。気を抜いたら‥‥死ぬぞ」
「えっ‥‥?」
俺は居合いの要領で切りつけるとマキナは鞘に納まったままの刀で受ける。
今の一撃でマキナは命がかかっていることに気がついただろう。
俺が一歩引くと真剣な顔つきで抜刀する。
「そうだ。少しも気を抜くな。常に注意を張り巡らせ」
マキナの刀の先にクインテットを当てて刀を弾くと、大振りな切り払いを放つ。
即座に反応したマキナはすんでのところ防ぐ。
俺は一瞬だけ下がって間合いを取ると、大きく一歩を踏み込んで体重の乗った力強い振り下ろしをする。
刀と刀が交わり、甲高い音が響く。
俺の片手で握るクインテットをマキナは両手に持った刀で必死に持ち堪えている。
「いいか、この世界は不条理だ。奪われるのに理由なんかない。何も失いたくないのなら、強くなるしかないんだ」
どれだけ愛があろうと、力がなければ何一つ守れない。
俺は鍔迫り合いになったままマキナの腹に向かって蹴りを放つ。
だがマキナはそれを避けずに堪えると競り合っていた刀を押し返す。
「だったら‥‥弱い者はどうすればいいんだ!!」
マキナの全力の切りつけの軌道を反らせて受け流すが、マキナは負けじと追撃を仕掛けてくる。
俺はマキナの刀をクインテットで受けると殺気を込めて睨みつけた。
「弱さは罪だ。弱さに嘆く暇があるなら強くなるための悲鳴でもあげてろ」
俺の殺気に押されたマキナがバックステップで距離をとるが俺はその間を一瞬で詰める。
「対人戦の時は‥‥」
俺は威力の篭った一撃でマキナの持っていた刀を弾く。
「あっ‥‥」
咄嗟の衝撃でマキナの手から離れた刀は宙を舞い柔らかい土に突き刺さる。
「常に殺意を持て」
武器の無くなったマキナは硬直するが、俺は構わずにクインテットを振り被る。
「動きを止めるな!!」
実際の戦いでは武器が無くなったら終わりなんてことはない。
どちらかが戦闘不能になるまでが戦いだ。
俺の言葉で緊張感の戻ったマキナはバックステップで俺の斬撃を躱す。
「痛ぁ‥‥」
避けきれなかったマキナは胸に一の字に傷ができる。
だが、必死に痛みを堪えながらも拳を構え、俺との距離を測っていた。
その目だ‥‥
その目こそが、この理不尽な世界を生きていくために必要なもの。
「あ、フォール!!」
背後からマキナとは違う高めの声で名前を呼ばれる。
顔だけ向けるとルナがこちらに向かって走ってきていた。
「ルナ?   お前‥‥大丈夫なのか?」
俺は構えを解くとルナの方へ体を向ける。
「うん、お父様のお陰で病気はほとんど収まってる‥‥って、フォールは何してるの?」
俺は手に持っていたクインテットを見て、どう説明しようかと頭を悩ませていると次の瞬間、背後から気配を感じる。
クインテットで背中を庇うように構え、マキナの刀を受ける。
「くっそぉ‥‥今のはいけたと思ったのに!!」
「あぁ、惜しかったよ」
俺が押し返すとマキナは逃げるようにして距離をとる。
「えっ‥‥と?」
ルナは困った顔をして俺とマキナを見ている。
「まぁ、修行の一環だ。気にするな」
俺はマキナに何度も斬撃を浴びせながら答える。
マキナは必死に防いでいるため、口を挟む暇もなさそうだ。
「それで?   何の用だ?」
「あ、うん。少し話があるんだけど‥‥」
ルナが語尾を濁らせる。
さすがに今の状態で会話するのは失礼か。
「魔刀術・壱の型」
クインテットの刀身が色付いたことにマキナが警戒する。
おそらくこれを防ぐことはできないだろう。
「雷閃」
マキナは俺の斬撃こそ受けきるが案の定、体に流れる電撃までは防げずそのまま意識を失う。
俺はクインテットを鞘に納めると何事もなかったかのようにルナの方を向いた。
「どんな話だ?」
ルナは倒れているマキナの方をチラチラと見つつも俺の方に視線を向ける。
そして、覚悟でも決めているのか一度だけ深呼吸をした。
その表情はあの時のような真剣なものだった。
「フォール、ありがとう」
そう言ってルナは照れ臭そうに笑みを浮かべる。
「色々と考えたんだけど、やっぱり単純が一番かなって」
「だけど、俺はゼスタリアスを一度殺した。そんな俺に感謝をするのか?」
俺はわざわざルナの目の前でゼスタリアスを殺した。
その事実が消えることはない。
「でも結局は生き返らせてくれたじゃん。その後も私とお父様のために必死に戦ってくれたから、怒ることなんか、一つもないよ」
晴れやかな顔でルナは笑う。
「ねえ、ミーアって娘の墓はどれ?   私もその娘のために祈りたいんだけど」
「ミーアにか?」
「うん。私のために殺された人がたくさんいることはわかったから、その人達のためにも何かしたいんだ。まずはその人達に謝ろうと思うんだよね」
「そうか‥‥」
どうやらラノンの望んだ通りの結末になりそうだな。
俺がミーアの墓を指差すとルナは墓の前まで行ってしゃがみこむ。
俺がルナの祈っている様子を見ていると、墓地の中に再び誰かが入ってくる。
よく見るとそれはギルドで何度か話したハンターで、全身汗だくで息を切らしながら立っていた。
「フォール!!   魔人だ、魔人が来たんだ!!   それも一体や二体じゃない、八体だ!!   今アーツさんや他のハンター達が向かっているがこのままじゃ勝ち目なんかない!!   頼む、手を貸してくれ‥‥」
魔人が‥‥八体?
雷属性だけじゃ確実に対応しきれない‥‥
「俺はすぐにアーツさん達と合流する。場所は街の北門だ。それじゃあ」
そのまま墓地の入り口から出て行くと走り去っていく。
途方に暮れていたルナに目を向ける。
「ルナ、マキナを連れてできるだけ安全な場所に逃げてくれ。できれば宿屋にいるマキナの兄弟達も頼む」
魔人が八体もいれば街の一つくらい無くなってもおかしくない。
逃げるなら、街の外か。
「フォールはどうするの?」
「‥‥‥」
俺の口からは言葉が出なかった。
俺は無言のまま不安そうな顔をしたルナを置いて墓地を後にした。
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