五導の賢者
想いと義務
死んだゼスタリアスと眠っているルナに寄り添い続けた俺は駆けつけたラノン達に出くわした。
殺人鬼であるゼスタリアスを手助けした俺だったが、ラノンの判断によって見逃され、今は一人屋敷を後にしている。
相変わらず、甘いよな。
マキナはゼスタリアスの話通り、屋敷の一室で眠っていたようでラノン達によって保護されたらしい。
あいつらになら安心して任せられる。
俺は激しい連戦でボロボロになった体に鞭打って足を進める。
ラノンが俺の怪我を治してくれると言ったのだが、ついさっきまで戦っていた相手に治癒される気にもならなかった。
いや‥‥違うな。
そんなのはただの建前。
本当はこの痛みを忘れたくないだけなのかもしれない。
「痛っ‥‥」
ゆっくりと歩いていた俺だったが、それですら負荷だったようで脚が根を上げていた。
俺はよろめき倒れそうになるがどうにか踏み止まる。
「早く、ミーアの所まで行かなきゃ‥‥」
たったそれだけの想いが、俺の足を動かし続けた。
リアから聞いた話の通りミーアの遺体は騎士団詰め所にあった。
なんでも、ラノンが気を利かせて運ぶように手配してくれたらしい。
今度、礼をしなきゃな。
俺は若い騎士に先導されながら、ミーアの遺体がある霊安室へと連れられる。
霊安室は開けた広い空間で多くの遺体を置くことができそうな場所。
そんな霊安室の奥で安らかに眠っていたミーアの姿を見つける。
「それでは自分はここで失礼します。何かあればいつでも呼び出してください」
若い騎士は一礼すると来た道を戻っていく。
俺はすぐにミーアの下まで行くと、その周りにいたムレイド達を見る。
三人とも泣きつかれたようで、覇気のない暗い表情でミーアの周りを囲んでいた。
ミーアは血で染まったワンピースを着たままの美しい姿で横たわっている。
「フォール‥‥」
目を真っ赤に腫らしたムレイドがようやく俺に気づく。
年下二人は今も泣き続けており、ミーアの足元にしがみついてる。
「マキナは無事だ。これをやった奴ももう‥‥」
一応だが‥‥ミーアの仇はとった。
「そうなんだ‥‥それは、嬉しいな」
ムレイドの目から枯れたはずの涙が再び流れる。
「あれ‥‥?   まだ、涙が残ってたんだ。なんで‥‥なんで、こんなに辛いんだろう」
ムレイドは自分の顔を覆って泣き顔を隠す。
こんな時はミーアがいればよかったんだろうけど。
その、ミーアがいないんだよな。
ミーアの死に、より現実味が増す。
別に今まで夢だと思っていたわけじゃない。
ただ、心のどこかでその事実から逃げている自分がいた。
でも、今、ムレイド達がいる今この瞬間、ミーアの死を受け入れることができた気がする。
「ムレイド、メイ、モドア‥‥ミーアを、弔おう」
メイとモドアは俺の顔も見ずに泣き続けたが、ムレイドだけは泣いたまま小さくうなづいた。
俺はミーアの首元と膝の下に手を入れると優しく持ち上げる。
軽い。
軽すぎる少女の体は疲労しきった俺の力でも難なく持ち上げることができた。
「‥‥行こうか」
俺は騎士団詰め所の裏にある墓地へと歩き始める。
俺は後ろを振り返ることは一切しなかったが、終始泣き声が聞こえ続けた。
夜が更けていた墓地はすでに真っ暗でロウソクの炎以外には一切明かりがなかった。
俺たちは墓地を管理している騎士に入り口を開けてもらい中へと入る。
死体を基本的に土葬するこの世界では死霊系として蘇ることがあるため、基本的には騎士団にお金を払って管理されている墓地に埋葬するのが通例。
「あちらの穴を使ってください」
担当の騎士はそう言って一つの墓穴を指差す。
「わかった」
「それでは失礼します。もし、アンデッドが出たらすぐ呼んでください」
騎士はそのまま入り口へ向かうとこの墓地を後にする。
俺はミーアを抱えたまま墓穴の前まで行く。
穴の深さは一メートルほどで、縦横は人一人が入るギリギリの大きさだった。
俺はその中に自ら入ると土の上にミーアの遺体を優しく置く。
「ミーア‥‥もしあの世があるのなら、そこで会おうな」
俺は最後にミーアの頭を軽く撫でると墓穴から出る。
ムレイド達三人は墓穴を覗きながらも泣き続けていた。
「お姉ちゃん‥‥大好きだったよ。僕、立派な大商人になるから‥‥見ててね」
ムレイドは姉へ夢への決意を。
「ばい、ばい‥‥お姉ちゃん」
メイは精一杯のお別れを。
「‥‥っ」
モドアは無言の悲しみを。
「それじゃあ‥‥埋めるぞ」
いつまでも感傷に浸り続けているのはよくない。
するとモドアが一本の白い花を墓穴の中へと入れる。
どこで手に入れたのかはわからないが、ミーアによく似合う綺麗な花だった。
そうして、俺たちはミーアの遺体を少しづつ、少しづつ、土の中へと埋めていった。
ムレイド達三人を寝るのを見届けた俺は、一人宿の屋根の上へと登る。
この宿の屋根は赤茶色の瓦を使った三角屋根だが、よっぽど気を抜かない限り落ちないほど傾斜は緩やかだった。
「やっぱり‥‥ここに来ましたね」
俺が腰をかけようとした時、後ろから声をかけられる。
「ラノン‥‥」
俺は反射でクインテットを握りしめていたことに気がつき、自己嫌悪に陥る。
「前も、アーバンにいた時も、同じように一人で屋根の上にいましたよね。なのでもしかしたらと思って来てみました」
「それで?   何の用だ」
俺はクインテットを引き抜くと血で汚れたその刀身を見つめる。
殺しこそしなかったものの多くの人を切ったその刃は血塗れだった。
「フォールさんと少しだけお話がしたくて。隣、いいですか?」
「‥‥あぁ」
俺は肩がぶつかるギリギリに座るラノンの姿を横目で見る。
その顔を見ているだけで気持ちが落ち着く。
俺がクインテットの手入れを始めるとラノンは黙ってそれを見ているだけで、しばらくの間沈黙が続いた。
「フォールさん‥‥怒ってますか?」
俺がクインテットの手入れを終え、鞘へと納めた際にラノンが訊いてくる。
「怒る?   何についてだ?」
俺がラノンに対して怒る要素など一つも思い当たらない。
「その‥‥屋敷でアドネスが、フォールさんに危害を加えたことです」
「あれはアドネスが勝手にやったことだろ?   ラノンに対して怒る理由がない。それに俺は俺の信じるもののために、アドネスはアドネスの信じる正義のために戦っただけだ」
結果的に俺が勝った。
ただ、それだけのこと。
「ルナさんは今も問題なく眠っていると言っていました」
「そうか。それはよかった」
俺は胸を撫で下ろす。
これでゼスタリアスも、少しは報われるだろう。
「フォールさん‥‥フォールさんの信じるものはなんなのですか?   大切な人を殺されても庇い続ける。そんなこと、普通はできません」
信じるもの、か。
「ラノンはどう思った?   ルナがもうすぐ死ぬこと。そして、それを生かすことができることを聞いて」
俺はルナを救うことを選び、アドネスは法を選んだ。
ラノンの決断は結局聞かず終いだったから、今訊こうと思った。
「私はフォールさんもアドネスも、どちらも違うと思います」
「違う?」
俺がラノンの顔を見ると同じくラノンも俺の顔を見てきた。
「ゼスタリアスさんは確かに間違いを犯しました。だからこそ、大切なのは償うことだと思うんです」
「例えゼスタリアスさんを処刑しても殺された人は報われません。例えルナさんがこれから何もせず、ただ生きたとしても報われるのはゼスタリアスさんだけです」
ラノンは両目をそっと閉じる。
「だから、私はルナさんがゼスタリアスさんからもらった分だけ、街の人々を救うことが大事だと思うんです」
強い力の宿った青い瞳が俺に向けられる。
俺はこの言葉が少しだけ、自分に向けられているような気がした。
「もちろんフォールさんの考えも正しいと思います。ルナさんに罪はない。だから、私はルナさんに自分の意思で街を救って欲しいんです」
ラノンの言葉は俺の選んだ道を肯定してくれている。
そう感じるものだった。
「なぁ‥‥ラノン。強い力を持った人は、必ずしも誰かのために戦わなきゃならないのか?」
だから、つい訊いてしまった。
義務を投げ出した賢者を肯定してくれているような気がして。
ラノンは俺と交わった視線を外すと暗い夜空を見ながら考える。
「そんなことはないと思いますよ。ただ、自分の心を偽ってはいけません。守りたいと思う気持ちがあるのなら迷わず戦ってください、フォールさん。決めるのは自分ですよ」
決めるのは、俺‥‥か。
俺もラノンと同じように夜空に目を向ける。
「フォールさん。怪我の治療、してもいいですか?」
そうか。
ラノンは俺に治癒魔法をかけるためにここまで来たのか。
そういう、性格だもんな。
「あぁ。悪いな」
「はい。それではすぐに治します」
俺はラノンの治療を受けている間、星一つない真っ暗な夜空の中でただひたすら星を探し続けた。
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