五導の賢者
VSアドネス
屋敷を走ること五分。
俺たちはゼスタリアスの私室であろう部屋に到着する。
そこには様々な本が並んでおり、ルナの病気について必死に調べていたことが容易に想像できた。
「少し待っていてくれ」
ゼスタリアスは本棚にあった本の中から一冊を選ぶとその表紙の裏から一つの鍵を取り出す。
その鍵を使い南京錠の掛けられていた箱を開けるとそこからはさらにまた別の鍵が出てくる。
なるほど、これは長くなりそうだ。
俺は壁に体を預けながらその場に座り込む。
すると、ルナも同じように俺の隣に座ってきた。
「ねえ‥‥これから何をする気なの?」
そうか、ルナにはまだ説明してないのか。
本当ならゼスタリアスの口から言うのがいいんだろうけど‥‥今は、時間がない。
「ルナはもうすぐ死ぬ。だから、今からある魔武器を使ってゼスタリアスの魂をお前に与えるらしい」
ルナの目が見開かれる。
「でも、そんなことしたらお父様が‥‥」
「そうだ。ゼスタリアスは死ぬ」
「そんなっ‥‥」
ルナは膝を抱えてうずくまり顔を隠す。
だが、押し殺そうとしている泣き声がその中でのルナの表情を想像させる。
「どうして‥‥お父様が死ぬ必要なんかない。死ぬべきはわた──」
「黙れ。それ以上は、口にするな」
俺は怒気を込めてルナの言葉に被せる。
そこから先は決して言ってはならない。
言ってしまえば、誰も救われなくなる。
ルナもゼスタリアスも、そして殺された人達でさえも。
「でも!!」
ルナは顔を上げると何か言いたげた表情で俺を見つめてくる。
「ゼスタリアスは全てを捨ててお前を生かすことを決めたんだ。今さら何も言うな」
ルナは俯くと言おうとしていたことを全て押し殺して黙り込む。
辛い道だろう。
だが、逃げさせるつもりはない。
俺はこの部屋に近づいてくる一つの気配に気づく。
それは確実にこの部屋に向かって来ている。
俺は重い腰を上げて立ち上がると部屋の扉に手をかけた。
「ルナ、頑張れよ」
俺は扉を開けて気配が近づく通路へと出る。
さすが貴族の屋敷というべきか横幅の十分ある通路で、長く続いてる道には他の部屋へと繋がっているいくつもの扉があった。
通路の曲がり角からは確実に気配が近づいてきている。
飛蓮を多用しすぎたせいで脚に少しガタがきているな。
通路を照らしているロウソクの炎が一人の影を映し出す。
「フォール。どうしても邪魔をするようですね」
角から現れたアドネスは剣に加えて、先ほどはなかった緋色の大型の盾を持っている。
俺が倒した護衛の一人が持っていたヒヒイロカネの盾だろう。
「それが俺の選んだ道だ」
少しずつ歩いてくるアドネスに対して俺はクインテットを握り待ち構える。
「フォールは甘すぎる。いや、違いますね。誰かを救うことで過去を許してもらおうとしている。でも、そんなことをしても何も変わりませんよ」
アドネスは俺の心の隙間を確実に突いてくる。
「確かに何も変わらないかもな。でも、今さら止められるわけもないだろ、縛雷」
アドネスが俺の放った雷を盾で軽く受けるが、俺はただ真っ直ぐと突き進む。
「それは言い訳ですね。ただ過去を引きずって、哀れですよ」
「っく!!」
飛蓮・旋
俺は高速でアドネスの背後に回り込むとクインテットを振り下ろす。
だがアドネスは飛蓮の速度にも対応できており、俺のクインテットを剣で受け止めた。
「今、お前がやろうとしていることは誰も幸せにならない」
「そうかもしれませんね。ですが、法をなくして国の平和はありえません。今、ここで私が彼らを見逃すことは即ち罪を許すことになるのです!!」
俺とアドネスは互いに後退して呼吸を整える。
やはり、アドネスはここの護衛とは桁違いの強さ。
「それがどうした?   目の前の人すら救えないで何が国の平和だ!!   魔刀術・壱の型、雷閃」
アドネスは俺の横薙ぎを剣で難なく受ける。
アドネスの剣、ヒヒイロカネか。
「個のために全を犠牲にすることなどありえません。目先のことにばかり囚われていては何も救えませんよ。ミーアとかいう子供のようにね!!」
アドネスは盾を俺の体にぶつけてくる。
俺はよろめきながらも立ち直るとアドネスに向かって走り出す。
「もういい‥‥勝ったほうが正義、それでいいだろ」
俺が左手を向けるとアドネスは盾を構えてその身を覆い隠す。
「結局は力‥‥極論ですね。まぁ、僕もそういうの嫌いじゃないですよ」
俺は勢いよく踏み込むとアドネスの盾の上端に飛び蹴りを入れる。
そして予想外の力の加わりに斜めった盾の上で俺は飛び跳ねた。
「な‥‥」
アドネスの真上を通り抜けた俺はその背中に掌を向ける。
「撃雷衝っ!!」
「がっ‥‥」
完全に虚を突かれたアドネスに防ぐ術はなく、そのまま崩れ落ちる。
俺は床に着地するとすぐに倒れているアドネスにクインテットを向けるが起き上がる様子はない。
「俺の、勝ちだ。正しかったのは‥‥俺ってことだ」
俺は気絶したアドネスを背にルナとゼスタリアスがいる部屋へと戻る。
部屋に戻ると部屋の真ん中で真っ黒な短刀を持ったルナがゼスタリアスの前に立っていた。
「フォールくん、追っ手は?」
俺に問いかけるゼスタリアスの目には覚悟が決まっており、不思議と穏やかなものだった。
「倒した」
「‥‥そうか。なら、ゆっくりできそうだ」
ルナの殺絆刃を握る手は小刻めに震えている。
「お父様‥‥」
ルナは今にも泣き出しそうな顔でゼスタリアスを見つめる。
ゼスタリアスは優しくルナの頭を撫でると、ルナの手に自分の手を添えた。
「いいか、ルナ。これから色々あると思うが常に強くあり続けろ。そして、人生を‥‥精一杯楽しむんだ」
耐えきれなくなったルナは涙をボロボロと零す。
ゼスタリアスは次に俺の方を見る。
「君にはすまないことをした。娘の護衛になって欲しかったが、それはもう諦めよう。君は君の道を歩いてくれ」
ゼスタリアスはルナの殺絆刃を持つ手を優しく両手で握る。
「ルナ。さぁ‥‥やるんだ」
「‥‥無理だよ。お父様を、殺すなんて‥‥」
ルナは顔をくしゃくしゃにしながら首を横に振る。
「‥‥そうか。なら、私の手で終わらせよう」
ゼスタリアスがルナの手に自分の手を重ねたまま、ゆっくりと殺絆刃を自分の胸元へと運ぶ。
あの魔武器、使用者が触れてさえいれば問題ないのか。
そうなると例え本人には殺す気がなくとも、魂を奪うことができる。
「えっ‥‥?」
「私は十分生きた。このことは、決して気に病まないでくれ」
殺絆刃の先がゼスタリアスの皮膚に刺さり始め、血が僅かに垂れ流れる。
「止めてっ!!」
ルナはゼスタリアスの手を振り払うと殺絆刃を体に引き寄せる。
「ルナ、これはやらなければならないんだ。わかってくれ‥‥」
ゼスタリアスは是が非でもルナを生かしたいようだ。
「わからないよ!!   でも‥‥でも、誰かに殺されるくらいなら、私が‥‥殺る」
覚悟を決めたルナの手は狙いが定まらないほどに震えている。
ゼスタリアスは満足そうな顔でルナに刺されるのを待つ。
あれじゃあ、心臓なんか狙えないな‥‥
俺は震えるルナの手の上に手を重ね合わせてその震えを抑える。
「フォール‥‥」
真っ赤に充血した目が俺に向く。
「殺れ」
「うっうっ‥‥‥うわぁぁぁあ!!」
ザクッ
殺絆刃がゼスタリアスの心臓を貫く。
ゼスタリアスは苦痛で顔を歪めるが、すぐに満足そうに笑みを浮かべる。
力なく崩れ落ちるゼスタリアスと共にルナも意識を失った。
「っと‥‥」
俺は慌てて倒れそうなルナを優しく抱きかかえるようにして支える。
その表情は先ほどまでの硬い表情ではなく、力の抜けた柔らかいものだった。
俺がルナをゼスタリアスの横に寝かせようとすると、隣から透明な何かがルナへと入っていく。
それはゼスタリアスの傷口から出ており、魂と呼ばれる魔力だとわかる。
信じられないほどの密度の魔力。
それが数分もの間流れ続けるとある瞬間、ピタッと放出される魔力が止まった。
「‥‥成功、か」
魂の抜けたゼスタリアスの顔は相変わらず幸せそうなもので、まるで眠っているようだった。
ゼスタリアスの魂を得たルナにもこれといった異常は見られない。
おそらくこれは成功といっていいものだろう。
緊張の糸が切れた俺はため息を吐く。
「本当に‥‥後味の悪いハッピーエンドだ」
俺はその場でラノン達が駆けつけるまでの間、そっと二人に寄り添っていた。
俺たちはゼスタリアスの私室であろう部屋に到着する。
そこには様々な本が並んでおり、ルナの病気について必死に調べていたことが容易に想像できた。
「少し待っていてくれ」
ゼスタリアスは本棚にあった本の中から一冊を選ぶとその表紙の裏から一つの鍵を取り出す。
その鍵を使い南京錠の掛けられていた箱を開けるとそこからはさらにまた別の鍵が出てくる。
なるほど、これは長くなりそうだ。
俺は壁に体を預けながらその場に座り込む。
すると、ルナも同じように俺の隣に座ってきた。
「ねえ‥‥これから何をする気なの?」
そうか、ルナにはまだ説明してないのか。
本当ならゼスタリアスの口から言うのがいいんだろうけど‥‥今は、時間がない。
「ルナはもうすぐ死ぬ。だから、今からある魔武器を使ってゼスタリアスの魂をお前に与えるらしい」
ルナの目が見開かれる。
「でも、そんなことしたらお父様が‥‥」
「そうだ。ゼスタリアスは死ぬ」
「そんなっ‥‥」
ルナは膝を抱えてうずくまり顔を隠す。
だが、押し殺そうとしている泣き声がその中でのルナの表情を想像させる。
「どうして‥‥お父様が死ぬ必要なんかない。死ぬべきはわた──」
「黙れ。それ以上は、口にするな」
俺は怒気を込めてルナの言葉に被せる。
そこから先は決して言ってはならない。
言ってしまえば、誰も救われなくなる。
ルナもゼスタリアスも、そして殺された人達でさえも。
「でも!!」
ルナは顔を上げると何か言いたげた表情で俺を見つめてくる。
「ゼスタリアスは全てを捨ててお前を生かすことを決めたんだ。今さら何も言うな」
ルナは俯くと言おうとしていたことを全て押し殺して黙り込む。
辛い道だろう。
だが、逃げさせるつもりはない。
俺はこの部屋に近づいてくる一つの気配に気づく。
それは確実にこの部屋に向かって来ている。
俺は重い腰を上げて立ち上がると部屋の扉に手をかけた。
「ルナ、頑張れよ」
俺は扉を開けて気配が近づく通路へと出る。
さすが貴族の屋敷というべきか横幅の十分ある通路で、長く続いてる道には他の部屋へと繋がっているいくつもの扉があった。
通路の曲がり角からは確実に気配が近づいてきている。
飛蓮を多用しすぎたせいで脚に少しガタがきているな。
通路を照らしているロウソクの炎が一人の影を映し出す。
「フォール。どうしても邪魔をするようですね」
角から現れたアドネスは剣に加えて、先ほどはなかった緋色の大型の盾を持っている。
俺が倒した護衛の一人が持っていたヒヒイロカネの盾だろう。
「それが俺の選んだ道だ」
少しずつ歩いてくるアドネスに対して俺はクインテットを握り待ち構える。
「フォールは甘すぎる。いや、違いますね。誰かを救うことで過去を許してもらおうとしている。でも、そんなことをしても何も変わりませんよ」
アドネスは俺の心の隙間を確実に突いてくる。
「確かに何も変わらないかもな。でも、今さら止められるわけもないだろ、縛雷」
アドネスが俺の放った雷を盾で軽く受けるが、俺はただ真っ直ぐと突き進む。
「それは言い訳ですね。ただ過去を引きずって、哀れですよ」
「っく!!」
飛蓮・旋
俺は高速でアドネスの背後に回り込むとクインテットを振り下ろす。
だがアドネスは飛蓮の速度にも対応できており、俺のクインテットを剣で受け止めた。
「今、お前がやろうとしていることは誰も幸せにならない」
「そうかもしれませんね。ですが、法をなくして国の平和はありえません。今、ここで私が彼らを見逃すことは即ち罪を許すことになるのです!!」
俺とアドネスは互いに後退して呼吸を整える。
やはり、アドネスはここの護衛とは桁違いの強さ。
「それがどうした?   目の前の人すら救えないで何が国の平和だ!!   魔刀術・壱の型、雷閃」
アドネスは俺の横薙ぎを剣で難なく受ける。
アドネスの剣、ヒヒイロカネか。
「個のために全を犠牲にすることなどありえません。目先のことにばかり囚われていては何も救えませんよ。ミーアとかいう子供のようにね!!」
アドネスは盾を俺の体にぶつけてくる。
俺はよろめきながらも立ち直るとアドネスに向かって走り出す。
「もういい‥‥勝ったほうが正義、それでいいだろ」
俺が左手を向けるとアドネスは盾を構えてその身を覆い隠す。
「結局は力‥‥極論ですね。まぁ、僕もそういうの嫌いじゃないですよ」
俺は勢いよく踏み込むとアドネスの盾の上端に飛び蹴りを入れる。
そして予想外の力の加わりに斜めった盾の上で俺は飛び跳ねた。
「な‥‥」
アドネスの真上を通り抜けた俺はその背中に掌を向ける。
「撃雷衝っ!!」
「がっ‥‥」
完全に虚を突かれたアドネスに防ぐ術はなく、そのまま崩れ落ちる。
俺は床に着地するとすぐに倒れているアドネスにクインテットを向けるが起き上がる様子はない。
「俺の、勝ちだ。正しかったのは‥‥俺ってことだ」
俺は気絶したアドネスを背にルナとゼスタリアスがいる部屋へと戻る。
部屋に戻ると部屋の真ん中で真っ黒な短刀を持ったルナがゼスタリアスの前に立っていた。
「フォールくん、追っ手は?」
俺に問いかけるゼスタリアスの目には覚悟が決まっており、不思議と穏やかなものだった。
「倒した」
「‥‥そうか。なら、ゆっくりできそうだ」
ルナの殺絆刃を握る手は小刻めに震えている。
「お父様‥‥」
ルナは今にも泣き出しそうな顔でゼスタリアスを見つめる。
ゼスタリアスは優しくルナの頭を撫でると、ルナの手に自分の手を添えた。
「いいか、ルナ。これから色々あると思うが常に強くあり続けろ。そして、人生を‥‥精一杯楽しむんだ」
耐えきれなくなったルナは涙をボロボロと零す。
ゼスタリアスは次に俺の方を見る。
「君にはすまないことをした。娘の護衛になって欲しかったが、それはもう諦めよう。君は君の道を歩いてくれ」
ゼスタリアスはルナの殺絆刃を持つ手を優しく両手で握る。
「ルナ。さぁ‥‥やるんだ」
「‥‥無理だよ。お父様を、殺すなんて‥‥」
ルナは顔をくしゃくしゃにしながら首を横に振る。
「‥‥そうか。なら、私の手で終わらせよう」
ゼスタリアスがルナの手に自分の手を重ねたまま、ゆっくりと殺絆刃を自分の胸元へと運ぶ。
あの魔武器、使用者が触れてさえいれば問題ないのか。
そうなると例え本人には殺す気がなくとも、魂を奪うことができる。
「えっ‥‥?」
「私は十分生きた。このことは、決して気に病まないでくれ」
殺絆刃の先がゼスタリアスの皮膚に刺さり始め、血が僅かに垂れ流れる。
「止めてっ!!」
ルナはゼスタリアスの手を振り払うと殺絆刃を体に引き寄せる。
「ルナ、これはやらなければならないんだ。わかってくれ‥‥」
ゼスタリアスは是が非でもルナを生かしたいようだ。
「わからないよ!!   でも‥‥でも、誰かに殺されるくらいなら、私が‥‥殺る」
覚悟を決めたルナの手は狙いが定まらないほどに震えている。
ゼスタリアスは満足そうな顔でルナに刺されるのを待つ。
あれじゃあ、心臓なんか狙えないな‥‥
俺は震えるルナの手の上に手を重ね合わせてその震えを抑える。
「フォール‥‥」
真っ赤に充血した目が俺に向く。
「殺れ」
「うっうっ‥‥‥うわぁぁぁあ!!」
ザクッ
殺絆刃がゼスタリアスの心臓を貫く。
ゼスタリアスは苦痛で顔を歪めるが、すぐに満足そうに笑みを浮かべる。
力なく崩れ落ちるゼスタリアスと共にルナも意識を失った。
「っと‥‥」
俺は慌てて倒れそうなルナを優しく抱きかかえるようにして支える。
その表情は先ほどまでの硬い表情ではなく、力の抜けた柔らかいものだった。
俺がルナをゼスタリアスの横に寝かせようとすると、隣から透明な何かがルナへと入っていく。
それはゼスタリアスの傷口から出ており、魂と呼ばれる魔力だとわかる。
信じられないほどの密度の魔力。
それが数分もの間流れ続けるとある瞬間、ピタッと放出される魔力が止まった。
「‥‥成功、か」
魂の抜けたゼスタリアスの顔は相変わらず幸せそうなもので、まるで眠っているようだった。
ゼスタリアスの魂を得たルナにもこれといった異常は見られない。
おそらくこれは成功といっていいものだろう。
緊張の糸が切れた俺はため息を吐く。
「本当に‥‥後味の悪いハッピーエンドだ」
俺はその場でラノン達が駆けつけるまでの間、そっと二人に寄り添っていた。
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