五導の賢者

アイクルーク

理由

 
 俺が一歩を踏み出すと、黒服は左右に散り俺を中心に対象に位置取ってきた。
 この状態で同時に仕掛けられると、さすがに対応し難いな。
 黒服は拳を構えながら少しずつ間合いを詰めてくる。
 どうやらこの二人は徒手空拳で戦うようだ。
 素手での戦闘は剣や槍と違い対人専用のもの。
 威力のない攻撃は魔物にこそほとんど効かないが、その分武器を大振りで使う人間に対しては絶大な戦果を発揮する。
 どう攻めるか考えていると、片方の黒服が一気に間合いを詰めてき、クインテットの間合いに入った。


 キンッ


 反射で振ったクインテットは黒服の腕で受けられて弾かれてしまう。
 ‥‥っ、服の中に防具を仕込んでるのか。
 素手の間合いにまで踏み込んできた黒服は強烈な右ストレートで顔面を狙ってくる。


 チッ


 俺は首を倒すことで頰をかすめながらもどうにか回避すると、黒服の腹に手加減なしの膝蹴りをかます。
 だが防具に阻まれた上に後ろに跳んで威力を殺されたので、ほとんどダメージはなさそうだ。
 俺はここで真後ろにあった一つの気配に気づく。
 すぐさま振り向くともう一人の黒服が掌を突き出してくる。
 掌底!?
 俺は黒服の掌底に合わせるようにしてこちらも掌底を放つ。
 掌底は内部破壊の技。
 ただのガードじゃ防げない。
 俺の手と黒服の手が重なると互いに衝撃を相手に伝え合う。


「っぐ‥‥」


 俺は後ろに跳ぶと、牽制の意味でクインテットを前に構える。
 溜めが短かった分、相手の方が上だったか。
 俺は痺れている左腕に力を込めて動作を確認する。
 感覚が鈍くなってはいるが戦闘で使えないほどではないな。
 再び俺を挟むように立っている黒服二人。
 状況はさっきと同じ‥‥いや、腕がやられた分だけ不利か。
 まともにやるのは少しきつそうだ。


 飛蓮


 俺は黒服のどちらでもなくゼスタリアスのいる正面に加速する。
 俺の狙いに気づいた黒服が慌てて俺の後を追ってきた。
 ゼスタリアスはこの二人の雇い主、何がなんでも守りに来るだろう。


 戦いにおいて卑怯という言葉は存在しない。


 これもまた、師匠からの教えの一つだ。
 命のやり取りにはルールなんてない。
 つまりどう戦おうが反則なんてことはない。
 結局は結果が全て。


「なっ‥‥」


 ゼスタリアスも自分の危険に気づいたのか驚愕の奇声を上げた。
 俺はわざと少しだけ速度を緩めて黒服をギリギリまで追いつかせるとクインテットへ込める魔力を増やす。


「魔刀術・壱の型」


 俺は瞬時にターンをして黒服二人に体を向ける。
 全力疾走していた二人はすぐに戦闘態勢に移ることができず、焦りからか目を見開いた。


「雷閃」


 そのまま止まり切れず俺の隣を過ぎ去ろうとする二人に一度ずつ、黄色に輝く斬撃を喰らわせる。
 一瞬で意識の飛んだ二人は慣性に従って前方へと転がっていく。
 立っている護衛が誰一人いなくなり、俺はゼスタリアスに視線を向ける。


「自慢の護衛達もこれで終わりか?」


 俺は顔を強張らせているゼスタリアスにゆっくりと歩み寄っていく。
 ゼスタリアスも逃げられないことを悟っているのかその場から動かず、黙って俺を睨みつけている。


「マキナはどこだ?」


 やはりゼスタリアスは俺の殺気にも気をされない。


「あの少年なら無事だ。今は客室で眠っている」


「そうか‥‥」


 人質として使うのならすでにここに連れてきているだろう。
 ここにいないどいうことはマキナが安全であることと同義。


「今からいくつか質問をする。お前はただそれに答えればいい」


 命のかかった場で緊張しているのか、ゼスタリアスは普段よりゆっくりとした口調で答える。


「わかった」


「じゃあまず一つ目だ。ミーアを殺させたのは‥‥その二人にミーアを殺すように命じたのは、お前か?」


 ゼスタリアスは俺から目線を逸らし少しの間考え込むと再び俺の目を見る。


「その通り、っぐはっ!!」


 俺は飛蓮でゼスタリアスの正面まで跳ぶと、答えを言い切る前にその顔を殴り飛ばす。
 飛蓮で酷使された俺の脚が悲鳴を上げているが今は気にならない。
 ゼスタリアスは殴られた勢いでそのまま後ろに倒れる。


「やっぱり‥‥どんな理由があろうとも、俺はお前を許せそうにはない」


 手加減したといっても怒りで余計な力がこもっていた。
 普通の人なら立つことすらままならないであろう。
 だが、ゼスタリアスは口から溢れ出す血を手で拭いながらも、ふらふらと立ち上がる。


「そうだ。それでいい。私に許される権利などない。私は目的のために多くの人を犠牲にしてきた。報いを受けるのも当然だ。だが‥‥私はここで死ぬわけにはいかない」


 ゼスタリアスが発する言葉からは強い想いが伝わってくる。
 俺は握りしめていた左手の力を緩めた。


「二つ目の‥‥二つ目の質問だ。お前は何のために人を殺し続けた?」


 ゼスタリアスの口からは流血が止まらず、床へポタポタと垂れる。


「ここまで来たんだ。君だって想像がついているだろう?」


 あぁ、わかってるよ。
 それでも確かめられずにはいられない。


「娘のためだ」


 俺は再び拳を強く握る。
 自分の爪が皮膚に刺さり、俺の手からは血が滴る。
 ゼスタリアスが趣味で人を殺しているような悪人ならよかった。
 そうすれば俺は簡単にこいつを殺すことができただろうに。


「娘は生まれた時から不治の病に侵されている。私もあらゆる手を尽くした。だがそれが治ることは治ることはなかった。そんな折、私は一つの希望を見つけたんだ」


「それはたった一つの魔武器の話だった。その魔武器の名は殺絆刃ソウルコード、他者の魂を奪う呪われた魔武器だ」


 魂を奪う。
 それは俺の想像とは少し異なっていた。


殺絆刃ソウルコードは相手の心臓をその刃で貫くことでその魂を自分の中へと吸収することができる。本来一人の人間の体には一つの魂。いくつもの魂を宿せるわけがない。だが、何事にも特例はある」


「私は諦めるわけにはいかなかった。もし諦めたら、ルナが死んでしまうからだ。そして──」


「お前は多くの人を実験にした。その末にお前は血縁者での成功例を発見したんだ」


 おそらく今、マキナの中にはミーアの魂が宿っているのだろう。


「そうだ。だから──」


「だから?   ルナのためだから見逃せってか?」


 頭ではわかっている。
 ゼスタリアスだって辛かった。
 きっとこんなことを望んでしたのではないのだろう。
 でも‥‥
 俺の心が、こいつを許せない。


「私はルナのためにこの命を投げ出す。だから、どうか私を見逃してくれ」


 ゼスタリアスはその誇りを全て投げうって頭を下げる。
 床に両の手の甲と片膝をつける形。
 この世界で最上位に当たる謝罪、日本でいう土下座みたいなものだ。


「お父様っ!!」


 部屋の端から叫びに似た大声が聞こえてくる。
 そこには悲愴な顔をしたルナが立っていた。


「ルナ、こっちに来るな!!   部屋に戻ってなさい!!」


 ゼスタリアスは俺が報復でルナを殺すことでも恐れているのだろうか。
 ルナはそんな父親の声には耳も貸さずにこちらに歩いてくる。


「フォール?   何してるの!?   私のおと──」


「いいから黙まりなさい!!」


 ゼスタリアスがルナの顔も見ずに声を張り上げる。
 その気迫に押されたルナが足を止めた。


「これは私の問題だ。下がってなさい」


 ルナはその場から動かずにゼスタリアスから俺へと視線を動かす。


「フォール‥‥なんで?   なんでこんなことになってるの?」


 ルナは周りに転がっている護衛達にも気づいたようで僅かに肩を震えさせていた。
 俺はルナに体を向けると一歩だけ足を運ぶ。


「止めろっ!!   娘に罪はない。悪いのは私だ。殺すのなら私を!!」


 ゼスタリアスは俺とルナとの間に割り込み、鬼のような形相で立ちはだかる。
 こいつはミーアを殺した‥‥
 それはルナの命を救うため‥‥
 相反する二つの感情がぶつかり合う。
 俺は瞳を閉じると数秒の間思考を巡らせる。






















 俺は目を開けると一度だけ深呼吸をする。
 そして‥‥


 飛蓮


 ゼスタリアスの目の前に立った俺はその心臓に左手をそっと添える。


「これが‥‥俺の選択だ。撃雷衝ショックボルト


 雷に打たれたゼスタリアスの心臓は、その鼓動を止めた。







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