五導の賢者

アイクルーク

最低の世界で

 しばらくの間、ルナとの雑談に興じていた俺は日が沈みかけていることを理由に切り上げると屋敷を後にしようとしていた。
 玄関の広い空間で呼び止められ、しばらく待った末にゼスタリアスが入ってくる。
 その手には小さな布袋が握られていた。


「フォール、これが報酬だ。確認してくれ」


 そういえば報酬を受け取るのを忘れてたな。
 ここにきた本来の目的を忘れている自分に呆れてしまう。
 俺は布袋の中に入っている六枚の金貨を確認する。


「はい、これで合ってます」


 俺はゼスタリアスに頭を下げる。
 その際に隣に立っていたルナと目が合う。


「また、来るよね?」


 名残惜しそうな目で俺を見てくる。
 ルナは俺の話を愉しそうに聞いており、帰ると言った時には少し怒っていたほどだ。


「まぁ、近いうちには来ると思うから、話の続きはその時な」


「‥‥うん、わかった」


 俺もいずれはこの街を出て行くんだがな‥‥
 その話に関してはマキナ達にも同じことが言えるか。
 そろそろ、俺がいなくなった時のことを考えたほうがいいかもな。


「フォール様、お預かりしていた荷物です」


 少女のメイドが俺の腰袋を、メイド長風の人がクインテットを渡してくる。


「あぁ、すいません」


 受け取った腰袋を早速身につけ、その中に金貨の入った布袋を入れる。
 そして、久しぶりに握ると慣れ親しんだ感触に安心感を覚える。
 まぁ、実際は久しぶりではないんだが自分の手元から離れていたのは久しぶりだ。
 ゼスタリアスとルナの後ろに控えている護衛達から感じる強い視線。
 俺が武装したことによって警戒しているのだろう。
 さっさと出て行くとしますか。


「それでは、失礼しました」


 俺はそう言うと玄関の扉を潜り抜けて屋敷から出て行く。
 最後に扉の間からルナが小さく手を振ったので俺も振りかえすと、そのまま屋敷を後にした。






 ふう‥‥やっぱり疲れるな。
 扉が完全に閉まったことを確認すると肺の中の空気を一気に吐き出し、緊張を解く。
 気持ちを切り替えた俺はムーフェイス家の敷地から出るために庭の真ん中に作られていた道を歩き出す。
 すると、正面からこの家の護衛らしき黒服の男が二人歩いてきた。
 片方はかなり大きめの樽を担いでいる。
 俺はすれ違う直前、樽を担いでいない方の足に傷があることに気がつく。
 刃物で切られたのか黒いズボンが裂けており、一の字の傷が覗かせていた。
 道幅が十分にあったので俺が少し端に寄るだけでぶつからずに済む。


 ゴトッ


 黒服とすれ違ってから二歩ほど歩いた時、後ろから何かがぶつかるような音が聞こえてくる。
 振り返って見るがそこには二人の黒服が歩いているだけ。
 ‥‥気のせいか。
 俺はマキナ達が待つ宿屋への道を歩いて行く。










 いつものように宿屋の一室の扉を開けて中に入る。
 陽はすでに沈みかけているのでミーアが食事の支度を始めているはずだ。


「あ、フォール」


 だが意外にも部屋の中にいたのはムレイドとメイ、それにモドアだけだった。
 俺を迎えたムレイドは手に本を持っていたので読書中だったのだろう。
 よくはわからないがメイとモドアは眠っているようで、ベッドの上で寝息を立てていた。


「ムレイド、マキナとミーアはどうしたんだ?」


 マキナはともかくミーアがこの時間にいないのは違和感がある。


「うーん。二人で買い物に行ったまま戻ってこないんだ。どこまで行ってるのかな?」


 ミーアが食事の支度を遅らせるなんて考えにくいな。
 何かトラブルでもあったのか?


「ちょっと探しに行ってくる。もしあいつらが帰ってきたらすぐに戻るって伝えといてくれ」


「うん、わかった」


 せっかく依頼が早く終わったのに、今日は散々な日だ。
 疲れた体に鞭打って俺はマキナ達を探しに宿を出る。






 探す、と言って宿を出たのはいいのだがどこを探せばいいのか見当もつかない。
 いつまでも宿の前にいるわけにもいかないので、適当に歩き出す。
 とりあえず近くの店を当たってみるのが無難か?
 ミーアの性格から考えるに材料は安く、そして質の良い物を厳選しているだろう。
 そうなると色々な店を行っている分、当たりがつけにくい。


「どうするかな」


 少しもいい考えが思いつかいない。
 マキナを連れていったってことはそれなりに大荷物になるからか?
 思考を張り巡らしながら歩いていると肉屋が見える。
 もう暗くなり始めているからか、客は一人もいない。
 あまり期待しないが一応聞いてみるか。
 俺は片付けを始めていたおばあさんに声をかける。


「すまない。ここに茶髪の少女が来なかったか?」


「あぁ、あの白いワンピースの娘かい?  それなら肉を一通り見てからあっちの方へ行ったよ」


 おばあさんはそう言って俺が歩いてきた方とは反対を指差す。


「そうか、助かった。また今度買いに来る」


 俺はおばあさんが指差した方へ進み続ける。
 しばらく歩いていると、人通りの少なかった道に一際目立つ人だかりができているのを見つける。
 人が多い割には騒いでおらず、暗い雰囲気が漂っていた。
 俺はそんな人だかりの中心にラノン達の姿を捉える。
 なんでこんなところに?
 気になった俺は集まっていた人を押しのけながら中心まで行く。


「あ‥‥フォール」


 珍しくリアのテンションが低い。
 目線を逸らされ俯かれてしまう。
 どうしたんだ?
 そんな俺の疑問の答えはすぐに出た。


 俺に背中を向けて立っているラノンの足元には赤い何かがある。


 俺はラノンの隣まで歩み寄り、足元を食い入るように見た。




 そこには
 真っ赤な血に染まったワンピース姿の、ミーアがいた。




「えっ‥‥?」




 思考が、追いつかない。


 目の前にあるのは‥‥


 何も考えられない、何も考えたくない。


 そんな思いが俺の視界を紅く染める。




「フォールさん‥‥」




 隣ではラノンが涙を流している。


 だが、そんな声すら頭に入ってこない。








 なんで?






 どうして?


  


 何のために? 






 誰が? 






 いつ?








 頭の中がごちゃごちゃになり、普段なら耐えきれないほどの頭痛が走る。


 考えがまとまらない。


 俺は‥‥どうすればいい?


 どうすればよかった?




 俺の視界が徐々に色を取り戻してくる。
 夜が深まり、辺りを覆う闇が一層濃くなった。




 俺は、悪くないよな?


 やれることは精一杯、やったよな?


 これは‥‥どうしようもないことなんだよな?




 燃え上がるような憎しみと言いようも表せない哀しみが胸の奥底から湧き出てくる。




「こんな世界、もう‥‥うんざりだ」



























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