五導の賢者

アイクルーク

上空からの猛攻

 
 引き絞られた弓から放たれた鉄の矢が空から見下ろしてくるカカンの胸に刺さる。
 本当になんでこんなことになっちゃったのかなぁ。
 もっと好き勝手戦いたかったんだけど、ギルド長になったところから間違いだったのかな。
 アーツはそんな風に心の中でボヤいていると後ろから羽の羽ばたく音が聞こえた。


「ぐっ‥‥」


 ほぼ反射で矢筒から矢を取り出すと声のした方に狙いをつける。
 すると共に戦っていたハンターの仲間がカカンの鋭い脚爪で肩を貫かれていた。


「下げて」


 これだけで意味は伝わったようでハンターは体ごと頭を下げる。
 さすが相棒。
 即座に矢を放つが、カカンはすぐに足を放して上へと逃げた。


「‥‥まったく。本当に楽をさせてくれないよね」


 矢筒に手を伸ばそうとするとその瞬間、後ろから強い殺気を感じ取る。
 すぐさま矢の代わりに短刀を抜くと真後ろに向かって刺す。
 僅かに感じる鈍い手応え。
 アーツはすぐに短刀を引き抜くと反転して構える。
 短刀の先端部分からは血が滴っていた。
 浅いけど一応は当たったね。
 でも弓兵一人でこの状況はさすがにまずいかな。
 最初は肩を貫かれたハンターと今は気絶している兵士の合計三人で戦っていたんだけどな‥‥
 五体のカカンが高度を頭の少し上くらいまで下げて囲んでくる。
 これはまずい。
 短刀でカカン達を牽制するも少しを下がる様子はない。
 だが今、短刀を手放してしまえば確実に集中砲火を受けて殺られる。
 かと言ってこのままじゃ、弓が使えない。
 額から汗が流れ落ちるのを感じる。
 せめて、あれがあればな‥‥


「おらぁあ!!」


 短刀を大きく振って二体のカカンに攻撃するが少し高度を上げられるだけで難なく避けられる。
 だが、それでいい。
 攻撃の勢いをも生かしてカカン達の包囲網から走り抜ける。
 ここで追撃がないわけがない。
 百八十度回転しながら短刀を手放すと矢筒から矢を一本抜く。
 案の定、後ろからは残る三体のカカンが迫っていた。
 俺は一瞬で矢を引くとすぐさま矢を放つ。


「一体っ!!」


 至近距離で放たれた矢がカカンの脳天に突き刺さり、その命を奪う。
 だが、カカンはまだ二体いる。


「まだまだっ」


 後ろに大きく下がりながら矢筒から新しい矢を引き抜く。
 すぐに矢を放つが今度は先ほどと違い全く狙いをつけず、ただ放っただけ。
 幸運にもその矢は片方の脇羽にを貫きその羽ばたきを止める。
 あと一体。
 今から一射している余裕はないかな。
 アーツは両手を顔の前で交差させて歯をくいしばる。
 間近に迫るカカンの尖った脚爪。
 痛そうだな‥‥


縛雷バインド・スパーク!!」


 後ろから力強い詠唱が聞こる。
 すぐさま膝を曲げて態勢を落とすと次の瞬間には目の前がパッと明るくなり、雷がカカンを襲った。
 何が起こったかはわからない。
 けど、やることは一つだ。
 アーツは目の前の状況に一切思考を止めず、すぐさま攻撃に転じようする。


「どけろ!!」


 弓を構えようとしていたアーツだったが今の一声を聞くと、すぐに横に転がるようにして避ける。
 その直後、フォールが先ほどまでアーツが立っていた所を颯爽と駆け抜けて勢いよく飛び上がると、黄色に輝く刀をカカンに振り下ろす。






 クインテットを通して肉を切る時の鈍い感触が伝わってきた。
 固い‥‥だが、これなら断ち切れる。
 そう判断した俺はクインテットを握る手の力を強めた。
 俺の読みは合っていたようで見事にカカンの体に深い切り傷を残す。
 さすがに耐えられなかったのか切られたカカンは弱々しく墜落した。


「アーツ、大丈夫か?」


 ここにいるカカンは全部で十一体、今切ったのを引いても十体だ。
 見渡しても近くには他に戦っている者は見当たらない。
 よく一人で持ち堪えていたな。


「どうやら間に合ったみたいだね。何か預かってない?」


 アーツはほとんど隙を見せることなく立ち上がると弓に矢をセットする。


「悪いが何も」


「そう‥‥」


 アーツの声色がワントーン暗くなる。
 大方ギルドにある武器を取ってくるように頼んだのだろう。
 俺が速攻飛び出したから持ってないが、しばらくすれば誰かが持ってくるはず。


「それがなきゃヤバいのか?」


「いや、そう言うわけじゃないんだけどね。あったら楽ができたと思うよ。フォールは魔法使えるだよね?  迎撃できそう?」


 カカンは仲間を殺られて警戒しているのか建物の二階程の高さまで高度を上げている。


「不意打ちでならいけただろうが、この状況では無理だな」


 遠雷なら当たられるかもしれないがあれを連発するのは避けたい。


「じゃあ、矢で削っていくから護衛よろしく」


「わかった」


 そう言うや否やアーツは天に向かって矢を放つ。
 弓の張りが強いのか鋭い風切り音を放った矢が上空のカカンの先羽に刺さる。


「よし、どうにか当てられそう」


 アーツは次の矢をセットしながら次の獲物に狙いをつける。
 やはりカカン達もただでやられるわけもなく一気に高度を落としてこちらに向かってきた。
 正面から四体、両サイドと背後からは二体ずつ。
 くっそ、対応できない。
 一、二体ずつならクインテットで対応できるだろうが十体同時となると話は別だ。
 俺が焦っている間にアーツは正面の一体の胴を射抜く。
 その動作に襲われる不安は感じられない。


「アーツ、伏せろ」


 俺がそう命じると何一つ問うことなくしゃがみ込む。
 俺はその真横まで後退すると左手を掲げて魔力を込める。


「雷域」


 カカンをギリギリまで引きつけたタイミングで俺が魔法を使うと八体のカカンが雷撃を喰らい、上空へと逃げる。


「アーツ、後ろ」


「わかってるよ」


 アーツは雷撃から逃れた二体の内の一体に矢を放ち、殺す。
 俺は掴みかかってきた脚爪をクインテットで受け止めると、お返しと言わんばかりにクインテット経由で雷を流した。


「ふぅ‥‥」


 だがさすがAランクと言うべきか少し痺れた程度じゃ動きを封じれず、俺から距離を取られる。


「フォール凄いね。あの魔法、あと何回撃てる?」


「ここに来るまでにも魔法を使っている。あまり当てにするな」


 アーツが再び矢を放つ。
 だが今度は完璧に見切られて回避される。
 それと同時に三体のカカンが正面から俺たちを狙ってきた。
 今度は波状攻撃かよ。
 いちいち魔法を使うわけにもいかなそうだ。


「アーツ、他は頼む」


「わかったよ」


 アーツは弓を上空にいるカカン達に向けて牽制する。
 俺は態勢を極限まで落として正面に走り出す。
 三体のカカンが俺を掴もうと脚爪を伸ばしてきた瞬間、踏み出した左脚に込める力を極限まで高める。


 飛蓮ひれん


 魔刀術の基礎技で覚えようとすれば誰にでも覚えられる技。
 脚の筋肉を一瞬だけ限界まで使うことにより圧倒的な加速を手に入れる。
 負荷も隙も多いが初見の相手にはかなり有効な技だ。


 カカン達の真下を潜り抜けた俺は右脚で踵を返すと真後ろから切りかかる。
 カカンも対応が遅れたようで逃げ出す前に一体が翼を根元から切られる。
 二体には逃げられたが深追いはしてられない。
 すぐにアーツの下まで戻ろうとすると、アーツが撃ち漏らしたカカンが脚爪で掴みかかっていた。


「チィ、縛雷バインド・スパーク


 アーツもろごと電撃を浴びせるとそのままカカンを蹴り飛ばして追い払う。


「ごめん、助かったよ」


 アーツは脇腹を掴まれたようで真っ赤な血が流れ出していた。
 傷は浅いが長期戦は避けたほうがいいな。
 かと言って打開案も‥‥
 真上から気配を感じ取り俺が反射的にクインテットを構えると、何かに強く弾かれる。
 あいつらの爪は鉄並の硬さだ。
 破壊することは無理そうだな。
 追撃を仕掛けてくるカカンの脚爪をクインテットで受け流しながら隙を探るもすぐに上空に逃げられてしまう。


「くっそ。キリがねえ‥‥」


「ごめん、そろそろ矢が尽きそう」


 いつの間にか弓を構えて戦っていたアーツが申し訳なさそうに謝る。
 見てみるとアーツの矢筒の中にはほとんど矢が入っていない。


「なんか手はないのか?」


 俺は寄ってくるカカンの脚爪を捌きなから訊く。


「矢が切れたら、できることはほとんどないかな」


「そうか」


 この数を俺一人で相手にするのはさすがに厳しいな。
 全力なら余裕だが制限付きだと防戦一方になるのがオチ。
 って言うか、すでに一方的な防戦だ。
 現状はアーツが矢で牽制をして俺が近接したカカンの攻撃を受ける、と言った完全な防御体制になっている。
 これも矢が尽きるまでしか続かない。


「もうそろそろ‥‥っ来た」


 アーツがそう呟くと誰かがこっちに走ってくる見えた。


「フォール、蹴散らして」


「‥‥わかった」


 取り敢えずはアーツの伝えたいことはわかった。


「雷域」


 俺の左手から雷が拡散する。
 二度目での攻撃で察していたのかカカン達は俺が魔法を唱える直前で大きく距離を取っていた。
 だがそのおかげでアーツがこの場から離脱することができる。


「アーツさん、これ」


「ごめん、助かった」


 アーツがこちらに走って来ていたハンターらしき人物と合流すると革製の矢筒を受け取る。
 その中には木の矢が二十本近く入っていた。
 矢を受け取ったアーツの目は先ほどまでとは明らかに変わり、狩人の目となっている。
 アーツは受け取った矢筒を肩に背負うとその中から一本の矢を引き抜く。


「フォール、下がってて」


 アーツの言い方には圧倒的な自信が感じられた。
 期待していた奥の手が木の矢ってどう言うことだ?
 アーツは首を傾げる俺になど気にも留めず、上空のカカン達に狙いを定める。


「さぁ、狩りを始めようか」







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