五導の賢者

アイクルーク

親なき五兄弟



 すっかりと静まり返った道。
 少し前までは賑やかだったのだろう。
 そんなことを考えながら歩いていた。
 昼から何も食べてないし、いい加減なにか食べたいな。
 宿を探すついでにまだやっていそうな店を探す。
 さすがに今日はやっていない店も多いようで火が灯っている店はほとんどない。
 視界に宿屋の看板が映る。
 だが、その看板が掲げられた建物は半壊しており、中に人の気配が感じられない。


「まずいな。下手したら宿屋自体がやってないかもしれない」


 それなりに規模の大きい街だから宿屋くらい、と高を括っていたが甘かった。
 まっ、最悪野宿でもいいんだけど。
 そう考えると気が楽になる。
 森の中で野宿するより何十倍も危険は少ないし、食べる物にも困らない。


「〜〜〜〜〜〜!!」


 一瞬、遠くから誰かの叫び声が聞こえた。
 まだ魔物がいたのか?
 距離的にはすぐ近くだ。
 ‥‥行ってみるか。
 俺は声の聞こえた方へと足を向ける。






 三十秒ほど走ると一人の大男が立っており、その視線の先には転んでいる黒髪の青年がいた。
 青年の脇には同じくらいの歳の少女もいる。
 ただの喧嘩か?
 なら、他人が介入するような話でもないか。


「おい、餓鬼!!  てめぇ、このパンの金払え」


 青年と大男の間には四つのパンが落ちていた。
 大方、盗もうとして捕まったとかその辺りだろう。


「そんな金ねえから盗んでんだよ、バーカ」


「てめぇ‥‥」


 大男が青年に向かって拳を振り上げる。
 その拳が振り下ろされる直前で少女が青年を庇って立つ。
 さすがに大男も女を殴るのは抵抗があったのか拳を下ろす。


「ごめんなさい。盗もうとしたことは悪かったですけど、お金がないのは本当なんです。どうか、許してください」


 少女は茶髪が似合う美しい娘だった。
 髪をくくっている赤色のリボンがその華やかさを引き出している。
 それ見た大男は不気味な笑みを浮かべると少女の腕を掴む。


「ちょっと、放してください!!」


「金がないんならしょうがないな。きっちりと体で返してもらおうか」


「えっ‥‥」


「うぉぉぉお!!」


 青年は叫び声を上げながら大男へタックルをする。
 だが、体格の差は歴然。
 大男の体はビクともせず、逆に青年は軽く払いのけられる。


「餓鬼の遊びは終わりだ。よかったな、もうお前は帰っていいぞ」


 大男は少女を連れて、建物の中へと入ろうとしている。
 さすがにまずそうだな。
 俺が口を開こうとした瞬間、別の声が大男を呼び止める。


「待てよ‥‥ミーアを、放せっ!!」


 あの少女、ミーアって言うのか。


「餓鬼がうるさいんだ‥‥てめぇ、殺る気か?」


「きゃっ!!」


 青年は震える手で包丁サイズのナイフを持っている。
 大男は自分の後ろにミーアを放り投げるようにして手放すと、両手を正面に構えて攻撃に備え始めた。


「俺は昔、ハンターだったんだぜ。餓鬼とハンターの実力差くらいわかんだろ」


 倒れているミーアは恐怖からか、上手く動けないでいる。
 大男は焦る青年に容赦なく間合いを詰めていく。


「っく、くそっ!!」


 青年はナイフを大男に目がけて素早く突き出すが、それを先読みしていた大男が半身になって避けると青年の顔面に殴りかかる。


「そこまでだ」


 俺は二人の間に潜り込んで大男の拳を止める。
 二人共、驚愕の表情を浮かべて動きを止めるが、俺は構わず軽い殺気を放つ。
 すると、殺気を感じ取った青年が俺から離れるように倒れこみ、ズルズルと後ずさる。
 対して大男の方は感じることすらできていないようだ。


「なんだお前?  邪魔してんじゃねえぞ」


 大男が俺の胸ぐらを掴み、その汚い顔を近づけてくる。
 殺気を強めるさすがに今度は感じることができたのか大男も後ろに飛び退く。


「お前、仮にもハンターだったんだろ?  子供相手にやりすぎだ。見てて不愉快だ」


 気圧されした大男は萎縮して、その場で固まっている。
 俺は逆にいた青年と視線を合わせた。


「お前は熱くなりすぎだ。脅しまではいいとしても本当に使うのは止めておけ」


 まだ緊張が解けないのか青年は唾を飲み込んでから頷いた。
 これで解決、かな?
 そう思ったのだが、突き飛ばされた少女の存在を思い出す。
 まだ立ち上がれずにいたので、ミーアの前でしゃがんでその様子を見る。


「あの‥‥マキナを止めてくれてありがとうございます」


 ミーアは捻挫しているであろう自分の足首のことには一切触れず、青年の代わりに礼を言った。


「あぁ、気にすんな。それより足、痛むか?」


 突き飛ばされた時に捻ったであろう足首は見ただけでもわかるほどだった。


「いえ、大丈夫ですので、気にしないでください」


 そう言うミーアだが立ち上がろうとする気配は一切ない。
 結構辛そうだな‥‥
 俺は腰袋から布を取り出すと縦に割いて包帯のようにする。


「靴脱がすぞ」


 次に少女の安物の革靴を脱がすと、足首が動かないように布で固定する。
 日本ではテーピングって呼ばれてたな。
 こっちの世界では応急手当てを完璧にこなせる人は意外と少ない。
 ハンターも全員ができるわけではなく、適当な奴は覚えていない。


「よし、これで問題ないはずだ。ただし、数日間は極力動かさないこと。それと治ってからもあまり無理はしないほうがいいぞ」


「あっ‥‥はい。ありがとう」


 背後から近づいてくる気配を感じたので、顔を向ける。


「ミーア、大丈夫?  怪我はない?」


「うん、この人が手当てしてくれたから大丈夫」


 青年は俺の顔を見ると体の向きをこちらに変えてくる。


「俺はマキナって言います。妹のミーアを助けてくれて本当にありがとうごさいますっ!!」


 マキナは頭を深く下げる。


「気にすんな。ただ俺は自己満足のためにやってるだけだ」


 俺のやってることは、完全な偽善だ。
 罪の意識を少しでも誤魔化したいだけ。


「おい、結局このパンの代金はどうするんだ?  お前が代わりに払ってくれるのか?」


 面倒だな‥‥
 正直あまり使いたくない手ではあるが、これが一番手っ取り早いだろう。


「なぁ、マキナ、ミーア。お前ら腹減ってるか?」


「うん。でも、弟達の方がもっと‥‥」


「マキナ!!  そんなこと言ってどうするのよ」


 弟がいるのか。
 俺は腰袋から小銀貨を一枚出すと大男に投げ渡す。


「おい、パン屋。そこに落ちてるパンも含めて、それに見合っただけのパンを買ってやる。早く用意しろ」


「なっ‥‥これって‥‥わかった。ちょっと待ってろ」


 大男はそう言って店の中へと消えていく。
 しかし小銀貨一枚分か。
 二、三十個はありそうだ。


「お前ら、親は?」


 二人とも俺の顔を見上げていたが、今の質問でマキナは俯き、ミーアは一瞬だけ悲しげな表情をした。


「私たちを逃がすために魔物に立ち向かって‥‥」


「もういい」


 よくある話だ。
 魔物に親を殺される子供は多い。
 そして、そういった子供の多くは飢えるか、ハンターになろうとして死ぬか、そのどちらかがほとんどだ。


「何人兄弟だ?  今買ってるパンだけで足りるか?」


 この世界での出生率はかなり高いので兄弟の数もかなり多いだろう。


「五人です。ここにはいませんが弟が二人と妹が一人います。お腹は空かせていると思いますが、足りると思います。でも‥‥いいんですか?」


「あぁ」


 五人‥‥まぁ、足りるか。
 そうこうしているとパンを一杯に詰め込んだバスケットを持った大男が戻ってきた。
 隣にいたマキナとミーアの唾を飲み込む音が聞こえる。


「パン二十四個とバスケットで小銀貨一枚分だ。これでいいだろ?」


 少なく見積もられてる気もするがこれだけあれば十分だろう。
 俺が黙ってバスケットを受け取ると大男は仕事へと戻っていった。
 マキナとミーアの目がパンに釘付けになっている。


「一つ、食うか?」


「‥‥うんうん。先に弟に食べさせるって決めてるんだ。だから、我慢する。ミーアは食べなよ」


「私も、みんなで食べたいので我慢します」


 この歳で空腹を抑え込むのは大したもんだ。
 ほとんどの子供は抗うことすらできないだろうに。


「そうか。じゃあ兄弟の所まで案内してくれ」


 と、ここでミーアの足の怪我を思い出す。
 必死に立とうとしているミーアだが、足の怪我はかなり重症。
 そう簡単に立てるものではない。


「マキナ、これ持ってて」


「あ‥‥うん」


 俺は持っていたバスケットをマキナに渡すとお姫様抱っこでミーアを持ち上げる。


「きゃっ」


「よし、マキナ。行くぞ」


「わかった‥‥お兄ちゃん、ありがとう」


「礼なんていいから早く行くぞ」


 俺は赤面のミーアをだっこしたままマキナの後をついていく。










 九時を廻った頃、俺は比較的安価な旅人用の宿屋の一室にいた。
 そして部屋の中にはマキナを含めた兄弟五人が勢ぞろいしている。
 いつもより大きめの部屋を借りたんだが‥‥それでも小さかったか。
 子供達は今、テーブルに座り必死になってパンを食べており、話す余裕はなさそうだ。
 俺がその様子を椅子に腰掛けながら眺めていると、ベッドの上で一人、パンを食べていたミーアと目が合う。
 どうやらずっと俺の方を見ていたようだ。


「本当に色々とありがとうございます。でも、私たちのためにどうしてここまでしてくれるんですか?」


 ミーアの疑問は最もなものだ。
 他人のためにここまでする人なんてこの世界にはほとんどいない。


「罪滅ぼし、かな。こうなったのは俺のせいだ。こうでもしないと、自分が許せなくなる」


 ミーアはちんぷんかんぷんと言いたげに首を傾ける。


「あぁ、悪い。気にしないでくれ。とりあえずは俺に悪意は無いとだけ思ってくれればいい」


「はい、わかりました。あ、名前を教えて欲しいんですけど‥‥」


 そう言えばまだ俺もマキナとミーアしか名前を知らないな。
 他の三人は宿に着くなりパンを食べ始めたので全くと言っていいほど会話をしていない。


「おい、お前ら自己紹介しろよ。そうだな‥‥順番は年上から」


 忙しなく手を動かしていた四人は手を止めると、座ったままこちらを見てくる。


「さっきもしたと思うんだけど‥‥まぁ、いいや。俺は長男のマキナ。特技はハンターの父から習った弓。目標は兄弟を養えるようなハンターになること」


 そう夢を語るマキナの目には強い光が宿っている。
 この世界には珍しい俺と同じ黒髪で、まだ若く可愛げが残っているもかなり整った顔立ちだ。


「次は私ですね。私はミーア。特技と言えるものはありませんが、家事は一通りこなせます」


 ミーアはマキナの髪とは違い、ブロンド寄りの茶髪。
  後ろでリボンを使ってくくってポニーテールにしているからか全体的に大人っぽい印象を受ける。


「え、っと。次は、僕‥‥かな?  僕はムレイド。得意なことは勉強です。パンを恵んてくれて、ありがとう」


 眼鏡こそないもののいかにもガリ勉、と言った感じの少年。
 歳は十一、二くらいだろうか。
 髪色はマキナに近くほぼ真っ黒だが、ボサボサに伸びきった髪と細い手足が体格の良いマキナとの差を顕著に表している。


「私はメイだよ。ねぇねぇ、パン食べていい?」


「あぁ、いいぞ」


 メイは無邪気な顔でパンを頬張り始める。
 だいたい七、八歳くらいか。
 まだ小さいのに大変だな。
 髪はミーアよりも黒っぽい茶髪で短めのツインテールを作っている。
 美味しそうにパンを食べている姿には愛嬌があった。
 そしてもう一人。
 気づかない間に眠っている子供がいた。


「彼はモドアです。どうやら疲れて眠ってしまったみたいで、すいません」


 ミーアがそう言って頭を下げる。
 モドアはこの兄弟の男の中で唯一の茶髪。
 まだ小さくて顔立ちははっきりしていないが子供ならではの可愛らしさを感じる。
 まだ、五歳にもなっていないな。


「一人ずつ歳を言ってくれるか」


 特に深い意味はなくただの好奇心だ。


「俺は十六歳」


 マキナは予想通りだ。


「私は、十四歳です」


 ミーアも十六歳くらいかと思ってたんだけどな。


「僕は十一歳」


「んー、メイは七歳!!」


 ニコニコと笑いながらそう言って、騒ぎ始める。
 小さい子独特の大声が部屋、下手したら宿全体に響き渡った。


「メイっ、静かにしなさい」


 ミーアの一喝でメイは動きをピタリと止めた。
 あとは‥‥モドア、か。
 本人が寝ているので訊けるはずもなく、困っているとマキナと目が合う。


「モドアは四歳だよ。まだあんまり喋れないけど、しっかりしてるんだ」


 マキナの顔が少しだけ柔らかいものになった気がする。


「それで、名前を‥‥」


 ミーアの言葉で思い出す。
 俺の自己紹介がまだだった。


「あぁ、悪い。俺は──」


 本名を言おうとするが、すぐに止める。
 そう、俺はこの街にいる間はフォールだ。


「フォール、旅のハンターだ。近い内にこの街を離れることになると思うが、お前らの面倒くらいは見てやるよ」


「フォールさんですね。どうぞ、よろしくお願いします」


「フォール、よろしく」


「よろしく、お願いします」


 子供五人くらいなら余裕で養っていける。
 問題はこいつらに生き方を見つけさせなきゃなんねえんだよ。
 金だけあげてさよなら、は簡単だ。
 でもそれじゃあ金が無くなったら終わり。
 何があるかわからない以上、こいつらだけでも生きていけるようになんなきゃなんない。
 どうするか‥‥


「ふぁ〜あ」


 ミーアに怒られてから黙って話を聞いていたメイが目を擦りながら欠伸をする。
 今は十時。
 子供には辛い時間だな。
 これからどうするかなんてのは、明日にでも決めればいいか。


「もうこんな時間だ。今日はもう寝よう。俺が使ってないベッドは好きに使っていいぞ」


「うん、わかった。ほら、ムレイドとメイも寝るよ。ミーア、メイと一緒に寝てあげて。俺はムレイドとモドアと寝るから」


 いつもより大きめの部屋にしたからかベッドは三つある。
 ベッド、と言っても草を敷き詰めて布で覆ったような簡素なものだ。
 だがそんなものでも野宿するのに比べたら格段に休まる。
 マキナは座ったまま寝ていたモドアをおぶってベッドまで連れていくとそのまま男三人で横になった。


「フォールさん。一つお願いがあるのですが」


 ベッドに腰をかけているミーアが声をかけてきた。


「なんだ?」


「明日の朝、フォールさんの食事の準備をしたいのですがお金がなくて‥‥」


 あぁ、こいつらの一文無しだったな。
 俺は腰袋を漁るとその中にあった銀貨を一枚ミーアに投げ渡す。


「朝飯作ってくれるのはありがたいんだけどその足で無茶はするなよ。買い出しにはマキナでも行かせておけ」


「はい、わかってます。フォールさんのために全力で作ります」


 ここは安い宿だから食事は自分で作らなければならない。
 そのための簡単な台所が設置されているのだが、このミーアの言い方‥‥


「朝飯はちゃんと六人分作れよ。あと金はそこまでケチらなくてもいいぞ」


「えっ、ですがこんな大金‥‥いえ、わかりました」


 今までこんなに大金を持ったことはないかもな。
 上級のハンターなら一瞬で稼げるが普通の人が稼ぐには最低でも二週間以上は働かなきゃならないだろう。


「じゃあ、もう寝るから火消すぞ」


 五人全員がベッドにいることを確認すると部屋の中を照らしていた蝋燭の火を吹き消す。
 そういえば、他人と同じ部屋の中で寝るのって久しぶりだな。
 俺はそんな下らないことを考えながら真っ暗になった部屋の中、眠りにつく。





コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品