五導の賢者

アイクルーク

災厄



 山賊達に襲われてから五日後、俺たちは遂にデジャラ目前の峠まで来ている。
 長く続いた山道の先から、活気づいた街の全貌が見える‥‥と思っていた。
 だが、俺たちが見たデジャラの姿は全く予想外のものだった。


「そ、そんな‥‥どうして?」


 ラノンがその場にへたり込む。


「街が、燃えてやがる」


 聞き取れるかギリギリの声でそう呟くグレイス。
 デジャラのあっちこっちで黒い煙が上がっており、家が燃えているのが見えた。
 さすがにここからでは小さな人の姿は見えず、何が起こっているのかまではわからない。


「もしかして、また魔族かな」


 リアが暗い顔をして二本の杖を握っている。
 先回りして、街を焼いたってか?


「魔族だけなら火災なんてまず起きませんよ。それより、ここから見える潰された家。おそらく大型の魔物でもいたのでしょう」


 確かに所々、半壊した建物が見える。
 ここから見る限りでは魔物の姿は見えないが、もういないのか?


「どうするんだ?  このまま全員で行くのか?」


 まぁ、訊くだけ無駄だろう。
 危険がある以上、ラノンは絶対に置いて行く。


「急ぎましょう。まだ私の魔法で助けられる人がいるかもしれません」


 ラノンが立ち上がると、デジャラに向かうため山を下ろうとする。
 だが、その肩を後ろからリアが掴む。


「駄目だよ、ラノン。まだ魔物がいるかもしれないんだから、ここに残って」


「でも‥‥」


 ラノンはリアの顔を見てから少し考え、顔を背ける。
 確かにリアの言う通り、ラノンは魔人に狙われる身。
 むざむざ敵地に突っ込むわけにもいかない。
 するとグレイスがラノンの前に立ち、その顔を見ている。


「俺が様子を見てくっから。それで文句ねぇな、アドネス」


「えぇ。ただ半日経っても戻ってこなかったら、道を変えますよ」


「はっ、わかってるよ」


 グレイスは荷物を置くとシルフィードだけ持ってラノンの横を通り過ぎる。


「待てよ」


「あっ?」


 足を止めたグレイスが俺の方を睨んでくる。


「俺も行く。ここで待ってるのは暇すぎる」


 何が起こっているのかは知らないが、ここでジッとしているのは性に合わない。
 ラノンがここに残るのなら魔族に襲われることもまずないだろう。


「けっ、勝手にしろ」


 グレイスはそう言って走り始めた。
 全力ではないが、それなりの速さだ。
 俺も急がなきゃ。


「気をつけてください」


 後ろにいるラノンの声を聞きながら、俺もグレイスを追うように走り出す。










 俺は先を行くグレイスに追いつくと、その後ろに並んでついていく。
 このペースでいけば、おそらくデジャラまで一時間もあれば着くだろう。


「てめぇ、なんで来た?」


 黙々と走り続ける中、グレイスがこちらに一瞥もくれずに訊いてきた。


「別に俺の勝手だろ。てか、前から思ってたんだけど、お前ってハルバード使えるのか?」


 槍とハルバードの扱い方は似ているようでかなり違う。
 槍が使えるからと言ってハルバードが使えるとは限らない。


「お前、俺がハルバードを使えないとでも思ってんのかよ?  俺の元々の得物はハルバードだぜ」


 そいつは初耳だ。
 てか、なんかグレイスがいつもより話してる気がする。


「じゃあなんで槍持ってたんだ?  最初っからハルバード持ってればいいだろ」


 どっちも長物だし、邪魔なことに変わりはない。
 それなら、慣れてるハルバードを選ぶだろ、普通。


「あぁ、持ってたさ!!  だがな、途中でぶっ壊れたんだよ。ハルバードなんてそこいらに売ってねえから、しょうがなく槍を使ってただけだ」


 ハルバードが壊れる‥‥もしかして?


「ハルバードが壊れたのって、魔人と戦った時か?」


 俺の発言が意外だったのか、グレイスは初めてこっちに視線を向けてくるが、すぐに目を背ける。


「それがどうしたんだよ」


 やっぱりな。
 魔人との戦いなら闇の魔力で武器を破壊されることもザラにある。
 たとえそれがハルバードだとしても。


「いや、お前らどうやって魔人を倒したんだ?」


 三位級魔人を倒すのでさえ魔武器か上級魔法が必要だ。
 ラノンとリアも上級魔法は使えるだろうが、グレイスとアドネスじゃ魔人を抑えきれないだろう。
 グレイスが答えを言う前に山を下りきり平野に出た。
 デジャラはもう見えており、あと十分も走れば着くだろう。
 だがその前には魔物が立ちはだかっている。


「あれは俺がやる。てめぇは下がってろ」


 敵はリザードマン三体でさっきまで戦っていたのか体中に傷が見える。
 リザードマンは二足歩行するトカゲで体長はほぼ人と同じ。
 加えて極めて知能が高く、武器を扱って戦うことすらできる。


「さっさと終わらせろよ」


 まぁシルフィードがあるし、一瞬で終わるだろう。
 ただ気になるのがあのリザードマン、街の方から歩いてきたよな。


「おらっ!!」


 気付けばグレイスが三連突きを放ち、矛先から出る風弾をそれぞれの腹に命中させていた。
 不可視の攻撃に混乱しているリザードマンをグレイスは一気に畳み掛けるように切り裂いた。


「もう使い慣れてたのか。さすがだな」


 たった五日で魔武器を使いこなすのは容易ではない。
 まぁ、それだけグレイスにセンスがあったってことか。


「こんなもん、なんてことねえよ。おら、さっさと行くぞ」


 グレイスはそう言って黒煙の上がる方へと向かって行く。








 デジャラの門をくぐり抜けると、その先に広がっていたのは酷い光景だった。
 そこいら中で戦いがあったのだろうか建物が破損していたり、道端で息絶えている人がいたり、魔物の死体があったり。
 一目で魔物が攻めて来たということがわかる光景だった。


「あんたら、旅人かい?」


 座りながら門に寄りかかっている鎧姿の男がいた。
 肩からは血を流し、苦しそうな顔をしている。


「おい、何があった」


 グレイスは相手の怪我の心配よりも状況把握を優先している。
 護衛としてはベストな判断だがな。


「魔物だよ。ドラゴンを皮切りにあらゆる魔物が攻め込んで来たんだ。デジャラの全戦力をもってどうにか追い返したが、このザマだ」


 街の様子からして甚大な損害を受けているだろう。
 男の肩を見てみると爪で切り裂かれたような三本の深い切り傷があった。
 俺は血が流れている肩に手を当てると魔力を手に集中させる。


痺神パラリシス


 これは数少ない雷の治療魔法。
 神経を麻痺させることで、痛みを感じなくさせる。


「痛みが、消えた?」


 男は不思議そうに手を動かし、肩を触っている。


「痛みが感じなくなっただけだ。無理には動かすなよ」


「すいません、魔導士様でしたか」


 慌てて深々と頭を下げる男。
 俺はそれを流すと、グレイスの方を見る。


「てめぇは残んのか?」


 俺が荷物を持って来ている時点で想像がついていたのだろう。
 平然とした口調で言う。


「あぁ、この街のどっかにはいるから、出発する時は声をかけてくれ」


 グレイスはシルフィードを背負い直すと来た道を戻り門の外へと出て行く。
 さてと、俺も行きますか。
 俺は街の中心部に向かって歩き出す。


 街全体に魔物が侵入したようであらゆるところに人や魔物の死体が転がっている。
 だが魔物の死体は見た限り、小型しかいない。
 大型は仕留められなかったのか?


 ビチャ


 血だまりを気づかない間に踏み、血が飛び散る。
 街に漂うなんとも言えないこの絶望感。
 まさに、戦後と言った感じか。
 なんだろう、この光景を見ていたら昔のことを思い出す。
 俺の脳裏に荒野に無数の兵士が倒れている光景が浮かんでくる。
 死の臭いが充満した戦場、物音一つ聞こえない静寂、そして──


「くっ‥‥」


 俺は湧き出てくる罪悪感を抑えるために思考を止める。
 俺が、もう少し早く着いていれば‥‥


 それから俺はあてもなく街の中を歩き回り、その被害状況を目の当たりにする。
 そしてその悲惨な光景が、俺の記憶の奥深くに眠っているかつての戦いを思い起こさせた。











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