五導の賢者

アイクルーク

最低限の務め

 背中は打撲、肩はすり傷、額には切り傷、そして左腕は粉砕骨折。
 左腕以外の箇所は爆発に吹き飛ばされた際にできたもので比較的軽症だった。
 問題の左腕も今は雷魔法により痛みを感じていない。
 爆発の後、倒れていた俺の下にドレン達がすぐに駆けつけた。
 俺はドレン達に宿に戻るように言うと魔人に投げられたクインテットを回収する。
 怪我に関して心配していたが宿にはラノンがいるので問題ない。
 それよりも逃げ出し魔人が宿に向かっていることを考えて、戻ることにした。
 傷だらけの俺はすれ違う人に二度見されていたが、構わずに宿屋へと向かう。






 宿屋は外見からして戦闘のあった形跡はなく、少しだけ安堵する。
 中に入ると店員が俺を見てやや驚いていたが、俺はその横を通り抜け、ラノンの泊まっている部屋に入った。
 入り口のところからは誰の姿も見えない。
 何が起こるかわからないので右手でクインテットの柄を握っておく。


「ラノン、いるか?」


 俺の声が静まり返った室内に響き渡る。
 今になって気づいたが、さすがにノック無しで入ったのはまずかったか‥‥


「レンさん!!  大丈夫ですか!?」


 奥の部屋から俺の声を聞いたラノンが大杖を投げ出して飛び出して来る。
 その後ろにはグレイス、リア、アドネスの姿もあった。
 そして各々の手には武器が握られている。


「あぁ‥‥どうにか、な」


 死ぬような怪我はないし、問題ないだろう。
 だが、俺の目の前に立っているラノンの目には涙が溢れている。


「心配‥‥したんですよ」


 そして俺の胸に抱きついてきた。
 俺はあまりに唐突なことに頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。
 ラノンは俺の胸の中で極力声を出さないように泣いていた。


「ラノン、そいつは今怪我してんだ。早く治してやれよ」


 意外にもグレイスが俺の身を案じてかそう言った。
 少しずつ、俺の思考が落ち着いてくる。
 今のは‥‥一体?


「あ、はい。すいません」


 ラノンはすぐに投げた大杖を拾うと、俺に向かって椅子に座るようにジェスチャーしてきた。
 それが治療のためだとすぐにわかったので何も考えずに座る。


「私のためにこんな怪我を、本当にごめんなさい」


 今にも消えそうなラノンの声。
 いつもの優しい声とは違う、気落ちした声。
 そうか、ラノンには俺を置いて行ったことに対する罪悪感があったのか。
 それで、もし俺が死んだら、それを考えて不安になっていたんだ。
 ラノンは優しく俺の左腕を撫でる。


「ひどい怪我」


 青く腫れた俺の腕を見て、ラノンの顔がさらに暗くなる。


「こんな怪我、大したことないさ。それよりも早く治してくれるか?」


 いつ魔人が来るかわからない。
 その時に戦えるように、今のうちに怪我は治しておきたい。


「はい、すぐに治します。少し時間がかかりますが‥‥」


「構わない」


 ラノンは自分のために他者が傷つくことがよっぽど辛いのか。
 よく、この性格で貴族をやっていけたな。
 ラノンは大杖に魔力を込め始め、詠唱を開始する。
 回復魔法は他の魔法に比べて難度が高い。
 なので自ずと時間もかかるし、消費する魔力も多い。
 本来、魔法を使う際の最良の状態は精神が安定した状態。
 だが、今のラノンはそれとはかけ離れている。


水療球ウォーター・ヒーリングボール


 ラノンの持つ大杖の先端に手で掴める程の水の球体ができる。
 その水球は宙をゆっくりと移動しながら俺の左腕にまとわりつく。
 すると、水に触れている箇所が少しづつ治っていくのを感じる。
 さすがは水魔法、ってか。
 魔法の基本となる五属性、この中に優劣こそないが特徴の差はかなりある。
 例えば火なら、エネルギーを直接使う分魔力消費は少なく済むし、威力も高い。
 その上、すぐに拡散するので攻撃範囲も広い。
 欠点としては回復魔法が存在しないこと、ウォール系などの防御魔法が使えないことがある。
 だが水属性は万能属性、とも言われている。
 そもそも水属性には氷も含まれており、攻撃の際には氷を用いた魔法がよく使われる。
 氷による防御も可能な上に水による他者の治癒も得意としている。
 唯一の弱点が間接的に魔法を使うためか、他の属性に比べると魔力消費が格段に多いこと。
 火や雷が直接変化させるのに対して、水は一度空気中から集めてから使う分、無駄な魔力が生じていた。


「レンさん、どうですか?  痛く、ないですか?」


 水魔法による左腕の治癒を終えたラノンがそう聞いてくる。
 その目にはどことなく悲しさあった。


「あぁ、助かった。他のところも頼めるか?」


 実のところ神経を麻痺させているので痛みが取れたかどうかなんて全くわからない。
 でも、これ以上心配をかけたくないから、嘘をついた。
 こういう嘘は、許されるのかな?
 それを聞いたラノンは少し安心したようで、少しだけ明るくなった顔で他の箇所の手当てを始める。
 切り傷、すり傷、打撲に至るまでもがラノンによって完璧に治された。
 それだけ多くの回復魔法を使ったラノンはかなりの魔力を消費していたが、なんともないかのように振舞っている。


「これで‥‥終わり、ですね。レンさん、どこか痛むところはありませんか?」


 ラノンはちょっとしたすり傷ですら治してくれたので、今の俺の体は普段となんら変わりない。
 一つだけあるとしたら魔力がかなり失われていることくらいか。


「もう大丈夫だ。治してくれてありがとう」


「いえ。私が、巻き込んだのですから‥‥これくらい、当然です」


 巻き込んだ‥‥あの魔人がラノンを狙っていたのは、やはり気のせいではないのか。
 でも、一個人を魔人が狙うってどんな理由だ?
 いくら貴族とは言っても、わざわざ殺さなければならない理由があるとは思えないが。
 いつまでも脳内で考えていてもしょうがないので訊いてみる。


「なんで、ラノンは魔人に命を狙われているんだ?」


 俺の問いでその場にいた全員の雰囲気が変わる。
 どことなく申し訳なさそうに、でも僅かに敵意のある視線だった。
 やっぱり、訳ありなのか‥‥
 前にラノンに上流貴族かどうかを尋ねた際も、答えてはくれなかった。
 まぁ、身元も知れない俺に話せるほど、安易な話じゃないってことか。
 ラノンは自身の服の裾を握り締めながらうつむいている。


「レン、ラノンを助けてくれたことは感謝します。ですが、その質問には答えることはできません」


 アドネスが淡々とした口調で言う。
 なんと言えばいいのか、事務的な雰囲気を感じる。


「なぜ言えないのか、訊いてもいいか?」


 間接的に聞くだけでも多少の内容はわかる。
 問題は教えてくれるかどうか、だが。
 アドネスは五秒程考えた後、ラノンに少しだけ視線を向けてから答える。


「僕がレンを信用していないからです」


 ストレートな答え。
 変にはぐらかされるよりよっぽど気持ちのいい答えだった。


「‥‥そうか」


 隠しごとは気になるが俺は無理してまでも聞きたいわけでもない。
 だが、それでもラノンは隠しごとをしていることに罪悪感を感じているのだろう。
 グレイスも特に何も言わず、俺を見ていた。


「ところで魔人は、どうなりましたか?」


 アドネスの質問は護衛として真っ当な質問だ。
 敵が生きているか、死んでいるか。
 それだけで警戒の度合いも変わってくる。
 もし、ここで俺が生きていることを言えば‥‥
 俺はしおれた表情のラノンを見やる。
 魔人を見た時のラノンの恐怖した顔、それを思い出した俺は、


「‥‥倒したよ。後から来たAランクパーティーの力を借りて‥‥どうにかな」


 嘘を吐くことしかできなかった。
 本来なら絶対にしてはいけないことだろう。
 警戒が緩んだところを魔人に狙われたらお終いだ。
 だったら‥‥あの魔人を、俺が先に倒せばいいだけのことだ。
 右手に持っていたクインテットを握る力が強くなる。


「そうですか。それなら安心です。魔人と戦うのはさすがに、辛いので」


 このメンツだろうと魔人と戦えば苦戦を強いられることは間違いない。
 だがこの口ぶり、何度か魔人と戦ったように聞こえる。


「今までも魔人に襲われたことがあるのか?」


 魔人は一体でかなりの戦力になるがその分、量産ができないらしい。
 本来であれば、そう何度も出会うようなものではない。


「うっ‥‥」


 ラノンがその場で崩れ落ちる。
 血色が悪く、その瞳には見開いていた。
 リアがラノンに寄り添い、優しくその背中をさする。
 訳あり、か。


「この旅の途中、一度だけ‥‥ですが」


 アドネスはラノンを見守りながら遠い目をする。
 何があったか細かいことまではわからないが、魔人が現れているとなると大まかな想像はつく。
 三年前の王都襲撃から人間は魔王軍に対して劣勢を強いられている。
 賢者なき今、勇者が一人戦っているが魔王軍は様々な場所の襲撃を繰り返し、全く手が回っていない。
 本来なら五人の賢者が守るはずだが‥‥


「これから先も、魔人と戦うかもしんねぇ。それでもてめぇは、ついてくんのか?」


 珍しくグレイスから俺に話しかけてくる。
 三位級の魔人ですらこの様だった俺を見て、同情したのか?
 普通の人なら、また魔人と戦うかもしれないラノンの側にいる、なんてのは考えないだろう。
 しかも、特に報酬があるわけでもない。


「あぁ、そこを変えるつもりはない。ここでラノンを見捨てる気には‥‥なれないからな」


 こいつらなら三位級魔人一体程度なら戦えるだろう。
 でも、二、三体同時にや二位級魔人が来たら負ける。


「そうか。せいぜい足手まといには、なるんじゃねぇぞ」


 俺が守らなきゃ‥‥


「わかってる」


 怪我を魔法で治したとしても戦いでの疲労がとれるわけではない。
 今は少し、休みたい。
 俺は立ち上がると部屋の入り口に向かう。


「今日はもう休む。じゃあな」


 俺は一切、振り返らずにそう言った。


「出発は明後日です。準備をしておいてください」


 アドネスはこういう時もきっちりと予定を伝えてくれる。


「わかった」


 素っ気なくそう返すと俺はラノンの部屋を後にした。










 次の日の朝‥‥いや、まだ太陽が出ていないから夜か?
 自分の部屋に書き置きを残すと、俺はクインテットだけを持って宿屋から抜け出す。
 ラノンの部屋の前を通った時も、物音は聞こえなかった。
 まだ寝ているんだろう。
 まだほとんど行き交う人がいない街の中、俺は身一つで西へと向かって歩いて行く。


 アーバンの西に広がる岩石地帯。
 辺り一面には一切植物は見られず、大小様々な岩がそこいら中に転がっていた。
 昔は無数の魔物がはびこる危険地帯だったが、今は王国によって作られた街道により比較的安全に通り抜けることができるらしい。
 魔人はここでラノンを待ち伏せをしていたのだろう。
 そしてついでと言わんばかりに通りがかりの人を殺し、夜はアーバンを徘徊してラノンを探す。
 こんなところだろうな。
 だとすると、怪我をしている魔人はここで傷を癒しているはず。
 ここならラノンを見逃すこともない。


 警戒しながら歩いていると街から三十分程歩いた所で目的の相手を見つける。
 街道から少し外れた所にある一際大きな岩に座り、こちらの様子を伺っている魔人。
 その体に爆発の直後に見たような怪我は見られなかった。
 俺はゆっくりとした歩調で魔人に近づいて行く。


「貴様、死にに来たのか?」


 魔人はゆっくりと体を起こすと岩から飛び降りる。
 対する俺も戦闘に備え、クインテットを抜く。
 ここならまず人が通ることもないはずだ。
 隠す必要もないだろう。


「いや、お前を殺しに来た」


「おとなしく逃げていればいいものを」


 魔人は腕に闇を纏うと一気に距離を詰めて来た。


「まぁ、理由は二つだ」


 俺がそう言うと持っていたクインテットが土色に染まった。
 そして、魔人の全力であろう一撃を片手持ちのクインテットで受け止める。
 驚愕の表情を浮かべる魔人に、俺は冷たい眼差しを向けた。


「一つはただ、ラノンを守るために」


 魔人を恐れるラノンの顔、あんな顔にはもうさせたくない。


「もう一つはな、俺が‥‥賢者だからだよ。業火烈掌ブラストフレイム


 だって目の前に魔人がいるんだ。
 倒すのが賢者として最低限の務めだろ?
 俺の左手から放たれた炎が魔人を覆い尽くし、吹き飛ばす。
 体が燃え盛る魔人は悶えながら地面を転げ回っている。
 いくら優秀な皮膚と言えども至近距離から喰らう上級魔法は防げない。
 すると、魔人は全身から闇の魔力を放出して炎を打ち消した。


「クソがぁ!!  三年前に姿を消した貴様がなぜ、こんなところにいる!!」


 なぜ、か‥‥
 全身に闇を纏った魔人は先ほどより強く感じられる。
 だが、今の俺は負ける気がしない。


「俺はあの日に決めたんだよ。これからは俺の生きたいように生きるって。だから俺は、お前を殺す」







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