五導の賢者

アイクルーク

アーバン



 今日でブリッジを出発してから一週間が経ち、飛び入りで加わった俺だったが、グレイス以外とはかなり仲が良くなり、道中もよく話していた。
 ラノンとはハンターの仕事や農民の暮らしなど、当たり前のようなことを話し、リアも基本的にその会話に参加し、話題を盛り上げてくれた。
 アドネスとは個人的なことよりは移動の行程や、魔物との戦闘時の立ち位置などのラノンの護衛についての会話が多かった。


 今朝からとりあえずの目的地であるアーバンへと街道に辿り着き、太陽が真上に登るまで歩いている。
 街道と言っても原っぱの中に土が剥き出しになった道があるだけで、決して平らな道ではない。
 道幅は馬車が通れるほどの幅は軽くあり、五人が歩くには十分すぎる広さだった。


「おっ、アーバンが見えてきたね」


 アドネスの声に反応して目を凝らすと、代わり映えのない景色の向こうに小さな何かが見えた。
 何かはごちゃごちゃしていてわからないが、とにかく複雑な形をしている。
 アドネスが言うんだからあれがアーバンで間違いないだろう。
 それなりに距離はあるが一時間も歩けば着く距離だ。


「ねぇ、ラノン。アーバンってどんな街なの?」


 リアが隣を歩いているラノンに訊いている。
 本来なら逆だろうが、ラノンはかなりの知識がある。
 おそらく、アーバンのことについてもある程度は知っているだろう。
 ってか、俺も知りたい。


「アーバンはこの辺り一帯で最も大きな宿場町です。近くに大きな街が多いので行き交う人も多くなって、自然とアーバンができたらしいですよ」


 へぇ〜、そうなんだ。
 感心する俺だったがラノンの知識はこれだけでは終わらない。


「商品の仕入れが楽なことや、富裕層の往来が多いので様々な商品が並んでいるそうです。最近だと、高級アクセサリーなども売っているとか」


 すごい、知識だな。
 街を一つ一つこんだけ覚えてたら、全部でどれだけの内容になるんだ?
 少し想像するだけで背筋に寒気が走ったので、すぐに止める。


「えっ?  本当?  アクセサリーが売ってるの?  欲しいなぁ〜」


 まるで女子高校生のように声を上げるリア。
 まぁ、どこの世に行っても、女は変わらないってことだな。


「リア、僕達は一応仕事中ですよ。それに高級アクセサリーを買うほどの余裕があるんですか?」


「うっ‥‥」


 アドネスの核心付いた言葉にリアは黙り込む。
 いくら護衛とは言っても、そこまでの大金を持ち歩いているわけじゃないだろうしな。
 ラノンが下を向きながら何かを考えている。
 俺が隣まで行くと、顔を上げてこちらを見てきた。


「ラノンはアクセサリーとか、買うのか?」


 ラノンならばそれなりの大金を持っているはず。
 高級アクセサリーと言えども買えるだろう。


「‥‥いいえ。今はありませんが、アクセサリーは十分持っていますから」


 あ〜、そりゃあ山ほどあるんだろうな。
 わざわざここで買う必要もないか。


「‥‥やっぱりラノンってそれなりに上流の貴族なんだよな?」


 普段の仕草や身に付けているもの、護衛のレベルから見ても普通の貴族にしては良すぎる。
 グレイス、リアはAランクのハンターに値するほどの力を持つ。
 アドネスに関しては本気を見ていないからなんとも言えないが同程度の実力だとしたら、Aランクが三人。
 ゆうにSランクのパーティーを組むことができる。
 それだけの戦力を有している貴族がそんなにいるはずがない。


「それに関しては‥‥」


 ラノンは申し訳なさそうな顔をしながらも口を濁す。
 まぁ、貴族にも色々あるんだろう。


「あー、悪い。別に言わなくてもいいや。まぁ、俺が信頼できるようになったら話して欲しいけどな」


 まぁ、いつまで一緒かは‥‥わからないが。


「本当に、すいません。いつか、話そうと思います」


 ラノンは一度立ち止まってから深々と頭を下げた。
 嘘をついて誤魔化そうとしないあたり‥‥真面目だよなぁ。


「まぁ、期待して待ってるわ。もうそろそろ、アーバンだ。行こうぜ、ラノン」


 俺はそう言って、目の前まで迫ったアーバンに向かう足並みを早める。










 宿場町、アーバン。
 ブリッジとは比べ物にならないほどの広さ、道にいくつも並んでいる露店。
 笑い声や怒鳴り声、色々聞こえてくるがそのどれもが楽しそうなものであった。
 泊まれそうな所を探しながら歩いていると様々な店が目に入る。
 オークの肉の串焼きや牛肉のようなバルーフトをパンで挟んだものなどの食べ物を売る店もあれば、ナイフや剣などを並べて売っている武器屋もあった。


「けっこう賑やかな街だな」


 何人もの人とすれ違いながらも、率直な感想を言う。
 王都などに比べると見劣りするが、それでも人は多い。
 今回は露店通りから街に入ったこともあり、一段と賑わっているのだが並んでいる店のバリエーションも他の街よりは豊富だ。
 さすがは人が集まる宿場町、ってか。


「本当に、賑やかですね」


 ラノンも楽しそうに辺りを見渡している。
 グレイスとアドネスは店に目をやることはなく、真っ直ぐと歩きながら宿屋を探しているだけのようだ。
 それに対してリアはしきりに目を動かして、店を見ている。


「うん、楽しそうな店がいっぱいあるね」


 護衛がそんなにはしゃいで、いいのかよ‥‥
 あ、そう言えばもう昼か。
 腹が減っていることに気がつき、近くの店に視線を走らせていると、バルーフトの串焼きを売っている露店を見つける。
 まだ何も食ってないし、買ってくるか。
 固まって歩いていたラノン達から一人離れると、屋台へと向かう。


 幸いにも、並んでいる人いないのですぐに買えそうだ。
 串焼きは小銅貨四枚と予想よりも安く、ついつい五本も買ってしまった。
 リアあたりが喜んで食べてくれそうだし、いっか。
 ‥‥随分、奮発してるな、俺。


 串焼きを買った俺は、少し先を歩いているラノン達を見つけた。
 どうやら俺に気遣って、歩く速度を遅くしてくれたようだ。
 ラノン達と合流するとやはりと言うべきか、全員の目線が手に持った串焼きに注がれる。
 まぁ、昼飯を食ってないのは全員、一緒だからな。


「レン、それなに?」


 リアが物欲しげな目でこちらを見ている。
 こいつらのおかげで道中はかなり楽ができたし、そのお礼も込めて、だな。
 俺は一人、心の中で理由付けをすると串焼きをリアに見えやすいように前に出す。


「バルーフトの串焼きだ。食うか?」


「もちろん!!」


 リアは奪い取るかのように串を受け取ると、幸せそな顔で肉を頬張る。


「僕も、貰っていいですか?」


 意外なことにアドネスも自分から頼んできた。
 相変わらずグレイスは無反応だが。


「ほら」


 元からあげるつもりだったので一本をアドネスに迷わず差し出す。
 アドネスは軽く頭を下げてから串焼きを受け取ると、宿屋を探しに前の方へと歩いて行く。
 後は‥‥
 グレイスに視線を向けると、こちらを見ていたグレイスと目が合う。


「お前も食うか?」


「いらねぇ」


 一人だけ訊かないわけにはいかないので一応は訊いてみたが案の定、断られた。
 期待はしてなかったので、特にショックはない。
 最後は、ラノンか。
 まるで初めて見るかのようにまじまじと串焼きを見ているラノン。


「ラノンも、いるか?」


 受け取りやすいように一本を差し出してみる。
 普通の貴族はこんなものを食べたりはしないが‥‥って、歩きで旅をしている時点で普通の貴族ではないか。
 でもイメージからしてラノンがこういったものを食べる姿はあまり想像できない。


「えーと‥‥はい、いただきます」


 少し悩んでから、遠慮がちに串を受け取る。
 ‥‥どことなく、ラノンの様子が変な気がする。
 俺がジッと見ていることに気がついたのか、串焼きを受け取ったラノンが恥ずかしそうにそっぽ向く。


「実は‥‥私、こういうものを食べるのが‥‥初めで」


 旅をしているのに屋台は初めて、か。
 まぁ、串焼きなんて露店通りに行かない限り見ることもないか。
 露店通りは一般的に一般市民が買い物をしたりする場所で、貴族などはあまり来るとこがない。


「そっか‥‥まずは食べてみろよ。高級料理とかとは違った旨さがあるぞ」


 依頼達成後の買い食いは最高だ。
 疲れた体全体に幸せがみなぎる、って言うのか‥‥とりあえず買い食いは好きだ。
 こちらをチラチラ見ながらも、ラノンは串焼きを口に運ぶ。
 日頃の作法が行き届いているからか、串焼きを食べる姿にすら気品があった。


「っ!!  美味しいです」


 ラノンは口を押さえながら手に持った串焼きを見つめる。
 感動して目を丸くしているラノンを横目に俺は手に持った串を口に運ぶ。
 牛肉風の肉がほどよい塩加減で味付けされており、絶品だった。
 やや量に不満があり、夢中で食べている間になくなってしまった。
 だが俺の手にはもう一本、串焼きがある。
 グレイスが断って食べなかった分だ。
 初めての串焼きを食べ終えたラノンは口を押さえながらも、その後味に浸っていた。
 そして、リアは俺の手にある串焼きに狙いを定めている。
 今にも飛びかかるかと思うほどの眼力だった。
 正直言って、俺もまだ物足りないんだけどな‥‥


「リア」


 聞こえるか聞こえないかくらいの声で名前を呼んでみる。


「なに?」


 リアは機敏に反応して近づいてくる。
 どんだけ腹減ってるんだよ、こいつ。


「これ、食うか?」


 串焼きを目の前に差し出す。
 リアの喉からゴクリと音が聞こえる。


「うん!!」


 素直な答え。
 こういう時、ラノンなら欲しくても断るんだろうけど‥‥
 そんなことを考えてもしょうがない。
 リアはリアだ。


「さっさと食って行くぞ」


 リアの口に串焼きを放り込むと、先に行ってしまったアドネス達の後を追う。
 まだ全然、腹が膨れていないから後でなんか食べるか。
 何を食べようかと考えながら歩いていると、露店通りを出た直後に先を歩いていたアドネスとグレイスが一軒の建物の前で止まる。
 二人の視線の先には木できた看板があった。




              〜旅の宿屋、コ・フォール〜




 この街には多く見られる白のレンガを使った清潔感のある建物。
 高さは三階まであるようで、敷地もそれなりに広そうだ。
 宿屋の周りには僅かなスペースにも花が植えてあり、彩り鮮やかな花が咲いている。
 それらを全部鑑みると、この宿はかなりの値段だろう。
 俺としては安いところに行きたいんだが‥‥
 だが、連れと別の宿を取るのはかなりの手間がかかる。
 かと言って、ラノンをそこいらへんの安い宿に連れて行くわけにもいかない。
 俺が妥協するしかないか〜


「この街ではここに泊まりますか。レンもいいですか?」


 やはりこの手のことは全てアドネスが決めているのか。
 断りたいところだが、ここは我慢しよう。


「あぁ、構わない」


 後ろからリアとラノンも追いついてくると、コ・フォールをしばらく眺めた。


「ここですか。立派そうな宿ですね」


「食堂とかついてるかな〜」


 ノリノリで宿屋に入って行くリア。
 その後をグレイス、アドネス、ラノンと続いて行く。
 俺は苦笑いしながらも宿の戸をくぐった。





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