五導の賢者

アイクルーク

オーク討伐



 俺は暗い森の中を一人、突き進んでいた。
 いつでも抜刀できるように構えながら、オークが姿を現わすの待ち歩き続ける。
 まぁ‥‥過程は何にせよ、一人でこの依頼を受けることができたのはよかった。
 下手に弱い奴がいても足手まといだ。
 まぁ、グレイス‥‥だったか?  あいつなら半分くらいは任せれただろうな。
 ‥‥どっちにしろ、関係ないか。
 一人でやる以上、気は抜けない。


 気を引き締め直し、樹々の影に細心の注意を払う。
 オーク二十体‥‥ソロならハンターランクA並みの依頼か。
 ハンターにも実力をわかりやすくするための階級があり、SS〜Gの全九ランクがある。
 SSが最高ランクで全ハンターでも未だに三チームのみで、Sランクでさえ二十チーム程度しかいない。
 ランクを取る方法はいくつかあり、最もメジャーなのが自分のランクより高ランクの依頼を受けて達成することである。
 例えば、CランクのハンターがBランクの依頼を五度程達成すれば、Bランクハンターになることができる。
 もちろん、Aランクの依頼を達成した場合はAランクになることができる。
 次に多いのが、ハンターギルドの実力測定を受ける方法。
 この方法は余計に金がかかる上、大きい街でしか受けられないため、あまり使う者はいない。
 次に高ランクを持つメリットについてだが、ランクに応じた護衛任務を受けられるようになることがある。
 討伐系の依頼は基本的に自由に受けられるが、護衛でそれをやるわけにはいかず、自分の実力にあった依頼しか受けることができない。
 ちなみに、俺はBランクだがこの依頼はギルドを通していないので、この依頼で俺がAランクになることはない。
 加えて言えば、報酬はギルドを通した際の半分以下‥‥下手すりゃ三分の一くらいまで減っているだろう。


 一向に見当たらないオーク達を探しながら、思わずため息が漏れる。
 オークは単体でもCランクの魔物、一撃でももろに喰らったら死ぬまではいかないまでもある程度の骨折などの怪我は必至。
 戦闘中における怪我は死に直結する。
 それが多対一ならなおさらだ。
 もちろん、プレートアーマーなどを着用していればダメージは軽減されるがそんな物は持っていない。
 要するに一撃でももろに喰らえばお終い、ってことだ。


 村を出発して三十分が過ぎた頃、一体のオークを発見する。
 二十メートル程先にその姿が見えるや否や、すぐに樹の影に隠れて様子を伺う。
 ‥‥ここから見えるのは、一体。おそらく、餌を探しているのだろう。
 少しの間様子を見続け、一体であることを確信すると樹の影に隠れながらゆっくりと距離を詰めていく。


 オークのすぐ近く、オークの真横にある樹の裏まで近づくと刀の柄を握る。
 オークは危機を感じると仲間を呼ぶ習性がある。
 もし、この森で呼ばれたら前みたいに囲まれることになる。
 だから‥‥一撃で決める。


 呼吸が最も整った瞬間、樹の影からオークの正面に飛び出すと、軽く跳び上がってから一気に右腕を振り切りオークの首を切り裂く。
 オークはあまりに突然のことに声を出すことすらできず、その場に倒れこむ。
 切り裂かれた傷口からは血がとめどなく流れていた。


 現代の日本人が見れば、恐ろしく残虐な光景だろう。
 だが、その残虐さに勝るほどの美しさがその場にはあった。
 オークを切り裂いた刀には血が付着しており、その水晶の如く透き通るような刀身を紅く染める。
 天から僅かに差す光がその刀身を輝かせ、見る者を魅了させた。


 軽く刀を振って血を落とすと、慣れた手つきで刀を鞘へと納めていく。
 まだ‥‥一体だ。
 この調子で──
 そう思った矢先、離れた位置から一体のオークがこちらを見ていることに気づく。
 ‥‥っ、まずっ!!


 オークの下へと全速力で走り出すが、距離は遠く仲間を呼ぶまでに間に合いそうにない。
 案の定、オークは深く息を吸ったかと思うと大声で叫び、森中の仲間を呼び寄せる。
 ちくしょう!!
 これで難易度は跳ね上がった。だけど‥‥今更、逃げ道はねぇ!!


 叫び続けるオークの目の前まで迫ると走る勢いを加えて居合いをする。
 走り去った後には腹から血を吹き出して悶え叫ぶオークがいた。


 このまま囲まれるのはまずいと判断し、少しでも叫ばれた所から離れようと走ったが、目の前には四体のオークが並んでいた。


「くっ‥‥」


 左手に持っていた鞘をその場に投げ捨て、両手で刀を構える。
 しかし、四体のオークは攻めて来ずゆっくりと擦り寄ってきた。
 四対一はさすがに厳しいのですぐに引こうとするが、気がつくと全方位からオーク出て来て囲まれる。
 これは‥‥最悪の状況だな。


 常に全方位に気を配り続けるも、一向にオーク達が攻めてくる様子はない。
 ‥‥なんで、なんで襲って来ないんだ?  これだけいるなら数で来るはずなのに‥‥
 目を走らせていると、先ほどよりオーク達が近づいていた。
 なるほど、ね。
 じっくりといたぶる気か。なら、さっさと動いた方がいいな。
 深く息を吸うと、前動作無しに最も近くにいたオークに飛び込み、その腹に刀を突き刺す。
 他のオーク達が一気に迫って来て、四方八方から襲って来る。
 刀を引き抜くと振り下ろされた木の棒を横から叩いて流すと、その首を一閃した。
 が、すでにあらゆる方向から木の棒が振られ、必死に刀で流したり避けたりしていたが抑えきれなくなる。


 地面すれすれを薙ぎはらう攻撃をなんとかジャンプで回避するも、空中では回避行動が一切取れなかった。
 オークはバッターがボールを打つように振り切り、刀で受けようとするも勢いは殺せず、十メートル程飛ばされる。


「っあ‥‥」


 宙を舞っていた俺は勢いよく地面に叩きつけられ、口からは息と共に血が出てくる。
 くっ、肋骨が折れたか。
 痛みに眉を潜めていると、背後から足音が聞こえた。


「大丈夫ですか!?」


 確認しようと顔を向けるより早く、誰かが駆け寄ってくる。
 そこにいたのは真剣な顔つきのラノンだった。


「はっ?」


 なんで、ここにいるんだよ。
 後ろに目線を向けるとやはりグレイスの姿があった。
 他にも二人いたがおそらくはラノンの護衛だろう。


「今、治しますからね。グレイス、オリヴィア、ノア‥‥オーク達を」


 護衛達は無言で頷くとオーク達の前に並ぶ。


「先ほどは‥‥グレイスが失礼なことを言ってすみませんでした」


 そう言ってラノンは頭を下げる。
 貴族が‥‥ハンターに頭を下げた?
 ラノンは先ほどは持っていなかった大杖に魔力を込め始める。
 ‥‥こんな貴族も、いるんだなぁ。
 なんでだろうか、少しだけやる気が湧いてきた。
 ここで全部丸投げするのは、ダサすぎるな。


「悪い‥‥治療は、終わってから頼むわ」


 集中しているラノンにそう声をかけると、溜めていた魔力が一気に拡散する。
 集中力が足りないな、こいつ。


「えっ?」


 俺はラノンに軽く笑いかけると、握っていた刀を杖代わりにして立ち上がると、怪我の具合を確認する。
 両足は動く、両腕も動く‥‥十分だ。
 護衛三人はオーク相手に威圧して、近づかせないでいた。
 その間をスッと通り抜けると、右手で刀を握り直し、オーク達に向かって歩く。
 さてと、もう少し働くか〜
 刀の峰を肩に乗せ、右腕に負荷がかからないようにする。


「あん?」


 グレイスの低い声が背後から聞こえたので、立ち止まり振り向いて顔を見る。
 若干、申し訳なさそうな顔をしているような気もするが‥‥気のせいだな。


「てめぇ、死ぬ気か?」


 一応は俺の心配をしてくれてるわけね。
 そこで仕返しと言わんばかりに俺はニヤつきながらグレイスを挑発する。


「この程度の仕事は、ハンターで十分だろ?  護衛の出る幕じゃねーよ」


 その時、正面に三体のオークが一気に押し寄せてきた。
 そのどれもが攻撃準備万端で木の棒を振り上げている。
 おそらく、後ろにいたラノン達は俺が死ぬと‥‥思っただろう。




 でも、現実は違った。




 俺は左手をオーク達に向けて、相手が攻撃するより速く‥‥口ずさむ。


縛雷バインド・スパーク


 左手から放たれた雷は激しい光を放ちながら三体のオークの体に流れ込む。
 ほとばしる雷がオーク達の体を這い回る様はまるで電気の縄のようだった。
 高電圧を受けて体が硬直しているオーク達を、刀一振りで絶命させる。


 異世界ならば当たり前のような光景だが、ラノン達は驚愕の表情を浮かべていた。
 その理由はハンターが魔法を使っていること‥‥国に所属していない者が魔法を扱えることだった。
 魔法とは先天的に扱える者は決まっている力で、己の魂が魔力を持っているかどうが、分かれ目となる。
 魔力は火、水、風、土、雷の五属性からなっており、一つの魂には一種類の属性しか宿すことができない。
 魔導士は自らの魔力を現象へと変化させることで魔法を行使している。
 魔導士としての素養を持つ者は百人に一人と言われており、彼らのほとんどは国に仕えている。
 なぜなら、国の魔導士になれば一般兵の三倍近い給与が与えられ、何不自由ない生活を送ることができるからだ。
 だが、ラノン達の目の前には大金を蹴ってまでハンターを続けている男の姿があった。


 オーク達は一気に三体やられたことに警戒したのか、なかなか襲ってこない。
 こいつら見た目の割に小心者だから‥‥自分から行くか。
 オーク達が固まっている所に向かいながら、刀に魔力を込める。
 すると、透明だった刀身の中に電気が生じて、黄色く光る。
 まるで水晶の中に雷が封じ込められているかのような美しさ。


 魔刀・クインテット、幻の鉱石から作り出されし刀身が持つ特徴は二つ。
 一つは、決して刃こぼれをせず、鉄をも切り裂く切れ味を保つこと。
 もう一つは‥‥使用者の魔力に応じて、その刀の属性が変化すること。
 例えば、火の魔力を持つ者がクインテットを持てば、切ったものを燃やす刀となるし、風の魔力を持つ者が持てば全てを断ち切る刀となる。
 そして、雷の魔力を持つ者は‥‥


 近くにいたオークと距離を詰めると、クインテットでその首をはねようとするが、オークはそれを木の棒で防ぐ。
 その瞬間、刀から高電圧が流れ込みオークの動きを止める。
 オークの動きが止まってる間に、木の棒を弾き飛ばし首を切り落とす。


 ‥‥触れたものを感電させる刀となる。


 そこから先は一方的な展開だった。
 ただひたすら弾いて切っての繰り返し。
 何も考えずに目の前のオークを切り続けたら、気がついた頃には立っていたのは俺だけだった。
 服は血塗れ、クインテットからは血が滴っている。
 どっからどう見ても、悪役にしか見えない。
 現実の戦いなんてこんなもんだよ。
 美しいものなんて何一つありゃあしない。
 強い者が弱い者を殺す、それだけの儀式だ。
 だけどなぁ‥‥どうしてか魔物を殺した後に残るこの気持ちだけは、なくならない。


 足音がしたので、ふと振り向くとそこには大杖を持ったラノンがいる。
 額に付いた血を袖で拭きながら、目線をラノンに向けた。
 いざという時のことを考え、刀を握る力を強める。
 が、ラノンの口から出た言葉は予想外の言葉だった。


「さぁ、治療を受けてもらいますよ」


 笑顔で手を差し伸べてくる。
 なんの悪意もない、ただ純粋に人を助けようと思う気持ち。
 まるで、貴族らしくないな。
 そう思い苦笑するも、ラノンに歩み寄る。
 ラノンみたいな、貴族がもっといれば‥‥よかったな。
 俺は天を見上げながら、そんなことを考えていた。





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