Messiah

嘉禄(かろく)

月の下、たった一度…



…それは、ある夜のこと。

僕のメサイア…藤瀬結月が僕に命をかけて、この世界を去ってから1ヶ月が過ぎた。
それでもあの日のことは今でも鮮明に蘇って、僕のことを離してくれない。

結月のことは絶対に忘れない、でも…魂の半身を失って、僕はどうすればいいか分からなくなっていた。

眠れなくて、けどどこに行ける訳でもなくチャーチの庭を散策する。


今は1月、冬真っ盛りで夜は特に酷く冷える。

とぼとぼ歩いて、開けた空間に出たら1輪の白い花が空に向かって咲いていた。
月の光に照らされて、とても美しく見えた。


「…月下美人…夜、月の下でのみ咲く花…」


凛としたその姿に、僕は引き寄せられるように近寄る。
すると、頬に温かいものが触れた。


『来ると思ってたよ、幸樹』


懐かしい声、懐かしい温度。
この声と温もりは、他でもない…


「結月…?」


驚いて顔を上げると、そこには今は亡きメサイアがいた。
結月が驚いている僕を見つめ、微笑んで頷く。


『待っていたんだ、ここで』
「…結月…!」


すぐに僕の目から涙が溢れる。
結月は微笑んだまま涙を優しく拭ってくれた。


『今日は、月が綺麗に見える。…幸樹、月下美人の花言葉知ってる?』
「…知らない」


突然の質問に首を傾げながら答えると、結月は答えを教えてくれた。


『「ただ一度だけ会いたくて」。こんな月夜なら、会いにこられるかなって思ったんだ。上手くいって良かった』


ただ一度だけ会いたくて…そっか、結月は僕に会いたくてずっと来られる機会を待っていたんだ…。

僕だけが辛いような気がしていた、結月は命をかけて僕を救って…やり遂げてこの世を去ったから、未練はないと思ってた。
…でも、そうじゃないんだ。


『ずっと泣いているのを見ていた、空からね。やっと来ることができたよ。…なあ、幸樹』


結月の顔から笑みが消えて、真剣な表情になる。
僕も自然と顔を上げて、真剣に向かい合った。


『お前には、少しあとに新たな半身が与えられる。それでも、俺のことを忘れないで欲しいんだ。
その半身なら、お前を守ってくれる。見捨てたりしない。…でも、俺といたことも、覚えていてほしい』


ふと結月が不安そうな、泣きそうな顔をする。
僕は泣き笑いみたいな感じになりながらも、結月の頬を両手で挟んだ。
少し透けているけど、生きていると錯覚するくらい温かい頬だった。


「…忘れる訳、ないじゃん。
だって、僕はまだ君の死すら乗り越えられていないんだよ…?
新たなメサイアなんて、いらない…君だけが、結月だけが僕のメサイアだって今でも思ってる。
…でも、君はもういない。忘れない、でも…君に心配かけたくないな」


そう呟くと、結月は嬉しそうに笑って頷いた。


『俺のことは気にしなくていい…ただ幸樹が再び笑えるようになれれば、それでいい。
…時間だ、俺はいつでも幸樹のこと見守っているから…愛してる、俺のただ一人のメサイア』


結月が僕に口付ける、けど触れた瞬間に結月は消えてしまった。
全てが幻だったかのように月は隠れ月下美人は消え、温度も冷えていく。
…それでも、一つだけ消えないものがこの手に残っていた。
大輪の月下美人が、僕の手に握られていた。
その月下美人に、お返しをするように口付ける。


「…僕はまだ乗り越えられていない、でも…頑張ってみるよ、結月…見ていてね」


僕は空を見上げて呟き、部屋に戻った。
それからというもの、僕の部屋にはいつも月下美人がいるようになった。


『ただ一度だけ会いたくて』


その想いは、僕も一緒だから。

…あれは夢だったのかもしれない、だって…本来月下美人が咲くのは6月から11月。
けれど結月が会いに来たのは1月。
咲くはずのない季節。

それでも細かいことは良しとした。会いに来てくれた、そのことが僕にとっては大事だから。


見守っていてね、結月。
僕は、強くなってみせるよ。

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