炎焔たる贈り物~黒百合の王女よりアイを込めて~
プロローグ 悲願
「どうして⋯」
極限まで見開かれた目に、呆然とした様子の男の声。その腹には長剣が深々と突き刺さり、男の背から突き出ている。
 随分と背が高い男だ。長剣を手にした自分と比べると、頭一つ分ほどの差がある。自分ですらも、同年代の中では背が高い方だと言うのに、だ。
 
 体格もがっしりとしており、普段からかかさずに訓練を行っているのであろうことがうかがえる。自分が細身なことを考えると、どう考えても、普段ならば彼が自分にやられることはなかったのだろうと思う。
 精悍で凛々しい顔立ちと澄んだ瞳。一度でも目が合ってしまえば、きっと逸らすことなど出来なくなるであろう程に。
 まさしく、かつての自分がそうだったように。
 けれど今、自分は彼に向かって剣を向いている。憎しみと、怨みをもって。
 大好きだった優しい瞳はずっと自分を見つめている。こんな状況下にあってもまだ、その瞳の奥に優しい光を灯したまま。
 この状況を、彼は一体どう思っているのだろう。
 彼の短髪が揺れる。それは風に揺られたからか、はたまた彼が体勢を崩したからなのか。
 「どうして、とは、嗤わせてくれますね。あなたがそれを言うのですか。それはこちらのセリフです。ご自分の胸にでも問いかけてみては?」
 自分の家族を、彼は殺したのだ。最も最悪で、しかし効率的な形で。
 あれほど優しく、ただ純粋に信じていたのに。カイトは、まるで実の兄のように慕っていたのに。
 その思いを踏み躙ったのは他でもない、目の前の彼だ。
 決して、赦しはしまい。
「⋯私たちが、あなたに何をしたと言うのです。何故、私の家族を殺したのですか。何故、私の国を滅ぼしたのですか⋯⋯!」
 落ち着こう、冷静になろう、そう思う理性とは裏腹に、吐き出した言葉は抑えきれない感情で震えていた。
「⋯そう、か。そう言えば、そうだったな⋯⋯」
 昔は彼のことを愛していた。未来の家族だったのだ。愛さないはずがない。そう。愛していたのだ。だからこそ、彼に家族を殺されたことが受け止めきれなくて。
 愛していたはずの人の手によって家族を奪われた空虚なこの身に残ったのは、途方もないほどの哀しみと、怨みと、憎しみと、怒りと、絶望と、────後悔。
 それなのに、『愛している』という思いも捨てきれないから、こんなにも辛くて、苦しい。
 いっそ、憎みきれれば楽なのに。憎みきれなくて、でも憎いという思いも消えない。
 ふっと、自嘲的な笑みが零れた。憎みきれないなどといいながらも、自分はこんな行動に出ている。
 それがきっと、全てに対する答え。
「だが、俺⋯⋯は、おま⋯⋯を、裏切る、つもりじゃ」
「口では何とでも言えます。それに、仮にあなたに裏切るつもりがなかったとしても」
 
 きっとこの状況は、変わらなかっただろう。
 裏切るつもりだったか否かではない。今、この状況こそが全ての結果であり、たった一つの真実であるのだから。
「あなたは私の家族や友人を奪い、かけがえのない居場所を奪った。全て、あなたのせいです」
 そう告げながらも、本当は分かっていた。
 家族が死んだのも、友が死んだのも、国が滅んだのも。元はと言えば、全て自分のせいなのだと。
 自分さえいなければ、こんなことにはなっていなかったのだろうと。
 それが分かっていて尚彼に剣を向くのなら、それは一体、何の為に。
 不意に、彼の顔がくしゃりと歪んだ。
「⋯そう、か⋯⋯。お前が、責めてる、のは⋯⋯お前自身、なんだな⋯。おま⋯⋯は、悪く、ない⋯。全部⋯俺が⋯⋯。ごめ、な、カイト⋯⋯いや、───⋯⋯」
 最早虫の息の彼の体から、くたりと力が抜けた。
 勢いよく長剣を引き抜く。支えを失った彼の体が崩れ落ちる。
 そして、自分の手が、彼の地色に染まった。
 紅く紅く、カイトの『罪』を示すように。
 こちらに、向けて伸ばされた手に、頬を歓喜とも悲しみともつかない涙が伝った。
 それを、ぐいと拭い去る。
 自分に、泣く資格などありはしない。
 待ち望んできた復讐を遂げたはずなのに、心は虚しさで溢れていた。そこに満足感など、どこにもない。
 風がすぐ横を通り抜けて、自分の髪が視界に入る。肩より上で切りそろえた、夜の闇のようにどこまでも黒い髪。かつては、もっと長かった。
                              .  .  
「さようなら、兄様。⋯⋯いいえ、────⋯」
 呟いた名は、風に掻き消されて消えていく。
最後の別れを告げるため、カイトは、再び、剣を構えた───⋯⋯
極限まで見開かれた目に、呆然とした様子の男の声。その腹には長剣が深々と突き刺さり、男の背から突き出ている。
 随分と背が高い男だ。長剣を手にした自分と比べると、頭一つ分ほどの差がある。自分ですらも、同年代の中では背が高い方だと言うのに、だ。
 
 体格もがっしりとしており、普段からかかさずに訓練を行っているのであろうことがうかがえる。自分が細身なことを考えると、どう考えても、普段ならば彼が自分にやられることはなかったのだろうと思う。
 精悍で凛々しい顔立ちと澄んだ瞳。一度でも目が合ってしまえば、きっと逸らすことなど出来なくなるであろう程に。
 まさしく、かつての自分がそうだったように。
 けれど今、自分は彼に向かって剣を向いている。憎しみと、怨みをもって。
 大好きだった優しい瞳はずっと自分を見つめている。こんな状況下にあってもまだ、その瞳の奥に優しい光を灯したまま。
 この状況を、彼は一体どう思っているのだろう。
 彼の短髪が揺れる。それは風に揺られたからか、はたまた彼が体勢を崩したからなのか。
 「どうして、とは、嗤わせてくれますね。あなたがそれを言うのですか。それはこちらのセリフです。ご自分の胸にでも問いかけてみては?」
 自分の家族を、彼は殺したのだ。最も最悪で、しかし効率的な形で。
 あれほど優しく、ただ純粋に信じていたのに。カイトは、まるで実の兄のように慕っていたのに。
 その思いを踏み躙ったのは他でもない、目の前の彼だ。
 決して、赦しはしまい。
「⋯私たちが、あなたに何をしたと言うのです。何故、私の家族を殺したのですか。何故、私の国を滅ぼしたのですか⋯⋯!」
 落ち着こう、冷静になろう、そう思う理性とは裏腹に、吐き出した言葉は抑えきれない感情で震えていた。
「⋯そう、か。そう言えば、そうだったな⋯⋯」
 昔は彼のことを愛していた。未来の家族だったのだ。愛さないはずがない。そう。愛していたのだ。だからこそ、彼に家族を殺されたことが受け止めきれなくて。
 愛していたはずの人の手によって家族を奪われた空虚なこの身に残ったのは、途方もないほどの哀しみと、怨みと、憎しみと、怒りと、絶望と、────後悔。
 それなのに、『愛している』という思いも捨てきれないから、こんなにも辛くて、苦しい。
 いっそ、憎みきれれば楽なのに。憎みきれなくて、でも憎いという思いも消えない。
 ふっと、自嘲的な笑みが零れた。憎みきれないなどといいながらも、自分はこんな行動に出ている。
 それがきっと、全てに対する答え。
「だが、俺⋯⋯は、おま⋯⋯を、裏切る、つもりじゃ」
「口では何とでも言えます。それに、仮にあなたに裏切るつもりがなかったとしても」
 
 きっとこの状況は、変わらなかっただろう。
 裏切るつもりだったか否かではない。今、この状況こそが全ての結果であり、たった一つの真実であるのだから。
「あなたは私の家族や友人を奪い、かけがえのない居場所を奪った。全て、あなたのせいです」
 そう告げながらも、本当は分かっていた。
 家族が死んだのも、友が死んだのも、国が滅んだのも。元はと言えば、全て自分のせいなのだと。
 自分さえいなければ、こんなことにはなっていなかったのだろうと。
 それが分かっていて尚彼に剣を向くのなら、それは一体、何の為に。
 不意に、彼の顔がくしゃりと歪んだ。
「⋯そう、か⋯⋯。お前が、責めてる、のは⋯⋯お前自身、なんだな⋯。おま⋯⋯は、悪く、ない⋯。全部⋯俺が⋯⋯。ごめ、な、カイト⋯⋯いや、───⋯⋯」
 最早虫の息の彼の体から、くたりと力が抜けた。
 勢いよく長剣を引き抜く。支えを失った彼の体が崩れ落ちる。
 そして、自分の手が、彼の地色に染まった。
 紅く紅く、カイトの『罪』を示すように。
 こちらに、向けて伸ばされた手に、頬を歓喜とも悲しみともつかない涙が伝った。
 それを、ぐいと拭い去る。
 自分に、泣く資格などありはしない。
 待ち望んできた復讐を遂げたはずなのに、心は虚しさで溢れていた。そこに満足感など、どこにもない。
 風がすぐ横を通り抜けて、自分の髪が視界に入る。肩より上で切りそろえた、夜の闇のようにどこまでも黒い髪。かつては、もっと長かった。
                              .  .  
「さようなら、兄様。⋯⋯いいえ、────⋯」
 呟いた名は、風に掻き消されて消えていく。
最後の別れを告げるため、カイトは、再び、剣を構えた───⋯⋯
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