ALONE 一人ぼっちの夜に
5.一人じゃない
気がつくと、アーロンはベッドにきちんと横になっていた。その隣には友達のテディベア。
窓からは日が差し込んでいて、ひやりとした朝の澄んだ空気が満ちていた。
「……ピート?」
あの黒いクラウンのような姿の男はどこにもいない。
昨日の夜会ったばかりだったのに、ずっと昔からピートを知っていたような気がしていた。ぼくは、いつのまにか彼を探していた。
応接間に行っても、何年も行ってなかった宝物庫のような所にも彼はどこにもいない。
と、厚いほこりを被った薄暗い部屋にある物を見つけた。
純銀の額縁に飾られた、セピア色のぼくの小さいときの写真。このときはまだ笑えていたみたいだ。
多分、ここは両親の部屋。ずっと放置されて朽ちたベッドやドレッサーがそのままになっている。
かわいそうなことに、主がもういない事も知らず、この家具達は主の帰りを待ち続けていたのだろう。思えば、父親が集めていた宝物もこの家具もアーロンの仲間だったのかもしれない。
ぼくは思った。
いつも側でお世話をしてくれる人達にお礼を言ってみようと。そして、みんな帰った夜にあの夜空に向かってピートを呼んでみよう。そしてあれが夢じゃないとわかったら、そのときは本当にお友達になってとお願いしよう。ホットミルクをあげるからって。
◆
「こんにちは。元気かい、アーロンちゃん」
いつもと同じ時間に、隣のレイチェルおばさんがお家にやって来た。
いつもはごはんやおやつを作ってくれたり、応接間とぼくの部屋の掃除をしながら宝物をもの欲しそうに見つめて、ぼくが譲って、みんな満足げに帰っていく……という感じだけど、今日はいつものようにはいかない。ぼくは思い切って、料理を作るレイチェルおばさんの後ろ姿に話しかけてみた。
「あ、あの……」
「ん? なあに?」
「いつも……ごひいきにしてくれて、ありがとうございます」
途端にプッと笑われる。
「?」
「そこは普通にありがとうでいいじゃない! でも、嬉しいよ。アーロンちゃんが最後に自分から話しかけてくれたのは、まだ両親が健在だった頃の話だから」
「あれ、そうでした、っけ……?」
「そうだよ。両親が亡くなったあとはすっかり無口で無表情になっちゃって、こちらから何か話題を振らないと何も話してくれなかった」
あれ、と思った。その話題ってまさか。
「話題を振るって……おばさん達は宝物の話を」
「そうだよ。アーロンちゃんが何に興味を持ってるかわからなくてね。絵画や宝石とか、色々話をしてみたんだけど、結局はいつも、興味ないからあげるって言うばかりで……私らはそれをアーロンちゃんなりのお礼のつもりなんじゃないかって受け取ることにしてたんだけど」
ぼくは、ひょっとして今までとんでもない思い違いをしていたんじゃないのか、と初めて彼は気づく。そのとき、ピートの言葉を思い出した。お前さんは最初から一人じゃなかったという言葉を。
「じゃあ、あの……ぼくがもう宝物をあげないとしても、また来てくれますか」
「もちろんだよ! あなたの両親から留守の間可愛がってあげてほしいと元々言われてたのよ。使用人達が主人の留守を良い事に、仕事をさぼったりアーロンちゃんの悪口を言ってたりしてあてにならないのを、薄々感づいていたかもわからないけど」
何も言わずにぼくはレイチェルおばさんにしがみついた。レイチェルおばさんは野菜スープを作る手を止めて頭をなでてくれていた。
昨日、ケーキありがとう。おいしかったよ。
聞こえていたかはわからないけど、彼は小さくそう呟く。
「実は……話があるんだけど」
ふいにレイチェルおばさんがアーロンを見つめて言った。
「なに?」
「今まで、私らの事嫌いなのかと思ってなかなか言い出せなかったんだけど……夜、うちに来ないかい。クリスマスを一人で過ごすのは寂しかったろ。いや、望むならクリスマスを過ぎたってずっとうちにいてもいいんだよ」
「え……」
それは今まで考えたこともなかった。両親がいなくても、もう一人ぼっちじゃなくなるんだ。
うん、と頷きかけてやめる。
今日はまだ駄目だ。ピートを呼ぶ予定だから。ぼくはもう平気だけど、きっと他の人がピートの姿を見たらびっくりしてしまうだろう。
「ごめんなさい。すごく嬉しいんですけど、返事は今度でいいですか」
「そうよね、いきなりこんな事言われてもびっくりするだけだよね! ゆっくり考えてから決めたらいいよ……と、そうだ。ごはんの続き作らなきゃね! もう少し待ってておくれよ」
忙しなく動くおばさんの背中を見ながら、改めて考えた。
こんなに両親から、町の人から愛されていたなんて知らなかった。ピートに出会ってなかったらきっと意味もなく心を閉ざしたままだった。きっとピートは本物の魔法使いだったんだ。そうに違いない。
おばさんが帰ったら、ピートを呼ぼう。絶対に、伝えなきゃいけないことがある。
窓からは日が差し込んでいて、ひやりとした朝の澄んだ空気が満ちていた。
「……ピート?」
あの黒いクラウンのような姿の男はどこにもいない。
昨日の夜会ったばかりだったのに、ずっと昔からピートを知っていたような気がしていた。ぼくは、いつのまにか彼を探していた。
応接間に行っても、何年も行ってなかった宝物庫のような所にも彼はどこにもいない。
と、厚いほこりを被った薄暗い部屋にある物を見つけた。
純銀の額縁に飾られた、セピア色のぼくの小さいときの写真。このときはまだ笑えていたみたいだ。
多分、ここは両親の部屋。ずっと放置されて朽ちたベッドやドレッサーがそのままになっている。
かわいそうなことに、主がもういない事も知らず、この家具達は主の帰りを待ち続けていたのだろう。思えば、父親が集めていた宝物もこの家具もアーロンの仲間だったのかもしれない。
ぼくは思った。
いつも側でお世話をしてくれる人達にお礼を言ってみようと。そして、みんな帰った夜にあの夜空に向かってピートを呼んでみよう。そしてあれが夢じゃないとわかったら、そのときは本当にお友達になってとお願いしよう。ホットミルクをあげるからって。
◆
「こんにちは。元気かい、アーロンちゃん」
いつもと同じ時間に、隣のレイチェルおばさんがお家にやって来た。
いつもはごはんやおやつを作ってくれたり、応接間とぼくの部屋の掃除をしながら宝物をもの欲しそうに見つめて、ぼくが譲って、みんな満足げに帰っていく……という感じだけど、今日はいつものようにはいかない。ぼくは思い切って、料理を作るレイチェルおばさんの後ろ姿に話しかけてみた。
「あ、あの……」
「ん? なあに?」
「いつも……ごひいきにしてくれて、ありがとうございます」
途端にプッと笑われる。
「?」
「そこは普通にありがとうでいいじゃない! でも、嬉しいよ。アーロンちゃんが最後に自分から話しかけてくれたのは、まだ両親が健在だった頃の話だから」
「あれ、そうでした、っけ……?」
「そうだよ。両親が亡くなったあとはすっかり無口で無表情になっちゃって、こちらから何か話題を振らないと何も話してくれなかった」
あれ、と思った。その話題ってまさか。
「話題を振るって……おばさん達は宝物の話を」
「そうだよ。アーロンちゃんが何に興味を持ってるかわからなくてね。絵画や宝石とか、色々話をしてみたんだけど、結局はいつも、興味ないからあげるって言うばかりで……私らはそれをアーロンちゃんなりのお礼のつもりなんじゃないかって受け取ることにしてたんだけど」
ぼくは、ひょっとして今までとんでもない思い違いをしていたんじゃないのか、と初めて彼は気づく。そのとき、ピートの言葉を思い出した。お前さんは最初から一人じゃなかったという言葉を。
「じゃあ、あの……ぼくがもう宝物をあげないとしても、また来てくれますか」
「もちろんだよ! あなたの両親から留守の間可愛がってあげてほしいと元々言われてたのよ。使用人達が主人の留守を良い事に、仕事をさぼったりアーロンちゃんの悪口を言ってたりしてあてにならないのを、薄々感づいていたかもわからないけど」
何も言わずにぼくはレイチェルおばさんにしがみついた。レイチェルおばさんは野菜スープを作る手を止めて頭をなでてくれていた。
昨日、ケーキありがとう。おいしかったよ。
聞こえていたかはわからないけど、彼は小さくそう呟く。
「実は……話があるんだけど」
ふいにレイチェルおばさんがアーロンを見つめて言った。
「なに?」
「今まで、私らの事嫌いなのかと思ってなかなか言い出せなかったんだけど……夜、うちに来ないかい。クリスマスを一人で過ごすのは寂しかったろ。いや、望むならクリスマスを過ぎたってずっとうちにいてもいいんだよ」
「え……」
それは今まで考えたこともなかった。両親がいなくても、もう一人ぼっちじゃなくなるんだ。
うん、と頷きかけてやめる。
今日はまだ駄目だ。ピートを呼ぶ予定だから。ぼくはもう平気だけど、きっと他の人がピートの姿を見たらびっくりしてしまうだろう。
「ごめんなさい。すごく嬉しいんですけど、返事は今度でいいですか」
「そうよね、いきなりこんな事言われてもびっくりするだけだよね! ゆっくり考えてから決めたらいいよ……と、そうだ。ごはんの続き作らなきゃね! もう少し待ってておくれよ」
忙しなく動くおばさんの背中を見ながら、改めて考えた。
こんなに両親から、町の人から愛されていたなんて知らなかった。ピートに出会ってなかったらきっと意味もなく心を閉ざしたままだった。きっとピートは本物の魔法使いだったんだ。そうに違いない。
おばさんが帰ったら、ピートを呼ぼう。絶対に、伝えなきゃいけないことがある。
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