ALONE 一人ぼっちの夜に
3.ホットミルク
アーロンはかまどにマッチ棒で火をつけ、レイチェルおばさんの見よう見まねで鍋にミルクを入れて温めていた。あまりにも寒かったから暖炉の火ももう一度つけた。
ピートはソファに座ってニヤニヤ笑っているだけで何も言わない。アーロンもなんて話したらいいのかわからず、部屋はただ火の燃え盛る音だけが響いていた。
二人分のカップを用意してそこにホットミルクを注ぎ、さらにシナモンを少しだけ入れるとぼくはピートの元に持って行った。
「……こんなことしかできませんけど」
「おう、ありがとよ」
不思議な気分だった。いつもは一人ぼっちの長テーブルの向かいに、もう一人いることが少しだけ嬉しかった。
人間に見えないけど、普通にカップに触っているとこを見ると、一応人間なのかな……
そんな事を思いながらピートがホットミルクを飲んだのを見届けると、アーロンも一口飲む。
ふわりと広がるシナモンの独特の香りに、このほっとするようなミルクの温もりがぼくは大好きだった。ピートと違って、一気飲みなんかしないけど……
「おかわりねーの?」
相変わらずのニヤニヤ顔で、子どもみたいに無邪気に聞いてくる。彼も気に入ってくれたようだ。
「ありますよ。いります?」
「ああ!」
二杯目を持ってきたところで、ずっと気になっていた事について聞いてみた。
「ところで、あなたはなんでその格好なんです?」
「ん? 意味なんてねーよ」
「……人間、なんですか?」
「人間に見える? オレ?」
ピートはカップを置いて、まるでからかうかのようにアーロンを見据えた。金色の瞳はまるで黒猫みたいで、その姿といい現れ方といいどこか奇妙で人間を超えているような雰囲気を纏っている。
……でもこんなこと言って、本当は人間だったりしたらどうしよう。
「えーと、まあ、人間ですね」
「子どもが遠慮すんなって。今嘘をついたろ? どう見たって人間には見えねえって顔してるぜ」
「すみません」
アーロンはピートが怒っているんじゃないかと思っていたが、彼の表情は変わらない。気にすんなって、と言ってまたミルクを一気飲みする。
もしかして、と思った。ぼくは夢を見ているのではないか。ぼくは幽霊も妖精も信じないし、でも人間でないとするなら目の前の男が何者なのか見当もつかない。きっと頭の中で架空の人物を作り出してしまったんだ。
「なんかさ、お前」
唐突にピートが切り出す。
「子どものくせして……なんというか、全く感情を表に出さないよな。生きてて楽しいか?」
「いえ、別に。楽しくもなんともないです。明日死んでもいいと思ってるくらいです」
「うーん、そう言わずに生きてるうちに楽しんどいた方がいいぜ。死ぬとき絶対後悔するからさ────あ、そうだ。じゃあこれから散歩に行こう」
「は?」
散歩? びっくりして聞き返すぼくに、ピートは目をまんまるに開いて身を乗り出す。
「そう。ただし、ただの散歩じゃない。空中散歩だ」
「空中散歩って……えっ! 待ってよ! 空飛ぶのっ!?」
「おお、今感情が出た!」
嬉しそうにピートは手を引いて階段を駆け上っていく。大きなその手は冷えていたけれどたしかにアーロンの手を握っていてくれていて、夢という感じがしなかった。
────最後に手を握ってくれたのは、一体誰だったっけ?
どうしてこんなにも悲しくなるんだろう。なんで胸が痛くなるんだろう?
宝の山に埋もれて失くしてしまったものを考えてみるが、何も思い出せない。
一瞬泣き出しそうになったのをピートに悟られないよう、彼は一生懸命無表情を貫いた。
ピートはソファに座ってニヤニヤ笑っているだけで何も言わない。アーロンもなんて話したらいいのかわからず、部屋はただ火の燃え盛る音だけが響いていた。
二人分のカップを用意してそこにホットミルクを注ぎ、さらにシナモンを少しだけ入れるとぼくはピートの元に持って行った。
「……こんなことしかできませんけど」
「おう、ありがとよ」
不思議な気分だった。いつもは一人ぼっちの長テーブルの向かいに、もう一人いることが少しだけ嬉しかった。
人間に見えないけど、普通にカップに触っているとこを見ると、一応人間なのかな……
そんな事を思いながらピートがホットミルクを飲んだのを見届けると、アーロンも一口飲む。
ふわりと広がるシナモンの独特の香りに、このほっとするようなミルクの温もりがぼくは大好きだった。ピートと違って、一気飲みなんかしないけど……
「おかわりねーの?」
相変わらずのニヤニヤ顔で、子どもみたいに無邪気に聞いてくる。彼も気に入ってくれたようだ。
「ありますよ。いります?」
「ああ!」
二杯目を持ってきたところで、ずっと気になっていた事について聞いてみた。
「ところで、あなたはなんでその格好なんです?」
「ん? 意味なんてねーよ」
「……人間、なんですか?」
「人間に見える? オレ?」
ピートはカップを置いて、まるでからかうかのようにアーロンを見据えた。金色の瞳はまるで黒猫みたいで、その姿といい現れ方といいどこか奇妙で人間を超えているような雰囲気を纏っている。
……でもこんなこと言って、本当は人間だったりしたらどうしよう。
「えーと、まあ、人間ですね」
「子どもが遠慮すんなって。今嘘をついたろ? どう見たって人間には見えねえって顔してるぜ」
「すみません」
アーロンはピートが怒っているんじゃないかと思っていたが、彼の表情は変わらない。気にすんなって、と言ってまたミルクを一気飲みする。
もしかして、と思った。ぼくは夢を見ているのではないか。ぼくは幽霊も妖精も信じないし、でも人間でないとするなら目の前の男が何者なのか見当もつかない。きっと頭の中で架空の人物を作り出してしまったんだ。
「なんかさ、お前」
唐突にピートが切り出す。
「子どものくせして……なんというか、全く感情を表に出さないよな。生きてて楽しいか?」
「いえ、別に。楽しくもなんともないです。明日死んでもいいと思ってるくらいです」
「うーん、そう言わずに生きてるうちに楽しんどいた方がいいぜ。死ぬとき絶対後悔するからさ────あ、そうだ。じゃあこれから散歩に行こう」
「は?」
散歩? びっくりして聞き返すぼくに、ピートは目をまんまるに開いて身を乗り出す。
「そう。ただし、ただの散歩じゃない。空中散歩だ」
「空中散歩って……えっ! 待ってよ! 空飛ぶのっ!?」
「おお、今感情が出た!」
嬉しそうにピートは手を引いて階段を駆け上っていく。大きなその手は冷えていたけれどたしかにアーロンの手を握っていてくれていて、夢という感じがしなかった。
────最後に手を握ってくれたのは、一体誰だったっけ?
どうしてこんなにも悲しくなるんだろう。なんで胸が痛くなるんだろう?
宝の山に埋もれて失くしてしまったものを考えてみるが、何も思い出せない。
一瞬泣き出しそうになったのをピートに悟られないよう、彼は一生懸命無表情を貫いた。
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