私と彼等の日常は、あまりにも非現実的すぎる(正位置編)

死神の嫁

司る意味(運命の輪の正位置)

「こんにちは運命の輪さん、今日もいい天気ね」

 そう声をかけた私に、彼女は少し驚き深々と頭を下げた。さらさらと絹のような長い髪が、彼女の顔を覆い隠す。

「相変わらず丁寧なのね。顔を上げて?」

 私がそういうと、彼女はゆっくり顔を上げ、持っていたスケッチブックに、鉛筆を走らせる。暫くして、書きあがったらしいスケッチブックを私に見せてきた。

『こんにちは、主様。ご挨拶に来てくださりありがとうございます』

 彼女の名は『運命の輪』の正位置。カード番号は10で、主な意味は『転機・予測・変化』である。
 彼女は見ての通り、言葉を発することができないため、筆談でコミュニケーションをとっている。

「久しぶりにお話したいなって思ったの。調子は変わりない?」
『はい、お陰様で変わりございません。気遣ってくださりありがとうございます。時に、主様にご意見を頂きたい話があるのですが、聞いて頂けますか?』

(彼女から意見を求めてくるのは珍しい。何か重要なことなのだろうか……?)

 そう考えていると、運命の輪さんはまた鉛筆を走らせ、スケッチブックを私に見せてきた。そこには、こう書かれていた。

『運命とは、一体何なのでしょうか?』

 彼女からの質問に、私は固まった。

 普段何気なく使っている『運命』という言葉だが、実際に何かと聞かれると答えにくいものである。運命の出会い……というように運命という言葉はポジティブ表現でよく使われるイメージが個人的にはある。
 だが、実際その運命が何を具体的に表しているのかは、考えたことがなかった。

「えっと……」

 返答に困っていると、彼女は困ったような顔をしながら鉛筆を走らせ、また私にスケッチブックを見せてきた。

『困らせてしまい、申し訳ございません。私はタロットカードの一枚として現在生を受けていますが、自身の名の意味が分からずにいるのです。
私の名には、どのような意味が込められていて、人に対し何ができるのか、何を求められているのか。それが分からずにいるのです。私は何のために生を受けたのでしょうか……?』

 彼女が占い結果に出たとき、確かに解釈に困ることが多い。チャンスと読める時もあれば、流れに身を任せるしかないと読める時もある。両方の面を持ち合わせているからこそ、難しいのだ。
 運命は、必ず人を幸せに導くものではない。受け取る人によって幸せをもたらす時もあれば、逆に不幸をもたらすこともある。彼女にとって、自身が伝えることの重要性や意味は、相当のものなのだろう。

「私個人の意見だけど……運命って自分で決めるものだと思うの。
言葉ってね、人が事柄を表現するために創り出したものだと思うの。だから、運命って言葉も深い意味があるわけじゃなくて、自分が感じたことに対して特別な意味があるっていうのを表現するために使うんじゃないかな?
運命が良い意味を指すのなら、貴女にはその特別な意味を伝えられる力がある。本人たちが忘れかけていた、あの時に感じた特別な想いを思い出させることができる。
逆に運命が悪い意味を指すのなら、貴女にはその連鎖を切る方法を見出し伝えられる力がある。運命は結果、その過程を作り出すのは人。そしてその過程を、良い方向に進むように導くのが、貴女。答えになっていないかもしれないけど、私はそんな思いで貴女のことを解釈してる」

 彼女の求める答えを言えたかどうかは不明だったものの、聞き終えた彼女の表情は晴れ晴れしていて眩しく輝いていた。彼女なりに、自身の定めらしきものが見出せたのかもしれない。そう思うとちょっと嬉しい気持ちになった。

『主様、ありがとうございます。私なりに、もう少し考えてみます。もし答えが見つかったら、主様に真っ先にご報告に上がりますね。ですので、今しばらくお待ちくださいね?』

 スケッチブックを見せながら、満面の笑みを浮かべる彼女に、私はうなずいた。
 後日、記念というわけではないが、彼女のためになればと、新しいスケッチブックと鉛筆をプレゼントしたのだった。

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