NPC勇者〇〇はどうしても世界をDeBugしたい。みたい!?

激しく補助席希望

第167話 sideA 悪意の塊




「ええっ!?発売が早まるんですかっ!?」


 電話対応している蕗華が大きな声を出す。開発ブース内にも不穏な空気が漂っている。

 電話の相手はアイザック。海外での出張先からの電話だ。パーマーのデスクに着信があり、蕗華が代理で応答していた。


「つい先程の会議で決定してしまってね。スポンサーからのクレームで、他国との休暇シーズンも考えて、クリスマス休暇よりももっと早く発売出来ないかとの要望だそうだ」

「それは…まぁ、あらかたの作業には目処が経っていますが……どうしてもデバッグ作業は未完のままになってしまうかと」

「追追でパッチを宛てて、それで対応するしか無いね。この決定で私の出張スケジュールも大分早まってしまった。予定よりも早く帰られそうだよ」

「そうですか…いやぁでもかなりの……これは困りましたね」

「うん、パーマーの休暇は?」

「本日で終わりなので明日から出勤になる予定ですけど、何やら今日話したい事があるとか」

「うん、わかった。チケットが取れ次第連絡をするけど、もしかしたら明日明後日の出発で帰る事になるかもしれない」

「そ、そんなに早くですか!?アイザック部長も大変ですね」

「まぁこういうのは役職的に慣れてるけどね。それで、『例の件』の進捗は?」


 アイザックは不知火天馬の事を話している。


「ウェンディの調べた内容に進展があった見たいです。まだ会ってないので話はしていませんが…」

「うん、わかった。私が帰るまでに広報部との業務調整を行って欲しいんだが、可能かい?」

「あぁ〜っと……アポ取って調べて見ます。」

「こんなにも忙しい時に悪いけど、頼むよ。それから、ちょっと電波の届きにくい所に居るから、なにかあったらデスクトップに詳細を送って欲しい。そちらに帰り次第確認するから。」

「はい、分かりました、気を付けて帰ってきて下さい。」



 電話を切ると、しばらく蕗華はパーマーのデスクにうずくまった。

 メガネを外して目頭を抑える。大きく肩で息を付くと立ち上がり、共用のホワイトボードにデカデカと『延期は無し、むしろ前倒しになる。11月より以前かも?』と書き込んだ。

 他の職員もそれを見て、それぞれがため息をこぼす。



「さて、まずは広報部にアポ取って…結局午後になるのか。あ〜」


 ウェンディは午前中外回りで、午後からの出勤になっていた。少しでも情報共有をと思っていた蕗華だが、どうやら今日中には会えなさそうなスケジュールになってしまった。

 ウェンディのデスクに今日の予定を書き置きして、身支度を整える。


(とうとう本格的に諦め付けなきゃ…発売までに天馬先輩の件を片付けたかったけど、流石にこれは無理ね)


 天馬の行方不明と共にゲーム内に隠された謎の数々。それらを確かめて真相を追求するのが、元の同僚としての使命の様に感じていた蕗華。だが、その一個人の考えで億単位の金が動くゲームの発売を留めて置くことは出来ない。


 歯痒さが全身を巡る不快感を押し殺しながら、蕗華は受話器を取り上げで電話を掛けた。








「あぁ〜もぉ〜〜」


 ウェンディはまるで仕事に集中出来なかった。こなすべき仕事リストは整理されている。それでも、どのひとつを取っても今のウェンディには中々に手を付けられなかった。

 先程から時計ばかり確認していて、一向に作業は進まない。早く蕗華にファジャールと言う人物が偽物だった事実を伝えたくて仕方ない。

 定時の退社時間が来ても、蕗華は帰って来なかった。

 今日はゲーム発売が早まったと言う事実が職員全員の気を重くしていて、諦めムードで皆は足早に帰宅してしまった。あっという間に開発ブースには人気が無くなる。


「いやぁもう仕方ないっ!ロジカったらいつになってもメール返さないし、待ってたって仕方ないわ!!1個だけ片付けたら帰る!!」

 ペプシの缶を飲み干し、鬱憤をぶつけるようにグシャグシャと缶を両手で握り潰すと、1番簡単な仕事を選んで作業を始めた。


「……うん、これなら30分も掛からずこなせる、よし!やるわよぉっ!!」


 わざと大きな声を出して、自分を鼓舞する。



 その時、不意に人の気配がした。ウェンディは振り返ると、廊下を誰かが歩いている気配がある。


(あら、誰かまだ居たのね?)


 誰も居ないと思っていたので、ウェンディは大きな声を出したのが少し恥ずかしくなった。何となくその姿を目で追うと、ブース間の衝立の間から、一瞬顔が見えた。


「……えっ?主任?パーマーチーフ??」


 一瞬だったがパーマーが見えた。確か今日まで休暇だったはずだ。


「ねぇ!ちょっと!」


 ウェンディは立ち上がり、パーマーの姿を追い掛ける。先程歩いていた所まで来ると、今度は曲がり角を曲がるパーマーの後ろ姿だけが見えた。


(聞こえてる…はず、何か怒ってる??)


 チラリと見えたパーマーの横顔は、何故か強ばっていた。

 いつも能天気な顔をしているが、あのパーマーだって気分の悪い時はある。そう思って、ウェンディは追い掛けるのを辞めた。


(今はそっとしておきましょ。それよりもさっさと片付けなきゃ)


 ブースに戻って作業をし直した…その時だ。


ブチッ…ブチブチブチィィッ


「えっ!!」


 驚いて立ち上がるウェンディ。



ガッシャァァアアァァン!!!



 流石にこんな音がしたら、それはもう無視出来ない。身を強ばらせて、慌てながらもその音の原因を探りに行く。


「ちょっとちょっと何なのよ!?どうしたって……ひっ」


 場所はバリスタのあるコーヒーブースだ。ただ、バリスタはもう無くなっている。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 息を荒くした鬼の形相のパーマーが、残骸となって床に散らばっているバリスタの破片の中で立ち尽くしている。

 どうやらパーマーは、壁から伸びている配線を引きちぎり、床にバリスタを叩きつけたようだった。



「なっなな、何してるのよパーマー!!!なんて事……信じられないわ!!」


 決して癇癪を起こす様なタイプでは無い。むしろ、荒々しい真似事をされたら一目散に逃げる様なタイプ。パーマーは怒りに任せて物を壊す様な人物では無かった。なので、ウェンディは目の前の惨状が理解出来ない。


 だが、パーマーはそれだけで終わらなかった。今度は無言のまま、破片となったバリスタを更に靴で踏み潰し、蹴散らし始めた。


「オゥオゥ!!!ストップよストップ!!!止めてちょうだいパーマー!!あなた自分が何やってるか分かっているの!?」


 声を掛けただけでは止まらない。パーマーは次々と破片を細かく踏み砕く。


「いい加減にしてっ!!!!」バンッ


 ウェンディはパーマーの凶行を止めようと、衝立を思いっきり叩いて大きな音を出した。


 すると、パーマーはこちらに背を向けた状態で止まった。

 そして、急にしゃがみ込んだのだ。


 ウェンディは恐ろしくなった。パーマーがいつものパーマーでは無くなったのが理解出来なかった。

 ガサガサと割れた破片を素手で漁るパーマー。


 そして、ふと手を止めて立ち上がった。まだ背中は向けたままだ。





「あーあぁ!!誤って蹴つまづいて、壊してしまったよ!!また弁償かぁ!!!!」

「ひっ!!!」ビクッ


 突然パーマーが訳の分からない事を大声で叫んだので、ウェンディはパーマーが怖くなった。彼はついにクスリにでも手を染めたのかと、本気でそう思った。

 ゆっくりとこちらを振り向くパーマー。その顔は、怒りに歪められていた。


「な……何よっ!どうしちゃったのよ!?」

 パーマーは、何か破片を拾っていた。

そして…それをウェンディの顔の前に突き出した。


「ひいっっ!!止めてパーマー!!!」


 パーマーは、ゆっくりとその破片を持ってウェンディに近付いてくる。1歩、2歩と近寄ってくるパーマーから逃げるように、ウェンディも後ずさる。


「どうしちゃったのよ!?な、何とか言ってよ!!やめて!!」



 それでもパーマーは止まらない。


 ウェンディは心底恐ろしくなった。そして……


ドンッ

「ひいっ!?!?」


 ウェンディは衝立に背中からぶつかった。逃げる場所が無い。

 それを見て、更にパーマーは近付いて来た。


「いや……イヤァ!!止めてよ!!ねぇ!」


 パーマーの持っている破片は、後一歩でウェンディに届く距離になってしまった。それでもパーマーは歩みを止めない。



「キッキャァア「しぃぃぃっ!!!!」」



 ウェンディが目をつぶって叫び声をあげた途端、何故かパーマーは静かにしろと言うジェスチャーをしたのだ。



「……ええっ!?何よっ何なのよっ!!」

「しいぃぃっ!!!!」


 破片を持っていない方の手で人差し指を口に当て、静かにしろと懸命に訴えるパーマー。そこでウェンディは、ようやくパーマーが正気を失っては居ない事に気が付いた。


「えっ……何!?」ビクッ


 どうもパーマーは、その破片をウェンディに見せようとしている。


 恐る恐る、その破片を受け取るウェンディ。ブース内は既に薄暗くなっていたので
あまりハッキリとは見えなかった。ウェンディかそれを認識するまでに少し時間が必要だった。


「えっ……えっ?」


 だがそれを理解した途端、パーマーに対する恐怖は吹き飛んだ。


 むしろ今となっては、この破片の方が恐怖の対象だった。




 真っ黒い、悪意ある塊











 バリスタの中から出て来たのは、『盗聴器』だ。






第167話 END

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