NPC勇者〇〇はどうしても世界をDeBugしたい。みたい!?

激しく補助席希望

第147話 #7『セントレーヌの涙』



 現在の状態を説明すると…


 時は夕暮れを過ぎて夜になっていた。

 海底より現れた、削除されたはずのバグモンスター、ディープ・ブルーは砂浜に完全に上陸し、ソラスタの方に前進しようとしている。

 頭の上に飛び乗って攻撃していたウィンダム・ウィズダムは、ディープ・ブルーに投げ飛ばされ海の沖に。リトルと人魚達はその救出に向かっていた。

 アンジェラは数人の漁師と共にディープ・ブルーへ接近攻撃を仕掛けていた。そしてそれ以外の漁師は、バリスタをセットし発射号令を待っている。

 ハックとタリエルは馬車を動かしてディープ・ブルーの周りを周回し、魔法攻撃のヘイトを集めていた。

 カルガモットはキレイホースに跨り、トドメの一撃を見舞うチャンスを伺っている。


 そしてリディは…
 





「…………。」


 岬の上で、戦う人々を見ていた。



(何故、ディープ・ブルーは消されずにこの大陸ゲーム内に残されたの?)


 リディにも分からなかった事。それは存在するはずの無い者たちの存在。

(容量オーバーで消された…なら、絶対に存在出来ないはず。消された理由は、『容量オーバー』では無いって事??)


 頭を捻り、唸る蕗華リディ


 現実世界のゲーム製作サイドでは次々に問題が見つかり山積みのまま解消しない。

(誰も居ない開発ブースに現れた、謎の人物2人。ゲーム開発における、軍事転用と産業スパイの噂…そしてゲーム内に残された開発側がやったと思われる陰湿な悪口)




 それら全ての事柄は、ある人物を中心に渦巻いている。


不知火 天馬しらぬい てんま……先輩、あなた本当に何者なんですか??」


 その言葉は、荒れた夜の海にかき消される。


 その答えに最も近い人物。テストプレイの時からゲーム内に取り残され、『何故か』開発専用のデバッグ能力を持つメニューボードを所持するもの。デバッグ専用キャラとして作られたそのキャラデザインは、まさに本人の趣向そのもの。


 人魚に設定されて居たのは、特定のある条件を満たす人物を待ってから発動する、一種のフラグ。

 その誰かは、自分が来るまでセントレーヌを海底に隠しておきたかったらしい。…が、そのセントレーヌを守る為に配置していたと思われるディープ・ブルーは、暴走してむしろその船を破壊してしまった。

 誰かの何かの思惑が、ここで無駄になってしまっている。


 …が、それが何でどういう目的なのかさっぱり理解出来ない。だからこそ、このままにして良い物か迷う不安感。



「あなた……やっぱり丸々は、勇者○○は天馬先輩なんじゃないんですか??」

 この一連に、流れを付けるならそれが最も上手く通る筋だ。


 …しかしその当の本人も、先輩も、共に何処かに居なくなってしまった。


 聞きたい事もある。

 話したい事もある。

 ただ理由を知りたい。

 問い詰めて泣きついてやりたい。





 そんな感情がグズグズとリディ蕗華の中に渦巻くが、肝心のそれを聞ける天馬も勇者○○も傍には居なかった。




「…………はっ!いけない!!」



 つい惚けてしまったリディ。改めて戦闘を見る。


 状況は少しずつ有利に動いて来ている物の、一瞬のミスが全滅を導いてしまう。油断は出来ない攻防が続いていた。


 リディはチラリと海を見る。

 ウィンダム・ウィズダムが海に投げ飛ばされたと言うのに、リディは嫌に落ち着いていた。


 リディには戦闘能力は皆無だった。レベルも1のまま。一応魔法使いのジョブではあるが、使えるのは最初の呪文だけ。何故なら、開発陣のデバッグプレイに戦闘力は必要無いからだ。


 フィールドテクスチャー、ストーリーの流れ、各種設置物の配置、フラグの切り替え状況…

 その流れを見るだけに戦闘力は要らない。

 何故なら、戦闘用のNPCが既に居るからだ。

 消費も消耗も無く、永遠に戦い続ける存在。それらを使って数多の回数、戦闘シュミレーションを継続して行い続ける。

 経験と数字を重ね、モンスターの能力値調整に使われる者たち。その名も…




無色透明で無味無臭サイレンス・エアレンツ


 


 彼等の存在に、負ける事等設定されていないからだ。





「……ん、来たわね」



 何かを感じ取るリディ。


 崖の下の水面から、リトルと人魚が顔を出す。


「おーいっ!魔女のねーちゃん!!でっかい戦士見つかったぞ!!もう少しで…」


「あぁ、いい。要らないわ。その『位置』がいいの。」


「「え??」」キョトン


 リトルは人魚達と海に潜り、ウィンダム・ウィズダムを探し当てた。

 船の瓦礫の中でも一際大きい物を見つけ、それに上がらせて人魚達が泳いでそれを押す。


 海岸に向けて押し運ぼうとしたその矢先に、何故かリディに「要らない」と言われたのだ。


「え!?じゃあどうすんだよ??」



「いいわ、そのまま置いといて。」


「えぇ!?ホントか!?」

「………………。」



 リディはリトルを見ながら、黒いメニューボードを取り出す。



(ふむ……やっぱりフレンドリーNPCですら無いわねこの子。戦闘には本来参加出来ない属性なのに…本名…も、特になんて事のないキャラクターね。裏設定も何も設定されていないわ。)


 リディは自称勇者のリトルを調べた。怪しい点など無かった。ただの町人だ。

「……ん、まぁいいわ。でもあなた、近くに居ると巻き添え食らうから…少し離れて見ててね?」



「「へ?」」

 遠くに見える、豆粒ぐらいの大きさのウィンダム・ウィズダム。


「それだけ離れたら充分でしょ。行くわよ?」

 リディは黒いメニューボードに向かって「離れて!」と、一声叫ぶ。



 すると、周囲に居た冒険者のメニューボードからその声が聞こえる。




「うぉ!?なんだ?」
「魔女っ子??ハックさん離れよう!」
「なんだ!?リディ氏か!?」
「ぐっ!リディ分かった!!」


 アンジェラが先導して接近攻撃を試みる漁師達を下げさせる。ちょうど下がった所に馬車も到着し、アンジェラと漁師達を乗せる。


「何か分からないがとにかく引くぞ!!」

「みんな、掴まってて!!」



 遠くから遠視のスキルでそれを見守るカルガモット。


「リディ氏は…一体何をするつもりだ??」

 カルガモットは未だにリディと顔を合わせるのが恥ずかしかったので、今の様に距離を置いているとホッとしていた。

 エヴァージーンの名を呼ばれて一国の姫君と勘違いしたカルガモットは、姫を扱うようにしてリディに接してしまった。今更それを辞めて普通に接するのが、たまらなく恥ずかしかったのである。






「さぁ、その威力を見せてちょうだい。」


 リディが砂浜で暴れるディープ・ブルーを指差す。


「セントレーヌの涙、固有スキル発動…『アンコラー・ディ・ラクリマ』ッッ!!」


 
\ゴォォーン/


「…え?」「やだちょっと!」「きゃあ!」



 残骸を押して運んで居た人魚達は、突然ウィンダム・ウィズダムが動き出したので驚いて離れる。

 セントレーヌの涙を構えると、チェーンを最大限に伸ばしてその場で振り回し始めた。



 ブォン!ブォン!ブォン!


 グワァォン!!

 そして、それを空高くほおり投げた。


 すると、緑色に輝く光の輪が現れて…セントレーヌの涙はその中に消えていった。






「……ん?なんだアレは??」


 遠く離れた場所でそれを見ていたカルガモット。緑色の輝きは、どんどん空高く上がっていき次第に巨大になる。




 ピシッ!パァァアン!!



 まるで空がひび割れた様な輝きを見せて飛び散る光。そして、その中から巨大な女性の顔が浮かび上がった。



「アレは…セントレーヌ号の人魚像だ!」

「凄い…きれーい!!」


 馬車を止めてそれを見つめるハックとタリエル。

 夜空のあちこちには、相変わらず更新のプログラム言語が羅列されて表示されていたのだが、それがまるで星空の様に輝き、緑色に光る人魚の顔を美しく彩った。


 目をつぶったままの人魚像の右目から、ひとしずくの『涙』が零れ落ちる。


 ふわふわと柔らかく瞬きながら、それはディープ・ブルーの真上へと落ちていく。



「……まて、もしかしてこれは」

「え?どうしたのハックさん?」

「なんだハック!?」




「やばい!!もっと離れろッ!!」

「えぇちょっと!」「うおぉ!?」


 ハックが馬車を急加速して発進したので、荷台に乗っていたタリエルとアンジェラ、それに漁師達は煽られてしまう。



「くそっ!間に合え!!」

「どーしたのよハックさん!」

「私の予想が当たれば…アレは……」




 瞬く涙は、ディープ・ブルーの頭上約50メートルの所で止まる。


 …すると




 キュイン!!



ズドォォォォォオオオンン!!!




「「「うわぁぁぁあ!!??」」」



 再び緑色の輪が現れると、なんとそこから…

 『セントレーヌの涙』が、実物の大きさで降ってきたのだ。




スキル『アンコラー・ディ・ラクリマ』(涙の錨)

武器『セントレーヌの涙』専用スキル。中距離以上離れた敵にのみ有効。敵(単体、集団問わず)に対して、空中から実物大のセントレーヌの涙を出現させ、真上から相手にぶつけ、広範囲に打撃属性の大ダメージを与える。






 ディープ・ブルーは声も上げること無く叩き潰された。


 ピクピクと蠢く触手。それを見て、リディが追い討ちをかける。



「さ、ウィンダム・ウィズダム。徹底的にやって。クールタイム最短でリピート」




\ゴォォーン/




 空から降ってきた錨は、周囲で見ていたハック達の驚きを待つ前に、瞬間的に空へと上がる。

…そしてまた堕ちる。


上がる。

堕ちる。

上がる


 …ドンドンその動きは早くなる。


 推定で5t近くありそうな金属の塊は、まるでエンジンのピストンの様に上下運動を繰り返す。





「「「うわぁぁぁあ!?!?」」」


 巻き添えを喰らわなかったとは言え、比較的に近くに居たハック達にはとんでもない振動が伝わってきた。まともに馬車を操縦出来ず、荷台の中はシェイクされ、横転してしまう。




「………ん、やめ。ストップ、もういいよ。」



 リディが優しくそう言うと、錨は空高く上がって人魚の姿と共に夜の空へ消えていった。


 再びウィンダム・ウィズダムの手に戻るセントレーヌの涙。








「な、なんだあの圧倒的な物理攻撃は……」ピクピク






 遠くで見ていたカルガモットですらもドン引きするような攻撃スキルに、キレイホースまで怯えている。










 しかし…









「んー、やっぱダメね。効いてない。自己再生の方が高い。」






 なんとディープ・ブルーはまだ生きていた。

 大量の体液を撒き散らしながら、再びその身体を再生しようとしていたのだ。



第147話 END

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品