NPC勇者〇〇はどうしても世界をDeBugしたい。みたい!?
第145話 #5『セントレーヌの涙』
「な、何を言っているのだリディ??」
ハックには全くもって身に覚えが無かった。セントレーヌの涙を探そうと船の上に降りた途端にディープ・ブルーが襲って来たので、まともに探索などする時間も無かったのだ。なのにリディはハックが『既に所有している』と言う。
「身体が動かないって事でピーンと来たんだけど…何か怪しい物に触らなかった?」
「怪しい?いやいや、私は特に何にも触ってなどいないぞ?そもそも、セントレーヌの涙と言う宝石の形すらも知らないのだ。」
「宝石?セントレーヌの涙は宝じゃないわよ?」
「なっ!?そうなのか!?私はてっきり財宝か宝石の類だとばかり…あの船を見てそれを確信していたんだぞ!?」
「まぁ、名前だけ聞けばそう思うわよね」
リディはハックを地面に横たわらせてから、ウィンダム・ウィズダムの装備を変更する。腕に篭手を装備させた。
「バンディットガントレットを装備させたわ。スナッチ(盗みの攻撃スキル)するから、抵抗しないでね?」
「リディ、本当だ!私は何も取得などして……待てよ?」
自分が意図せず触った不審なもの。
海の底から飛び上がった後に何かに触れる機会は1度しか無かった。それも、身体が動かなくなる直前に起きた事。それは……
「あの船の…残骸が飛んで来た時かっ!?」
ハックは空中で何かとぶつかっていた。それはもちろん、大概は船の瓦礫だったのだが…
視界を覆うほどの黒い影。
それが衝突してから、前後の記憶が薄れている。
「まさか………」
ディープ・ブルーが投げたのは船の前半部を砕いた残骸。
…船の前に着いていて、真っ黒く巨大な物とは?
「じゃ、行くわよ!『スナッチ』!!」
\ゴーン/
ズシャア!!
「がっっ!!」
威力は抑えているとは言え、スナッチは攻撃しながら相手のアイテムを盗む攻撃スキル。ハックには小さいながらもダメージが入った。
それも大柄なウィンダム・ウィズダムにやられているので見た目も大迫力だった。
\テテーン/
「………よし、スナッチ成功ね。」
成功を知らせる効果音を聞いて、リディは良しとする。
ハックが知らず知らずの内に取得してしまったアイテム。
それを地面に落とすウィンダム・ウィズダム。
ドゴンッ!!ジャラジャラッ!
「うぉっ!……お!動くぞ!」
ハックは所持品からソレを奪われたので、やっとその『重量』から解放された。夕闇よりも真っ黒で柄からチェーンの伸びたその先に、禍々しい程の悪意ある塊が付いていた。
「なんとこれは…凄まじいな」
その全体像を見て驚くハック。名前の響きから宝石類だと思ったそれは…
「これがそうよ」
「『セントレーヌの涙』とは…武器の事だったのか」
 武器『セントレーヌの涙』
大陸で最も大きな航海船、セントレーヌの『錨』が武器化したもの。近〜中距離による打撃攻撃が可能で、専用スキル『アンコラー・ディ・ラクリマ』を使用するとアウトレンジ攻撃も可能になる。しかし超絶なアイテム重量(重量数:9999)のせいで装備に関わらず所持した者は重量オーバーで移動不可となる。(ただし、重量物スキルを所持していた場合は速度1)
「世界で最も大きな航海船セントレーヌが涙を流す(錨を落とす)と、海の心は穏やかになった…これがこの武器のサイドストーリーよ。」
ウィンダム・ウィズダムが拾い上げて装備をすると、その体格に応じてサイズ調整がされた。先端の錨の部分だけで軽く1m以上あり、そこから更に鎖が伸びていて後端には柄が付いていた。ウィンダム・ウィズダムをもってしてもそのあまりの巨大さに、錨を肩で担ぐ様にして構える。
「……さ、みんなの所に戻るわよ。急いで準備して!」
「あ、あぁ」
未だそれを見ても信じられないという様子のハック。飛んできたその錨を素手で触ってしまったが為にこんなものを取得していたと身震いした。
海上では、依然煮え切らない戦いが続いていた。
海沿いから馬に乗り槍を投げるカルガモット。
その資材を集めながら、ディープ・ブルーのヘイトを集めるアンジェラ。
そして、アンジェラの集めた資材を使ってアイテムクリエイトし、海岸に槍を設置していくタリエル。
ただ木を削って鋭くしただけの木の槍から、その先に石の刃先を付けた石の槍に投擲武器を変えては見たものの、重大なダメージを与えるまでには至っていなかった。
ディープ・ブルーは自己再生能力があるらしく、ある程度ダメージが蓄積すると海の中に潜って回復してしまう。こちらもそれに負けじと槍を大量に投げようと同じ場所に留まっていると今度は稲妻魔法が飛んでくる。
堂々巡りを繰り返していた。しかもこちらには資材に限度もある。撃破に至るまでには『決め手』が足りなかった。
「くっ……ジリ貧だな。攻撃しながら何か打開策を考えなければ」
時が経てば経つほど夜の帳は落ちる。今ならまだ真の暗闇程では無いが、これ以上時間が経つのは得策では無い。
カルガモットが槍を投げると、それを見てディープ・ブルーはまた海に潜った。
「よし、潜ったぞ!1度体制を…」
その時、リディとハックが合流した。
「おぉ!錬金術師!!動ける様になったのだな!」
「すまないカルガモット殿!迷惑をかけた!」
アンジェラとタリエルも駆け寄る
「ハックさん!」「ハック!!」
「よし、ここから我々全員で形勢逆転と行こうではないか!」
「しかし…依然奴を攻略するには決め手が…」
「うっふっふー!秘密兵器投入よ!」
そう言ってリディが後ろを指差す。
ドゴン…ドゴン…
ドスン…ドスン…
\ゴーン/
「うおぉ!?なんだあの巨大な武器は…!?」
カルガモット達はウィンダム・ウィズダムの担いでいる物々しい武器に驚きの声を上げる。
「聞いて驚くなよ?」
ハックは嫌に格好を付けたポーズでそちらを指差す。
「あれこそまさに我々が求めていたアイテム…そう!『セントレーヌの涙』だっ!!」
「「「………うぇぇぇええ!?」」」
何故か満面のドヤ顔をキメるハック。
「ちょっとちょっと!!セントレーヌの涙ってお宝じゃないの!?!?」
「これは盲点だったな、てっきり名前の響きから財宝類の何かだと思い込んでいた。」
「スゲェ!!マジやべーなその武器!!」
アンジェラとタリエルは別々の意味で騒いだ。
「今回に限り、リディが戦闘に協力してくれる。そうだな??」
「えぇ、あのモンスター『ディープ・ブルー』は本来この大陸に居てはならないバグデータです。撃破後にデータ削除を行いますので、運営として協力します!」
「そ、それは何とも心強い!あの重戦士が味方となると戦力が一気に増大したな!あとは…」
遠くの湾内を見つめるカルガモット。
「奴へのトドメの刺し方だな。錬金術師は魔法はまだ使えるか?」
「すまない、海底探索でかなり疲弊してしまった。しばらく瞑想を行って魔力補給をするので、時間をくれると助かる。」
「わかった!出番が来るまで後方に下がって休息を取ってくれ!こちらの槍の方だが…」
カルガモットは髪に隠していたシルバースピアを取り出す。
「これで最後のトドメは指せるだろう。しかし、奴は軟体生物。中々に動きが読みずらい。」
並の冒険者なら、自らの戦闘経験から相手モンスターの動きが予測出来る。関節の動きから身体の重心バランス、予備動作などを含めて観察し、相手に合わせて攻撃を繰り出す。
しかし相手はタコのモンスターだ。全身が自由に動くその動きを予測するのは困難を極めていた。
「せめて、もっと槍の手数を多く増やせたなら…」
カルガモットのその発言は無いものねだりだった。今この場で遠距離に攻撃を放つ手段は皆無だ。
すると…
「その『槍』!オレ達に任せてよ!」
「「「り、リトルゥ!?!?」」」
夜の薄暗がりから突然、どこからともなくリトル少年が現れたのだ。
「きっ貴様!逃げたのでは無いのか!?」
「逃げるぅ?ジョーダン言っちゃ困るよ!!なんてったって、『勇者』は逃げないからな!!」
「ゆ、勇者??」
「あぁリディ。この子が言っていた自称勇者のリトル君だ」
「リトルじゃねーよ!!オレは!勇者ゼ・ロ・だっ!!」
「ん?まて、先程『オレ達』と言ったな?」
「そーだよ騎士の兄ちゃん!戦いに参加出来ない奴は帰れって言ったろ?…だからひとっ走りして集めて来たぜ!!」
「「「だ、誰を??」」」
「そりゃもちろん!戦いたくてウズウズしてる連中だよっ!!」
遠くから、歓声の様な物が聞こえる。小さな灯りがいくつも見えた。
…なんと、ソラスタの街の方から、屈強な漁師達が大勢叫びながら海岸へ向けて全速力で走ってくる。それぞれが持つ松明の灯りが、まるで祭りでもやっている様に見えた。
何人かでひとまとまりになり、何か『砲台』の様な台車を手で押している漁師達。
「あれは…『バリスタ』かっ!?」
カルガモットがそれを見て驚く。
バリスタとは、通常据え置き型の大型弩砲を言い、クロスボウの原理で極太の矢ないし槍を射出する砲台の事である。ソラスタの漁師が押していたのは台車式で車輪が付いていており、射撃方向や射撃位置を簡易に変えることが出来るものだ。
「せいっかーい!!昔ソラスタの漁師は、船から銛(もり)を放って大型の水性モンスターを捕まえて漁をしてたんだって!海を荒らしてる張本人が出てきて大変だって話したらみーんな血気盛んに出てきたよ!うははっ!」
リトルは押し寄せる人波を見て笑う。漁師達は怒りの声を上げながら逐次バリスタを設置していた。
「おうおう冒険者のアンタら!!海を荒らしてる原因を見つけてくれたって?」
「今まで漁に出れなくて身体持て余してんだ!!存分にやり返させて貰うぜ!!」
「ほらっ!そこにいる騎士の兄ちゃん!これなら槍の代わりになるだろ?」ポイッ
漁師が何本かの銛を投げ渡す。切っ先は三股に別れた金属製で、その先には鋭い反しが付いていた。
「これは…素晴らしい!!反しが付いているので奴の動きを制限出来るぞ!!」
「凄い!!これならみんなでアイツやっつけられるね!!」
タリエルもはしゃいでその様子を見る。
「やっっるじゃねーか小僧ぅう!!」バシンッ
「いってー!!ケツ叩くなよ戦士のねーちゃん!!」
「うるせぇ!こっち来いオラァ!!」グリグリ
「あいててて!!」
アンジェラは可愛さのあまりリトルの頭を小脇に挟んでグリグリとゲンコツで擦る。
「……さぁ、役者は揃ったな!これより、ディープ・ブルーの撃退を皆で締めくくろう!!」
「「「おおおぉぉぉ!!」」」
ハックの声により、その場にいた全員が、鬨の声を上げた。
第145話 END
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