NPC勇者〇〇はどうしても世界をDeBugしたい。みたい!?

激しく補助席希望

第138話 #3『黒鳥の羽』(ハックSub)



 ハァハァと肩で息をつき、顔を両手で抑えるハック。

 視覚からも冷たさを感じる様な深い海の底だと言うのに、ハックはダラダラと大量の汗をかいている。
 

『……大丈夫かい?』

「あぁ、大丈夫だ」


 ナユルメツの問い掛けに力なく答えるハック。


「どうしても…思い出そうとすると精神が不安定になってしまう。不思議だが、上手く思い出せない筈なのにこうなるのだ。」



 ふぅ、と1つ大きく呼吸し、ハックはその場に坐禅を組んで瞑想を始める。

 相変わらず辺りは暗闇が広がっている。だが今は、その暗さが逆に心の平静を保つのに役立ってくれていた。


『無理なら止めとこうか?このまま闇に紛れて「いや」』



 ナユルメツの言葉を遮るハック。


「むしろ今なのだ、自分自身の闇に向き合うのは。こうやって1人で居る事が最近無かったのでな。」





 ふぅ…

  ふぅ…

   すぅぅ……





 荒れていた呼吸も元に戻り、落ち着きを取り戻すハック。


「よし…連れて行ってくれ」スッ


 立ち上がり、目の前の闇を見据える。心は決まったようだ。



『ふふふ…やだねぇ。まるで私が闇に引きずり込もうとしているみたいに言うじゃないか』

「ナユ殿には…むしろ感謝している。私を助けてくれているんだろう?」


『さぁて、どうかねぇ』


「このまま闇を仕舞いっぱなしにしても駄目なんだ。今向き合わなければ私は錬金術師としても、1人の男としても成長出来ない。超えるべき時は来たんだ。」



『そうかい?じゃあ…』

 目の前をふわふわと飛ぶ赤い光が強くなる。


『最も苦しい記憶を覗くよ?』

「あぁ!頼む!!」


 ハックの身体は赤い光に包まれて、闇の中に消えて行った。











 そしてまた庭園の前に降りてきたナユルメツ。隣にはハックの姿は無かった。居るのは、既に始まってしまった決闘をしている2人。ロウランとサジリアスだ。





「ロウラァァン!!私とユースの夢を潰えさせた貴様の罪は!貴様自身で贖ってもらうぞ!!」



 目の前に立つサジリアスの怒号が、ロウランに突き刺さる。

「サジリアス様…貴方は勘違いを為さっている!ユース姉様がなさろうとしていた魔術は、貴方の考えとは違う!!それを…錬金術士として私が証明して見せよう!」


「なぁにぃ!?!?」


 この幻覚のロウランは、最早ロウランでは無い。今のハックが、仲間と共に歩んで強くなったハックが内に宿っている。


 さっきまでのどんよりとした顔付きは、既に消えていた。



 サジリアスが一切の遠慮無く攻撃魔法をロウランに向けて放つ。

 ロウランはその攻撃魔法に対し、反対の属性を持つ魔法やシールド魔法を使って効果を打ち消す。


 流石にロウランに教えていただけあってサジリアスの魔法技術は素晴らしく、打ち消すのが精一杯で反撃までには至っていなかった。


「ほら見ろ!錬金術などに現を抜かすからお前の魔法技術は半端なのだ!黙って私の教えを受けていたらこうはならなかった筈だぞ!!」



「サジリアス様!いい加減にしてください!私はユース姉様ではありません!その魔法は完成出来ない!!」


 サジリアスの動きが止まった。



「魔導書を読みました!ユース姉様が完成させる事の出来なかった魔法……貴方はそれを追い求めているのでしょう?違いますか!?」

「貴様…なぜそれを……」

「ただ、貴方の考えている魔法理論はユース姉様と違う!だから貴方では完成出来なかったのだ!」


「うるさぁぁいいい!!!」


 激高したサジリアスからさらに強力な魔法が放たれる。

「ぐあぁ!!」

 完全に相殺し切れなかったダメージを負ってしまうロウラン。


「ユースは……ユースは私に託したのだ!!この魔法を完成させることを!!貴様に何がわかる!」

「ユース姉様はそんな事を望んで居ない!!『その魔法』で、もっと人々に魔法をより良く使って貰おうとしたのだ!身体の弱いユース姉様は、それを誰よりも望んでいた!」


「甘ったれロウランがぁ!知った口を聞くなぁ!!」


 電撃の魔法がロウランを襲う。咄嗟に土魔法で対応するが、肉体全体にダメージを負って倒れてしまうロウラン。


「何故だ…何故そこまで拘るのですか……サジリアス様。」


 ロウランには分からなかった。亡き妻の夢でもあった『この魔法』を完成させるのは確かにサジリアスとしても尽力するのは分かる。ただ、サジリアスにはどうもそれだけでは無いように思えた。


「ふん、そんな事も分からないから貴様は半人前なのだ、ロウランよ。この魔法が完成したら、魔法技術は更なる飛躍をする!これは全ての魔術士にとっての望みなのだ!!」



 ロウランは痺れた身体で何とか立ち上がる。


「そんな事…そんな事の為にユース・ファミア姉様は魔法を作った筈は無い!この…『魔力供給貸借マジック・コンシューマ』はそんな物では無い!!」


「半人前の貴様には何とでも言えるわ!ロウランよ!!これは名家に産まれた魔術師マジック・ソーサラーのプライドなのだ!!」



「サジリアス様…貴方は……姉様の事を何も分かっていない!!」


 その一言に完全に我を忘れたサジリアスは、とんでもない行動に出る。

「死ねぇぇぇぇ!!ロウラァァン!!」ザシュッ


「ぐぁぁぁああ!!!」ビシュッ




 なんとサジリアスは、腰の裏に隠し持っていたダガーナイフでロウランに斬りかかったのだ。


 見ていた使用人達もどよめく。何故なら、魔術士同士の魔法決闘では魔法以外の攻撃を相手に加える事が禁止されていたからだ。何よりもプライドを重んじる名家産まれの魔術士がそのような卑劣な真似をするなど使用人は愚かロウランでさえ考えもしなかったのだ。



「貴方は…なんて事を!」ダララッ


 まさか刃物で切り付けられるとは思いもしなかったロウランはまともにその攻撃を受けてしまう。全くの防御も出来なかったので受けたその傷は致命傷になった。


「ふふ、ふはは!良いのだ!勝てば良いのだ!貴様の様な半人前には私の魔法も勿体ない!」ザシュッ


「うわぁぁあ!」プシュッ


 さらに切りつけられたロウランから真っ赤な鮮血が飛び散る。サジリアスは頭からまともにそれを浴びて笑い声をあげる。



「うわぁ…そんな……」ガクッ


 崩れ落ちるロウラン。あまりの出血にどんどん力を失って行く。



 絶対絶命のその時……







「ん?なんだ……?」


 サジリアスの身体が、少しづつだがキラキラと輝き出てきた。柔らかな『紫色』の輝きだ。


「そ、そんな!!まさか!!」


 慌てて振り返るサジリアス。見つめていたのは庭園だ。


 そこに咲き誇る見事なバラも、うっすらと紫色に輝いていた。


「媒体……術者の魔力媒体!そうか…あの小屋で少しだけ反応を見せていたのは……凄いぞロウラン!!」


 紫色の光に包まれてサジリアスはゲラゲラと笑っていた。

「ユースは完成させていたのだ!魔力供給貸借たいしゃくを!!見ろ!!鍵は使用者の肉体に宿る魔力媒体だ!!!」


「なん……だって……!?」


 サジリアスが杖に魔力を込める。ロウランの返り血をたっぷりと浴びた杖を。


 すると、庭園の薔薇が一斉に凄まじい輝きを放ち出した。その紫色の輝きはサジリアスに一気になだれ込む。

「うぉぉおおおお!!す、凄まじい!!これ程のパワーだとは!!見よ!ユースの魔力が私に味方してくれているぞッッ!!」

 サジリアスの身体が中に浮き上がる。常人の何倍もの魔力が集中した事によって半ば暴走状態にあった。



 皮肉な事にロウランの絶対絶命なこの状況が、マジック・コンシューマの使用条件を満たしてしまったのだ。


 魔力は血液と共に体内を循環する物。サジリアスがユースのマジック・コンシューマを使えなかったのは、魔力を貸した者として見なされていなかったからだ。ユースの血縁であるロウランの血を全身に浴びた事によって、その使用条件を満たしてしまった。


 庭園の小屋でサジリアスはマジック・コンシューマを使えないか研究していたが、時たま成功に近いような状態になる事があった。それは、しつけと称してロウランに体罰を与えていた時にほんの少しだけ手に付いたロウランの血がそうさせていたのだ。しかしあまりにも少量だった為に効果は一瞬で消えてしまう。サジリアスはそれを『まだ魔法は完成していない』と勘違いをしていたのだ。


 今となっては、庭園に咲く全てのバラからサジリアスは魔力を還元させる事が出来るようになったのだ。




「くっはっは!!これ以上の、これ以上の皮肉があるか!?ロウランよ!!お前の姉が、私の妻が貴様に最高のトドメを刺すのを全力でバックアップしてくれるんだぞ!!ふははははぁ!!!」

 



 薄れ行く意識。最早、ロウランは指1つ瞬き1つすら出来ない状態にまで陥った。事切れるのも時間の問題だが、サジリアスはそこにトドメを刺そうと更なる攻撃を繰り出そうとする。


「貴様など既に虫の息。しかし、この魔力の試し打ちとしてこの忌々しい屋敷ごと葬ってやろう!威力の検証だ!!知的好奇心が私を掻き立てるのだぁぁ!!」

 サジリアスは制御しきれない程の魔力で身体にダメージを負っている。しかしそれに気付かない程の興奮状態だった。




(くぁぁ…もう……駄目か…ファミ、姉さま…)

「〜〜〜〜〜!!」





 もうサジリアスが何と言って罵っているかも分からない。



 ロウランは…そうやって意識を…




『良いのかい?もう疲れたのかい??』




(あぁ…誰かの声だ…誰だったかな?)


『簡単に諦めるなんて、らしく無いねぇ』

(もう…もう、疲れたのだよ。私は)


『そうかい?なら、そうすれば良い。諦めて投げ捨てればいいさね。それも定命の者モータルのいい所だ。』


(あなたは…ファミ姉さま?)


『やだねぇ、自分が誰かも忘れちまったのかい?ま、それは良いとして…』



 赤い光を放つオーブが、ロウランの目先に飛んでくる。










『…お前がこの幻覚の中で命を落とそうと私にとってはどうでもいい。だがねぇ、ハック。アイツの言ってる事だけは…死んでも耳に入れた方が、良いんじゃない?』













 ハッとし、ロウランは最後の力を振り絞って意識を集中させる。


 目の前で今にも超級攻撃魔法を繰り出そうとしているサジリアスに。



「これで私はぁ!\ビィィィィィィ/事が出来る!死ねぇ!半人前のくたばり損ないめぇ!!」




 肝心な所が何故か低いブザー音のようなものでかき消された。上手く聞き取る事が出来なかった。




(なんだ…この感覚?聞こえなかった…聞こえなかった?いや、違う…これは…)


 ロウランは…ハックはあえてそれを記憶から消し去ったのだ。その一言を。



 どうしても思い出したくないサジリアスの一言を。









『さぁ、もう一度飛びたいんだろう?』




 ナユルメツにそう、諭されてもう一度意識を集中した。











 サジリアスはこう言っていた。
















『これで私は、ビターイーグル家に返り咲く事が出来る』











 それは、つまり。























「貴様ァァァ!!!姉様を利用していたなァァァ!!!」


















 ハックの身体は、真っ黒な輝きに包まれた。



第138話 END


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