NPC勇者〇〇はどうしても世界をDeBugしたい。みたい!?
第76話 『マリーナローズ』の少女
ミンギンジャンの自室に案内されて、コーヒーを貰うサイカ。
「お互い、色々積もる話があるな…」
「そうですね。団長。」
「とりあえず団長は辞めてくれ。もう団は解散したんだ。」
「どうなったのですか?冒険料理団は?」
ミンギンジャンがコーヒーを1口飲み込む。
「…俺達はなぁ、ある噂を調査していた。『レッドマーキュリー』の話だ。」
「レッドマーキュリー??あの赤いマーキュリードラゴンですか?」
「そうだ。実在するって話が出たんだよ。」
レッドマーキュリーとは、赤いマーキュリードラゴンから採取出来るという、赤い血液の事だ。
マーキュリードラゴンとは通常青い色をしていて水を司るドラゴンなのだが、その亜種として炎を司るマーキュリードラゴンが居るという伝説があった。
…そして、その赤いマーキュリードラゴンから取れる血を使った料理を口にすると『不老不死』になれるという噂。それが『レッドマーキュリー』だ。
今まで数多の冒険者達がその伝説を鵜呑みにして散っていった。だが誰もそれを見たものはおらず、遂にデマカセであるとレッテルを貼られ、誰もその話を信じる者は居なくなった。その筈だった。
「その時俺達が溜まり場として使っていた街の近辺に、急にその話が出始めた。」
「それで、探しに行ったんですか?」
「これは俺だけじゃない。今まで生きてきた全ての料理人の夢だ。団の皆も躍起になって探したんだ。もちろんシゲアキも血眼になって探した。」
今度はサイカがコーヒーを1口飲む。
「その後、ある山に居るとの情報を掴んで俺達はそこを攻めた。だが、その情報は間違いだった。」
「どうなったんですか!?」
「いたのは…ただのマーキュリードラゴンだった。でも…いたのは1匹だけじゃ無かったんだよ。」
「え!?」
「…大群だった。空を埋め尽くすかと思う程の。それが一斉に襲いかかってきた。」
絶望感…その光景を想像して、サイカの目から涙が零れた。
「シゲアキは…皆を逃がす為に1番前で戦った。姿はあっという間に見えなくなったよ。他の仲間もみんなちりじりに別れて、ドラゴンが入ってこない様な狭い場所に隠れた。俺はたまたま岩の亀裂を見つけて、そこで3日やり過ごした。その後キャンプ場所に戻ったが、俺以外の誰も戻った形跡は無かった。」
ミンギンジャンの手は震えていた。
「…それから俺は、1度街に戻って傭兵を掻き集めた。皆を探す為に。ドラゴンの襲撃から1週間以上経っていたが、まだ生きている仲間がいるとそれでも望みは捨て無かった。
実は…何人かは自力で別の街に逃げ延びた奴も居たからなんだ。だか、そいつ等は皆手足のどちらかを失って廃人になっちまった。」
サイカは今まで一緒に戦ってきた仲間の顔を思い出す。
「それで…その後はどうしたんです??」
「俺は毎日1人で山を探した。数人の亡骸も見つけた。でも、ほとんどの奴は『行方不明』扱いになった。…シゲアキの包丁の破片は、約1年後に見つかった。シゲアキの包丁を見つけた時、捜索を最後にした。」
サイカもミンギンジャンも、思い出したくない過去に押しつぶされる。
「…それで、今日はその話を聞きに来たのか?」
「違います。これを見て下さい。」
サイカは布に巻かれたある物を取り出した。
「これは…?うお!」
ミンギンジャンが布を開くと、そこには真新しい、素晴らしい輝きを放つ包丁があった。
「なんだこりゃ!?すげぇ業物じゃねぇか!」
「私が打ちました。シゲアキさんの包丁の破片を織り交ぜて。」
「なんだと!?奴の包丁を!?」
「ここに来たのは貴方に料理を教わる為です。」
サイカは息子を床に下ろすと、自らも床に膝を付く。
「サイカ・『シクノノビィ』と申します。亡き夫、シゲアキの夢を継ぐ為に、未熟者ながら教えを乞いに参りました。我が包丁をお納め下さいませ。マスター」
それは、料理人が師範から修行を受ける『弟子入り』の為の正式な挨拶であった。冒険者時代には料理になんの興味も示さなかったあの暴れ者が弟子入りとは、ミンギンジャンは露にもおもわず面を食らってしまった。
「お!おいおい待て待て!!なんの冗談だよ!俺はお前の旦那が死んだ原因みたいなもんなんだぞ!?その相手に弟子入りするってのか??」
「私達、夫婦の夢です。」
「その息子はどうするんだよ!?」
「しばらくは住み込みで働かせて下さい。お金が溜まり次第住む場所を探しますので。」
「……うぁぁ!ちっきしょ〜!!どうなっても知らんぞ!!」
ミンギンジャンは頭を掻きむしる。なんせ今日は予定外の事ばかり起きたからだ。
「…あ〜クソ!とりあえず、マスターって呼ぶのも禁止な!俺の事は料理長と呼べ!明日は早いからもう寝ろ!」
「え!?良いんですか!?」
「いいもクソもここまで来たんだろ!赤ん坊背負って!そんな奴を叩き返せるか!!」
ミンギンジャンはコーヒーカップを下げて、ガラスのグラスを2つ出す。別の棚から度数の高い酒を出した。
「いいか?俺の…オークの村でのやり方だ。互いのグラスに酒を継いで、一気飲みする。その後はグラスを床に叩きつけて割る。そうしたら俺とお前は師弟関係だ。」
サイカは息子を別の椅子の上に寝かせ、ミンギンジャンの前に座る。
「後悔は無いな?ハッキリ言って冒険者の道より険しいぞ?」
「望む所です。」
「良し、行くぞ。」
ミンギンジャンがまずはサイカのグラスに酒を継ぐ。そして今度はサイカがミンギンジャンのグラスに継いだ。
2人は息を合わせ、一気飲みする。火でも吐けるんじゃかという程に強烈な酒だった。飲み干すと、2人同時にグラスを床に叩きつける。
ガシャン!!
「良し、これで絆は結ばれた。当面は隣の部屋が空いてるから、そこで暮らすといい。」
「ありがとう…ございます。」
サイカは泣いていた。つられてミンギンジャンも涙した。
「…ったく!泣いてんじゃねーよ!明日から早いからさっさと寝な!」
「ハイ…料理長…」
と、その時…
「ママ…?」
ボロを纏った女の子が部屋に入って来た。
「おっといけねぇ!こいつがいた事を忘れてた!!」
「え?!子供??」
「いやなぁ…親とはぐれちまった様なんだが…今日街の外で1人で歩いているのを見つけて、拾って連れてきたんだ。」
少女はサイカを見て、愛おしそうな顔をする。
「ママ?」
「残念ながら違うわ。お嬢ちゃんの名前は?」
「なまえ…?」
「こいつ、喋れたのか?さっきまでうーとかあーとかしか言えなかったぞ?」
少女はサイカに擦寄る。
「怖かったのかしら?うふふ。おいで、もう安心よ。」
「うん」
「すまんサイカ。しばらくこいつの面倒も見てくれると助かる。」
「え?この子も??」
「ここまで来たら厄介者が1人増えても変わらんだろ。…多分だが、こいつの親はモンスターに殺されちまってると思う。」
「そう…」
「仕方ねぇ。俺もこのままずーっと1人かと思うと嫌気がさしてたんだよ。あんだけ賑やかな連中に囲まれてたんだ。家の中に誰の声もしないってのが嫌に寂しくてよ。」
ミンギンジャンは少女の前にしゃがみ込む。
「お前も今日からうちの一員だ。…もしお前が大人になって、自分のルーツを探したくなった時はいつでもここから出てって良い。それまではここに居ろ。」
「???」
少女は首を傾げる。
「こんな子供にそんな事言ったって分からないわよ。ねぇ、今日からこの人が『パパ』よ。覚えて」
「パパぁ!?」
「…パパ!!」ギュッ
少女はミンギンジャンの足にしがみついた。
「おいおいなんだよパパって!」
「いいじゃないの!あなたが見つけてあなたが責任取るって言ったんだからね?」
「俺は結婚もしてねぇんだぞ??」
「…誰だって。親になるのは突然よ。」
サイカは寝息を立てる息子の頭を撫でる。
「そうかよ。分かった。」
「…で、この子の名前は??」
「あー、さっき『マリーナローズ』の花を気に入ってたみたいだからな。『マリーナ』って名前にしようと考えてる。」
「そう、マリーナちゃんね?よろしく。」
サイカはマリーナを抱き上げた。自分の『娘』も、成長していればこのぐらいの大きさになるのかと思いを巡らせながら。
こうして、「魔道士の大皿」は解散し、ファステに新しく『大魔道飯店』が出来上がった。
「これが、私と料理長と、マリーナちゃんの過去よ。…確かに、死んだ娘にその姿を重ねていたのはあるわ。でも、彼女も列記とした私の育ての娘に変わりは無い!だから、1人の母として全力で守り抜く。例え全てを敵に回してもよ!!」
サイカはとても厳しい表情をしている。
「それで、賭博場で雲行きが怪しくなった瞬間に連れ出してたのか…」
「サイカ殿!それは分かるが、もう少し我々を頼って欲しい。上忍の貴女からすれば確かに頼りないかもしれないが、我々だって仲間なのだ!」
「そうですよ!マリーナちゃんだってサイカさんだって!みんな大事なんですから!」
「母の愛は強し、と言った所か。」
「サイカ!私だってみんなの足ばっかり引っ張ってるけど、マリリーたんやサイカの為ならなんでもするよ!」
皆の暖かい言葉に目頭を熱くするサイカ。
「なぁサイカ?その話を何故マリーナ本人に聞かせてやらないんだ??」
「それは…」
「育ての母親だって、恥ずかしくて言えないのか?」
サイカが小さく俯く。
「んじゃ、後ろで聞いてる本人に、直接聞いて見たらどうだ??」
サイカはハッとして振り返る。そこには気絶し寝ているはずのマリーナが、起きてこちらを見ていた。目には大粒の涙を貯めている。
「マリーナちゃん!!」
「サイカさん…私は何時だって、『本当のお母さんはサイカさん見たいな人がいいな』って…思ってました。だから…」
「マリーナちゃん…」
「私を、パパと一緒に育ててくれて、家族として愛してくれてありがとう。『お母さん』」
「ありがとう…ありがとう!!」ギュッ
2人は、キツく固く抱き合った。最早それは血の繋がりを超えた本物の母子の絆だった。
勇者達はその姿を見て、まるで自分の事のように喜んだ。
「さて、これでサイカとマリーナの件は一件落着だな。」
「ごめんね皆、迷惑かけちゃって」
「私からも、ごめんなさい!」
「いやそれは良かったけどさぁ…最後の賭けのせいでめっちゃ大損したよ!全くー!!」
「仕方無いだろう?アンジェラ殿だって頑張ったんだから。」
「それで…街には戻れないけどこの後どうします?」
「どうするってもねぇ。ファステに帰るか?今から??」
「「「えええぇ〜」」」
何か皆は物足りない気分になっていた。何故なら、カッポンの街に着いてから基本的に損しかしていないのだ。
名物の温泉も入れなかったし、仲間が攫われたと勘違いしてやらなくてもいい賭けに参加してしまうし…
「ん?温泉??」
タリエルがゴソゴソとポケットをまさぐる。出てきたのは古めかしいメモ帳だ。
「あー!!!!!!!」
「「「うわっ!」」」
「なんだよタリエル!でっかい声出すなよビックリしたなぁ。」
「マルたん!これ!!」
「ん?なんだその汚ぇ手帳は?賭けの必勝法でも書いてるのか??」
「違うよ!コレだよ!!」
「だからなんなんだよそれは?」
「温泉の出なくなった原因!最初の賭けで巻き上げてたの忘れてた!!!」
「「「…はい???」」」
第76話 END
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